王立魔法軍 たった一つの誓い 3話
マリアとすれ違ったのを気付かない誇美。
月夜の晩に帰り着いた家で待っているのは、義理の母とも呼べるルマだった。
真実を打ち明けられないコハルは、美晴として会おうとするのだが・・・
公園を抜ける前、月明かりの下ですれ違った。
だが、互いに知り得なかった。
誇美はマリアとすれ違っていたのを知らず。
そして美晴がそこに居なかったのを・・・マリアは知りようもなかった。
街灯の明りを受けて走り続ける。
長い髪が揺れ、それが路面に影となって映り込む。
当り前の事なのだが、この娘にとっては人の枷にも思えてしまう。
「何度か変身したこともあったけど。
人の世界で自分独りの足で走っているだなんて、嘘みたい」
真っ直ぐ前を向きながら呟き、立ち止まらずに走り続けて。
「天界や魔界だったのなら。
魔力を使えば飛ぶことだって出来る。
そのくらいの異能力は持っているんだから」
ふと、自分が作っている影に目を落として。
「人は影を作れる。
神には出来ない事でも人には成し得る物があるのよね」
精神世界の産物でもある神。
光を纏える者である女神には、現実世界で影を作ることが出来ない。
影を纏えない光は、現実世界で形を成せない。
逆に翳りだけの存在である闇に属する者達も同様でもあるが。
故に、女神は憑代を求め、宿る事で現実世界に干渉出来るのだ。
あの理の女神だとしても同様。
邪悪なる敵も容を擁して、漸くにして実体化出来るのだ。
「私が宿っていたリボンにも影が出来るけど。
人の身体で影を作れるなんて・・・考えてもいなかったけど」
走る足元から伸びる影を観て、今の立場を思い起こす。
「本当だったら、この影は美晴のモノなのだから」
人の身体を手にした・・・否。
不可抗力とでも言える理不尽な転移によって、美晴の身体を乗っ取ってしまった。
穢れた空間の主により罠に嵌められ、身体を維持する為には憑代の身体を使わざるを得なかったのだ。
「そう・・・私じゃなくて。美晴の身体だもの」
ぽつりと溢した。
辛さのあまり、本音が。
「女神の誇美ではなく、人の美晴であるべきなのに」
前を観ている眦から、涙が再び込み上げてくる。
それを拭い、前方のマンションへと視線を向けた。
「本当なら・・・帰る筈だったのに。
温かく迎えてくれる人の許へと。
親子の温もりに溢れた・・・わが家へと」
見上げるマンションの窓辺から、室内からの灯りが零れていた。
そこは美晴が住む一室。
母と一緒に暮らすフェアリアの我が家なのだ。
灯りが付いていることから、先にルマが帰っているのが予想できる。
久しぶりの再会に、本当なら嬉しく思える処なのだが。
「真実を伝えるのが怖い。
出来る事なら知られない方が良いに決まってるわ」
穢れた空間に娘の美晴が捕らえられている事実を、母へと知らせるのは酷だと思う。
「だって・・・美晴は私の身代わりになったも同然なのだから」
人の希望である女神を闇の中に捕らえさせない為に、娘の美晴が身代わりとなって留まったのを教えるべきなのか。
もし本当のことを伝えたのなら、どれほど悲しみ嘆く事か。
人を助けるべき女神の自分が、こうして戻って伝えたことを恨むのではないか。
しかも姿形は娘のままなのに、話しているのは別人なのだから。
「このまま・・・美晴として会うのが良い筈だよね。
何も知らせず知られず、ルマお義母様に娘として接してあげれば」
騙すつもりではない。
本当のことを告げてしまえば、どれだけ悲しませるのかを懼れたのだ。
「必ず助け出してみせるから。
穢れた空間から退け出せたら、美晴は何があったのか覚えていない。
だったら美晴もルマ義母様も、何も知らずに済むんだから」
知らずに済むのなら、わざわざ教えることは無いと思った。
只、本当に助け出せるのかが確約できない状況なのが心苦しかった。
鞄の中に鍵が入っているのは知っていた。
ルマが帰っていないかも知れないと、美晴が持って来ていたのを覚えていた。
スッ・・・っと、鞄から取り出した鍵を鍵穴へと差し出した。
ガチャッ!
鍵を捻った覚えが無いのに。
カチャ!!
軽い音と共に、玄関ドアが開け放たれた。
「え?!」
驚きの声が出てしまう。
鍵を手にした時から、幾らかは構えていたのに。
開かれたドアから溢れる光。
その中から現れたのは・・・
「おかえり。遅かったのね」
暫しの沈黙の後、迎え入れる声が掛けられた。
自分の瞳に写るのはルマ義母様の笑み。
耳にも優し気で心遣いの籠った声が届けられる。
「あ・・・う、うん」
見開いてしまう瞼。どう答えていいのか分からなくなる唇。
一瞬で心が迷い、想いが巡る。
「ご・・・ごめんなさい」
遅くに帰宅したから・・・出て来た言葉では無かった。
俯き加減に言葉を絞り出すのがやっとだった。
優しい笑みや言葉が、心に棘を刺したから。
本当のことを言えずに居続ける自分を許して欲しかったから。
「さぁ、入りなさい。外は冷えたでしょうに」
「・・・はい」
手招いてくれる義母とも云える存在。
何も知らずに暮らした幼き日を彷彿させるかのように、母の温もりを感じて。
「おかあさん」
覚えている。
未だに幼かった日々を忘れていなかった。
もう一人の自分が居るなんて考えてもいなかった頃。
真実の母を知らずにいたあの頃、誰よりも慕い頼った・・・人を。
リビングに入ると、テーブルの上には沢山の料理が並べられていた。
「お腹が空いたんじゃない?直ぐに温めて来るわね」
「うん・・・」
テーブルに着き、椅子に腰かける。
キッチンへと向かいスープを温め直しているルマの背を観て感じた。
「ルマ義母様は何かを感じてる?
そんなことは無い。きっと出撃を控えているから・・・よね?」
普段より言葉が少ないことが誇美には気がかりだった。
優しいのは普段からなのだけど、何かしら違和感を感じてしまう。
僅かな沈黙が二人の間に流れて。
「さぁ、ポタージュを召し上がれ」
ルマがカップを差し出し、受け取る誇美は美晴の姿のままで。
「ありがとう」
何気無く礼を告げてしまった。
「昔から。コーンポタージュが好きだったわよね」
すると、ルマが急に訊ねて来た。
いいや、訊ねると言うよりは試して来るような話方。
「え?あ・・・っと。うん、粒が好き」
余りに何気なく訊かれたので、自分の好みを答えてしまう。
「そぅ?じゃぁ好みに合わない物もあるだろうけど食べてね」
答えを聞いたルマが何かを知ったかのように頷いた後、食事を勧めて来た。
「あなたとゆっくり過ごせる最後かと思ったから。
好きな料理だけにしたつもりだったのだけど・・・ね」
そう言ってきたルマが、湯気を立てているもう一つの鍋を観て。
「どう?ポタージュスープのお代わりは?
今度はカボチャ味のポタージュがあるのよ」
違う味のスープがあると言ったのだ。
ドクンッ!
それを聞いた瞬間に・・・分からされてしまった。
どうしてルマがポタージュを温めにキッチンへと向かったのか。
なぜ好みに合わない料理があると告げて来たのかも。
・・・そして。
「ルマ義母様。
いつ・・・分かったのですか?」
カップを静かに置き、震える口で訊いた。
「私が美晴を演じようとしてたのを」
誤魔化し通すつもりだったのに・・・と。
「この姿なのに・・・美晴の声なのに。
私がコハルなのを分かっていたのですか?」
想い計ったのに、見破られていたのかと。
「いいえ、コハルちゃん。
不確かだったのよ、あなたがトウモロコシの粒が好きだと答えるまでは。
あの子が小さな頃に粒で咽てしまって。
それ以来カボチャの方が良いって言うようになったから」
「そうだったのですね」
確証を得させたのは、自分の軽はずみな答えからだったのを教えられて。
「ねぇコハルちゃん。
あなたが美晴の身体を支配しているのなら。
どこに居るのかしら・・・生きているのだったら」
そして何故、身代わったままで帰宅して来たのかの理由も追及されてしまう。
久しぶりに逢えたというのに、暗い表情を見せていたから分かってしまったのだろうか。
「それは・・・答えられないのです」
誇美は口を濁した訳では無かった。
本当に何の手がかりも掴めていなかったからだ。
「どんな場所に居るのか。
どう過ごしているのか。
でも。これだけは言えるのです。
美晴は・・・生きている。
この躰が朽ちない限り、死んでなどいないって」
口惜しさから、唇が震え。
辛さから目尻に涙が溜まる。
「そう?それが聴けて良かった。
死んでいなければ還ることも出来るわよね」
フッと。ルマの言葉に顔を挙げる。
「あの子の事だから。
きっと諦めずに足掻いていることでしょう。
その内、何事も無かったかのように目覚めるかもね」
思わず義母の表情を顧みて驚いた。
「どうして・・・なのですか?
なぜ、微笑んでいられるのですか、ルマ義母様?!」
穢れた空間に閉じ込められた美晴の母を観て、訊かずにはいられなかった。
「分っているんじゃなくて?
女神として帰って来られたコハルちゃんなら。
あの子への絆を信じるのなら・・・ね?」
「絆・・・心の繋がり?」
現実世界での母とも呼べる人から教わった、女神としてではなく娘として。
絆・・・魂の結び付き。
想う人との繋がりこそが、道を切り開くのだと。
信じることの大切さと併せて、絆の強さを教えられた。
「神だろうと人であろうとも。
その人を想う気持ちが断たれない限り。
必ず手に出来るものがある。
それが・・・希望・・・なんだ」
宿らざるを得ない女神に、人の理が授けられた。
神であろうが希望を抱いても良いのだと。
理不尽と抗していても、希望を求めても良いのだと。
「そう・・・だったんだ。
絆が断たれた訳じゃなかった。
こうして私が此処に居るのは、全て意味があるんだから!」
誇美は思いの丈を叫ぶ。
今迄の事も、これから何が起きるのかも。
全てが繋がっているのを感じながら。
誤魔化し通せなくなった誇美。
何かを分かっていたようなルマの前で、美晴の現在を教えることになってしまった。
でも、母は悲しみを押し隠して微笑んでくれた・・・
一方、魔界将の狒々爺は救援を求める為に、とある場所へと赴いていた。
そこで謁見することとなった相手とは?
次回 王立魔法軍 たった一つの誓い 4話
危急の報を上奏する魔界将。討伐隊の編成を願った相手とは?




