あなたの正義に愛はあるのか 1話
世界を巻き込んだ神軍との対戦を経て主権を国民へと移行した、元は君主国家のフェアリア。
議会に拠り主権を国民へと移した後も、尊敬の念が強く残り、国民の象徴として権威を留めることとなった。
議会に於いては、内閣総理大臣の任命権を有し。
外交的には他国の首脳達とも、国家国民を代表して会談した。
それが今のフェアリア王家の務めであり、責務だとも言えた。
尤も、国王だけが責務を負っている訳ではない。
現王の身内から選ばれた方々にも、同じく国家行事を務めなければならない決まりがある。
それは、民主主義国家になる以前と同じ。
フェアリア皇国と呼ばれていた頃と何も変わりはしなかった。
王の補佐を担っているのは、妻や子・・・その他の親族。
その中でも特に、親王とも呼ばれる皇太子が王の代理として務めを果たしていた。
今より二十数年前、前皇フェアリアル3世に拠って譲位を受けた現女王ユーリィ。
王配であるカスターとの間に子を授かったのは、譲位から4年後のことであった。
産まれたのは独りの王女。
金色の髪が麗しい、碧き瞳が凛々しい・・・女神の如き王女。
幼き折から、一国をしょって起つ気概を持ち。
気品と気高さの中に、優しい心根を秘め。
周りの諸侯達からは、彼女こそが古の女王リィンが生まれ変わったのだと噂され。
年頃を迎えて流麗さを増した現在も、女神の名を冠した王女を讃える噂が尽きなかった。
名前の通りに。
月より降りて来た女神だと。
いいや、夜空に煌めく星々よりも美しい姫・・・聖王女(ルナリィ―ン)と呼んで。
年月は流れ、世界に再び不穏な空気が流れ始めた。
闇からの脅威にさらされ始めた現在。
彼女も既に二十歳の貞淑女となっていたのだが・・・
~フェアリア王宮・皇太子姫の私室~
「本日の御予定ですが・・・」
神経質な女官の声が、部屋中に響き渡る。
「午前中にオルデンドルフ大使との面談。午後から議会の広聴となっております」
「・・・はい」
声高に予定を告げるセリーヌ女史に対し、皇太子の王女が静かに応える。
「御了解頂けましたの?良く聞こえませんでしたわ」
覇気のない返事に、執事役の女官が苛立ったように訊き返す。
「ええ・・・あ、はい。承りました」
女官の声に怯えたのか、王女が言い直すと。
「そう・・・でしたら準備を怠らないでくださいませ」
眼鏡の縁を持ち上げ、ぎろりと王女の顔色を見てから。
「時間には正確に。事前に書類を一読されますように。
いいですね、皇太子姫殿下」
見下したかのような口ぶりで、王女の前から辞して行った。
執事長セリーヌが退出した個室で、ルナリィ―ンに化けているリィタがため息を吐いた。
「息が詰まりそう・・・」
華奢な身体をソファーに沈めると、
「でも。
後少し・・・後少しの我慢で解放されるのよね」
身代わりを務めるのも僅かだと呟いて。
「公務も・・・そして。
セリーヌの眼からも逃れられるんだよね、ルナ?」
意地の悪い執事長からも解放されるのだと思って。
「ルナの思い通りに事が運ぶのなら。
この宮殿も、ずっと良い所になる筈だよね」
何事かを図っている、本物に期待を込めているようだった。
「それに、ドゥートル祖叔父だって言ってたもの。
東洋の魔女が来てくれたって。双璧を名乗れる娘が正してくれるって」
そして解放を約してくれた王室警護長官に教わったことにも。
「伝説の再来かしら。
二人に拠ってフェアリアに蔓延る闇を払えるのなら」
替え玉の王女役リィタは、ルナリィ―ンからの頼みを聞き遂げられると感じ。
「私の我慢も報われるのよね」
代役の重責から解き放たれると喜んだ。
「後・・・少しの辛抱で」
王女ルナリィーンと年恰好が似て、国を想う気持ちも同じで。
同じフェアリアの王族で、平和を愛する同士として。
「私達の正義が。悪に染まりし者に鉄槌を下せるのよね」
過ちを糺せると思っていた。
想いを同じくする人と共にあると。
後少し、我慢をすれば事が成ると。
替え玉とは言え、王女を名乗る者の務めを果たそうと、ソファーから立ち上がる。
「ルナリィ―ンが公務へ向かいます。
会談の衣装に召し換えるから、用意をしてください!」
まるで本当の姫君のように。
偽物だとは誰からも疑われない位に凛々しい声が、部屋の外にも流れた。
教育隊の官舎で・・・
八特小隊へ新たに加えられる車両を、検分するように命じられた美晴だったが。
「今・・・なんて言ったのコハル」
早朝、自室で身形を整えていた時だった。
「伯母ちゃんが行かないって?」
赤色のリボンを結わえようとしたら、頭の中で誇美の声が教えて来た。
「「うん、そうなんだ。
車両検分には行けないって、断られたんだよ」」
理の女神である伯母から、一緒には行けないと告げられたようだ。
「どうして?
あたしには戦車の良し悪しなんて分からないってのに」
「「私だって分からないよ。
おまけに魔法の戦車だって云うじゃない?」
女神と言えども、知らない事があるんだと言い返す誇美。
「ミハル伯母ちゃんだったら、魔鋼騎のことを知ってたんだよね?」
「「そりゃぁそうでしょ。
だって、元々が魔砲少女で。
フェアリア髄一の戦車撃破王だったって聞いてたもん」」
理の司る女神が、魔法の戦車に詳しい訳を教えて。
「「肝心な時に・・・出て来れないなんて。
理由が理由だけに仕方がないけど」」
一緒に来て貰えないのを残念がった。
余計な一言を添えて。
「そう言えば、コハルは来れない訳を教えて貰ってるんだよね?」
「「は?!あわわッ、口が滑っちゃった!」」
誇美の宿るピンクのリボンがビクーンッと跳ね、
「「大事な要件で留守にするからって・・・」」
明確な理由を教えず、居なくなることだけを知らせた。
「ふぅ~ん、留守ねぇ?」
言訳じみた言葉で納得出来る筈も無く。
「媒体の碧い宝珠から居なくなるって事は。
本物の蒼き宝珠に戻るのかな・・・そうでしょ?」
勘ぐった美晴に探りを入れられた誇美は。
「「うん、そうみたい。
マモル君を護らなきゃいけないって仰られていたもん」」
少し不安を感じているのか、美晴からの誘導尋問に応えてしまった。
「マモルお父さんを?
それって海洋探査に向かった艦隊に何かが起きるってこと?」
即座に問い詰められる誇美。
まんまと口車に乗せられ、内緒にしておかなければならない訳を知らせてしまったのだ。
「「起きないってば!
起きないようにミハル伯母様が向かわれたんだし。
万が一に備えて、分割状態を一時解除するんだって仰られたんだから」」
「本当なんだよね、何も起きないっていうのは?」
秘密をバラしてしまい慌てる誇美に、追及する美晴が。
「ミハル伯母ちゃんに任せておけば大丈夫なんだよね?」
理を司る女神に、全幅の信頼を寄せる。
「「お?おおぅ?!
まぁ、伯母様に勝る女神なんてそうは居ないからね」」
食って掛かって来るものとばかり思い込んでいた誇美が驚きの声を挙げて。
「「任せておけば大丈夫。
そう信じてるから、私も美晴の中に宿ったままなんだよ」」
強力な神力は、信じるに足ると言え。
能力を半減した状態から、全力を発揮できる態勢に持って行ったことにより分かるのは。
「あたしとの約束を守ってくれたんだ。
マモル君達を無事に連れ帰してくれる為なんだよね」
別れる前に、ガポールの港で約束を交わした。
父と祖父を護って貰いたいと。
自分には出来そうも無かったから、女神であり伯母でもあるミハルを頼った。
もしもの時には、自分よりもマモルを優先して救って貰いたいと。
それが自分に出来る、唯一の家族愛だと思ったから。
「「そうだよね美晴。
伯母様なら、必ず二人を守ってくだされると思うから」」
誇美も、同様に考えていたらしく。
「「私達だけだったとしても、難関を乗り越えて行こうよ」」
理の女神が不在の間、立ちはだかる壁を乗り越えて行こうと言い。
「う~~ん。
コハルが問題をややこしくしないんだったらね。あはは・・・」
一方の美晴と言えば、笑いながら女神を揶揄うのだった。
美晴を憑代に選んでいた理の女神ミハルが、海原の彼方へと消えた。
それは恰も運命の悪戯だったのか。
それとも、理を司る女神が謀ったというのだろうか。
運命の糸車は、世界規模で回っていた。
その日フェアリアで、一つの出逢いが待っているのだった・・・
新車両を受け取る為に、マリアと美晴は造兵局へ訪れた。
しかし、そこに待っていたのは・・・
いよいよルナリーン中佐を<我が姫>と呼ぶ影の集団が動き始める。
美晴を手中に収めようとするルナリーンは、一体どんな罠を仕掛けたのか?
次回 あなたの正義に愛はあるのか 2話
陰からのコンタクト。見つけてしまった美晴は感覚異常を引き起こして?




