王立魔法軍 魔砲少女は斯くて闘う 5話
国境からの一報に接した重臣達。
閣議を行い、以後の方針を決めようとしていたが・・・
不穏なる機運が高まる中、王室警護隊でも気を揉む者がいた。
彼女の産まれ故郷が紛争地だったからなのだが・・・
終末戦争と呼び習わされた神軍との闘いが終わって、早くも26年が過ぎていた。
その間、世界を巻き込むような大きな戦争は起きてはいなかった。
だが、あれ程の戦いを経た後でも、小さな諍いは絶えず起きて来た。
戦後の覇権を争う強国も、独立を勝ち取れた小国であっても。
領土を巡る紛争は数限りなく発生し、その度に犠牲を払わされてきた。
一旦は独立を認めざるを得なかった宗主国だったが、少数の民族同士から構成された独立国家を、再度衛星国として傘下へと収めようと画策するようになった。
小国に居る不満分子を扇動し内部から分裂するように謀り、その結果。
独立する前の宗主国へと回帰するように仕向けられた小国は、内部崩壊へと齎された上で政治介入されるのだ。
その上で、新しく発足した政権には宗主国への恭順を促し、近隣の小国に睨みを利かせる。
傀儡政権に拠って更なる内部崩壊を齎し、やがては元の鞘に納めようと試みたのだ。
つまりは衛星国化。強いては宗主国に組み込まれて隷属されてしまう結末を招く。
フェアリアとの二国間戦争の末、皇帝を排斥し共産主義者達が政権を担おうと試みたロッソアだが、新たなる試みは巧く機能しなかった。
一旦は議会選挙制度を導入し、共和制の連邦国家として生まれ変わる筈だった。
だった・・・のだが。
国民選挙の末に大統領に任命されたのは、旧ロッソア帝国時代の軍閥を支援者とした党の首班。
当時、経済が立ち行かなくなって民衆の不平不満が燻ぶっていた。
そこで強硬な政治手腕を執っていたロッソア労働党が台頭、他の政策党を排斥する運動が展開された。
そして多くの党員や金で釣った一般投票権保持者を懐柔し、大統領選挙へと打って出た結果。
建国以来の投票率と相成った選挙戦は、得票数で圧倒した<ロッソア労働党>が大勝を得る。
そして党を率いた首班が、大統領に任命された。
強硬派で名の通っていた労働党は他の派閥を次々に政治から駆逐し、中央集権的な政策に転換していったのだ。
反対する党の力が弱まると、大統領に与えられる権限は逐次、強化され。
やがては大統領とは名目だけの役職名となっていく。
大いなる統領ではなく、全てを統べた領主に変わる。
そう・・・国家の全てを統べる者<総統>に。
フェアリアとの二国間戦争の終戦から、僅かに二十有余年。
覇権国家への道を目指し始めた<旧ロッソア帝国>、現<ロッソア連邦共和国>が目指す物とは?
再び軍事力を強化し始めた嘗ての強国が狙う物とは?
歴史は、再び悲劇を産み出そうとしているのだろうか?
領土の東端で発生した軍事衝突を受けて、フェアリア議会では解決を図るべく閣議が執り行われたのだが。
「国境の警備を任されていた駐屯部隊からの報を信じるのならば。
誠に忌々(ゆゆ)しき事態だと考えております」
国防大臣が事件のあらましを開陳し、交戦が正当な防衛行動だったと意見を述べる。
「近年、ロッソアからの違法密入国が急増しておる件も併せて考えるべきかと」
政治的亡命ならば入国審査を受ける資格があるのだが、秘密裏に入国して来る不法越境者に対しては取り締まりを厳しくせざるを得ない。
密入国者が急増している背景には、ボリシェヴィキロッソアの強硬な支配が潜在しているのは日を観るよりも明らかだった。
「ロッソア国内からだけではなく、他の衛星国からの不法入国が後を絶たない。
我がフェアリアだけの問題では無いと思われるのだが」
警察と検察を束ね、司法をも束ねる法務大臣が事件の裏には、根本的な原因があるのだと仄めかす。
「これでは三十年前の帝国主義国家への回帰としか映らない。
周辺国を討ち從え、世界の覇権を狙っているかに思えてしまうのだが」
大統領制を標榜しているのに、執り行っているのは専制政治としか見えなくなっていた。
「特派員からの報に依れば、国民からは総統と呼ばれているそうだが?」
事の起こりは、ロッソアが新たなる政権を発足させてからだった。
外交官を駐在させているフェアリアにも、異様なる状況が手に執るように知らされていた。
「所謂、恐怖政治と言う奴なのかは分からぬが。
弾圧を受けた少数派が、居場所を失い他国へと逃げる。
これは嘗てのロッソアと何ら変わらんとも言える」
隣国は変貌を遂げつつある。
周辺国としては状況の悪化を招き、且つ又、政情の不安定さが飛び火する事を嫌った。
「ロッソアに関しては、世界連合も苦々しく思っておるようだが?」
貿易を司る通商大臣が、ロッソアに制裁を加えようともしない各国を皮肉って。
「苦々しく思っていても、実際には何も方策が無いと判っておるのだよ。
ロッソアとの交易から得られる収支が、二の足を踏ませていると考える」
広大な領土から採掘される原材料を欲する大国達は、ロッソアに対して貿易上の不利を招く制裁には協力的では無かった。
通商大臣からの詰問に対し、外務大臣は各国が非協力的だと答えると。
「各国の足並みが揃わない処を見せてしまったようだ。
そうなれば、ロッソアは増々頭に乗り、内外共に強行的な政策に奔る虞がある」
議場を仕切る総理大臣が、他国からの支援を受けられない惧れがあると危惧する。
「そこで各大臣の意を問う。
我に非在らずとみられる、今回の紛争問題だが。
結論や如何に?戦争に訴えることには陛下から強く断れているが」
議決を纏める総理に対し、各大臣は言葉少なく答えるだけ。
「ロッソアとの交渉次第ですな」
「国境の警備を増やすべきでしょう」
紛争の解決を図るよりも、事変の拡大を懼れるだけだった。
つまり、今後も越境を図られると読んでいるのだ。
「宜しい。その方針に沿った対策に決しよう」
総理は問題の解決を先延ばしにすると決めてしまった。
対外的な報道管制も強いず、事件で発生してしまった犠牲者への気配りも見せず。
そして最大の汚点は、駐屯部隊を増大させてしまうことにあった。
国境に面した駐屯地に、新たな部隊を派遣してしまったことで、ロッソアに口実を与えることになるとも知らず。
不穏な空気を醸し出す議場から宮城へと視点を変えよう。
突如、降って湧いたような国境紛争が王宮を揺るがしていた時。
王室の警護を担当する部隊員達も、異変を知る処となっていた。
「実家から、何か言って来たのかアクァ警護官」
当直将校から問われているのは、実家がノーストラン地方に在るアクァ・ルナナイト警護官。
「いいえ。今の処は」
普段、表情を余り変えないポーカーフェイス少女が、一報を受けてから明らかに動揺していた。
「アクァ少尉の生家はノーストラン地方にあっただろう?」
「はい。ノーストランの更に東側に面した、魔女の舞う村です」
生まれ故郷であるノーストラン地方で発生した国境紛争に、焦燥感を滲ませて応える。
「魔女の舞う?ああ、騎士と魔女の魂が眠ると言う伝説の村だったな」
当直将校は、アクァの実家があるとされる村を思い起こして。
「緩やかな峠を隔てた先には、ロッソアとの国境が控えているそうだな」
「はい・・・僅か10キロを隔てているだけです」
両国との境に在る村に、アクァ警護官の実家があるようだ。
彼女が言った通りなら、国境から直ぐの村の中に育った家が在るようだ。
「御両親と、連絡は?」
「あ、いいえ。母も父も、こちらで暮しておりますので」
心配した当直将校が、二親との連絡は取れているのかと気を配ると、少しだけ顔を緩めたアクァが両親の無事を知らせて。
「私もお世話になっている、ラミル・カンパニーに勤めております。
本社勤務なので、両親共に首都で暮しておりますから」
世界規模へと成長した会社に勤めていると答えて、生命に危険が無いのを教えた。
「ふむ?じゃぁなぜ心配しているんだ」
「それは・・・」
肉親への危険が無いと知らされた将校が、どうして心配を募らせるのかと訊いたがアクァからは答えが返っては来なかった。
「アクァ警護官は、約束が果たせなくなるのを懼れているんですよ」
不意に、当直将校とアクァの会話に割って入って来た。
「彼女がそこで待ち続けているから・・・ですよね?」
いつの間に傍へと来ていたのか。
「なんだ、アンナ・パルミール警護官か。
その言葉振りだと、秘密を知っているみたいだな?」
当直将校が、間に入って来た少女警護官に質そうとすると。
「はい!その約束ってのが凄いんです。
なにせ、時の魔法に因んだ逸話みたいな物なんですよ~」
深刻な表情のアクァの横で、現れたアンナが悪戯顔で絡んで来る。
「・・・煩い」
後輩からの悪ふざけに、怒り眼になって睨みつけて。
「魔女のロゼが二十数年前を思い出すからって心配してるんだよ!
この紛争が発端になって戦争に訴えて来ないかって危機感を露わにしてるんだ」
宿っている魔女の言葉が気になっているだけだと嘯くのだったが。
「そうだったのか、アクァ少尉。
紛争が発展してしまうことに敏感になっていたんだな」
アンナよりもアクァからの言葉に納得した当直将校が、
「我々としても、対外戦争にならないことを祈るより他にないが。
今は警護官としての務めを全うする事だけに留意するべきだろう」
ロッソアとの戦争になるのなら出征する事にもなるかもしれないが、それは政治家が決めるべきで王室の警護を任される警護隊が関与するべきでは無いと言った。
「はい」
当直将校に頷いて応えるアクァだったが、本心ではどう思っているのか。
「当直将校。宮殿内の巡回に参ります」
王室警護隊の務め。
一見、地味な務めにも思える見回りだが、いついかなる時であっても不測の事態に備えておくのが警護官たる者の仕事。そして警護官が魔法使いで構成されている謂れでもあるのだ。
「宜しい。
短剣の携帯を許可する。
万が一の場合は、通報よりも危機回避を優先すること」
危機の回避・・・つまり、王室に仇名す者への対応を優先すると命じられたのだ。
それが魔法使いが王室の警護官に任命される謂れであり、
「異種たる者との遭遇に際しては、護衛の任を優先しろ」
魔力を持つ敵に対峙しても任務を全うし得るとの判断からだった。
「了解しています」
二振りの短剣を両腰の剣帯に差し、挙手で応えるアクァ警護官。
「王立魔法軍少尉、アクァ・ルナナイト。これより巡回に向かいます」
フェアリア国軍に新設された魔法軍。
その中でも一握りの優秀者で構成された警護隊に属し、王室を守るべく日夜務めを果たす部隊。
長官はドゥートル・フェアリアル元老院大将を擁し、新たに置かれた司令の任をルマ・シマダ中佐が担う。
警護隊の目的は単純かつ明朗。
フェアリア王室の要人警護と保護にある。
それ以外の任務は与えられず、それを全う出来そうにない状況下になれば、必至必殺も辞さない。
つまり、身を捨ててでも警護に勤めることが要求されているのだ。
故に、警護官となるには自身の健全性にも拘られ、王室への忠誠が求められる。
そして最も重要視されるのが、魔法使いとしての能力。
並みの魔法使いでは勤まる筈もなく、特異な魔法属性を以ってして漸く任命の試験を受けることが出来た。
努力でどうにか出来るレベルでは無く、警護官と成れるのはほんの極僅かな魔法使いだけ。
アクァのような特殊能力者を含む、極々少数の魔法少女達が任命されていただけだったのだ。
当直将校と別れたアクァ少尉が廊下を歩んでいると。
「アクァ先輩!新司令官に頼まれてみたらどうですか?」
後ろから追いかけて来たアンナ警護官少尉が。
「故郷であるノーストラン地方への出向を」
先程とは全く違う真剣な顔で訴えていた。
「・・・アンナ?」
振り返るアクァが怪訝な表情になる前に、話しかけて来た空間魔法士アンナが言った。
「知ってるんです、わたし。
女神様との約束を果たすには、魔女の地でしか無理ってことを」
「・・・どうして?知ったんだ」
否定はせず。
質したのは、如何にして知ったのかという事だけ。
「それは・・・秘密です」
教えられないと返したアンナに、質したアクァが。
「ぷ・・・だろうな」
破顔一笑して頷いた。
「アンナなら、そう勧めて来る気がしていたよ」
気を揉んでいた事からも、後輩の魔法少女が勧めて来るような気がしていたのか。
「そうだよな。行ってみるのが正解みたいだからな」
それとも・・・既に何かが起きた後なのか?
魔法少女であるアクァの特技は、時を司れるということ。
偽のアクアには不可能であっても、本物のアクァには可能だった。
過去へと飛べる<時の魔法>を行使できるのが。
「魔女のロゼさんも?
そうするべきだと仰られたのですか?」
「いや。ロゼからは勧められた訳じゃない」
宿る魔女は勧めていた訳では無い。
ならば、どうして実家のあるノーストラン地方へと向かおうとする?
「ルナ様が。
皇太子姫殿下からの依頼でもあるんだ。
真相を観てきて欲しいと、御頼みになられたんだよ」
「ひえッ?!殿下直々の御頼みなのですね!」
ルナ・・・フェアリア王女のルナリィ―ン皇太子姫から、直接頼まれたというアクァに驚くアンナだったが。
「だったら!
殿下の宝刀を抜けばいいじゃないですか」
「伝家の宝刀って言えよ・・・」
つまらないダジャレに、アクァはジト目になって。
「その件は、今頃司令に伝わってるだろうさ」
後輩魔法士への答えとした。
警護官としての務めもあるが、心は既に生まれ故郷に向かっていた。
アクァはアンナの勧めを受ける前から願った。
本当にロッソア連邦が侵略を目論んでいるのかを調べに往きたいと。
その願いは皇太子姫ルナリィーンと重なっていて・・・
事態が急変する中、第08小隊にも変化が?
それは訓練を続けていた、普段となんら変わりのない一日だった・・・
次回 王立魔法軍 魔砲少女は斯くて闘う 6話
一通の電文が変えるのは?美晴達の未来なのか?!




