王立魔法軍 魔砲少女は斯くて闘う 12話
病室に設えられた護符を剥がす。
その行為は悪魔に知らせることにもなると言うのに。
魔法石と、その継承者の在り処を知った邪悪なる者は。
悪しき触手を伸ばす。
奪い去り、我が手に納めんと欲して・・・
悍ましい闇がキュリアを覆い尽くす。
身体に刻まれている悪魔の紋章が蠢き、賢者の石を手にした魔法医療師を飲み込んでいく。
このまま放置していれば、魔法の石諸共に現世から奪われてしまうだろう。
「させるか!」
魔法を秘める瞳が燃える。
一瞬の内に魔砲の異能を解き放ち、魔法衣を纏って手を差し出す。
「逃がしたりはしないんだから!」
母娘の仲を切り裂こうとする赤黒い闇に、真っ向から挑む。
「キュリアお母様から手を退かない限り。
あなたを許したりはしないんだからね!」
闇の中へと引きずり込もうとする悪意に対して。
ズワァアアアアァッ!
闇の空間の中へとキュリアを飲み込んでいく。
赤黒い蠢きは目的の魔法石と魔法属性の継承者を手にせんと強行的な手段に打って出たのだ。
漆黒の空間に連れ込まれるキュリアは、奪われまいと賢者の石を握り絞めて。
「私の身がどうなろうとも、この魔法石は渡さない。
死して貶められようが、ミルアだけは守ってみせる」
決死の想いで継承して来た魔法石を守り、娘への愛を貫こうとする。
「喩え・・・女神の加護を得られなくとも」
邪悪なる者に屈することなく。
古から受け継いできた癒しの能力だけでは、悪意の塊とでも云える悪魔を相手にするのには無理があった。
かと言って、なまじ半端な攻撃系魔法属性を以って対峙するのにも限界がある。
相手は現実世界にも干渉できる程の、高位な魔族なのだ。
単なるエクソシストなどでは荷が重い。単なる聖職者では対処は困難だろう。
相手に成れるのは敵と同等か、それを上回る異能を誇る者しか考えられない。
しかも・・・だ。
この穢れた空間は、悪魔の生存域。
邪悪なる者が棲み、聖なる者を貶める為の<魔空間>なのだ。
「思っていたよりも酷いな」
視界を遮る闇に、気分を悪くされる。
「前にも闇に包まれた事があったけど。
その時よりも・・・気持ち悪いな」
邪悪に澱む空間は、潜む者の異能に拠って度合いが変わる。
今、感じているのは。この闇が悪魔に拠って形成されている事の顕れ。
今迄感じたことも無い程の気持ち悪さは、邪悪さが強大であると教えているのだ。
「この空間の主が・・・どんな奴なのかを教えてるんだ」
気分が悪くなる・・・反吐を吐きそうなほどに。
身体中に悪寒が奔る・・・この場から一時も早く出たくなる程に。
「あたしには荷が重いかも。
誇美に任せた方が良いかな?」
悪魔の潜む空間へ、ミルアの母を護る為に紛れ込む事には成功したのだが。
「「臭っさいわねぇ。敵の正体を見極めるまで我慢しなさいよ美晴」」
宿る女神にとっても、穢れた空間は嫌なようで。
「「穢れた空間で戦闘力を落とさないためには。
タイミング良く変身しなきゃいけないんだよ?判った美晴」」
「・・・それもそうだね」
聖なる異能を誇る女神であっても、魔空間では全力の発揮に支障をきたす。
属性の輝系魔法力が穢れた空間で汚れてしまえば、敵へのダメージが減殺されるのだ。
それ故に、誇美は変身するタイミングを見計らえと伝えた。
「「ここぞって時までは、我慢しておきなさいよ?」」
「解ってる・・・敵の正体を見極めるまでは我慢するから」
この空間の主が姿を現す迄は、女神の存在を表わす訳にはいかない。
もしも誇美に変身して異能を表わせば、敵は自暴自棄に陥ってしまうかもしれない。
「計画が失敗に終わると判れば、共倒れを狙ってくるかもしれないしね」
そして、最後の悪足掻きに自爆を仕掛けて来るかも知れなかった。
そんなことになったら、救える者も助けられなくする虞があった。
「「そうよ美晴。
勝負は一瞬で決めるからね」」
憑代である美晴へと作戦の念を押し、女神の存在を明かすような真似を禁じて。
「「この戦女神のコハルが。
嘗て魔王姫と崇められた魔力で滅ぼしてやるんだから」」
穢れた空間であっても、異能を行使出来ると言い切りった。
「うん。頼んだよ誇美」
頭の中での会話を打ち切ると、美晴は身近に感じる気配を探る。
ぞ・・・ぞぞぞ・・・ぞぞぞ・・・
蠢く邪気が、聖なる魔法石へと触手を伸ばし。
「渡したりしません!悪事に加担するような真似をするものですか」
拒むキュリアを苛み続けようとした。
・・・と、その時。
「諦めろ継承者よ。
この空間に堕ちては、逆らっても無駄だぞ」
伸びる触手の先から、悍ましい声が湧き出して来る。
「我が手に渡せ。
その石の異能も、お前に秘められた属性魔力も。
さもなければ・・・穢し尽すのみだ」
邪悪の権化とでも言える程の、忌まわしい声が屈服を促す。
「私は悪魔になんて負けはしません。
どれ程穢されようとも・・・渡しません」
触手に絡まれ、苦痛に苛まれようとするキュリアが強がる。
「ほぅ?苦痛では屈服などしないと言うか。
好かろう。どのみちこの中では死に逃げることも出来ないのだからな。
死を欲するまでの苦痛を浴び続けても屈せずにいられるのか。
見せて貰うとするか・・・フフフ」
穢れた声でキュリアを苛む悪魔が嘲た。
「さぁ・・・どこまで保てるのか。見せて貰うとしよう」
その邪悪に満ちた姿を現して。
ぞぞぞぞ・・・ぞわわ
漆黒の空間に、獣が姿を現す。
赤黒く澱んだ影が容を成す。
その姿は豚にも似た魁夷で、でっぷりと太った胴体からは何本もの触手が突き出している。
悍ましいまでに醜い身体から、穢れた臭気が溢れ出している。
観ただけで吐き気を催してしまう程の邪悪な姿・・・
「うっぷ?!酷い腐敗臭」
離れた所から観ている美晴にも、その悍ましさが感じられて眩暈を催してしまう程だ。
「こんな奴だなんて。想定外だし・・・闘う気も失せそう」
今迄遭遇した悪魔の中でも最悪の部類だと思った。
まだ能力を見切れた訳でもなかったが、姿だけで無く臭気で感じてしまったのだ。
「何も知らない人間だったら、観ただけで気絶したかも」
これまで幾度となく悪魔に対峙して来た美晴だったからこそ気を失わずに済んでいたとも云える。
何度となく修羅場を潜り抜けて来れたから、集中力を維持出来たと言えた。
「だけど・・・あたしは。
奴を許したりはしないんだから」
光の御子として。
聖なる魔砲の乙女だから。
「ミルアも待ってる。
・・・キュリアお母様と一緒に、この闇を討ち破って還るのを」
魔法力を右手に籠め、敵への一撃を仕掛けようと・・・
「「待って美晴!あれは・・・」」
女神が何かに気が付き停めようとした。
だが・・・
「超絶・破邪砲!」
悪魔の悍ましさに。
それより況して、キュリアを解放する為に魔砲を放ったのだ。
ド! ドギュワァーーーンッ!
聖なる魔砲の光弾が、美晴の突き出した右手の先から撃ち放たれる。
狙うはキュリアを苛み続ける醜悪なる獣。
人の数倍もある巨躯目掛けて魔砲弾を発射したのだ。
「フ・・・なるほどな。気配を消して隠れておったか」
自らに目掛けて伸び来る光弾に気付いた怪物の赤黒い眼が、美晴の存在を知った時。
ドシュンッ!
豚の怪物に魔砲の弾が突き立った。
ビュシュゥンッ!
そのでっぷりと太った胴に、光の弾が穴を穿つ・・・
シュゥ・・・・ウ・・・・ゥ
獣の胴に穴が開いた。
・・・だが?
「く?!」
攻撃を受けた獣だったが、
「ダメージを与えられなかったの?」
胴体に風穴を開けられたのに、全く痛痒も無い。
いいや、それどころか。
「フ・・・確かに強力な魔力を擁してはいるようだが。
所詮は魔法を使えるだけの人間だと言うだけだ」
ボヨンッ!
嘲笑いながら、開けられた胴部の穴を即座に修復させたのだ。
「お前が継承者を連れ込む時に紛れ込んだのを知らないとでも思ったか。
我の邪魔をしようと試みることなど、先刻承知しておるわ!」
しかも、穢れた空間に忍び込んで来たのが分っていたと明言してきた。
「ここが我が空間であるのを忘れたか?
人間如きに邪操の世界で何が出来る?
所詮は魔法使いに過ぎないお前に、我を斃せるとでも思い上がったのか?」
そして穢れた獣は口上を垂れる。
光の魔砲だけを放てる人間の魔法使いだとばかり認識して。
「確かに・・・ここはアナタの空間だよ。
こんなに汚くて臭い場所なんだもん。
穢れた者の棲家には違いないんだよね」
攻撃を受け流された美晴だったが、臆することも無く言い返す。
「でも。
大切な人を想い続ける志を見捨てることなんてありはしない。
受け継いできた異能を悪用されるのを無視できない。
人としても、光を纏える子として。
だから・・・あたしは。
邪悪に染まるアナタに言っておくわ!」
聖なる魔法力を秘めた蒼き瞳が、邪悪の権化と化した獣を睨みつける。
「アナタがもし、罪を悔い改めると言うのなら。
闇を統べる王に取り成してあげたって良いんだ。
彼の許で贖罪に勤しむと言うのであれば、救いの手を差し出してあげる」
そして光の異能を宿した乙女が最期通牒を告げる。
「それとも・・・闘う?」
魔力を表した蒼髪を靡かせ、邪悪を照らし出す聖なる瞳を燃やして。
「言うではないか、魔法の使い手よ。
ならば、見せてみろ。我を悔やませる程の魔力を。
出来るものならば・・・なぁ!」
対峙する聖と邪。輝と漆黒。
その闘いの幕が・・・開かれた!
先制攻撃に打って出た美晴だったが。
魔砲の攻撃はダメージを与えられなかった。
醜悪なる獣に自らの居場所を明かしてしまう結果となった。
敵のウィークポイントを見つけるためにはどうすれば良いのか?
失策を痛感した美晴は、誇美の作戦を受け入れようとするのだが?
次回 王立魔法軍 魔砲少女は斯くて闘う 13話
彼女には隠しておかなければいけない秘密がある?
穢れた空間で女神が気付いた・・・少女が無垢では無くなっていたのを?!




