王立魔法軍 たった一つの誓い 8話
母であるルマの眼に映るのは?
もう帰って来たというのか?還れたのか?!
振り向いた娘の顔には、微笑が浮かんでいたが・・・
陽の光を浴び、屈託のない笑顔を見せる娘。
想いもかけず娘の美晴が帰って来れたのかと、立ち上がったルマだったのだが。
「ううん。
お母さんってば、幼い時から間違うよね。
私はコハル。美晴と同じ、ルマお母さんの娘だよ」
目の前に居る黒髪の娘は、微かに首を振って応えてくる。
「ね?そうでしょルマお母さん」
それでも、娘と同じ笑みを浮かべたままで。
母と呼ばれたルマの脳裏に、二人の少女の笑顔が重なる。
実子の美晴と、天使の娘であったコハル。
このフェアリアで幼少期を過ごしていた頃には、二人が入れ替わる度に間違えることが多々あった。
美晴をコハルと呼び間違え、コハルをミハルと呼んでしまうことも・・・
「変らないねルマお母さんは。
間違えて呼んでは慌てていたよね。
だから美晴を私の名で呼んだのですものね」
クスクスと笑う目の前の娘。
瓜二つ・・・いいや、美晴の身体なのだから別個の存在ではない。
人へと宿る術を、幼くして身に着けられた精神世界で生きるべき魂。
「美晴も私も。
幼い時は何も知らなくて。
本当に何も分からなくて・・・でも」
娘と同じ声を溢す微笑む娘が、そっとルマへと近寄る。
「私の母親はルマお母さんだけだと思ってたの。
いつも温かく見守ってくれる優しいお母さんが。
本当に。本当の・・・この世界での母親だと思っていました」
何を言い返すでもなく、ただ黙って娘の声を聞いているルマ。
実の娘では無いと告げられ、失意からか瞼を半ば閉じているようだが。
「そうね。あなたも・・・大切な子だから」
脳裏を過る思い出に浸り、誇美の言葉で蘇った。
「私が育てた子供なのだから」
母としての記憶が脳裏に映し出すのは、手を拡げて駆け寄る少女の面影。
屈託のない笑顔で。
運命に翻弄されるずっと前の・・・朗らかな幼き我が子の姿が。
その顔は美晴だったのか。それとも天使の御子<コハル>なのか。
目の前に立つ娘へと手を差し出す。
「私のコハル。おいでなさいコハルちゃん」
愛しい我が子を迎えるように。
「・・・お母さん」
一瞬、目を見開いた娘が小さく頷くと。
トサ・・・
母の胸へと身体を預ける。
「お母さん・・・お母さん!」
母を呼びながら。母と・・・呼んで。
「ああ。こんなにも大きくなって。
もう小さなミハルなどと呼べなくなるくらいに」
誇美から母と呼ばれたルマの瞳に写り込む<美晴>の姿。
幼い時の面影を残してはいるが、背丈も体つきも。そして表情でさえもが大人になった。
「だけど。
変わっていないモノが此処にある。
私を母と呼んでくれる娘の心が・・・優しいコハルが居る」
慕ってくれる娘の存在。
実の娘と何が代わろうか。愛おしさに換りがあろうか。
何年過ぎようが。どれほど時を越えても。
記憶の少女が微笑む。
それが美晴なのか。それとも誇美だったのか。
大切な思い出の中、ルマは希望を見つける。
「「この子は闘おうとしている。
願いと約束を果たす為・・・そして。
愛する人の絆を守る、正義の戦いを」」
それは嘗ての戦いを思い出させる。
愛を謳い、絆を繋ぎ、真実を求めた・・・あの日の戦いを。
「「闘い、傷付いても。
あの人は決して諦めなかった。
生きる望みを絶やさぬ闘いの中、運命と闘い続けた」」
神魔の大戦。
邪神軍との戦争で疵付きながらも最後の瞬間まで闘った。
赤紫の輝の中、人の世界を護るために命を投げ打った・・・
その人の名をルマは忘れられない。
「「生きる望みを捨てずに戦う魔砲の女神。
運命に抗い続け、理を求める・・・姉さん。
あなたと同じ名を受け継いだのよ・・・美晴は」」
魔砲少女のミハル。
命を投げ打って運命に抗い続けた・・・人の理を司る女神。
ルマの義理姉でもあり、夫マモルの姉でもある<女神>
ギュッと。
我が子の身体を抱きしめる。
それでも愛しさと切なさに心が締め付けられる思いだった。
此処に居るのは、お腹を痛めて産んだ美晴では無いとの想いと。
抱き締める身体の中に居るのが、育んで来た娘だと肯定する感情から。
何分経ったのか、静かなリビングに・・・
ボ~ン・・・ボーンボーン・・・
壁かけ時計が奏で始める。
正午を表わす時の鐘を。
「もう・・・行かなきゃいけない」
小さな声で覚悟を告げ、
「お母さん。お願いがあります」
今度ははっきりとした声で頼んだ。
「・・・なに?」
そっと胸元から娘を離した母が訊く。
「旅立つ前に。
お母さんが好きな珈琲が飲みたいの」
「珈琲?良いわ、淹れてあげる」
願いを聴き遂げようと、ルマがキッチンへと向かう。
その背を見送り微かに頷くと、誇美は自室へと向かった。
「良かった。
これで幾らかは慰めてあげれたと思う」
抱き締めてくれた母の手の温もりを感じられて。
「これで最期にはしない。
きっと取り返してみせるんだから。
本当の笑顔を・・・ルマ義理母様へと」
決意を新たに、誇美は旅立ちを迎えようとしていた。
これから向かう、厳しい現実に立ち向かう為にも。
ケトルには既に湯が沸かされていた。
後は珈琲粒に注ぎ、淹れるだけ。
数分もあれば事足りる・・・その数分後。
「淹れたわよ、コハルちゃん」
キッチンから振り返ったルマの前に現れたのは。
「ありがとう。お母さん」
颯とした士官服姿の<美晴>だった。
紺地の上着に、白色のズボン。
フェアリア魔法軍士官を表わす制服に身を包んだ乙女の出で立ち。
そして、長い黒髪を束ねるピンクのリボン・・・
「あ・・・あ・・・」
その姿を観たルマが口籠る。
目に焼き付いた姿を、昔日の誰かと混同して。
「嘘のようだわ。
まるでミハル・・・姉かと思った」
軍服が嘗てを思い起こし、靡く黒髪を結ったリボンが連想させ。
「その瞳に宿る魔法力も。
優しさを表わす色も・・・往時を甦らせる」
女神ミハルが戦車将校だった頃、ルマは部下として従軍していた。
魔砲少女としても人としても尊敬に値し、慕い続けていたのを思い出して。
「似てるの?ミハル伯母様に」
椅子に腰かける誇美が訊くと。
「見間違えるくらいに・・・ね」
珈琲カップを差し出すルマが答える。
「そうなんだね。なんだか、ちょっと嬉しいです」
カップを受け取った誇美がはにかむ様に笑う。
「ミルクは?砂糖は何杯入れるのかしら?」
ブラックの珈琲が飲めない筈の娘に、甘味料を勧めたルマ。
だが、意外なことに。
「お母さんは入れないでしょ?
だったら私も要らないから」
「え?どうして・・・」
渋い珈琲が苦手な筈なのに、どうして今日は入れないと言うのか。
怪訝な表情のルマが聞こうとすると。
「覚えておきたいの。
お母さんが呑んでいる味を。忘れたくないから・・・」
カップを大切そうに持ったまま、誇美が答える。
「束の間の休息を得た時に、珈琲を呑めたのなら。
この味を覚えていれば、頭の中だけでもお母さんに逢えると思うから」
そして・・・一口珈琲を飲むと。
「ちょっと、ほろ苦いけどね」
クスッと笑って、別れの辛さを誤魔化した。
「コハル・・・」
健気にも思えて、ルマが絶句する。
どうして我が子を戦地へと送らねばならないのかと。
悲痛な親心が言葉を失わせるのだ。
「判ってるよ、お母さん。
まだ戦争になるとは決まってないから。
だからそんなに心配しないで・・・大丈夫」
カップを傾け、最後の一滴まで飲み終えた誇美が立ち上がる。
「ありがとう、お母さん。
それじゃぁ・・・往きます」
何食わぬ顔で。
普段と変わらない・・・美晴の声で。
「コハルちゃん・・・駅まで見送るわ」
居た堪れなくなったルマが見送るのを勧めるが。
「いいよ見送らなくったって。
いつもみたいに、玄関までで」
誇美らしからぬ言葉遣いで断って来る。
「昔みたいに。
遠足に行く朝みたいに。
明るく送り出して貰いたいな」
だが、決して顔を見せることは無く。
「コハル・・・ちゃん」
玄関で軍靴を履き、衣服を正す。
その時まで、誇美は一度も振り返らずにいた。
その背に、ルマが喋り掛ける。
「きっと・・・帰って来なさいコハルちゃん」
生還するのを願い。
「良いわね。必ず・・・還るのよ」
不幸を呪わずに。
それが母から贈る、真実の愛を匂わせての声。
「私は・・・負けない。
必ず帰るから・・・誓うから・・・お母さん」
理の言葉に返されるのは。
「約束するから・・・簡単には死んだりしないと。
それが唯一つの・・・私からの誓いだから。
だから・・・待っていてねルマお母さん」
親を想う、子からの本音。
戦地へと旅立つ、誰もが誓う心の在処。
「コハル・・・」
居た堪れなくなったルマが呼びかけようとした・・・時。
それまで背を向け続けるだけだった誇美が、急に振り返ると。
「呼んでください・・・この躰へと。
お母さんが待ち続ける娘の名を!」
真剣な表情で願った。
「コハ・・・」
その顔を観て、ルマは名を閉ざし。
「帰って来るのよ。美晴」
今は其処に居ない子供の名を呼ぶ。
すぅ・・・っと。
息を吐いた。
これで思い残すことは無いとばかりに。
「はい!往ってきますお母さん」
そして。
心からの笑顔で応える。
「必ず!お母さんの許へ。美晴は還ります」
覚えた挙手の礼を贈り。
決別の想いを隠して。
後退るように、ドアノブに手をかけ。
開け放ったドアから出て・・・そっと閉じるまで。
忘れることが無いように・・・想いを残す事が無いように。
瞬きすら出来ず、母の顔を脳裏へと焼き付けて。
「・・・さよなら」
閉じた玄関の前で、唇を噛み締める。
・・・と。
「「ああッ美晴!行かないでコハル!」」
耳へと飛び込んで来る嗚咽に、涙が湧いてくる。
「ごめんなさい・・・義理母様」
むせび泣く母の声に追い立てられ、マンションの廊下を足早に駆ける。
「きっと還してみせます!
あなたの愛する子を・・・私が必ず!」
自宅のあるマンションを飛び出し、08小隊が待つ駐屯地へと目掛けて。
「どんな運命が待ち受けていたって。
この躰を美晴へと返し。必ず帰ります・・・必ず!」
母娘として別れ、たった一つの誓いを起てた。
人として生き残り、帰ると約束を交わした。
それが果たせれるのかは女神であっても分らない。
只、今は誓いを胸に闘うだけ。
想いを胸に、市街地を駆ける誇美。
可憐な乙女は、まだ何も知る術がなかったのだ。
運命の名の下、往かねばならない場所があるのを。
その行く手に待ち構えているのは・・・理不尽なる戦場なのか?
本当の母とも思える人への別れ。
誓ったのは唯一つの想いから。
生きて還る・・・戦地へと向おうとする娘が残した言葉。
戦争を体験した母の脳裏に浮かんだモノとは・・・
美晴を取り戻す戦いと、二国間紛争に赴かねばならない身体を想い。
人の身で戦う覚悟を決めた誇美。
この後、彼女を何が待ち受けているのだろう?
人間界と魔界。
それに未だに謎多き空間の創造者。
それぞれの思惑が絡み合った先には、何が起きるというのか?
次回 王立魔法軍 たった一つの誓い 9話
彼女として還る筈だったのに、何やら出だしから悶着を起こしちゃうのはテンプレ?




