王立魔法軍 魔砲少女は斯くて闘う 16話
決断を下す時。
魔砲の乙女は身を挺して約束を果そうとする。
自身の未熟さを嘆く女神は促されるままに?
魔砲の乙女が握り絞めるのは、女神を宿したピンクのリボン。
「「待っ、待ってよ美晴?!」」
最早、変身を遂げるだけの時間も失われて。
「ごめんね。頼みますエイプラハムの爺やさん」
シュンッ!
美晴の手からリボンが投げ出される。
「「待ってよ美晴ッ!」」
手から解き放たれたリボンから、神力を半ば喪失した女神の絶叫が響いた。
憑代との接点を失い、感覚を共有する事も話し合うことすら不可能となる。
それは最早、美晴を護れなくなった証でもあった。
パシッ!
穢れた空間を跳んで来たリボンが、狒狒爺の手に収まる。
魔法力を用いて女神のリボンを贈りつけてきた美晴に、髭面の魔界将軍が眼を向ける。
「コハル様・・・光の御子は?」
事の成り行きを見守っていたらしく、
「身を捨てて、希望を託したのですな」
リボンを放ってきたまま身動ぎもせずに、手を伸ばしている美晴を見詰めて。
「姫君へ。女神と成られた同胞に・・・未来を委ねて」
狒狒爺の紅き瞳に写っているのは、微笑みを浮かべる少女の顏。
悲壮感も無く、唯ひたすらに願っているのは、誰かの幸せなのか。
魔界の将には、人の想いが痛切に感じられたのだ。
「誰かの為に自らを犠牲にする。
気高く誇りある行為。則ち自己犠牲の精神」
嘗て邪神ルシファーの腹心として仕え、魔獣としてではなく人に寄り添う使徒として闘いに従じた。
天に背いた罪で天罰を受ける人類と共闘する主人ルシファーの盾と成り鉾となって。
しかし、天界には勝利を収めることが出来ず。
やがては共に闘った仲間である人類からも悪と呼び蔑まれ、異界へと押し込められてしまった。
その待遇に嫌気を差した魔獣の一部が叛旗を翻す。
魔王に修まっていたルシファーと決別し、邪悪なる世界を齎そうと目論んだのだ。
天界にも噂が拡がり、それを確かめる為に天使が遣わされる。
気高く心優しき天使は、邪悪なる者へと手を差し出した・・・だが。
穢れ切っていた魔獣達に捕らえられ、蹂躙されてしまう。
天界からの使者が来た事を知ったルシファーが、天使の許へと駆けつけ救出した。
邪神ルシファーも、元はと言えば高位の神、使者の天使も識天使と呼ばれた貴婦天使。
二人の出逢いは愛を育み、やがて邪神と天使は愛を誓う。
しかし、魔王と天使の狎れ合いを快く思わない神によって二人の仲が引き裂かれる。
全能神ユピテルは、魔界に堕ちていたルシファーを赦免すると嘯き、罠を仕掛ける。
悪巧みを知った天使は、自らの身を挺してルシファーを救う。
謀を失敗に終わらせた天使に、全能神は幽閉の刑と処した。
愛する天使を奪われたルシファーは怒り、天界との闘いを継続した。
いつの日にか奪い返すと・・・天使に誓って。
ルシファーが愛した天使の名は・・・ミハエル。大天使ミハエル・・・
「そう。
コハル様のお母上君、ミハエル王妃と同じように」
過去にも、同じような光景を観て来た。
理不尽で痛ましい出来事を。
「今、コハル様の身に起きようとは」
古き日を嘆く暇はない。
この場に長居は無用だった。
「我が貴きコハル姫。我を以って帰還の術を放たれよ」
恭しく捧げ持つピンクのリボンへと。
「憑代との約定を果されますよう」
何も訊くまでも無い。質す事も無い。
眼前にある、微笑む少女の顏を観たのなら。
「御子の想いを踏み躙られる所存か?!」
主人と仰ぐ女神へと一喝する。
「早まって実体化などなさいまするな。
神力を消耗してしまえば、術に差誤を生じかねませんぞ!」
捧げ持ったリボンに宿る女神コハルに、留まる事への愚を諭す。
そして付け加えるのだった。
「お急ぎくだされ。
彼奴が術に気付く前に・・・お早く!」
急き立て、是非も無いと。
宿る女神を分離させた美晴。
身体の中に残されていたのは、人並外れた魔砲の異能と。
「諦めないよ・・・絶対に」
誰にも劣らない精神力・・・と。
「諦めの悪さなら、女神にも劣らないんだから」
女神も勝る反骨心。
周り中から注がれる邪悪な気配にも屈することなく、瞳に輝を燈して。
「相手になってあげる・・・敵わなくたって!」
蠢き始めた邪な者へと対峙し、身を挺して護り抜くのを誓うのだった。
白い魔法衣が変わったのを見て取った空間の主が気付く。
目標の女神の気配が薄れたのを。
「なに?!どうしようと言うのだ?」
何かを企んでいるのは分かるが、魔法衣姿の目標はその場からは離れようとしていない。
取り込められて逃げ場を失ったというのに、歯向かおうと構えている。
既に闘えるだけの神力を失った筈だ、歯向かったとしても勝てるとは思っていない筈なのに。
「なぜだ?なぜ・・・微笑める?!」
何か特別な技が残されているとでも言うのか?
飛び出て来た魔界の獣に託してでも居るのか?
勘繰る空間の主が、ほんの少しだけ手を拱いてしまった。
何かを企んでいるのは間違いではないだろう。
だとすれば?
「あやつは髪を結わえていた布を髭の魔界獣へと投げて渡した・・・そうか!」
空間の主は、目の前に居る少女から神力が失われつつあったことに留意しなければいけなかった。
投げられたリボンに、もっと目を向け続けるべきだったのだ。
「おのれ!逃げるつもりか女神ッ!」
邪悪なる主は臍を噛む。
空間から逃れ出られるだけの神力が残っていたと知った時には。
「逃すかッ!」
慌てて繰り出した触手だったが。
「聖光弾!」
女神を宿すリボンへと届く前に、魔砲光弾を受けて吹き飛ばされる。
「あたしが相手になってあげる!」
光の魔砲を叩き込んで来た美晴に拠って。
ーー私が馬鹿だったばかりに。私が強くないから・・・ーー
狒狒爺の手の中で。
宿るピンクのリボンが項垂れていた。
退魔の戦いを舐めていた訳でもない。
十分勝算があったからこそ、魔空間へと入り込む作戦を練った。
相手が悪魔という認識で魔空間へと入り込み、現れた獣を退治はしたが。
自分が想定していたよりも遥かに狡賢い、穢れた空間の主の罠に嵌められてしまった。
ーーそれというのも、私が中途半端な女神だったから。
神力とお父様から受け継いだ魔王の能力も持ち合わせていたから。
邪悪なる空間でも対等に戦える筈だと調子に乗った挙句・・・
私は・・・私は・・・大切な者を奪われようとしている ーー
如何に魔法使いを凌駕する女神だとは言えど、持てる異能力を半減された状況下では勝算がたつ訳も無い。
自分の神力を過信し、相手の謀の前に屈した・・・その結果が悲劇を招いた。
ーー敵を倒すのも、仲間を助けることも出来ず。
美晴と運命を共にも出来ずに・・・逃げ出さねばならない ーー
噛み締めた奥歯が鳴る程の後悔と口惜しさ。
どんなに叫ぼうが泣こうが、人格化していない状態では誰にも分らない。
腹心の臣である爺にさえも判らせる訳にはいかなかった。
宿った状態だったら、一言だけ美晴に届けたかった。
ーー必ず・・・必ず!助けてみせる! ーー・・・と。
守護神としてではなく、大切な仲間・・・否、姉妹として見捨てはしないと。
「「解ってるよ爺や。直ちに結界を破るわ!」」
ピンクのリボンを手にする魔界の将へと応じる。
「「爺や!このまま私を持った手を突き上げて!」」
結界を破る事が出来るのは、唯の一回限り。
それも魔王姫の能力と女神に残された僅かな神力を併せて、漸く可能となるのだ。
・・・空間に囚われた一人を除く、3人を還すだけの術だったが。
「「抉じ開けよ!我と我が名により・・・鬼門解錠!」」
澱んだ闇に光が伸びる。
魔界の将が掲げるリボンを元にし、噴き出た聖なる光が闇を切り裂いた。
「「待っているのよ美晴。必ず救いに来るわ!」」
結界が突き破られた瞬間を逃さず、魔界の将を促した。
切り開かれた空間の裂けめを指すリボンに促され、狒狒爺がキュリアを抱えたまま跳んだ。
「赦せよ・・・人の娘。許されよ、我が姫」
最期の瞬間まで、応戦し続けている魔砲の乙女を見守っていた爺。
「<ありがとう・・・頼みます>・・・か。
なんと儚き哉。なんと気高き者なのか、魔法少女の美晴とは」
術により体が束縛される中で爺は、少女の面影を誰かと重ねた。
「慈母のように。
まるで本当の女神かと思えるような笑みを贈られた。
嘗てのミハエル王妃陛下と同じ様に、身を捨てられても」
たった独りで敵中に残り、仲間を庇って戦う魔砲の乙女。
その気高さに、唯々頭が下がる思いだった。
「ここに我が主君ルシファー陛下が居わしたのなら。
どうやってコハル様を癒されたであろう。
なんとして叱咤激励されたであろう・・・」
誇美も無念なら、狒狒爺も責任を痛感していた。
姫と忠臣は挙って思っていたのだ。
<<この場に真の闇の王が居てくれたのなら>>
邪悪なる空間でも異能力を減らすことの無い存在。
闇の強大なる魔力を以って敵と対峙できる者。
それに、人の世に味方してくれる頼もしき存在を欲して。
<<彼だったら・・・手を差し伸べてくれたのに>>
だが、心の叫びが届く訳も無い。
女神がどれ程渇望したとしたって、届く筈も無かったのだ。
魔界の王へは。
穢れた空間で奮闘している筈の美晴に、助けを呼ぶ事すら叶わず。
唯、無念で行き場の無い怒りを胸に思い出す。
ーー ああそうか。
きっと以前にも美晴は同じ目に遭ったんだ。
大切な何かを守ろうとして・・・悲惨な目に遭った。
何らかの訳があって記憶が消されたようだけど、
心の片隅に欠片となって残っていたんだ ーー
闘いの前に美晴が溢した一言を。
ーー だからって。
女神を気遣うなんて馬鹿な真似を。
どうして自分を大切に想わなかったのよ?
思い出したのでしょうに、穢される恐怖を・・・ーー
穢れた空間から抜け出していく最中、女神の誇美は唇を噛みしめる。
約束を守れなかった口惜しさに。
最期を共にすると公言していた、自らの愚かしさに。
ああ・・・心優しき魔砲の乙女は、女神コハルの身代わりとして身を挺するのだ、味方も居ない敵の只中で。
身を挺して脱出を促した美晴。
敵中にたった独りで戦い続ける道を選んだのは、大切な約束を守るが為。
女神コハルに人の世界を守り続けて貰う為。
そして、人の希望である女神に未来を託す為だった。
只、諦めない心だけが魔砲の乙女の拠り所だった・・・
次回 王立魔法軍 魔砲少女は斯くて闘う 17話
闘え!力尽きようとも。君には誰にも負けない諦めの悪さがあるのだから。




