王立魔法軍 魔砲少女は斯くて闘う 15話
邪なる獣を倒した女神コハル。
だが、穢れた空間は消えはしなかった!?
なぜ?空間を造った者が潰えたというのに?
その訳は・・・頭上から聞こえてきたのだ!
穢れた空間に響き渡るのは、身の毛が逆立つ邪な声。
「残念だったな女神よ。
そ奴は単なる捨て駒に過ぎんのだ。
多寡が獣魔を倒した位で勝ったつもりか?」
悍ましい声が頭上から降って来る。
「なんですって?!聴き捨てならないわね」
豚面の獣を駆逐した戦女神の誇美が言い返す。
「悪鬼の親玉か主だか知らないけど。
威張るなら姿を見せたらどうなのよ!」
魔空間に潜み、声だけを表わす敵に。
「姿を現わせないのは、魔戒剣で斬られるのが怖いんでしょうけど」
先程、獣を斬り祓った王者の剣メタトロンの威力を知ったのなら。
懼れて姿を見せれないのだろうと煽ってみせる。
「フフフ。
確かに太陽神が贈った剣だけのことはある。
だが、女神には過ぎた代物だったな」
「馬鹿にする気なのッ?」
頭上の彼方から響く邪悪なる声に、誇美が振り仰いで吠える。
「馬鹿に馬鹿呼ばわりされる謂れは無いわよ!」
だが、誇美の権幕にも動じず。
「馬鹿はお前の方だろう?
太陽神にも熟れていない半端な女神如きが。
王者の剣を使いこなせるとでも思っていたのか?」
声の主が嘲笑うように言い返して来る。
「たったの一振りで。
お前の神力は底を尽いたのはないのか?
次の一撃では、同じ威力の剣波は撃つことも出来まいに」
相手は穢れた空間に居る女神が、聖なる異能を奪われていくのを知っている。
「その証拠に。
お前の持つ魔戒剣からの輝きが薄れているぞ」
一撃を放った後、誇美が手にしている剣の長さが元へと戻り、黄金色の輝きを放たなくなっていた。
「剣も・・・お前も。
聖なる異能を放出してしまった。
我に勝てるだけの神力は・・・もはや残されてはいない」
頭上からの声が、女神コハルには勝機は無いのだと告げる。
手下の獣に撃った強力な剣波により、消耗してしまった神力では二撃目は不可能だとも。
「そ・・・れが。どうしたって言うのよ!
フルパワーなんて必要無いのよ、お前なんかには!」
見破られた事実が重く伸し掛かる。
さっきの獣を倒せたのは、女神の聖なる異能を出し切っての一撃だった。
この邪悪に満ちた空間では、聖なる異能を行使出来るだけでも偉業に等しかった。
それは詰まる所、誇美が前魔王姫だったという過去の経緯があったから成し得たのだったのだが。
今は聖なる者で女神という存在。
邪悪で穢れた結界の中に入るだけでも能力がすり減っていく。
況してや戦闘を熟せば、忽ちにして神力を消耗して行き・・・姿を維持する事さえも不可能となってしまうのだ。
だから、美晴に宿ったままの状態でチャンスを窺っていた。
それが故、決定的な一撃だと思って剣波を撃ったのだ。
・・・それなのに。
「ほざくが良い、女神よ。
どれだけ喚こうが、我の中からは逃れられん。
時は経てば経つほど・・・抗う力を自ら失くし、絶望を与えられるが良い」
「くッ?!」
脱出することも叶わず、邪気に中てられ穢されて。
やがては空間に呑まれ果てていく・・・
「このまま時が悪戯に過ぎて行けば。
奴の思うままにされちゃう・・・」
無駄に時が経ってしまえば、それこそが空間の主が欲するままになる。
キュリアを助けることも、呪いを解く事すら出来ずに。
ちらりとエイプラハムが抱えたままのキュリアに目を向ける。
なんとかして彼女だけでも脱出させたいと思う誇美だったが。
「空間の結界を破るには、最後の異能を解放するしかない。
そうすることでキュリアさんだけは爺やに連れ出して貰えるだろうけど。
残される私や美晴には、奴と対峙できるだけの戦闘力は残らない」
この空間に潜り込んだ時から分かっていた。
邪悪で穢れた場所では聖なる者や女神が能力を発揮できるのは僅かな時間に限られているのを。
主が手下と呼んだ獣を倒せたのも、早期決着を望んで放った一撃に全力をつぎ込んだから。
いくら戦女神だと言えど、その神力を殆ど消耗させてしまった今、強大な敵と対峙するには余りにも不利だった。それに今も尚、邪な気に拠って徐々に能力値が擦り減っていたのだ。
このままでは、誇美の危惧したように蹂躙されかねなかった。
「こいつの狙いはキュリアさんの魔法石だけじゃなかったんだ。
ミルアさんと美晴が邂逅した後、キュリアさんに話したと言っていたわ。
きっと名前を聞いてこう言ってしまったのよ<女神ミハルに逢った>・・・って」
その推測は間違ってはいないだろう。
悪魔と対峙する前に、ミルア自身から<女神ミハル>が宿っていると思っていたと聞いていたから。
「・・・そう。
こいつの狙いは医療魔法師を奪うことだった。
それならば手下で十分事が足りた筈・・・だったけど。
手下を囮にして新たな獲物を喰らおうと目論んだようね」
キュリアにかけられた呪い。
あの悪魔の紋章には、この主が潜んでいたのだ。
何も知らないミルアの話を漏れ聞き、やがて美晴が訪れると踏んだ。
そうとは知らない美晴が退魔を決行するのを、今や遅しと待ち構え。
手下の獣にも何も教えず、滅ぼされるに任せて・・・そして。
「罠に嵌められちゃったんだ・・・憎たらしいけど」
勝利を収められたと思えた時を見計らい、本当の敵が現れたのだ。
対処不能になった後で。
「こうなってしまったのは、私の所為でもある。
そうだからこそ・・・キュリアさんだけは守ってみせるんだから!」
憑代の美晴にも申し訳なく思う。
自分の不徳から招いた危機に、女神としての責任を感じて。
もう一度キュリアを抱えた爺へ眼を向ける。
「頼んだわよ・・・爺」
覚悟を決めた誇美が、最後の手段に訴えようとした・・・時。
「「ねぇ誇美。お願いがあるんだ」」
憑代である美晴が話しかけて来た。
「な、なによ。ゆっくり話してる時間はないんだけど?」
刻々と神力を消耗している今、呑気に話している場合では無いと焦る誇美だったが。
「「キュリアお母様をここから出してあげれる?」」
「も、勿論。そうしようとしているの」
頭の中で美晴が訊いて来る。
「「ミルアとの約束だから。守ってあげたいんだ」」
「当たり前でしょ。初めっから決めていたんだから」
不自然な話方だとは思ったが、必死な誇美には美晴の言いたい事が分らず。
「「絶対だよ?絶対にミルアの許へ還してあげてね」」
「解ってるっちゅぅ~の!」
時間を無駄にしたくないとばかりに声を荒げてしまった。
「「じゃぁ、どうやって空間を破るの?
今のアタシ達には魔力なんて殆ど残されてはいないけど」」
「あ?そうだけど。
女神を舐めないでよね。結界を破る方法は残されているわよ」
問い詰められた誇美が、キュリアを護っている狒狒爺を仰ぎ見て。
「ここが闇に属した空間なのを忘れたんじゃないでしょうね。
元、魔王姫の私には臣下を使役するのだって不可能じゃないんだよ。
爺やを連れて来たのも、まさかの時に備えての話。
そのまさかが起きてしまっただけってことなんだよ」
魔王軍の将でもある爺を以って、女神ではなく魔王姫として異能を放つ。
聖なる異能は底を尽いていたが、以前の魔力はまだ使える。
「爺やにキュリアさんを託して空間を抜け出して貰うんだ。
勿論、賢者の石も一緒に・・・だよ」
現実世界に抜け出せた後は、医療魔法で身体を治して貰う。
倒した獣から受けていた呪いは、既に解けている筈だったから。
少なくともそれで、母娘の願いは果たすことが出来るのだから。
「「うん・・・キュリアお母様は助けられるんだね。良かった・・・」」
「まぁ・・・ね」
本当に良かったのかは、キュリアが呪いから解放された後に判る。
尤も、その場に居合わせることが出来たのなら・・・の、話だが。
「「でも、エイプラハムさんが納得してくれるのかな?」」
「な、納得するに決まってるじゃない」
急に美晴から質された。
「「臣下が主君と仰ぐ姫を置いて行けるの?」」
「う・・・ぐ?!」
何もかも知っているかのように。
「「いくら元魔王姫だからって、結界破りは酷なんでしょ?
これだけの魔空間から4人揃って出られる程の魔力は無い筈よね」」
全員を抜け出させる程の魔力が使えるのなら、誇美は闘うのを諦めたりはしないだろうと。
「分かっていたんだ・・・美晴?」
伏せておこうと考えていた。
出来ることならば、全ての責任を自分で償う気だったから。
「「ううん、そう思っただけ。
もしアタシだったら・・・と考えただけだから」」
「そっか。元々が一心同体だったからね」
同じ体を持つ者として。
幼き時から宿り宿られた仲だった・・・故に、考え方も似通っていたと。
「それで?美晴の願いと言うのは何?」
これが最期になるかもしれない。
女神として人の願いを聴くのは。
「「アタシに援護を任せて。
まだ攻撃力を完全に喪失した訳ではないから」」
「え?!でも、そんなことをすれば」
変身を解く必要がある。
女神の誇美から、魔砲使いの人へと戻らねばならない。
その上で、空間の主との闘いに突入しなければならないからだ。
「「誇美はキュリアお母様の脱出だけに力を使うべきなの。
防御もままならない状態で攻撃を受けたら失敗するかも・・・でしょ?」」
「う・・・うん」
了承はしかねたが、納得せざるを得なくなる。
もしも美晴の危惧する通りだとすれば、最期のチャンスが失われる事になるのだから。
「「結界破りの術を放つのに、あたしの身体は必要?
宿ってるリボンから発動できないの?」」
「不可能って訳じゃないけど。
それには爺や達に触れないといけないんだけどね?」
まだ美晴からの勧めに応じられないと悩んでいた誇美が、何気なく訊かれて口を滑らせてしまう。
魔王姫の異能を発動させるには、形を成す必要が無いのを。
「「ふ~ん、なるほど・・・ね」」
この時、誇美は気付くべきだった。
前にも同じような出来事が起きたのを。
獣を倒す前に気付いた美晴の秘密を思い出すべきだった。
「なにが<なるほど>なのよ?」
だが、笑む様に呟いた美晴に応えられず。
「残された時間は無いんだよ。
一刻も早く脱出術を発動させないと」
「「じゃぁ決めてよ。陽動と防御の為に変身を解くって!」」
最後の決定を迫られて。
「わ、分かったわよ。
でも、準備が整ったら再度変身してよね?」
「「・・・ありがとう。コハルちゃん」」
違和感を感じる間も無く、憑代との交渉が終わり。
「それじゃぁ・・・いくわよ。チェンジ!」
擦り減る神力に焦りが募って。
女神コハルは魔砲の使い手ミハルへと変わる。
シュンッ!
一瞬で金髪が蒼髪へ。
マリンブルーの瞳が碧の瞳へと戻った。
「・・・ごめん。
こうするより方法がないんだ」
穢れた空間の中、美晴が呟く。
「だって・・・誇美には代わりが居ないんだもの」
結わえているピンクのリボンへと手を伸ばして。
「「え?!ちょッ、ちょっと?!美晴ッ?」」
身体を明け渡した後、結界破りの術を図ろうとした時に。
シュルリ・・・
美晴の手が、
ハラリ
リボンを解いていた。
「「ま?!待ちなさいッ!なにを?!」」
解かれたピンクのリボンが揺れる。
宿る女神の慌てふためく様を表わして。
「頼んだよコハルちゃん。必ず届けてよ、ミルアの許へと」
今迄呼び捨てにしてきた美晴が、懐かしい<ちゃん>付けで呼んだ。
「「や、辞めて!美晴が残るのなら私も」」
揺れ暴れるリボンから、誇美の叫びが。
だが・・・
「ううん、駄目なのはコハルちゃんの方だよ。
人の希望である女神様がこんな場所に幽閉されてはいけないの。
二人が揃って閉じ込められちゃう必要は無いんだよ?」
リボンへと向けられた美晴の顔に、笑みが零れて。
「お願いだから聴いて。
二人が堕ちてしまえば、助かる人も救えなくなるの。
人の希望でもある女神を失えば、それだけ邪悪を蔓延らすのよ。
だからコハルちゃんは還らなきゃならないんだよ」
諄々と説く美晴に、誇美は・・・
「「どうして・・・どうしてなのよ?!
なぜ美晴ばかりが!不幸にならなきゃいけないの?」」
泣き喚く。
「ありがとう、コハルちゃん。
でもね、あたしだって魔砲少女の端くれなんだから。
酷な運命なんかには負けたりしないよ。
抗って・・・抗って。諦めたりはしないんだからね」
過酷な運命に翻弄され続けた美晴が教えた。
「それに、この空間に居る限り。
死のうとしたって死は訪れてくれないよね。
どれほど絶望に襲われたって、死ぬことでは赦されないんだよ」
魔空間では、造った者が許さない限り解放されないと。
空間の中では時間の概念も無くなり、老うことすら無くなって。
死を求めても許されなくなる、どれほど辛苦を舐めようとも。
答えた美晴の顔から笑みが失せ。
「だから!あたしは諦めたりしない。
どれだけ経とうが、どんな目に遭おうが。
絶望なんかに負けたりはしないんだから!」
決然と眦を開けて。
「だからこそ!
コハルちゃんはあたしを気にせず。
ミルアとの約束を果たして。
医療魔法を継承させてあげて貰って。
そして・・・」
一旦言葉を区切った。
見開いていた双眸を細めて・・・から。
「あたしの分まで。幸せになって貰えるように祈ってるから」
微かに笑みを漏らした。
そう。
美晴は帰れないと知りながら変身を乞うたのだ。
誇美が放つ、結界破りの秘術に賭けた。
自分にとって最悪の結末を招くと知りながら・・・
神力を消耗してしまった誇美。
残された異能力だけでは満足に戦えるだけの時間も神力も無い。
それではどうすれば良いのか?
寸刻の猶予も無くなった誇美に残された手段があるのか?
考えあぐねた女神に美晴の声が届く・・・
次回 王立魔法軍 魔砲少女は斯くて闘う 16話
最後の手段に訴えたのは何故?聴こえるのは約束を果すのを願う神子の声!




