王立魔法軍 魔砲少女は斯くて闘う 10話
人の子として。
魔砲の能力を受け継ぐ者として。
邪悪と対峙するに決した美晴。
ミルアの母、キュリアの呪いを解き放とうと決したのだが・・・
病室で母娘を前に意を決した。
悪魔に拠って呪われた身体を開放してみせる・・・と。
チラリと室内に目を配る。
「魔除けの法印が四隅に貼られてある。
先ずはそれを解いて・・・出方を待つしかないか」
病院側もキュリアが如何なる状況下であるのかが分っている様で、空間を保つ意味もあってか4人部屋に居るのは呪われた本人のみ。
何時悪魔が襲って来ても被害が極限出来ると言う意味合いもあるし、他の入院患者からの視線を防ぐという側面もあるのかもしれない。
尤も、現代医学とは事を異にする呪いなんてモノを、医者が治癒する方法が無いのを表していただけだったが。
病室の四隅に置かれた魔除けの護符を観て、キュリアが受けた呪いを解く方策を考える。
「仮に悪魔がミルアの魔法石を求めているだけだとしたら。
魔除けを解いた時に襲い掛かってくる・・・ミルア本人へと。
だけど、もし。そうじゃないとするなら」
可能性の問題は、やがて一つの結論に達する。
「悪魔の狙いが、魔法石だけでは無いとするのなら。
魔法属性に覚醒していないミルアを襲ったりはしない。
いいや、魔除けを解除したって現れたりはしないだろうな。
だって悪魔の本当の狙いはそこには無いんだから・・・」
悪魔の真の狙いが魔法石だけでは無いのを、美晴はこれまでの経緯を考えて気が付いた。
魔法石だけを狙うのならば、譲渡されたミルアを狙えば事足りているから。
それなのに呪いをかけるだけに留め置いたのには意味があるのだ。
「古来の治癒魔法に覚醒している後継者ごと・・・魔法石を奪い去るのが目的か」
魔法石はミルアの手にある。
ならば悪魔は手を出しては来ないだろう。
何故なら未だに覚醒していない者は、魔法石の真価を発揮出来ない。
いいや、仮にだがミルアが覚醒できていたにせよ、魔法の石が発動できないという可能性があった。
高位の魔法石が継承者だと認めていないのなら、属性魔法は発揮されない。
どんなに優れた魔法使いであったとしても、賢者の石の偉大な魔法力を行使は出来ないのだ。
即ちそれは。
魔法石の威力を欲している者にとって、不十分な成果になるからだ。
「それなら、悪魔が出てくるように仕向けなければいけない・・・か」
視線を母娘へと戻し、拒絶されるかもしれないと口元を引き締めてから<彼女>に訊いた。
「「ねぇ、誇美。
悪魔と闘って勝てる?確実に」」
結わえてあるピンクのリボンに宿った女神へと質した。
「「条件に依るわね。
現実世界で闘えと言うのなら、五分五分って言う処」」
宿る戦女神が応じる。
女神の異能を存分に発揮出来ない状況下では確実に勝てるとは断言できないと。
「「でも。異能結界でならば・・・戦女神の強さを見せつけてやるわよ」」
呪いをかけた悪魔が、その生存域に留まるのなら話は変わって来ると言い切った。
「「だろうね。相手のテリトリーだけど大丈夫かな?」」
悪魔の生存域は穢れた空間。邪悪に染まる異界での戦いになるのだが。
「「ふふん!忘れたの美晴。
こう見えたって昔は魔王姫でもあったんだよ、私ってば」」
「「そっか。なら・・・決まったよね」」
今現在の美晴には、光の異能しか操ることが出来ない。
邪悪な空間に連れ込まれでもすれば、闇の魔法を使えない人間の娘でしかなくなってしまうのだが。
宿る戦女神は闇の中であっても惧れを抱いてはいないと言い切る。
「「まぁ、こんなこともあろうかと。
鞄の中に爺達を忍ばせて来てたから・・・ニャハハ」」
「「え?!いつの間に?」」
で。肩に提げて来た鞄を手探りで調べると。
「「お目付け役ですので。姫様の」」
ちゃっかり狒狒爺が納まっていた。
「「・・・また。気が付かないうちに乗っ取ってたのかぃ」」
軽く眩暈を感じて美晴が愚痴たのは、気にしなくても良いだろう。
これで闘いの準備は整えられた。
相手にもよるが、邪悪なる敵と対峙する条件が揃ったようだ。
憑代と憑神が方策を話し合っていたのを、母娘は黙って待っていたのだが。
「あ、あの。ミハル候補生?」
自分達を見詰めて身動きを停めた美晴へと訊いて来る。
「・・・あ。ご、ごめんなさい。ちょっと作戦会議を」
「作戦会議・・・独りで?ですか」
怪訝なミルアが美晴へと質すのを。
「言ったじゃない。あたし達が解呪するって」
「・・・あたし達・・・ですか?」
多人数表現を聞かされたミルアが、困ったように辺りを見回してから。
「誰かが・・・いいえ、もしかして女神様がこの場に?」
美晴に宿っていた女神の存在を思い起こして訊いて来る。
「え・・・えっと。
良く分かったねミルア。ちゃっかり出番を待ってる様だよ」
図星を言い当てられた美晴が答えたら。
「やっぱり!理を司る女神様が現れて下さるのですよね?」
伯母である女神の方が出張ると言い詰められてしまった。
「あ?違うけど。
ミハル伯母ちゃんは此処には居ないんだけど?」
「そうでしょう~。偉大なる女神様が・・・って?居ないぃー?」
テヘ顔で応える美晴に、目を丸くして訊き質すミルア。
「い、今。出番を待ってるって言いましたよね?」
「うん。言ったけど?」
女神違いを知らないミルアへ、美晴が動じもせずに。
「誇美も一応女神だから。
あたしに宿ってるお邪魔な女神だけど・・・それが気に入らないの?」
お邪魔女神と言われた誇美が、ピンクのリボンを揺らせて抗議を現すのを尻目に。
「ミハル伯母ちゃんはね、遠くの海に行っちゃったんだよ。
留守を任されているのが<誇美>って言う女神なんだけど。
なんだか・・・不安視してる?」
驚きと猜疑心の塊みたいな視線を向けてくるミルアに、美晴が真相を話したが。
「不安と云いますか、疑うしかないじゃありませんか?」
「どうして?」
同じ女神だと答えたのに、疑われてしまった美晴が訊くと。
「だ、だって!
私が知ってる女神様は、理を司る者って仰られましたし。
前大戦時に現れた偉大なお方だと気付かされたのですし。
偉大なる功績を残された<ミハル>様だと思えばこそ連れて来たんですよ!」
必至になって訴えて来るミルアが、何を望んでいたのかが分ってしまう。
「そっか。やっぱり伯母ちゃんに期待していたんだ」
もう一人の宿り女神が残した偉業を知るからこそ、絶大な異能に期待していたらしい。
だから美晴を知った時、接近を試みて来たのも判ってしまう。
幼き時から名を被らせられて、偉大なる異能を求め続けられて来た美晴には慣れっこだったが。
仲善くする人から異能だけを求められるのは哀しく辛い想いになる。
「だって美晴候補生なら。
キュリアお母さんを助けて貰えると思ったんです。
宿っている女神様に頼んでくれると思ったんですから。
初めて出逢えたあの晩に・・・
困っている人に手を差し出してくれる優しい人だと思えたから」
だが、心に刺さった棘を抜き放ったのは、ミルアの真摯な言葉。
「暴漢に襲われたあの晩、美晴候補生に出逢えたのを運命だって思ったのです。
魔砲の少女だった当時の女神様が辿った運命を聞かされていましたから。
それに前二国間戦争時にお母さんと出逢った経緯と。
その類まれな魔力と・・・人並外れた優しさを」
「生前の伯母ちゃんとキュリアお母様が出逢っていた?」
その言葉が嘘では無いことは、キュリアの表情でも分かる。
「ええ。始まりは遠く古代のフェアリアから。
神から授かった賢者の石で、ミハル様の御先祖に従ったことより始まるの。
伝説の双璧の魔女にも出て来るリーアが、私達の始祖ですからね」
「双璧の魔女って・・・古代フェアリアにある伝説の?」
伝承されて来た逸話だと思っていたが、キュリアは継承者であると教える。
魔法医療師として名を遺したキュア・リーアの子孫だと言ったのだから。
「ってことは?ミルアは伝説の魔法医療師の子孫ってことですか」
隠された事実を明かしたキュリアと、恥ずかしそうに顔を項垂れるミルアを交互に観て。
「す、すっごぉ~い。あたしは今、伝説の中にいるんだ」
信じられ無いモノを観るような瞳で二人に返した。
「美晴さんだって。
女神様を宿しているのでしょう?」
「あ、はい。どうやらアタシって憑かれ易いみたいで・・・あはは」
最初は堕神デサイアに。
その後には戦女神のペルセポネー・・・又の名を誇美に。
そして今は此処には居ないが、太陽神でもある理の女神ミハルにも宿られる事となった。
「宿られるのではなくて、護られておられるのね神々が。
とっても素敵で羨ましいわ、美晴さん」
キュリアの蒼い瞳が優し気に語り掛けて来る。
女神を宿す事が素敵な事だと。
「そ、そうでしょうか。
あたしは幼い時から別人格に乗っ取られるのが嫌だったんですけど」
平穏なる時も、闘いの最中であっても。
時として頼りになるが、意識を奪われたり意図しないことを仕出かされるのが怖かった。
「それでも。
あなたを今も、大切に想ってくれているのでしょう?」
「・・・はい。きっと」
運命に翻弄される自分を見守り続けてくれている。
何度だって死線を乗り越えて来られた・・・守られている間は。
・・・たったの一度だけは、護り切れなかったみたいだけど。
「自分から守られるのを放棄しなければ・・・ですけど」
たったの一度。
誤りを犯したことがある。
それを匂わせる美晴の表情が翳った。
「あ・・・いいえ。なんでもありません」
脳裏に過った翳を払い除ける様に応える美晴が、
「確かにミルアさんが憂うのは仕方がありませんけど。
此処に居る誇美だって、立派な戦女神なんですよ。
悪魔との闘いに臆する必要は無いって言いきれますから」
長い黒髪を結わえてあるピンクのリボンを揺すって教えるのだった。
「ですからキュリアお母様。
呪いを解き放つのを手伝わせてください。
必ずあたし達が悪魔を斃してみせますから」
女神コハルの異能を以って、解呪を成し遂げると。
「・・・無理だけは。絶対にしないと約束してね」
「勿論ですとも!」
キュリアから約束を迫られても即座に応えられる。
「あたしだって魔砲少女なのですから。
あ、いや。元魔砲少女で今は乙女のって云えば良いでしょうか」
緊張感を覆すように戯言を交えて答えるのが、美晴の優しさを表わしてもいた。
「大丈夫ですよね、候補生?」
だが、ミルアには冗談が伝わらなかったみたいで。
「コハルとか云う女神様って、お強いんですよね?」
心配からか強さの加減を訊いて来る。
「う~ん、知らないと不安だよね。
じゃぁ・・・見せてあげようか」
ホンの少し。
美晴は誇美に促した・・・
「「おぉ~けぇ~いぃ~!」」
頭の中で誇美が答えたのと同時に。
しゃん・・・シャラン
ピンクの花弁が一片舞う・・・・
一瞬だけ、美晴が瞼を閉じた後。
「「どう?これが私・・・誇美だよ?」」
瞼が開かれた時。
はら・・・ハラリ・・・
風も無いというのに、白桃色に染め上がった髪が揺れ。
蒼く染め抜かれた瞳で、母娘を観ている。
春女神モードの誇美が、優し気に二人に教えた。
「悪魔なんてちょちょいのちょいでやっつけちゃうんだから・・・ね」
眼を点にしている母娘へと。
「あ?あれ?!おーい、聞いていますかぁ?」
変身というものを観たことがなかったのか。
それとも突然現れた女神に気後れでもしたのか。
「困ったなぁ・・・折角現実世界に出たのに」
二人の前で手を振り、口上を垂れる誇美。
「え?なによ美晴。
もう戻れって?しょうがないなぁ~」
インパクトが強すぎたのか、気絶したように動かない母娘に対して美晴が戻れと命じたようだ。
シュルン・・・
瞬く間も無く、黒髪に戻った魔砲の乙女が。
「どうですか?なかなかに立派でしょ」
何が・・・とは訊くまい。
で?
「お分かり頂けたのなら。
あたしの言う通りに・・・良いですね?」
件の作戦を執り行うと告げるのだった。
「あ・・・はい」
キュリアは何とか意識を持ち直したようだったが、
「全くの別人に・・・ひゃわわ」
ミルアの方と言ったら、未だ現実逃避している。
「もぅ。ミルアったらしょうがないなぁ。
肝心要はあなたなんだから、しっかりしなさいよね」
肩を竦める美晴が、ミルアの方へと歩み寄って。
「お母様を救えるのは、あなたしか居ないんだよ。
シャンとしなさいよね、魔法医療師さん!」
しっかりとその肩に手を載せるのだった。
母キュリアは娘ミルアを守らんと矢面に立った。
自ら呪いを受けてでも、娘を庇ったようだ。
その親子の愛を感じ、是が非でも助けようとする美晴。
混沌の世界を救った<理の女神>が居なくても、二人が協力すれば斃せると考えるに到った。
そして、敵を倒す作戦を練るのだが・・・
次回 王立魔法軍 魔砲少女は斯くて闘う 11話
敵は悪魔か鬼か?潜んでいる邪悪は未然に魔力を感じ取っていた?!




