王立魔法軍 魔砲少女は斯くて闘う 17話
身を挺して女神を送り出した魔砲の乙女。
約束を果す為、邪悪な空間で唯独り戦い続ける道を選んだ美晴。
しかし、光の神子の魔法力は徐々に失われて・・・
襲い掛かって来る忌まわしい触手を、魔砲の異能で撃ち払う。
魔の空間から脱出を図る女神達を庇う為、希望を託した仲間を守る為に。
ズルルッ!
幾本もの野太い触手が、たった独りで闘う少女へと向けてのたうち回る。
ボムッ!
その中の1本が魔法光弾を受けて断ち切られた。
だが、断ち切られたのとは別の触手が数を増して襲って来る。
魔砲の乙女を覆い尽くすかのように、伸びて来た触手達が一斉に躍りかかろうとした、
ド! ド・・・ドドドンッ!!
が。
「魔法力が続く限り・・・撃ち続けてやるわ」
シュゥオォォォォ~
爆光が消え去った跡には、白い魔法衣を纏う乙女の姿があった。
その手を光弾を放ったままの姿勢で、次なる相手へと狙いを付けて。
そう。
蒼髪を揺蕩わせる乙女の双眸は曇ってなどはいない。
「あたしは・・・最期まで抗ってみせるんだから」
引き締めた口元から零れるのは、聖なる魔法力が尽きるまで闘うと誓う凛々しき声。
否、決然と言い放つのは。
「喩え魔力が尽きたって。
あなたになんて屈したりはしないんだから」
魔法力を喪失しても、絶対に諦めたりはしないと宣言したのだ。
強大な邪悪なる異能空間で、唯独り孤独な戦いに身を挺する人の子が。
再び触手達が湧き出し、対峙する者へと伸びて行く。
ドシュンッ!
襲い掛かる前に薙ぎ払われるが、次から次に産み出されて。
ドムッ!
また、噴き飛ばされる。
何度も・・・何度だって。
終わる事の無いルーティーンのような小競り合いが続く。
「もう・・・誇美ちゃん達は現実世界に辿り着けたかな?
もう空間の主の眼を惹き付けておかなくても良いのかな」
キュリアを抱いたエイプラハムがリボンを掲げ持って消えてから、既に数分が経ったと思われる。
脱出を図った女神の術が発動した後、空間の主は追手を差し向けようとしたのだったが。
結界を破って空間から逃れる女神や狒狒爺を見逃したのだ。
その訳は・・・
「あたしが逃げずに残ったことで、新たな人質が取れたと考えているのね」
女神ならば、人質に獲られた憑代を見捨てはしないだろうと考えて。
「女神をもう一度捕らえる為に、あたしを利用する気なんだ。
再びこの魔空間へと向かわせて、今度は抵抗出来なくするために」
医療魔法師キュリアへの呪いは、獣を倒せたことで解呪された。
きっと現実世界へと戻った暁には、この空間との接点でもあった悪魔の紋章は消えているであろう。
それなら、どうやって此処へと呼び付けるというのか?
どのようにすれば、女神は人質の許へと駆けつけようとするのだろうか?
一度は空間から脱出したというのに・・・
ズバァッ!
闘う魔砲の乙女に群がる触手。
段々と押され始めていたのを、唯の一撃で押し返す。
「「くくくっ!良い魔法力だ小娘よ」」
獣を手下と呼んだ空間の主が邪悪な声で嗤う。
「「その身体に秘められた魔力を頂くのも悪くない。
女神には劣るだろうが、なかなかに美味そうではないか?」」
邪まで穢れた声が嘲笑う。
「「逃がした女神を呼びつけるには。
憑代だったお前を捕らえて屈服させてやる。
聖なる光の子を穢し尽して・・・女神へ晒してくれるぞ」」
人質として扱うのではないと。
諦めないと心に決めている乙女を屈服させる程の責めを与え、その様子を女神に晒してみせると。
「「人の子の分際で、女神を宿すなど笑止千万。
身の程を知らぬ愚かな娘よ、存分に甚振り尽くしてやる。
死を乞う位の蹂躙を。破滅を乞う程の辛苦を。
己が為した行為を悔い、悶え苦しむが良いわ!」」
悍ましき声が、魔砲の使い手へと向けられた。
どのみち、この空間からは逃れられないと嘲て。
空間を造った主が許さない限りは、逃げるどころか死ぬ事すら出来ないと嗤い。
輝を纏えていた魔砲の乙女に翳りが見え始めたのは、それから間もなくのことだった。
数十本もの触手を断ち切り、数十本の先端部分を砕いて来た魔法力にも限界が近付いたのだ。
「はぁ・・・はぁ・・・」
肩で息を吐く。
「まだ・・・終わりが来ないの?」
目の前に伸び来る触手を蒼い瞳で見据えて。
「こいつ等を何本斬り刻もうと・・・終わりは来ないんだ」
空間を造った者にとっては、触手などは手下の獣より劣った存在に過ぎないのだろう。
なん十本と撃ち払おうと、産まれて来る。
「敵わないまでも、一発でも良いから主に喰らわせたい」
依然、空間の主は現れて来ない。
せめて一太刀・・・との願いも叶わないまま、徒に魔力を消耗していた。
「汚い触手に囚われてしまう位なら。
敵の大将に一太刀でも浴びせて・・・殺されたい」
最早、穢れた空間で闘い続けられるのも時間の問題となる。
魔法力が底を尽いてしまえば、白の魔法衣を纏う事も出来なくなる。
襲い来る敵と対峙するのも、応じる事さえもが不可能となる。
そして一度、魔法衣を維持できるだけの魔法力を喪失してしまえば。
「あたしに残されるのは諦めない心だけ。
屈辱と苦痛の中で、絶望に抗えるのは・・・魂だけになる」
襲い掛かるのは巨大で邪悪なる者。
この空間を造った程の、強大な悪意の塊。
「ううん、絶対に諦めないと誓ったんだ。
どんな仕打ちにも屈せず、運命に逆らってでも。
あたしは・・・美晴は負けないんだから!」
毅然と瞳を輝かせるのは、光を纏うようになれたからか。
それとも、屈する事の無い気高き心の表れか。
蒼髪を揺蕩わせる乙女は、まだ邪悪と闘い続けていた・・・
邪悪で穢れた空間から抜け出すには、女神でも一筋縄とはいかなかった。
残されていた神力に加えて、残されていた闇の異能をも殆ど使い果たしてしまったのだ。
「辛い・・・苦しい・・・眼も開けられないくらいに」
全ての能力を出し尽くしての結界破りで、誇美は気力さえも尽き果てそうになっていた。
「どうして・・・この苦しみは何処から来るんだろう?
なぜ体の芯から辛さが湧いてくるの?」
頭の芯が痺れ、身体に全く力が入らない。
暫し呆然となりながら、何が起きたのかを思い出そうとした・・・時だ。
「我が姫君・・・コハル様。お気を確かに為されませ」
どこかで聞いた事がある年嵩の男の声が呼んでいるのに気付く。
「・・・爺?私はどうなったの」
名を呼ばれた事で次第に意識が戻り始める。
「約束通り、医療魔法師を連れ帰った処にございます」
「そっか。私の放った術で帰れたのね」
付き従う狒狒爺の声を聞いて、懐かしい気持ちに浸っていたのだが。
「還れた?約束・・・誰と?」
結界を破る為に全ての異能力を喪失しかけた後遺症で、記憶さえも失いそうになったのか。
朧げな記憶を辿るように呟く。
「お忘れのようでしたら、生身の身体でお聴き頂きたい。
そうすれば、何が起きたかもお分かりになられる筈です」
「生身?私が精神世界の存在だと言うのにか?
現実世界に身体なんて在る筈が無いじゃないの?」
答えた誇美が違和感を覚える。
自分が女神と言う存在であったのを思い出し、今居る場所が人間界だと思えたからだ。
「爺。確か今、医療魔法師を連れ帰ったと言ったわね?」
「いかにも。その通りです」
魔法師というのが人であるのなら、連れ帰ったとは何処からなのか。
そして今現在の居場所とは?
判然としないのは、自分が神力を喪失しかけていたから?
それとも・・・何かが作用したのか?
「目を開けば。耳を澄ませば。分かると言うのね爺は」
「御意にございます」
未だに何が起きたのかは判然とはしないが、身体の中で何かが騒めいていた。
「この躰に何が起きているのか。
この心苦しさの訳を知りたい・・・辛さの意味を分かりたい」
求めるのは何が起きたのかという事と、約束を交わしたという相手について。
「それにもう一つ。
何故かは知らないけど、右手の指から感じる気配。
何処かは知らないけど、遠くない場所から感じられる声。
私の指には何があると言うの?」
感じられた違和感は、今迄気にかけても来なかった指からのモノだった。
誰かが指を通して話しかけてきているような気配に気が付いたから。
「さればあれ。姫様目覚められよ」
何もかも、訳を知りたければ目を覚まし耳を澄ませと促す狒狒爺の声。
「判ったわ、爺」
女神の誇美は狒狒爺に応えて、瞼を開けた。
「ミハル候補生!」
「ミハルさん?!眼を開けて!」
母娘が呼んでいる。
「お母さんは無事です!呪いも解けたんですよ」
女の子の声が呼び覚ましてくれた。
「ありがとうございます。助けて頂いて」
母の感謝が、感覚を呼び覚ます。
「約束を守ってくれてありがとう。ミハル候補生!」
遠い所から聞こえていたような、身近な場所に居る様な声が。
確か、大切な約束を交わしたような覚えがあった。
だけど・・・
「私の名はミハルではないわ。
だって私の名は、女神のペルセポネーだから・・・」
うっすらと瞼を開いて答えた。
視界に映って来たのは、光が零れる白い壁の室内と。
「あ!気が付いたんですねミハル候補生」
こちらを見詰めた、喜色を表わす表情の。
「良かったわ。気を失っていたのですもの」
淡い栗色の髪を肩まで伸ばした少女と、病服を着ている少女と同じ髪色で長髪の婦人の姿だった。
「気を失って・・・いたの?私は」
そう答えてから視線が下からなのが分って、ゆっくりと身体を起した。
「あ・・・れ?体の感覚が?」
感覚がおかしいと言う意味ではなく、なぜ身体を保てているのかという意味で呟いてしまったのだ。
「もう殆ど神力も残っていないと言うのに?」
誰かに宿っているのなら、女神の異能を行使している筈だった。
身体の自由を奪う位の神力を使えるのなら、気を失う筈も無い。
「だったら、何故。こうして人と話せているの?
どうして人の身体に宿れているの?」
不自然で違和感のある場所に目覚めた。
そして最も分からないのは、二人が自分を<ミハル>と呼ぶ意味。
「ああ。もしかしたら女神様が宿られているんですか?
今はミハル候補生に宿っておられる女神様ではないのですか?」
どくんッ!
跳び込んで来た自分の名前に驚いた訳では無かった。
「い、今。なんて・・・言ったの?」
頭の中で何かが暴れ出す。
「え?ミハル候補生に宿られていた。
コハルと呼ばれた女神様なのでしょう?」
ドクンッ!!
心臓のどよめきが頭の中で響いた。
「あ・・・あ?ああああ?!」
何度も。
何度も・・・ミハルと呼ばれていた記憶が蘇って来る。
「うわっ・・・うわぁあああああーッ?!」
木霊のように<ミハル>を呼ぶ声が頭脳を覚醒させる。
「ど?どうしたのですか、ミハル候補生」
「どこかが痛いの?手当が必要なら今直ぐに・・・」
突然、身悶え絶叫するのを母娘が手を差し出す。
「このキュリアが医療魔法師の名において救って差し上げます」
その手に携えた蒼い魔法石を翳して。
賢者が産んだとされる魔法石。
蒼き宝珠に映し出されるのは、神から贈られた魔法の力。
「医療魔法師?
助け出した?
私を<ミハル>って呼んでいる?
だったら・・・その<ミハル>って呼ばれる者は?
この躰には居ない・・・どこに?」
混乱した誇美が、助けを求める様にキュリアを見上げた。
「何を言ってるのですか、ミハルさん。
あなたが<悪魔の紋章>を解呪してくれたのでしょう?
あんなにも醜かった痣が・・・嘘のように消えているのですもの」
「私が・・・消した?」
どうして?どうやって?
「はっきりとは覚えていませんが。
あなたとあなたに宿った女神に拠って。
邪悪な悪魔と闘ってくれたのではありませんか?」
「邪悪なる・・・悪魔と?」
女神が悪魔と闘うのは必定とも云える。
だが人の世で闘うには、この室内では無理がある。
「どこで?って訊きたそうだけど。
私もはっきりとは分からないのよ。
だけど、これだけは言えるの。此処ではないどこかでって」
「此処ではない・・・どこか?」
俯いていた誇美の瞳がキュリアを見上げる。
その蒼き瞳に映っているのは真実だけを語る顏。
「悪魔と闘う場所・・・相手が棲む場所?」
段々と真相が垣間見えてくる。
女神を迎え撃つ敵が待ち構える場所と言えば。
「闇の空間・・・悪魔の棲家」
そして・・・女神の記憶が答えに導かれる、繋がる。
「じゃぁ、私が交わしたという約束って?」
俯いたままキュリアへと訊ねた。
悪魔に呪われていた彼女を助けるのが約束だったのか?
「はい。ミハル候補生が交わしてくれましたから」
「・・・ミハルが。じゃぁ・・・私は誰と?」
横から娘が間に入って来たのだが、女神はキュリアに再度訊いた。
「確か。女神が約束をしていたのは」
「独り言かと思ってたんですけど。
守るって呟いてから。
女神様に護られているからって仰られて。
約束してるから大丈夫だって・・・悪魔と闘っても還って来るからと」
ドクンッ!!
聴いた。
聞いてしまった。
魔空間での戦いへと赴く前の話を。
結界を破って帰還を果したことも・・・失われかけていた約束をも。
「あ”あ”あ”~~ッ?!ミハル・・・美晴ッ!」
そして・・・自らを犠牲にしてまで守ってくれた魔砲少女の記憶が。
「どうしてッ?!一緒に闘おうと言ってくれなかったのよ!」
守るべきは人の子だったのに。
女神が残るべきだったのに・・・
「美晴を助けてあげれなかった。
女神だと言うのに、輝の御子に助けて貰った・・・」
目覚める前に感じた心の痛み。
その理由がそこに秘められていた。
「今直ぐに・・・助けてあげたい。
光の速さで空間に戻りたい。
美晴を救えるのなら・・・悪魔とだって手を組むわ」
心の痛みが焦りを増長させたのか。
女神の誇美は声の限りに泣き悔やんでしまうのだった・・・
唯独り、邪悪な敵と対峙する美晴。
徐々に消耗していく魔法力を感じて覚悟をするのだったが。
決して諦めたりはしないと誓う乙女に空間の主は嘲笑う。
やがては貶められて、堕ちていくことになるのだと・・・
一方、現実世界へと戻れた女神の誇美だったのだが。
とある理由から神力を発揮できなくなっていた。
その理由とは?
果たして邪悪に捕らえられた美晴を救い出せるのか?
その日はいつになるというのだろう?
次回 王立魔法軍 たった一つの誓い 1話
休日が終れば戦場へと向わねばならない。だったら最後くらいは肉親と語り合いたい・・・




