あなたの正義に愛はあるのか 4話
薄暗い部屋の奥に見えたのは、妖しい光。
受領車両として置かれてある戦車からの声が、美晴を呼んでいた。
助けようとするマリアを邪魔したルナリーン中佐。
いいや、この車庫の中には<我が姫>を信奉する者が忍んでいたのだ。
妖しい車体へ美晴が招き入れられようとしているのを見守るアクア。
このままでは罠に堕ちてしまう?
・・・だが。騎兵隊はやって来た!
信じ難いが、もう一人のアクァが現われたのだ!
催眠に拠り、自我を奪われている美晴。
妖しい機械に取り込もうと目論む、双剣使いのアクア。
後数秒後にはハッチの中に入ってしまうかに思えた時。
それを阻むように現れたのは・・・
「何故だ?!どうして此処に?」
茶髪を振り乱し、現れた薄紅銀髪の少女に向けて叫んでいた。
「古の魔女ロゼを宿した時の御子・・・アクァ?!」
二振りの剣を抜き放ち、赤味を帯びた銀髪の少女に対峙するアクアを騙る双剣使い。
「言っただろう。
お前達には天誅を下さなきゃいけないんだよ」
睨まれた少女は、臆さずに言い返す。
「長官から御許しを頂いたからには、これまでの暴挙を糺さねばならないんだよ」
右手に握った短剣を突きつけて。
「なりふり構わず不幸を蔓延させようとし。
剰えも、その子に災いを齎そうとした。
我がルナナイトの名を穢そうとした行為、断じて赦し難い」
薄暗い中でもキラリと光る、時の御子アクァの紅き瞳。
「誤った正義を振りかざし、己に与えられた仮初めの異能に溺れ。
闇に加担したのを、女神が御許しになられると思ったか」
低いが澄み切った声が、偽者であるのを暴く。
「邪悪なる創造者に拠り、造り上げられた者よ。
今こそ、父ルビナスと母ロゼッタに成り代わって成敗してあげる!」
邪悪なる者に拠って造られた?
アクァ・ルナナイトを名乗る少女が言ったのは真実なのか?
「く・・・くはははッ!
女神が赦さないだと?
仮に実在するのなら、女神自身の手で罰したらどうなんだ」
時の御子に対し、嘲笑うアクアが抗った。
「どうせお前の言う女神とやらは、偶像崇拝の類でしかないんだろうが」
神と呼ぶのは、強力な異能を誇り現実世界に干渉出来る者を指すと言う。
信心深い者達の崇拝対象で心の支えを意味した名称では無いと言ったのだ。
「・・・そいつはどうかな。
女神も時としてお怒りになられる。
尤も、余程の事が無い限りはお出ましにはなられまいが」
対峙する時の御子も、偽者が嘲るのを制して。
「言っただろう?
此処に来たのは長官から御許しを頂いた・・・と。
今迄、お前達の所業を苦々しく想っていたんだ。
特に、我が名を騙るお前を・・・赦しはしないぞ」
ジャキンッ!
右手の短剣を正眼に構え、左手の指先を剣に添えた。
「分っているだろうけど。
私には魔女が宿っている。
お前には宿る訳も無い、正義を愛する魔女のロゼが・・・な!」
その瞬間、短剣から魔法力を表す紅い炎が立ち昇り始めた。
燃えたつ紅い炎が刀身から溢れ出る。
「う・・・ぐッ?」
圧倒的なチカラの差が表される。
単に時を遡れるだけの魔法しか使えない、双剣使いのアクアに対して。
オリジナルとも言うべき時の御子アクァは、魔女の異能をも携えていたのだ。
「最期に訊いておく。
お前を造った者は、どこに潜んでいるんだ?」
正眼に構えた剣の陰から、正義を謳う者の声が訊く。
「私のコピーを、いつ、どこで、どうやって造った?
どうして愛も無い正義を振りかざそうと目論むのだ?」
その言葉は、怒りよりも真実を求めていた。
「我等の記憶をどうやって手に出来たのだ?」
本人でしか知り得ない秘密を、奪えた訳も。
「フ・・・フハハハッ!
私を造った理由?
我等の正義を否定するだと?
ふざけるな!」
時の御子アクァに押され気味だったアクアが吠えた。
「お前達が何もせず、この世界を危地へと陥れたんだぞ。
少々の犠牲を払ってでも、補正しなければ守れないんだ。
その為に我が姫ルナリーンが立ち上がられた。
私は姫を救世主にする為、生み出されたと考えている・・・」
一気に捲し上げ、オリジナルのアクァを睨み。
「お前は記憶を奪ったと言ったが。
人を斬った覚えはあるまい。
本当の斬撃を放ったことがあるのか?」
自ら、記憶を宿されただけのコピーでは無いと言い放った。
「お前には無いモノだって手に出来た。
いくら魔女の異能を携えていても、肉弾戦では意味がないだろう?」
時の魔法を行使出来る偽者。
簡単には斃される訳が無いと豪語するのだったが。
「そうか?なら・・・試してみるが良い」
刃の下から覗く、紅い瞳が光る。
時の御子アクァが、偽のアクアと対峙する。
互いの正義を信条として。
スチャッ!
二振りの剣をクロスさせ、間合いを取る偽アクア。
一方のアクァは、短剣を右手に握り、左手を剣先に添えたまま。
「ウ・・・うがぁッ!」
にらみ合いが果てしなく続くかと思いきや、偽アクアが痺れを切らし。
「逝ねぇええええぇッ!」
剣を振り上げて飛び掛かった。
相手が時の御子であるのを忘れたのか?
いいや、自らも時を操れると嘯いて来たからか。
ー 時の御子アクァが時間を取り戻す前に、先手を打てば・・・
偽アクアが考えた戦法とは、瞬時に時間を遡りタイミングをずらして剣を振り払う。
まるで独り時間差とでも言える時空魔法を以って、勝負を決せんと試みたのだ。
だったのだが・・・
「なッ?!」
偽者は時間を操れた訳ではなく、アクァが示したように数秒前に戻れるだけだった。
完全な魔法ではなく、劣化コピーでしかなかったのだ。
「・・・残念だったな、偽者」
紅く燃え立つ短剣を、唯の一突き。
ドッ!
「がッ?!」
正眼に構えていた短剣の柄を、
「魔法には魔法で応えるのが、私の闘い方なのでな」
「ぐふッ!」
跳び込んで来た偽者の鳩尾へとめり込ませていた。
ひゅぅッ・・・と、息が吐き出された後。
「お前の時間制止魔法は、時を司れる私には効かないんだよ。
同系列の魔法を上回るには、相手以上に錬磨した者だけ。
それから、お前には魔女が宿っていない。
時を超えて来た魔女が、守ってくれていないだろうに」
意識を失い、崩れ行く偽アクアを見下ろし。
「ねぇ、そうだよね・・・ロゼ?」
右手の中指に填められてある、時を司る者へと贈り直された指輪が翠色に輝く。
「「ええ、そうよ。ロゼッタの娘アクァ」」
宿った魔女のロゼが答える。
「「あなたを護るのが、私の約束なのですから」」
永き時の眠りから目覚めた、古の魔女ロゼの声で。
「「それこそが、彼女との約束。
あなたを護り、あなたと共にあるのが私の務めなのだから」」
足元に崩れ去った偽物を見据えた時の御子が、軽く頷き応えて。
「うん、そうだったよね。
舞い戻られる女神様との約束って、いつも言ってるから」
填めた指輪へと答え、傍にある機械へと視線を向けると。
「で?どんな感じ?」
「「あの中に入った娘には、彼女とは違う異能を感じるけど」」
魔女のロゼが教えて来る。
「「確かに。あなたの言っていた通りの娘だと思うわ」」
なんらかのチカラを感じて。
「そう・・・やっぱり」
さっきまで偽のアクアと対峙していた時とは全く違う朗らかな顔を見せて。
「だったら。
助けなんて必要ないかな?」
「「そう思うわ。かえって邪魔なだけじゃないかしら」」
宿った魔女ロゼも助けが無用だと肯定してから。
「「そこのコードを斬っておけば、良いんじゃないの?」」
余計な手出しはせずに、軽く関与を仄めかすに留めようと言った。
「そうだね。
助けが来ていたのを知らせれば良いか」
魔女の進言を受け入れたアクァが、倒れている偽者の剣を掴み上げると。
「奴等にも分らせなきゃいけないよね」
二振りの剣を・・・
「殺し合うだけでは解決しないのを。
私達の正義には理があるのを・・・ね」
ビシュッ!
太いコード目掛けて投げつけた。
ブツンッ!
いくら鋼の剣とはいえ、投げつけただけで鋼鉄の綱が易々と断ち切れる筈が無い。
「「相も変わらず、たいした剣裁きねアクァ?」」
魔女が手助けした訳でもないのに、コードを切断できたのは?
「これくらい・・・美晴でもやれるだろうさ。
二年前に出会った頃よりずっと、剣の腕前を磨いて来たのなら」
「「・・・ホント、剣戟馬鹿って奴?」」
時の御子でもあるアクァは、美晴をも凌ぐ剣聖なのだ。
「あ~?言ったなぁ。
そんなことを言うのなら・・・モンブランケーキを食べさせないからね」
「「なっ?!なんという卑屈な仕打ちを」」
くすくすと笑うアクァ。
屈託のない笑顔は、まだあどけなさが残る少女を表し。
「それじゃぁ。私達はこれで」
ひょいっと、偽者のアクアを担ぎ上げる姿は偉丈夫を思わせ。
「後は・・・任せましたよ」
背後の機械を通り抜けた先へと言葉を贈る。
妖しい機材の裏側で繰り広げられた勝負は、女神を信奉する娘の勝利となった。
だが、美晴を守る事もせずに帰って良いのだろうか?
彼女は美晴にとっての騎兵隊ではなかったのか?
誇美も彼女が手助けしてくれると期待していたようだったが?
・・・危機はまだ去っていないのか?
2人の魔法少女が闘い。
各々の正義を振り翳し。
勝負は魔女を擁したアクァに軍配が。
彼女がオリジナルであることの証拠は、魔女のロゼが宿っていたことでも証明された。
ならば彼女等が言っていた通りに、美晴は罠を回避出来るのか?
次回 あなたの正義に愛はあるのか 5話
儚く消える宿命に心が泣く。頼ってきた娘の心情を想い図って!




