王立魔法軍 魔砲少女は斯くて闘う 9話
ベットを仕切っているカーテンを潜った時。
目にした光景に絶句してしまう。
美晴の瞳に映ったミルアの母親は・・・
咄嗟には言葉が出て来なかった。
眼にした姿に、声が詰まってしまって。
窓辺から差し込む昼の光に照らされた、その人の姿に息を呑む。
なぜならば、全身を包帯に包まれ患者服を着た女性らしき人が居たから。
茶髪が覘く頭のてっぺんから顔、首筋・・・更にはその下まで。
全ての肌を包帯で包み込んだかのような姿に、美晴は唯々驚愕するだけだった。
「あ・・・あ、あの。
魔法軍所属の候補生で。
ミハル・シマダと云います・・・」
黙っていては失礼だと思い直した美晴が、やっとのことで自己紹介する。
その言葉を待っていたのか、ミルアの母キュリアが応じる。
「驚かせてごめんなさいね、ミハルさん。
まるでミイラかと思ったでしょう?」
声を詰まらせていた美晴が包帯塗れの姿に困惑しただろうと言って。
「でもね、こうでもしないと周りに迷惑をかけるから」
ぐるぐる巻きにされた顔の中、両目だけは隠されていない。
そこにはミルアと同じ蒼い瞳が美晴を観ていた。
「迷惑・・・ですか?
看護師さん達では無くて周りに?」
返された言葉に、美晴は疑問を抱く。
「身体を包帯で巻くのが、どうして迷惑をかけないって言うのですか?」
露出されているのは目の周りと口元だけ。
隈なく全身を包帯で覆うのが、どうして周りに迷惑をかけないと言うのだろう。
不思議に思うのは美晴だけでは無い。
他の患者達だって気の毒に思いこそすれ、迷惑だなんて思いもしないだろうに。
「ふふふ・・・それはね、ミハルさん。
私の身体に刻まれた痣を観れば分かる筈よ」
問われたキュリアが、自嘲するかのように嗤う。
「刻まれた痣って・・・」
包帯の下に隠された傷が、如何なるモノかを教えて来たキュリアが包帯で巻かれた指先を顔へと伸ばす。
と、それまで黙って成り行きを観ていたミルアが。
「待ってお母さん!見せちゃ駄目よ」
慌てて母が何をしようとしているのかを察知して停めに入る。
「良いのよミルア。
この忌まわしい包帯姿を晒したのだから。
痣を見せるくらいなんでもないわ」
だが、娘が停めようとキュリアの指先は停まらず。
しゅる・・・しゅるり
顔を覆っていた包帯が解かれて。
「!!」
初め包帯姿のキュリアを観た時よりも、美晴は遥かに大きな衝撃を受ける。
栗毛の長い髪がキュリアの顔を半ば迄隠していた。
包帯の白さに負けない位の肌が瞳を射る・・・が。
「そ・・・れ・・・は・・・」
髪で隠された左側の肌に見え隠れするのは赤黒い・・・
「・・・痣。
ううん・・・<悪魔の紋章>なんですね?」
歪な形を描く痣を、美晴は瞬時に見切った。
「しかもそれは・・・闇に貶めようとする堕印でしょ」
髪で半ば隠されている赤黒い痣は、顔から下へと伸びて行っている。
不気味な痣は首筋から上半身、更には腹部を越え足先までも。
美晴が言い当てた<悪魔の紋章>とは、観た者にも不幸を撒き散らすとも云われる忌み嫌われし物。
不幸を撒き散らすかは分からないが、魔導書などに散見できることから呪いの類であるのは間違いない。
「良く分かったわね。
この痣は確かに悪魔が齎したモノ。
少女を救った際に、悪魔からの呪いを受けてしまったの」
「悪魔と戦ったのですか?」
思わず訊き返した美晴。
痣は悪魔が齎したモノだと肯定され、更には少女を救ったと聞いては黙ってはいられなかった。
「お母様が、どのような魔法使いかは存じませんが。
相手が下等な悪魔ならいざ知らず、呪いを放てるほどの者と対峙するだなんて・・・」
「無謀・・・だったとは思わないわ」
魔砲の少女として数多の邪操の魔物と対峙して来た美晴だったから。
キュリアが如何なる魔法使いなのかは知らなくても言い切れるのだ。
単なる人が単独で悪魔と対峙しても勝ち目は無いと。
だが、呪われたキュリアは薄く微笑んで応えるのだ。
「何故なら・・・ね。
手を指し伸ばした少女を救えたのだから。
悪魔からの呪いを断つ事が出来たのよ」
「でも!お母様に呪いが?」
自己犠牲を払って助けた少女の身代わりに、自身が呪われてしまったではないかと美晴が言い返した。
「それは仕方がなかったのよ。
私の魔法属性では悪魔を退けさせれなかったのだから」
「だったら何故。退魔師に任せておかなかったのですか?」
思わず声を大きくして訊き募ってしまった。
身に余る敵と対峙しなければならなかった理由を。
娘と同じ年頃の少女から訊き質されたキュリアは、美晴の言葉に娘であるミルアへと視線を向けてから。
「貴女だったら、どうしたのかしらね。
一時たりとも予断を赦さない状況で、敵の正体を観てしまえば。
大切な人を貶めようと目論む仇に、手を拱いて観ているだけでいられるかしら」
「それは・・・無理でしょうけど」
温和な表情で語り掛けて来るキュリアの視線を垣間見て、美晴は何が言いたいのかを悟らされる。
「ミルアさんを襲ったんですね、悪魔が」
母であるキュリアが護ろうとした少女。
それは誰よりも愛おしい娘のミルアであるのが分ったのだ。
「・・・そう。私が贈った石の所為で」
認めた母親が娘を見詰めたまま謎だった理由を教える。
「贈った石って?」
明かされた理由の根本である石の由来を訊ねると。
「これです。ミハル候補生」
ミルアが襟元からネックレスを取り出して。
「蒼い魔法の石なんです。
お母さんから誰にも見せてはいけないと言われていたんです」
手の平に載せて美晴へと差し出して来た。
「これって・・・魔法石だよね。
蒼く輝きを放っている所を観たら・・・」
単なる宝石の類では無いことぐらい美晴には見破れる。
「あたしの・・・古から受け継がれた魔法石と似通っている」
今は手元にない宝珠を思い浮かべ、同じ位異能を放っていると感じていた。
それは宿っている女神も同様で。
「「これって、普通の魔法石なんかじゃない。
もっと格の高い・・・強いて言うのならば神格のある石。
嘗て創世の神が人へと贈った<賢者の石>と同格なんじゃないの?」」
本当の事はともかく、観たことも無い魔力を秘めていると感じ取った。
「「これを正当に使えたのなら。
並みの悪魔に臆する事は無い筈なんだけど?」」
しかし、魔法の石が力を発揮できたのなら悪魔に呪われてしまう筈が無いとも考える。
「「今、キュリアさんは贈ったと言っていた。
だとするのなら、ミルアちゃんは石の異能を発揮出来なかった?
その所為で身代わりとなるしか方法が無かった?」」
誇美の考えはこうだ。
キュリアはミルアへと石を贈った。
受け継ぐべき異能を秘めた娘へと。
しかし、能力を受け継いでいないのか、それとも未だに開花していないのかは分からないが、蒼き石に秘められる能力を生かし切れてはいなかったのだ。
それ故に母であるキュリアは身を挺して娘を守った。
呪われるべきは石の持ち主である異能者だったのを、母親が身代わりになったのだろう。
襲い掛かった悪魔に自らが魔法石を持つ者と偽り、娘を庇った・・・騙された悪魔が怒り狂って呪いをかけた。
死をも超えるくらいの辛苦と・・・災いを共に。
「この石には先祖から受け継いだ異能が秘められているのです。
蒼き聖なる輝を纏い、疵を癒す効力があるのです。
死創を受けた者でさえも。
治せるだけの異能が秘められていたと聞き及んでいます。
自らの魔法属性に目覚めれば・・・ですけど」
優しい目で娘を見詰めながらキュリアが打ち明ける。
「この子は・・・覚醒を迎えてはいないのです」
魔法属性は癒しだと分かった。
以前に、それとは無くミルアから語られていたが、怪我くらいは治せるだけの能力は発揮できるようだが。
「お母さんの痣を消すだけの魔法力が・・・無いんです」
悪魔から受けた呪いを解く程の能力は持ち合わせていないらしい。
「治してあげたいのに。
私を護る為に・・・受けた呪いなのに」
口惜しさが。
無念さが痛い程伝わって来る。
「その石を使ってみたのミルア?」
「勿論!何度だって・・・でも、消えなくて」
首を振り振り、何度もチャレンジしたと答えるミルアに。
「属性魔法を唱えた?
回復系だけじゃなく、破邪系の戦闘呪文も?」
「文献に記されたあらゆる方法で・・・も。無駄だったんです」
属性系統の法術でも効き目が無いのなら、呪いはかなり強力だと思える。
「魔法力の増幅は?」
「母からの助力は望めないのです。
キュリア母さんが魔法力を行使したら・・・悪化を招く結果に」
呪われたキュリアは、娘の為にも自力で呪いを解こうとしたのだろう。
その度に逆に呪いが増幅し、却って悪化を招く事態となった。
全身に呪いの紋章が行き渡ってしまうくらいに。
「そう・・・だったら他の人には頼めなかったの?」
「頼もうとしましたけど。
お母さんの身体を観たら・・・誰もが怯えて手を指し伸ばしてくれず」
その答えを聴いた時、どうしてミルアが母の元へと連れて来たがっていたのかが分ってしまった。
「強力な魔力の助っ人。
忌まわしい痣を目にしても逃げ出さない者。
呪われた理由を聞かされて同情してくれる魔法使い。
そして・・・あたしに宿る者の正体を知れば」
今迄知らせてくれなかったのを、少しだけ哀しく思う。
半ば、騙されていたようにも思えたから。
「呪いを解く為なんだよね?
お母様を助けたい一心だったんだよね?」
ミルアに対しての問いに、
「娘が謀ったとすれば、それはこの母に責任があります。
どうかお怒りは私だけへと向けて・・・」
キュリアが庇って来たのだが。
「ううん、お母様。
怒ってなんかいませんから。
あたしが言いたかったのは、みず臭いことはしないでねって言いたかっただけです」
対して美晴が朗らかに応える。
友の母を救うのを拒むなんて、出来る訳も無いのだと。
「ミハル?!ミハル候補生!」
答えを聞いたミルアの顔が綻ぶ。
「待ってよミルアさん。
喜ぶのはお母様から呪いを消し去った後でしょ」
「あ。はい!そうですよね」
身代わりに呪われた母を救えると思い、感謝の面持ちで見詰めるミルアへと応え。
「呪いは消えても、お母様の身体を癒すには。
あなたのチカラが必要なんだよ。ミルアさん」
「はい。分かっています」
再度頷くミルアに頷き返した。
「退魔の仕事は・・・あたし達に任せて。
必ず呪いを解くから・・・ね?」
「・・・お願いしますミハル候補生」
魔砲の乙女は固く約束を交わす。
依頼した魔法少女は美晴の言葉に気付かずに応じると。
「お母さん。きっと治るわ」
母に向かって断言した。
対する母も、頷いて応える。
それが全ての転換期だと想いを新たにして。
「「どうするつもりよ美晴?
呪いって相手が分らなきゃ解く方法が無いのに」」
勝手に解呪を確約してしまった憑代に、女神がため息を吐いて溢す。
「「でもまぁ。
あの場に居たらそうしてあげるのが筋ってもんだよねぇ」」
満更でも無い風を装って。
「「こりゃぁ・・・出番かしら、ね?」」
戦女神モードでの出馬を予感させて・・・
呪われた母を救おうと試みる娘。
母娘の愛を目の当たりにした美晴が執るべき道は?
呪いをかけて来た相手が悪魔だろうと怯む必要なんて無い。
こちらには戦女神の誇美が居るのだから。
問題は敵をどうやって引き摺り出すか。
呪いを解くには敵を殲滅するより方法がないようだが?
次回 王立魔法軍 魔砲少女は斯くて闘う 10話
母娘の秘密に美晴は勘付く。伝説の魔法石の存在と彼女等の邂逅を知って。




