王立魔法軍 たった一つの誓い 6話
魔界の皇が画策する。
本当の美晴として生きるべきなのが、どちらなのかを見切る為に。
そうとは知らない誇美は、旧臣達に命じていた。
救出する為の作戦を練りながら・・・
夜空に月が登り詰めた頃。
仮初めの母娘が一夜を過ごしていた。
「どうしたのコハルちゃん。
昔みたいに笑いかけてはくれないの?」
女神に昇華した後、娘に宿るようになっていたのは知られていた。
日ノ本からフェアリアへと帰還し、娘が入隊した後も変わらず憑き添っているのを。
「こんな状況で笑える訳がありません。
本当だったら、此処に居るのは美晴なんですから」
申し訳無さからか、誇美は俯き加減で両手を膝の上に載せたまま応える。
「それに美晴は。
私の身代わりになって捕らえられてしまったのです。
女神である私を・・・守るように」
口惜しさと後悔の混じり合った苦悶の声で。
「光の御子である美晴が、戦女神として降臨した筈の私を。
人の希望を絶やさないようにと頼んできて・・・拒否も出来なくて」
悔しさに涙が零れそうになり、堪らず拳を握り絞めた。
「なるほどね。
女神のコハルちゃんに望みを託したって訳ね。
あの子にしたら英断だったと思うわ」
絞り出すように話した誇美に、ルマは平然と答える。
「もしも・・・よ?
反対にコハルちゃんが捕らえられてしまったら。
人の娘が女神を救出できるのかしら。
人には不可能な難題でも、女神だったら可能じゃないのかしら」
「・・・え?」
二人が揃って捕らえられてしまったのなら、救出どころか誰にも分らなかったのかも知れない。
誰からも知られないまま、二人の存在が失われることに為ったかもしれない。
それが誇美が戻れたことで異変が知られ、助け出す道が残される事となったのだ。
しかも、人でしかない美晴ではなくて、宿っているとはいえど女神が還れたのだから。
「まさか・・・美晴はそこまで考えて?」
ルマからの教えが誇美の顔を挙げさせる。
「あの子ったら、悪知恵だけは神ってるからねぇ」
やっと顔を挙げてくれた娘へと、冗談を交えて語ったのは。
「知っているのよ、あの子は。
穢れた異界での記憶が残されないのを。
現実世界へと魂が帰還することが叶えば、疵が残らないことを」
魂を邪悪なる者に閉じ込められても、帰ることが出来たら忘れ去ってしまう。
現実世界の身体へと魂が戻れれば、何も無かったことになるのを。
「どうして・・・そんなことが言えるのですか?
なぜ、人知を超えた転移を知っているのですか?」
女神であっても邪悪なる異界からの帰還がどういうものなのかが分らないというのに。
どうしてルマは・・・美晴は知っていると言ったのだろう。
「それはね、コハルちゃん。
私があなた達の伯母とでも言える人の経験を知っていたから。
それをあの子にも教えたからなのよ」
「伯母?それって・・・理の女神様ですか?」
思わず訊き直した誇美に、ルマは微笑を浮かべて頷く。
「マモルの姉でもある女神が、まだ魔法使いだった頃。
弟の身代わりとなって穢れた異界へと墜とされたの。
でも、苦難を越えて帰って来たわ。待っている人の許へと」
「あの女神様が?いいえ、人の子が独力で・・・ですか?」
帰還を果した魔法使いは、自らの力で戻れたのかと誇美が訊くが。
「それは無理だったでしょうね。
だけど、奇跡が起きた・・・それこそ天の計らいで。
人知を超えた奇跡が姉を連れ戻してくれたのよ」
「そ、そうですか。独力では無理なのですね。
じゃぁ、その奇跡はどう言うものだったのでしょうか?」
奇跡によって還れたとルマが答え、それは如何なるものだったのかを誇美が訊く。
「信じるかはコハルちゃんの心次第よ。
義理姉を助けてくれたのは・・・とある魔界の王。
あなたも知っている筈の・・・古の堕神。
人に仇為す筈の魔王との邂逅が、奇跡を産んだのよ」
「ミハル様を魔王が・・・救った?」
知っている筈と言われた誇美の脳裏に過ったのは、
「まさか?その魔王の名は」
驚愕の表情を浮かべる仮初めの娘へ、ルマの声が知らせる。
「そう。コハルの実の父・・・天降皇ルシファー」
「お、お父様が?!理の女神様を?」
今は天界に存在する太陽神の一柱と返り咲いた天魔王。
愛に殉じる神として人に味方し、全能神ユピテルに背いた罪で魔界へと降りた堕神だった。
「ええ、そう。
義理姉から聞いたのだけど、助けられたのには訳があったの。
当時の義理姉にも宿っていた者が居てね。
それが・・・大天使ミハエルさんだった・・・ってね」
「えーッ?!お母様がミハル伯母様に?」
突然の暴露に、誇美が叫ぶ。
その様子を微笑を浮かべて観ていたルマが。
「どんな世界だって奇跡は起こるものなのよ。
喩えそれが人の手が届かない場所であろうとも」
悟った者が教えを説くように、誇美へと語り終えた。
「だから、コハルちゃん。
諦めないで。投げ出さないで。
あなたには希望が残されている筈でしょ?
それがどんなに小さなモノだとしても、消してはいけないのよ」
「ルマ・・・お母様」
女神だ言うのに、戦の女神を名乗るのに。
少女の面影を残す娘の眦から、一筋の光が零れ落ちる。
「ありがとう・・・ありがとうございます」
教えて貰ったのは、人の強さ。
本当の希望は、自分の中にあるのだと教えて貰えた。
「美晴も別れる前まで言っていました。
決して諦めないからって・・・諦める訳にはいかないって。
その意味が、やっと理解できたような気がします」
すすり泣きながら誇美が答える。
「今を精一杯生きる。
それこそが人の生きる道であり、理だと想うの。
その先に希望が宿り、未来があるのだと考えているわ」
教え子を諭すかのように、ルマが女神へと贈ったのは人の理。
人を超越した異能を誇る者へ、人であるが故を知らしめた。
「はい。心に刻みつけます」
感謝の面持ちで、誇美は応えた。
「いつの日にか、きっと。
叶えてみせますから・・・必ず」
叶えると誓ったのは、美晴の救出だけではないのを伺わせた。
女神として叶えてみせたいのは、人の希望を明日へと繋ぐこと。
「それが私の運命だと感じたから」
そして、女神は。
「やっと・・・やっと、笑ってくれたわねコハルちゃん」
笑顔でルマと向き合えていた。
「えへ。ルマお母様のおかげですから」
心からの感謝を込めて。
頑なだった誇美の心も、ルマの慰めによって解かされた。
本当の母子にも劣らない情に拠って、一時の安息を得ることが出来たのだ。
「つい話し込んじゃったわね。
もう遅いから休みなさい、コハルちゃん」
食事を終えてからも、当たり障りも無い昔の話を交わした後で。
ふと時計を観たルマが、就寝を勧めて来た。
既に時計の針は日曜日になったのを知らせている。
「そうですね。
明日・・・いえ、今日の昼過ぎには隊へ戻らないといけませんから」
あまり眠くはなかったのだが、ルマの気遣いに断る気にはなれなくて。
「おやすみなさい、ルマ義理母様」
リビングから出て自室へと向かうことにした。
「おやすみ・・・コハルちゃん」
リビングのドアを閉じる時、ルマが答えた。
その顔に娘には見せない翳りを滲ませて。
自室と云うか、美晴の・・・と言うべき部屋。
フェアリアで過ごしていた幼き時から変わらぬ部屋には、縫いぐるみ達が待っていた。
「戻ったの?爺や」
ドアを閉じると携えて来た鞄から狒狒の縫いぐるみを取り出して。
「グラン。奴の手がかりは?」
ベッドに置かれたままの獅子の縫いぐるみにも訊いた。
誇美の声に、部屋中の縫いぐるみ達が騒めく。
「大魔王からの返事は?
美晴の救援に助力すると言った?」
鞄から取り出した狒狒爺の宿る縫いぐるみをベットへと置き、事の成果を訊ねる。
「魔界との接点は?
邪悪で穢れた奴が手下に選んでいたのは悪鬼魔獣の類だったのよ」
人間界には存在しない獣を、魔界の住人かと考えてグランへと質す。
「前大魔王姫コハルとして。
そして今は、戦女神ペルセポネーとして・・・知りたいの」
威厳を正して、美晴の姿のままで臣下へと下問する。
ざわ・・・ざわ・・・ざわ・・・
その途端に、縫いぐるみ達が蠢き出した。
「魔王姫様だ。姫様がお怒りになられている」
「畏れ多きことよ。我らが真王ルシファー陛下に面目も無い」
畏怖する者。恐懼する獣・・・そして。
「このグラン。面目次第もありません」
獅子の縫いぐるみが平伏して、
「ミハエル妃様より姫君の守護を申し付けられておりましたのに。
このような失態を・・・痛恨の極みでございます」
魔界きっての剣士でもあり、大魔王からの信任も厚かった忠臣グラン。
「グランの所為ではないわ。
それよりも今は。奴の情報が必要なの」
護衛を果すことが出来ずに悔やんでいるグランを許し、敵の情報を求める誇美。
「今の処は・・・これと言った物は」
しかし、魔界剣士からは情報を得られず。
「爺やは?魔界の王からの返事は?」
半ば覚悟していたのか、グランから返された答えを聞き終えるとエイプラハムへと視線を向けて。
「新米の大魔王からの返事は?」
半年ほど前に会った青年姿の魔王を脳裏に過らせて。
「魔界の軍勢を率いて駆けつけてくれるの?」
助力を願うように言いつけた狒狒爺の答えを促す。
「姫。現王との面談は叶いませんでした。
大魔王からの確約は・・・受けれませんでした」
「・・・なんですって?」
グランの時とは異なり、エイプラハムへは驚いたように訊き質してしまう。
「爺ッ?それってどういうことなのよ。
仮にも前大魔王姫の特使として伺候したんじゃなかったの?
面談にも応じないとは、あのシキとか言う魔王は何様なのよ!」
事実を聞かされていない誇美が声を荒げて罵る。
ざわざわ・・・
逆鱗に触れたと感じた縫いぐるみ達が、恐れ戦き騒ぎ出す。
「あいや暫く。
現王には会えぬ理由がござりますれば」
「特使に会えないなんて。馬鹿にしてるのよ」
助力を望めないと思った誇美が目くじらを立てるのを、爺は諫めることもせず。
「ははは。我が姫にしては短慮ですな」
「・・・なによ爺。笑うような真似をして?」
ざわざわっ?!
周りの縫いぐるみ達が、誇美の怒りの火に油を注いだと勘違いする。
「確かに現王からの助力は受けれませんでしたが。
彼の王妃から、助力を取り付けられましたので・・・な」
「へ?!王妃・・・って?」
爺の指したのは大魔王の妃。
「あの新米大魔王に妃なんて・・・あ?」
居る筈が無いと思った・・・後に。
「まさか?!既に成婚していたの!」
「目出度いことに」
あっけにとられる誇美に、さもありなんと頭を垂れる爺や。
しかも、その妃と呼ばれた相手が。
「もう一人の美晴が・・・王妃に?!」
「今は大魔王シキ陛下の第1王妃に修まっておいでです」
王妃と聞いた誇美が、目をパチクリ瞬いて泡を喰う。
「確かに、許嫁とか言ってたけど。
まさかこんな早く・・・結婚してるなんて」
唖然、呆然。
寝耳に水とは、今の誇美を指す言葉か。
「魔界の美晴殿が現王シキ陛下と成婚され。
罪を払拭する為に、現王陛下は贖罪に勤めておられるのです。
為に、伺候を受けられず。
代わりに王妃陛下との会談に相成った次第」
「は?へ?そうだったの」
狒狒爺からの答えに、納得するしかない誇美だった。
「依って。
魔界の軍勢は姫様の求めに応じるとの確約を頂いたのです。
これで闇の中での決戦にも臆する必要は無いかと」
「お?おお?!良くやったわね爺」
なぜだか言い含められた感が増しマシな誇美だが、会談が成功裏に終えられたと報じられては褒めるしかない。
「それにしても闇の美晴が王妃に成るなんて。
妃っていう歳なんかじゃないのにねぇ」
半年前に魔界で観た、もう一人の美晴を思い起こし。
「あのシキとかいう人間じみた半人前の王なんかに嫁ぐなんて」
少し弄りたくなって声に出してしまう。
「おっほん。
姫様、現王陛下を悪く言うものではございませぬぞ。
畏れ多くも若様は御血筋の通った立派な大魔王ですので」
それに対して爺やが注釈を入れようとして。
「現に若様は粛罪を終えられた暁には、神格を召されることになっておりますれば」
先皇の旧臣として、現王の今を口走ってしまった。
「・・・ねぇ爺や。若様って、どう言う意味?」
「ぶほっ?!」
怪訝な顔つきになって訊き質す誇美に、咽る爺。
旧臣の爺は、シキが誇美の実の兄であるのを知っていた。
前の大魔王を務め終えたデサイアからも、その事実が知らされてもいたから。
「あ・・・若様と言ったのはですな。
お若いのに大変なる苦労をされて来たお方だと言う意味でして」
誇美に真実を明かさないようにと、留め置かれているのを思い出して、咄嗟に誤魔化す爺に対し。
「ふ~ん。なんだか・・・怪しいわね」
納得しかねる元大魔王姫。
暫し、冷や汗を垂れ流す爺やを見詰めていたが。
「まぁ、その件はおいておきましょう。
もう一人の美晴・・・もとい。
魔王の妃からの確約を取り付けられたのは大きいわね」
「御意に」
話を切り替え、闘いに有利な条件を持てたのに安堵して。
「いざという時には。
爺やに一軍を与えて貰うとしましょうか」
「謹んで承りますぞ」
穢れた空間での戦いだろうが、臆する事は無いと自信を持った。
「これで、美晴を救い出せる・・・筈よね」
相手が如何に狡賢いとしたって。
「残るは・・・居場所の特定だけ」
救助に自信を付けた誇美ではあったが、問題は此処からだった。
「皆に命じます。
光の御子が囚われている空間の場所を突き止めて。
発見が遅れれば遅れる程、救助が難しくなると思うから。
だから、一刻も早くに見つけ出しなさい」
縫いぐるみ達へと探索を命じる。
女神としてではなく、魔界の皇であったルシファーの姫君コハルとして。
ざわざわざわ!
数体の縫いぐるみが姿を消す。
それは宿っていた魔界の臣が動いた謂れ。
「グラン。あなたと爺は一緒に来て。
護衛が誰も居なくなったら危険なのよ」
身近に置くのは、絶対の忠臣だからか。
「この躰を守らなければいけないの。
もしも危険に晒された時には、人間界でだって・・・」
美晴が帰還できるかの鍵は、身体を護り抜くことに他ならない。
「だからね。
私の一存で二人には魔獣から変わって貰うことにする。
女神を補佐する役目・・・つまり天使になって貰おうと想うの」
魔界の民であるのなら、人間界への関与は御法に依って禁じられている。
だから誇美は、女神の特権を使役しようと言ったのだ。
「グランにエイプラハム。
二名は今より、女神ペルセポネーの使徒になりなさい。
そして人間界において、この美晴の身を護るのよ」
魔界の民である魔獣へ光を与え、聖獣へと化し。
「私の命があれば、直ちに任務を全うしなさい」
時と場合によって、異能の発揮を許したのだ。
「了承いたします」
「姫様の命に添い奉らん」
剣士と将は、姫に傅く。
「頼んだわよ、私の使徒」
忠義の臣。気高く麗しの姫。
姫の想いは守り抜くだけ・・・この身を。
臣達の願いは最期まで寄り添うこと・・・姫の希望を叶えるために。
一頻り縫いぐるみ達が騒めいた後。
命を下知した後は、部屋の中も鎮まって。
「ルマ義理母様は起きてられるかしら。
美晴の救出に援助が得られたのを教えてあげようかな」
不安に駆られているかもしれないと、誇美が気を遣う。
自室を抜け出し、リビングへと向かう。
「あ・・・まだ起きているんだ」
リビングの灯りがドアの隙間から漏れている。
それに、微かな声も・・・
「?!」
その声を聴いた途端に、誇美の身体が動けなくなった。
「美晴・・・どうして・・・なぜなの」
絞り出すようなルマの・・・泣き声を聞かされてしまったから。
「なぜ?悲運に遭わねばならないのよ」
娘の不幸を想う母の声が、耳に突き刺さった。
「あの子が消えてしまうかもしれないなんて。
これで二度目・・・今度こそ・・・」
絶望に圧し潰されそうになった母の声に、誇美は声もかけられず。
ドアノブへと伸ばしていた手を退いて。
「ごめんなさい、ルマ義理母様。
ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
謝りの言葉を吐くしかなかった。
本当の娘を想う、母親の声には・・・・
誇美は全てを投げ打ってでも取り返すと誓う。
女神として。また、先の大魔王姫の名にかけて。
邪悪から美晴をルマの許へと還すと誓った。
それがどんなに困難だとしても、どれほどの犠牲を要したとしたって。
耳にした涙声に悩む誇美。
哀しむ義母を元気付けてあげたいのだが。
どうすれば癒してあげれるのだろう?
次回 王立魔法軍 たった一つの誓い 7話
想い悩んでいた時聴こえてきたのは・・・幼き少女の声。その声は誰なのだろう?




