あなたの正義に愛はあるのか 5話
時の御子は去った。
車両に囚われようとしていた美晴を置いて。
だが、アクァと魔女のロゼが残した言葉が教えていた。
<手を出さずとも善い>と。<足手纏いになるから>とも。
果たして、魔砲の乙女は窮地を乗り越えられるのか?
新規受領車両が置かれてあるガレージ。
灯りも点けられていない、薄暗い空間の奥側で何かが光ったような気がした。
「なんだ?一瞬、何かが光ったようだったけど」
瞬きする間も無く、光は見えなくなる。
「あの車体の後ろで光ったみたいなんだが?」
暗がりで何かが光ったのに気が付いたマリアが、ルナリーン中佐から注意を車両へと戻す。
いいや、車両へと歩いて行った美晴へ・・・と、遅まきながら戻したのだ。
「そうやった!美晴ッ」
意識を奪われたように歩いて行く美晴を推し留めるのを、ルナリーン中佐に拠り邪魔された。
状態異常を知り、呼びかけただけでは停められなかったのを思い出して。
「今、行く!」
ルナリーン中佐の束縛を振り解くように駆け出した。
・・・しかし、時すでに遅く。
美晴の姿は何処にも見えなくなっていた。
「乗ってしもうたんか?!」
砲身の無い戦車の中へ。
見るからに妖しい車体の中へ。
「アカン!」
マリアの脳裏に、ルナリーン中佐から聞かされていた言葉が過る。
魔砲の乙女を・・・女神を宿した美晴を。
その強力なる魔法力も、清らかな魂をも・・・実験に供し。
その後には、身も心も何もかも・・・奪い去る。
まさに生贄とも呼べる最悪のシナリオが、マリアを焦らせたのだ。
「こなくそ!」
駆け寄った車体を見上げ、どこから入ったのかと見廻した・・・と。
「あのハッチか?!」
車体の上部には、砲身の無い砲塔が載せられてある。
その上部には楕円形の搭乗員乗降口扉が開け放たれていた。
「待ってろよ、美晴ッ!」
遮二無二、車体をよじ登り。
「助けてやるさかいにな!」
開口部へと手をかけて、
「ミハルッ!」
大切な娘へと呼びかけるのだった。
「・・・呼ばれた」
赤黒く澱んだ空間に佇んでいた。
「あの声は・・・誰?」
長い銀髪で顔を隠している少女と。
「うん。あたしの大切な人」
聖なる魔法力を表す、蒼髪を靡かせた美晴が。
「そう・・・あなたの友達?」
「うん。とっても大事な幼馴染なんだ」
澱んだ空間に、二人の少女が向かい合っている。
乱れた銀髪で表情を隠している少女は、聖なる魔法衣を着た美晴の前で。
「羨ましいな、美晴って。
あんなに必死に呼んで貰えるなんて」
羨ましがってるのに、どことなく嬉しそうに話している。
「・・・ごめんなさい」
それに対する美晴は、
「ここから帰らなきゃいけないんだ。
あなたのことを見捨ててしまうみたいで心苦しいけど」
頭を下げて謝罪する。
「良いの。
こうしようと、初めから決めていたんだもの」
銀髪の少女は、美晴の謝罪に応える。
「でも・・・あたしには助けてあげれないんだよ?」
それに対し、尚も謝り続ける美晴。
どうして謝る必要があるのか?
なぜ澱んだ空間に佇んでいるのか?
・・・それよりも、此処は何処だと言うのだろうか?
美晴が手を指し伸ばして銀髪の少女を掴もうとする。
「駄目・・・駄目だよ美晴。
私に触れたら・・・あなたも此処から出れなくなるわ」
挿し伸ばされた美晴の手を、避けるように後退って。
「この機械に囚われ・・・ううん。
魂が肉体へと還れなくなって。
どこかの機械へ宿らされてしまうから」
哀しげな声で、今此処に居る訳を知らせて来るのだった。
「自分の不幸を呪い。
他人の幸せを憎み。
やがては悪魔に身を貶めて。
機械の悪魔と化してしまう・・・」
理不尽な世界を憎む様に。
我が身に起きた不幸を連鎖させようとする・・・
「私はまだ。
美晴を巻き込みたくないって思えている。
まだ・・・生きていた頃を覚えているから」
既に死んでしまっているのを悟る銀髪の少女。
「死んだら羽根が生えて天国へ往けるって。
こんな薄汚れた空間に留め置かれるくらいなら。
誰かに羽根を生やして貰いたいわ」
悟っているから、願うのだ。
「ううん、あなたに。
聖なる魔法少女に・・・頼みたいの。
だから・・・此処へ呼んだのよ、美晴」
ここから抜け出す為に。
悪魔へ堕ちる前に。魂が穢される前に。
「判ってるよ、此処へと呼ばれた時に。
あなたの悲しい声が聞こえた時に・・・」
銀髪の少女の声が妖しい車体から聞こえて来た。
訴える声と、願う声が混じり合い。
女神を宿した乙女を呼んでいるのに気付いてしまったから。
「だけど、今のあたしでは助けてあげれない。
出来ることと言えば・・・」
差し出していた手を握り絞め、唇を噛みしめた。
「・・・壊して。
この機械を。こんな穢れた空間を。
私に天国へと昇れる羽根を頂戴・・・聖なる神子」
痛い程、手を握り締めた。
耳に飛び込んで来た最期を求める声に、心が泣いた。
「うん・・・うん!
悪魔の手先に堕とされる前に。
あたしの手で・・・贈ってあげるから」
死を求めて来る少女へと約束した。
否、既に死した少女の魂を解放すると伝えたのだ。
安息の地へと旅立てる、羽根を贈るのだと。
「ありがとう・・・光の神子。
天国へ辿り着けるように祈ってね、美晴」
贈られた美晴の想いに、銀髪の少女が微笑んで応える。
「往けるよ・・・往けるに決まってるって・・・」
前髪に覆われていた顔に、微笑に満ちたブルーの瞳が零れ出て。
「だから。あたしに名前を聞かせて?」
知らされてなかった名前を求める。
「あなたが居たのを忘れない為に、生きた証を残す為にも。
存在が虚ろにされて、無に貶められないように!」
この世界で、唯一無比である証を。
「私の名は・・・アーニャ。
フェアリアの魔法少女だった、アーニャ・トルテザッハ」
澱んだ空間へ流れた名前。
閉じ込められた機械の中へ、魂の叫びが木霊する。
「往けるから・・・アーニャ。
きっと神様が見守ってくださるから」
教えられた名前を呼んで、加護が賜りますようにと願った美晴。
消えゆく宿命の魂を前にして。
「そうでしょ、コハル?」
今迄手を出して来なかった女神に意見を求めた。
美晴の眼を通して対峙した。
戦車の中へと入り込んだ時、敵手から守ろうと待ち構えていた。
シュワン!
空気が変わる。
狭い車内に入った瞬間、此処が別次元の世界であるのを教えるように。
そうなるであろうことは分かり切っていた。
ハッチから中を覗いた瞬間に態勢を整えるだけの余裕があったから。
薄暗い車中は機械に満ち、
ぐるろ・・・じゅるり
灯りを明滅させる厭らしい装置が襲い掛かって来たのだが・・・
「「汚らわしい!触るな」」
美晴の身体を乗っ取っていた誇美の魔力に拠って、触れられる前に払い除けた。
だが、払い除けるに留める。
襲い掛かる機械を壊すのは、変身している誇美ならば容易いのに。
「「もし、美晴の魂を穢すというのなら・・・赦さないから」」
車体に乗り込んだ美晴を守る為、強制的に変身した。
戦女神モードに成り、万一の場合に備える。
車内に居続ける限り、不断の警戒が必要だと考えたからだ。
尤も、憑代の美晴に危害を加える相手が存在するのならば・・・だが。
「「大丈夫そうよね?
呼んでいた娘は、美晴を頼っただけのようだもん」」
戦車に取り込まれていた魂が、邪悪なる者ではないと判ったのは。
「「この機械に封じ込められた少女の魂。
悲しむべきは、今の私達では助けることも叶わない」」
機械の中に取り込まれた魔法少女の魂が、救いを求めて美晴を呼んだ。
まだ、人である時の記憶を維持し、貶められるのを怯えていると判ったから。
「「それなら?
私達はどうするべきなの?
女神として、この娘に何をしてあげられる?」」
若き女神は躊躇った。
抜き出された魂を、元の在処へ戻す術が無いのを知っているから。
「「昔のように魔王だったら、話は違ったのかも。
強力な闇の異能を放てたのなら、なんとか出来た?」」
女神には人の魂を何かへと宿らせるチカラは無い。
対して神と同等の魔力を誇る、魔王級ならば魂の転移を行使出来た。
今は女神として美晴に宿る誇美には、大魔王級の異能を授かった過去があったのだ。
「「ルシファーお父様なら、こんな時、どうされたんだろう?
人に寄り添い続けられた堕神として、どんな結末を選ばれたんだろう?」」
人である美晴へ宿らされ、生きる喜びを知り。
その後に、光と闇が別つように個別の存在になった。
闇の世界で父神ルシファーより託されたのは、魔王として魔界を収める姫御子になること。
光溢れる人の世界から隔絶された、暗い精神世界に存在するだけの運命だったのだ。
「「ううん、違う。
今のお父様やお母様だけじゃない。
理を司る伯母様だって、人の魂を操る術を持たないもの。
聖なる魔法では、魂を操るのは禁忌で。
況してや亡くなった者を蘇らせるなんて出来ないんだから」」
闇のプリンセスを経験し、光を与えられて女神へと昇華した誇美。
今、哀しい運命の魔法少女を救える手立てを持たず。
憑代の美晴に委ねているのを、心苦しくも想い。
「「ごめんね。私には助けてあげれないの。
女神なのに、手を指し伸ばしてもあげれないの」」
機械の中に閉じ込められている少女の魂は、嘆き苦しんでいるだろうと思っていた。
バシッ!
何度目か。
戦女神モードの誇美が突き出された触診器官を薙ぎ払った。
その時だった。
「「壊そう、今直ぐに」」
変身している誇美の頭の中へ、
「「解放してあげなきゃ。助けてあげるって約束したんだ」」
精神世界から還ってきた美晴の声が響いた。
「戻ったんだね美晴?」
身体を束縛しようと伸び来る機械の矛先を払い除け、事の次第を訊こうとしたが。
「「一刻も早く解放してあげたいんだ。
穢れた機械の中から天国へと飛びたてられるように!」」
「え?!天国って・・・まさか?」
急き立てる美晴が言ったのは、
「それが・・・助けることになるんだね?」
やはり、救出は断念せざるを得ないということ。
悲しいことに、美晴の言う通りの結末しか道が無いようだ。
「囚われた魂が解放されるには、この機械を破壊するしかないんだね?」
「「そうだよ、コハル!だから早く」」
魔力を封じていた手を握り絞めた。
強力な魔力を誇る女神でも、叶えられない現実を悟らされ。
「解った。
ここからは思う通りにして。
再変身して、バトンを美晴へ渡すからね」
「「任せて!」」
変身を解き、現実世界の魔砲少女へと託した。
輝が機械の中で瞬き、女神は魔砲の乙女へと姿を変える。
白き魔法衣が舞い、蒼き髪が噴きあがる。
「蒼き魔砲の美晴が月の女神様に成り代わって邪を討つ。
闇に蠢く邪気を祓ってやるんだから!
覚悟してよねッ」
閉じ込められた少女の魂へと呼びかける。
現世との別れをも望んだ、哀しいアーニャとの約束を果たす為に。
「エクセリオ・モード!
全力全開ッ!フルパワーッ!!」
魔力の奔流が、美晴から噴き出され。
「アーニャ!これがあたしの本当の姿。
これが魔砲少女で女神を宿す美晴が贈る全力!
あなたを解き放つ・・・エクセリオ・ブレイカー!」
突き上げた右手の先に、黄金に輝く魔法陣が現れ。
「往くよ・・・シュゥートォーッ!」
車体内で。
魔法力を全開放した一撃を・・・発射した!
機械に宿らされた魔法少女の魂は救えない?
死した少女の魂を蘇らせる事は叶わない?
だとしたら、美晴の出来ることと言えば?
女神の誇美は手を出さずに待っていた。
健気な魔法少女を救える道を捜し求め。
憑代の身体を使役しながら・・・
次回 あなたの正義に愛はあるのか 6話
天へ昇るには羽根が必要だろう?神々から贈られる真白き羽根が!




