Act2 抗う乙女
戦闘人形と人類の戦い。
モニターに映る惨劇を見詰めている瞳があった。
同じ悲劇がなぜ繰り返されるのか・・・
なぜ機械の人形達は人類に牙を剥くのかと。
複数のモニターに映し出された光景は、少女の心を締め上げる。
紅蓮の炎で焼き尽くされていく世界。
生きとし生ける者の命を蝕む、殺戮の地獄絵図。
都市は灰燼に帰し、長閑な村にまでも殺戮者達が襲いかかった。
我先に人々は逃げ出し、か弱き存在である老人や子供が逃げ遅れる。
そこへ機械の殺戮者が死を振り撒くのだ。
全ての命を奪おうとして。
まず最初に襲われるのは、真っ先に逃げた者。
そして・・・か弱き者も。
恐怖は全地球上へと蔓延して行った。
人類に破滅を齎す機械によって。
全世界で起きる殺戮を映し出すモニターの中で、唯一つだけ違う景色が映し出されている。
「くくく・・・」
男の顔を映し出すモニターから、嘲笑が漏れ出ていた。
細長い目で少女を見詰める男は、モニターの中で嘲り続けているようだ。
「無駄だリィン。諦めてしまえ」
殺戮を繰り返すモニターよりも、嘲る男が気になったのか。
「嫌よ!諦めたりしないんだから」
少女の手は止まることなくボードを弾いている。
備え付けのモニターでは無く、接続した11インチのモニターへと向けられる蒼き瞳。
スカイブルーの瞳は、変数を叩き出すモニターを捉えていた。
「たった独りで何が出来るものか。無駄だ無駄無駄!」
嘲る男の顔が僅かに歪む。
それは少女が行っているのが無駄ではない証拠。
「人類再生計画に侵入するなど無理だと知るが良い」
男の声がきつくなる。
「全人類を変えてしまうのが、何が気に喰わないというのだリィン」
「全部よ!あなたが目論む事全てが気に入らないって言ってるのよタナトス!」
モニターの中に居る男へ向けて、リィンと呼ばれる少女が叫ぶ。
「人間の癖に神になろうだなんて、烏滸がましいとは思わないの?!」
叫んでも、彼女の手は止まらない。
キーボードを叩く指先は寸時もスピードを衰えさせなかった。
「フン・・・神だと?
何か勘違いしているようだな君は」
「神じゃないのだとしたら、大魔王にでもなる気なのかしら」
勘違いだと言われたリィンが受けて立つと。
「神でも悪魔でもない。
私がなろうとしているのは・・・創造者だ」
「そ・・・創造者ですって?」
ピクリとリィンの指先が停まる。
「そうさリィン。君には前にも話したと思うがね。
私の目的は全世界の創造者になる事だと。
神も悪魔も、人間が生み出した虚構でしかないのだよ」
「虚構・・・」
持論を展開するタナトスにリィンの眉がひそむ。
「もしも神が実在するのなら、私の行為を神が認めた証ではないのかね?
仮に神が居るとしても、私が創造主になるのを拒んではいないとは思わないかね」
「・・・誰もあなたの行いを糺して来なかっただけ。
神が御許しになられたのではないわ!」
無神論者タナトスへ向けて、贖罪を行わせれるのは誰と言うのか。
「タナトス・・・あなたは間違っている。
人の業を断罪できるのは人ではないわ。
神だけが人の罪を糺す事が出来るのよ!」
周り中のモニターに映し出されるのは殲滅の画像。
それを行っているのはタナトスなのか?
「違うなリィン。
私は既に人ではない存在となっているのだよ。
君が言う神にも近い存在・・・そう。いうなれば全能な最高神」
モニターのタナトスが嘯く。
「君が停めようとしている雷はケラウノスと言った処か。
だが、既に賽は投げられているのだよリィンタルト君」
ケラウノス・・・全能神ゼウスが放てる神の雷。
怒る最高神が粛清を齎す為に放つ・・・殲滅の雷。
「リィン、君は勘違いしてはいないかね。
人間がこの星に齎すのは破壊と汚染なのだよ。
核や排気ガスが齎した土壌汚染、海面上昇、温暖化・・・そして」
タナトスはここで区切った。
「戦争により同胞を無数に殺戮して来たではないのかね」
細い目を尚更に細めて。
「君の親友が望んだ事でもあるのだよリィン。
あのレィ君も欲しがっていたではないか、戦争の無い世界という物を」
リィンの一番聞き辛い名を出されてしまったのだ。
「レィを・・・あなたの汚い口で呼ぶな。
私のレィちゃんをお前なんかが穢すな!」
キッとタナトスを睨み返すリィン。
「レィちゃんが本当に欲しいのは平和な世界。
人々を殺してまで手にしようなんて考えてもいないわよ!」
吠えるリィンを観て、タナトスが嘲笑う。
「そうかそうか。
彼女を機械にした君が、私を正そうとはね。
私が機械と同化し、機械達に因って人間を粛清するのが気に喰わないとは・・・言えんだろう?」
「う・・・・」
リィンの顔に焦燥が映る。
「人間の意識を機械に転移する。
君も願った筈だろう?あの娘を救いたい一心で」
「そ、それは・・・そうするより道が無かったから」
反抗していたリィンの首が垂れる。
「願って機械と同化する者と、誰かに強制された者。
経緯は違えども・・・同じ機械化人間ではないかね?」
「く・・・」
否定できなかったリィンが顔を背ける。
だけど、リィンは挫けなかった。
「でも!レィちゃんは。
私の零は!あなたとは違うわ」
「ほぅ?何が違うというのかね」
拒絶を返すリィンに、タナトスが訊き返す。
「レィは・・・機械じゃない。
感情の無い機械なんかじゃ決してないのよ!
今もきっとどこかで・・・運命と立ち向かっている筈だから」
「レィが戦闘人形では無いというのかね」
ニヤリと哂うタナトスが断じる。
「現実を忘れた訳ではないだろうリィン。
脳死直前だった彼女の意識を機械に閉じ込めたのは・・・君の筈だ」
「そう・・・そうするしか救えないと思ったから。
幼かった私は・・・神に背いてしまった。
露と消える魂を留め置こうと考えたのよ・・・間違いだったのかも」
答えるリィンが顔を挙げると。
「タナトスとは違う。
レィは私によって知らずに転移させられてしまった。
死に逝くべき魂を無理やり闘う身体に閉じ込められた」
「ふふん・・・自らが誤りだったと?」
嗤うタナトスに首を振る・・・リィン。
「間違いだったのかは・・・もう直ぐ分かるわよタナトス。
この手で、あなたを停めてみせるから」
その顔には何故だか微笑さえもが見て取れる。
苦しい状況だというのに、リィンは何かを感じ取っている様にも観えた。
「言わせておけば・・・・
善かろう、お前の自信が何処から来るのか知らんが。
リィン自身の眼で地上の人間が変わり果てる様を見るが良い。
間も無く・・・審判の日が来るのだからな」
タナトスは余裕まで見せるリィンに言い放つ。
地上の生きとし生ける者の終焉が来ると。
残された人類に訪れる終末が近付いていると。
「レィちゃん・・・私・・・諦めないよ」
キーボードを見詰め、リィンは細く呟く。
「きっと・・・最後の最期まで」
周り中をモニターに埋め尽くされた部屋の隙間から。
暗雲が立ち込める外界が見える。
地上数百メートルもの高さから観えているのは立ち上がる煙と業火。
人類が終焉の日を迎えんとする中で、リィンは抗っていた。
唯の独り、たった一人で。
全世界を地獄へと貶める悪魔と対峙して・・・・
主人公である少女<リィン>
彼女は尖塔の中で唯独り抗っていた。
間もなくやってくる人類最期の時を防ごうとして・・・
そして・・・彼女との約束を果たすために。
もはや、時はなくなった。
人類に残されたタイムリミットが来る・・・その時。
全力を尽くす戦車といえども戦闘人形の相手にはならないのか?!
次回 Act3 狂気の戦塵
人類最期の時を防げるのは・・・君しか居ない!