Act30 墓標に刻まれた名
父と2人だけになった折・・・
リィンへ語りかけてきたのは正気を取り戻しているロナルド。
今、真実が明かされようとしている・・・
車椅子が停まる。
親娘3人の前にあるのは、新しく造成された墓地。
まだ古くない造成地は、たった一つだけの墓標が建てられている。
まるで王族や貴族の墓地かと思うくらいの広大な敷地なのに。
敷地には塀が張り巡らされて、誰にも近寄らせない風にも見て取れた。
その塀に掲げられてあったのは・・・
「ここよ・・・リィンタルト」
車椅子を押して来たユーリィが教える。
「ここが貴女の知りたがったミカエルさんが居る場所・・・」
塀の中にある墓標。
それがミカエルだと言うのだろうか。
教えられたリィンの眼に飛び込んで来たのは<オーク社>の槍に蛇が絡みついた紋章。
それが意味する処は。
「ミカエル・・・ミカエル・オーク。それが彼女の名よ」
父ロナルドの代わりにユーリィが教える。
「あなたが産まれた時と同じくして亡くなった・・・と、聞いてるわ」
哀しい過去があったのだとも。
周りを木々に囲まれた墓地に、唯独りで眠っているミカエル。
若くして亡くなった訳も、生前の面影も。
「私がまだ2歳の頃の話だから・・・良くは知らないけどね」
ユーリィには知り得ない事だと告げられて。
「だけど・・・お父様が言っていたわ。
あなたに生き写しだって。いいえ、あなたがミカエルに似てるってね」
父ロナルドにしか分かり得ないのだとも言われてしまう。
「もし、お母様が存命だったら・・・教えてくだされたかもしれないけど」
そう言ったユーリィが、車椅子のロナウドを観た。
呆けたような顔を見せる父へ、無言の抗議をしているように。
「覚えているのは、お母様がミカエルを憎んでいた事。
お父様を横取りしようとした女狐だって・・・溢されていたわ」
睨むかのように母との怨恨を教え、
「それだから、お母様もミカエルと日を違わずして亡くなったのかもね」
母が亡くなってしまったのが、ミカエルの所為だとも言うのだ。
それまでユーリィが語るのを黙って聞いていたリィンだったが。
「エリザ姉様やリマダ姉様達は、お父様とミカエルさんの過去を知っていたの?」
「ええ、勿論。二人は事ある毎にお父様を侮辱していたもの」
二人の姉達について質したリィンへ、眉を寄せてユーリィが認める。
「姉達が強権的な会社経営を取り出したのも、お父様を阻害した挙句の果て。
自分達がフェアリー財閥を牛耳れると踏んでの行いだったのよ」
そして・・・その挙句がこの有り様なのだと。
「きっとお母様の魂が戒められたに違いないわ。
お父様を蔑ろにし続けた報いが来たのよ」
自分から観れば、二人の姉達は家にとって害でしかなかったとも言うのだ。
「こんな時に言うのもあれだけど、私は二人が亡くなってほっとしたわ」
「お、お姉ちゃん?!」
恨みごとを言うユーリィを始めて見たリィンが驚く。
しかし、ユーリィは意に介さず空を見上げて続けるのだ。
「リィンタルト。これからがフェアリー家にとっての試練。
私達フェアリー財閥が生き残れるかは、
この後どうすべきかの舵取りを間違わない事に懸ってるのよ」
家の運命を託されたユーリィの誓い。
それは世間の荒波の中を船出する当主たる者の意気込みでもあった。
「だからねリィンタルト。
これからは会えなくなる時間が増えるかも知れない。
私はフェアリー家を代表する者として闘い続けなければならないの」
翳りのある表情を妹へ向けたユーリィの眼に、部下が駆けて来るのが映る。
「リィンタルト今日はこれまでにしましょう。
私は重要な仕事が待っているの。
お父様を車まで連れ帰ってくれるかしら」
近寄って来る部下を一瞥し、車椅子から手を離す。
「あ、うん」
姉の憂う顔を観て、頷き返すリィン。
「そう・・・それじゃぁ頼むわね」
一言だけ残すと、駆け寄って来た部下を伴ってユーリィは足早に墓地を後にした。
「これから・・・か」
姉の背中を見送っていたリィンが、車椅子に手をかける。
「どうなるのかな・・・あたし達」
ロナルドの背中へ瞳を向けて呟いた時。
「ミカエルが護ってくれるさ、リィン」
父の声が聞こえた。
「彼女が護り続けてくれているんだよリィン」
その声は、呆けた父の声では無かった。
先程までとはまるで違うハッキリとした口調で話しかけて来たのだ。
「お父様?」
思わず聞き返してしまうリィンの眼に、車椅子から立ち上がるロナルドが居た。
「もう誰も墓地に残っていない今なら。
お前と私だけになれた今こそ。
本当のことを教えておかなければならない」
振り返る父の顔は、呆けていた老人とは別人になっている。
今迄観て来た父でもなく、何かを決した男の顔だと知れる。
「リィンにだけは知っておいて貰いたいのだ。
いいや、知らなければならない真実なのだよ」
車椅子から立ち上がったロナルドがミカエルの墓標に振り返った。
「そうだろうミカエル。
娘に真実を教えてやらねば、君も報われないだろう?」
「お父様?」
一体何を知らされるのか。何を聞かされるのだろう・・・と。
「教えておきたい事って?」
父の表情からミカエルとの仲に何かがあったと感じた。
これから知らされる事実と自分との因果関係が、どれ程の重さがあるのか。
「聞かせて・・・知っておきたいから」
オーク社に関係がある女性と、ロナルドとの仲。
そして・・・
「あたしとミカエルさん。そしてお父様の過去を」
父と同じように墓標を見詰めて問いかけるのだった。
・・・アークナイト社 研究室・・・
「しかし・・・本当に生きているかのようじゃな」
ヴァルボアがため息を吐いて呟く。
「はい。私も信じられません」
呟く声に反応するのは零。
黒髪を靡かせて室内を歩き回る人形少女。
「この足もですけど。身体が思い通りに動かせるのですから」
今迄は機械の人形としての機能しか使えなかったのに。
「ヴァルボア博士が自動人形機能を付与してくだされましたから」
「ふむ。
格闘選手権で多用されたオートパイロットを多角化させたものに過ぎんのじゃが。
どうやら巧く機能しておるようじゃな」
歩き回る姿から、思うように動かせていると納得顔で応えるヴァルボアへ。
「前みたいに前もって行動パターンを入力しなくても済むのですから。
何と言うか・・・本当に自分の身体のようです」
手を顔の前に突き出して、指先までの感覚を確かめると。
「でも・・・一つだけ不安が。
と言いますか、不可解なことがあるのですが?」
ちょっと困った声で。
「どうして・・・あの。ボンキュッボンにされたのですか?」
自分の身体が男性の嗜好に添えられたのかと質した。
「・・・趣味じゃ」
「・・・は?」
眼が点になってヴァルボアを見詰めるレイ。
「あ、あ、あ、ああ~のぉ?」
「・・・嘘に決まっとろうが」
嘘でしたか・・・少しほっとしたレイだったが。
「じゃぁどうしてなのです?謂れがあるとでも?」
なにか秘密があるのかと問い質したら。
「決まっとるじゃろう。
胸には動力の充電池が収まっとるのじゃぞ。
腰回りは動きが良い様にとの配慮じゃ。
お尻は・・・脚力に影響があるからじゃ」
ズバリ・・・言い返して来た。
「そ、そうだったのですか。流石ですね博士」
眼をパチクリしたレイが感嘆の声を出す。
・・・が。
言った張本人のヴァルボアは後ろを向いて舌を出していた。
「黒髪と蒼き瞳とのマッチが素晴らしい出来栄えじゃ。
それに・・・顔の表情までもが完璧に表されておるわい」
ゴホンと咳払いした博士が、レイを完璧な少女人形だと褒め称えるのだが。
「それについては・・・ちょっと難アリですよ博士。
リィンに私だとバレてしまわないかと・・・」
顔立ちが似るように造り替えられたから、尚更に疑われやすいのではと。
誰にも知られてはならないからと、心配になったようだ。
「それはのぅ・・・君の心次第じゃぞ」
「え?!私の・・・ですか?」
怪訝な表情も取れるようで、小首を傾げるレイは人間だった時と変わらなくも見える。
「そうじゃぞ麗美君。
リィン嬢に知られたくないのなら、自分を制しなければならん。
どれほど愛おしくとも、余分な行為をせんことじゃ」
「手を出すなと・・・仰られるんですね?」
近寄り過ぎる行為が仇になるのかと、レイが悲し気に俯いてしまうと。
「まぁ・・・自分を律すれば良いだけじゃよ」
「自制しなければならないのだと仰られるのですね」
レイの答えに満足したのか、うんうんと頷くヴァルボアだったが。
「まぁのぅ。裸の付き合いには注意するんじゃぞ・・・と?」
軽口を叩き過ぎてレイに睨まれてしまった。
「そ、そうじゃ。儂からのプレゼントがあったのじゃった」
明らかに言い逃れなようだが、今度は本当に机の上から化粧箱を取り出して。
「これを君にあげよう」
と、箱を開けて中から取り出したのは。
「リィン嬢とおそろいの・・・紅いリボンじゃ。
昔の麗美君は肩までの髪だったから結えんかったじゃろう。
今は黒髪が腰まであるからの、着けてみなさい」
ちょっと本気で。
少々照れて。
ヴァルボアからの贈り物に手を出すレイ。
「うむ・・・やはりよう似合っておるわい」
ファサッ
目の前で黒髪とリボンが舞う。
「まるで長い髪の麗美君が躍っておるようじゃ」
結われたリボンが眼を射る。
紅いリボンが蝶のように舞う・・・黒髪を束ねて。
「ありがとうございます!」
微笑を浮かべる少女人形レイが感謝を告げた。
産まれの謎を知らされようとしているリィン。
一方少女人形と化したレィは?
遂に自動人形となり愛しい人の前へと向かうのだった。
そう!
果たせぬ想いを胸に抱き、守り人の前へと!
次回 Act31 生まれ変った この身体
リィンの目に飛び込んでくる姿!それは生まれ変わった少女人形レイ!