あなたの正義に愛はあるのか 2話
車両の検分に訪れた車庫。
製造治具が転がる室内で、二人を待っていたのは?
郊外の造兵局に着いた二人が、守衛に案内されて整備所に入る。
「担当技師に連絡してあります。もう暫くお待ち願います」
二人をその場に置いて、守衛はそそくさと持ち場へと戻っていく。
油の匂いと、金屑の匂いが籠もる室内。
ガレージにも似た空間に、二人だけが残された。
「なんか、薄暗くて陰湿な感じやな」
二人だけの気安さか、マリアが日の本語で話しかける。
「新機材なんやったら、もっとこう・・・晴がましい雰囲気やと思っとったんやけど」
周りを見回して、気が滅入ったのか。
「あまり期待せぇへん方がええのんかな?」
受領する車両に過度な期待は出来ないと言うが。
「どう思う?美晴」
薄暗がりの室内の一点を見詰めている候補生に訊いてみた。
組み立て治具が無造作に放置された奥。
電灯の灯りが届いていないのか、暗さが一段と深い中に。
それが置かれてあった。
「ねぇマリアちゃん。あれって?」
ずっと目を凝らしている美晴が、マリアからの問いに応えずに。
「動いてるんだよね?」
暗がりに潜むモノから漏れる、微かな明かりに気付いたのだ。
「なんやて?」
視線の先を追いかけたマリアの瞳には捉えられないのか。
「どういうことや?美晴」
マリアは見つけられない陰の中を探り続けた・・・と。
「って?どないしたんや、美晴?」
声をかけて来た美晴が、明かりの届いていない奥へと歩み始めたのを観て。
「あ、おい。待つんや、美晴?!」
何かに憑りつかれたかのように、無言で歩き始めるのを呼び止めたのだが。
ちょうどそのタイミングで、誰かが室内へと入って来た。
「待たせましたわね、中尉」
美晴を追おうとしたマリアへ向けて、女性が呼んだのだ。
「え?あ?はい」
声に振り向いたマリアの視界に、
「・・・まさか・・・どうしてここに?」
見知った姿が、瞳に跳び込んで来てしまった。
ー 美晴とマリアが、新規受領車両を検分する命令を受けて造兵局へ着く数十分前。
「本当なの?ドゥートル叔父様」
白衣を纏い、丸渕眼鏡を額に跳ね上げた女性研究者が顔色を変えて訊き質した。
「すまん、ルナ。どうやら情報が漏れていたようなのだよ」
「そんな?!どうして」
白髪の老将ドゥートルが白衣を纏った金髪の開発者に謝り、
「このまま看過しておけない状況に相成った。
奴等を放置しておけば、フェアリアに不穏な翳がやって来てしまう。
いいや、既に危険が差し迫ったとみるべきだろう」
ことの重大さを教える。
「やはり・・・あの人達は。
不幸を撒き散らしてでも、己の野望を成就させる気なのね」
ドゥートルの言葉を受けて、ルナリィ―ンが呟く。
哀し気に、辛そうな表情で。
不幸を撒き散らそうとする者へ、防ごうとしてきた想いと共に吐露するのだった。
「ならば・・・リーンよ。
お前ならばどう図る?
王女ルナでは無く、女神として・・・どう裁く?」
ドゥートルが開発者としてではなく。
フェアリアの王女でも無く。
審判を司った女神へと問い質した。
「憑代のルナリィ―ンとしてではなく。
人類を計るべき女神として、如何なる裁きを下すのか?」
「・・・叔父様。今の私には人を裁くなんて出来はしないわ」
白髪のフェアリア軍老将ドゥートルへ、即座に拒否するのは王女ルナリィーンとしてなのか。
だが、王女は<今の私>と言ったではないか。
「リーンよ、お前はまだ?」
王女の表情は哀しげ。
「罪の意識に苛まれ続けているのか?」
俯き、嘆き、悲しみ続ける・・・フェアリア国の王女ルナリィーン。
金色に輝く髪。
蒼く澄んだ瞳。
開発者の姿を借り、王女としてではなく一国民としてフェアリアに身を捧げる皇太子姫。
ドゥートルの言葉に、少しだけ顔を挙げる。
その悲しみの顔には、僅かだが笑みが滲んで・・・
「そう。私にはあの娘を裁くなんて出来ないの。
だってルナリーンを騙る娘は・・・もう一人の私そのものだから」
自嘲を孕んだ、自虐を含んだ・・・悲痛な笑みを浮かべて応えるのだ。
「リーン・・・」
不穏な輩を裁けないと言う王女。
このままでは国にも危難が訪れてしまうと危惧する老将。
だが、このままでは・・・
「ならば!お前が求める者には、どう応えたいのだ?」
問い質すというよりは、何かを求め何かを思い出させようとする。
「大切に想って来たのは、国への愛情だけでは無かろう?」
王女へ・・・女神では無く。人の娘、ルナリィ―ンに。
「如何に女神であろうと。如何に王女であろうと。
お前の正義には。
愛する者への情があったのではないのか?」
老将は、訊き諭す。
「奴等の正義には愛など無い。
勝利を収めれば理など無用だと嘯いた。
それを良しとしなかったのはルナリィ―ンではなかったのか」
「ええ・・・そう。そうだったわ」
頷く王女が受け入れる。
正義に愛は必要だと。
愛無き正義など、認められないと。
「自らの正義を振りかざし、他人を貶めても構わない奴等が居る。
それを放置しておれば、やがては国家存亡の危機に陥る。
己を唯一のものと考えるのは、危険な妄想だとは思わんかね、リーンよ?」
「・・・はい」
もう一人の自分だと言い切ったルナリィ―ンに、ドゥートルが教える。
仮にもう一人、自分を騙る者が居たとしても別人なのだと。
正義を騙ったとしても、それは本当の意味で聖なるモノではないのだと。
「それと対峙してこそ。
本当の意味で自分と向き合えるのではないかね。
もう一人の自分と相対し、過ちを糺さねばならないと思わないのかね?」
「過ちを・・・正す」
押し付けられる正義ではなく、愛故の正義だと言われて。
「そうね・・・そうだったわ。
あの娘も、そうあるべきだと常々言っていたモノ」
誰かを引き合いに出し、やっと顔を挙げるルナリィ―ン。
その声は、新規開発を買って出た王女とは別。
まるで女神のように澄み切った声色。
スゥっと瞬きした時、王女の瞳がアクアブルーに輝いて。
「それじゃぁ、ドゥートル叔父様はどうするべきだとお考えですか?」
澄んだ蒼い瞳は、翳りが消えている。
幼さの残る王女の声に戻って訊いて来る。
「あの娘に。託すのを、早めるべきですよね?」
でも、凛とした表情。
だが、澄み渡る清き声。
それこそがフェアリア王女ルナリィーンの真の姿なのだろうか。
「やっと開発出来たばかりですけど。
あれを・・・美晴に渡すべきなのですよね?」
秘密裏に開発して来た新規魔鋼騎。
双璧の魔法少女に託すべき<魔法の武具>を。
「ああ。ルナが託すというのであれば。
いいや、今こそ。伝説が蘇る時なのだよリーン」
全てを知る白髪の老将が、開発に身を捧げた皇太子姫へ手向ける。
「今こそ!魔鋼の騎士を目覚めさせる時。
真の魔鋼騎に捧げ、新たなる伝説を生み出すのだよ」
「はい!ドゥートル叔父様」
固く頷き応える皇太子姫。
「宜しい。
それならば、急ぎ準備をしなさい。
奴等の足止めは儂に任せておけば良い」
応える老将が時間を稼ぐと約束した。
「ありがとう、叔父様。それじゃぁ早速」
白衣を翻し、駆け足で機材の格納してある整備所に跳びだして行く王女。
後ろ姿を優し気な瞳で送り出し、杖を振り上げたドゥートルが。
「聴いて居ったであろう。
今こそ、我等が正義に報いる時ぞ!」
室内の影に向けて命じたのだ。
「はッ!長官」
声が復命を告げ、
「心得ております」
二振りの剣を握り絞めたのだった。
ルナリィ―ン皇太子姫とドゥートル長官が駆けつけるよりも早く、造兵局に着いた。
何も知らずに案内された駐機所で、それに出会ってしまった。
ブゥン・・・ブゥン・・・
微かに漏れる紅い光。
陰の中から漏れ出る光は、まるで招くように瞬いている。
・・・来て・・・ここへ・・・来て・・・
明滅する紅い光を見詰めている美晴へ、声なき声が呼んでいた。
・・・さぁ・・・この中へ・・・私の中へ・・・来て・・・
暗がりの中で巨体が隠れている。
まるで闇に潜む魔物の如く。
鋼の機体。
魔と鋼で造り上げられた闘う為の車体。
だが、そこにあったのは・・・人を呪いし魔降の戦車。
獲物を招き寄せる鋼鉄の悪魔が待っていた・・・
美晴は妖しい光に状態異常と化してしまう。
異変に気付いたマリアが止めに入ろうとしたのだが?
本物の王女は何を図るというのか?
<我が姫>の仕掛けた罠に立ち向えるのか美晴?それに誇美よ?
このままルナリーン中佐の思うがままになってしまうのか?
白髭のドゥートルには、何かの打算があるようなのだが?
次回 あなたの正義に愛はあるのか 3話
嘲笑う双剣使いのアクア。美晴を守るべき騎兵隊は来てくれるのか?!




