Act28 ロッゾア・オーク<暗黒王>
人形選手権は、突然の事件に中断を余儀なくされた。
誰がこのような悲劇を想像できただろうか。
人形が人に害を及ぼすなどと思えただろう。
・・・だが、事件は意外な結末を迎えてしまう。
少女人形となって復讐を果したフューリー。
経緯はどうあれ、人形へと堕ちてしまったのか?
それは・・・まさかあの実験が繰り返されたとでも言うのか。
「「観客の皆さまへ申し上げます。
只今突発した事故により、本試合は中止となりました」」
場内アナウンスが教えていた。
「「事故原因が判明されるまでの間、
次の試合は延期されるものと相成ります」」
ざわざわざわ
試合会場を取り囲んだモニターからのざわめきも治まらない間も、警報音が鳴り続いていた。
何が起きたのか分からない観衆からのヤジも飛ぶ。
その訳は、事故が発生した貴賓室が画像に映らなくされていたからなのだが・・・
「リィン嬢は悪くないんじゃ」
心神喪失状態になって倒れてしまったリィンを庇うヴァルボアが、調書を取りに来た警官に弁明する。
「あれは何かの作用が巻き起こした・・・不幸な事故なのじゃ」
貴賓室にまで飛び込んで行った相手側の少女人形に由り。
「フェンスにぶつかった折に、操縦不能になってしまったんじゃろう」
投げ飛ばされてぶつかり、内部の遠隔操作装置が破壊されでもしたのだろうと考えている節が見えた。
ヴァルボアの考えを肯定するかのように、調書を取りに来ている警官も頷き。
「どうやらそのようですな。
現場に残った人形も動力が停まった状態で発見されましたから」
つまり、相手側の人形はリィンによって倒されていたのだと言えるのだが。
「運が悪かったのでしょうな。
故障した人形が飛び込んできて圧し潰されてしまうなんて」
警官は知ってか知らずにか、現場で何が起きたのかを話そうとはしなかった。
検視官が観れば、事故で亡くなったのかが分かりそうなのだが。
「それでは・・・調書はこれまでとします」
状況を把握してもいない警官が、これ以上の追及を止めるのもおかしな話だったが。
「うむ・・・分ってくだされたのならば・・・」
ヴァルボアの方は警官が納得したとでも考えたのか、詳しい情報を求めなかった。
それでは・・・と、警官が去って行くと。
「これは体の善い隠ぺい工作の賜物じゃ。
誰かが無理やりに事故へと見せかけておるようじゃ」
やはりおかしいと見抜いていたヴァルボアが呟く。
「何者かが画策し、相手の少女人形を操って殺害したのじゃろう」
腕を組み考え込む・・・そして収容されていた少女人形を顧みて。
「君はどう考えるかね、麗美君」
人形に宿り現場に居た彼女へと問いかける。
勿論キーボードを操ってだが。
・・・P・・・
モニターにウインドウが立つ。
「「私はそこに何かしら邪悪なものを感じます」」
「邪悪とは?君はこの件にも奴が手を出したと?」
ヴァルボアが言う奴とは?
「「タナトス教授が関与しているかは分かりません。
ですが、あの人形を投げ飛ばす瞬間に感じたのです」」
レイの文字を読んだヴァルボアは次の文を待つ。
「「投げ出される方向を制御したのではないかと。
一瞬のことで確かかは分からないのですが、掴み返された気がしたのです」」
レイが知らせたのは事実だった。
金髪の人形を操る者が、投げ出される角度を調節したからだ。
「ふむ・・・ワザと狙って来たとでも言うのかね?
初めから投げ飛ばされるのを目論んでいたと?」
その問いには即座に答えが返って来た。
「「そうとしか考えられません。
あれほどの高性能な人形なのに、黙って投げ出されるなんて」」
肯定したレイの言う通りだと思えた。
「則ち・・・嵌められたのは儂等と言うんじゃな?」
罠にかかったのかとの問いには。
「「いえ。利用されたのは事実でしょうが。
彼女は初めから投げ飛ばされようとはしていませんでした。
少なくてもスタート時点では・・・」」
いつの時点で考えたのか。
それを検証してみるのも、事件を知る上で必要なのではと返して来る。
「「それに。
事件がお二人を狙ったものか、偶然の殺害だったかを調べられては?」」
犯行が無差別だったのかを調べるように勧めても来た。
「ふむ・・・試合の録画を検証してみるかのぅ。
青い瞳が何かを探っていたのか・・・焦点はそこにあるようじゃ」
モニタリングをヴァルボアに任せ、レイはもう一つの疑問に突き当たっていた。
「「誰かに操られていたとしても、なぜ二人が会場まで来ていたのを知ってる?
犯人は誰かに情報をリークされていた?
だったら誰が・・・何の目的で二人を殺させた?」」
どうして二人が貴賓室に居ると知っていたのか?
なぜ人形で殺害を企てたのか?
その本当の狙いとは?
「あなたにはどんな罪もないのよリィン」
慰めの言葉をかけて来るユーリィにも返事を返せず。
「二人は事故で亡くなったのだから」
虚ろな瞳を向けるだけだった。
なにかしらほっとしているような顔を見せている姉へ。
「葬儀の手配があるから、私は社へ戻るわね」
何も答えない妹へ、そう告げると病室から出て行こうとした。
と・・・先にドアが開き入って来るのは。
「あ・・・ユーリィ顧問。リィンちゃんの容態は?」
心配気なエイジの顔が見えた。
「あらエイジ君。観ての通りよ」
振り返らず、指先だけで教えられて。
「まだ・・・口もきけませんか?」
眉を顰めるエイジの肩をポンと叩くと、黙って出ていくユーリィ。
伏せるリィンに近寄るエイジの後ろで自動ドアが閉まると。
「大丈夫だから・・・喋れるから」
今迄姉の前では口も利かなかったのだが、エイジだけになると話せるという。
「そっか、良かった」
なんとなくだが、リィンが話さなかった訳を感じ取って。
「リィンちゃんの気にしていた通り。
あの場には偶々居合わせなかっただけみたいだよ」
ドアから姿を消したユーリィを指して、
「だから。ユーリィ顧問が殺害を狙ったんじゃないって」
殺人を依頼したのが姉ではないと教えたのだ。
「そう・・・そうなんだ。
だったら誰が・・・あんな酷い事を」
二人の姉とユーリィとの仲が険悪だと知っていたリィンは、てっきり犯人が姉かと想像していたようなのだが。
「警察は単なる人形の暴走だと結果を発表したよ。
僕達みたいに、あの人形がワザと飛び込んだとは分からないようだけど」
事故と発表する警察を疑い、現場で目撃した犯行の手口を言葉にするエイジ。
「それはオカシイよ。
試合の録画を観たら、彼女が自分の足で飛んだのが分かる筈なのに」
「それが・・・
フェンスに当たった衝撃で操縦不可能となっていたとか発表したんだ」
二人が観た共通の疑問。
金髪の少女人形は、自分の意思で方向を変えてジャンプした。
それが故障してできるとは考えられない話だと思ったのだ。
「誰かに・・・この事を伝えなきゃ」
事故と殺人とは雲泥の違い。
黙って警察の発表を鵜呑みにする事なんて、出来よう筈も無かった。
ベットから起き上がって床に足を置いた瞬間。
「あ?!」
リィンはまだ眩暈が抜けきっていず、倒れ込みそうになる・・・のを。
「まだ安静にしておかないと」
咄嗟に抱えてくれるのはエイジ。
「あ・・・ありがと」
同い年でレィの弟でもあり、一番信頼のおける男子でもあるエイジに抱きかかえられた。
「う・・・どうして・・・なぜこんな事に」
エイジの身体に触れた瞬間、今迄張りつめていた気持ちが解かれていく。
二人の姉を喪った悲しみと同じ位に思うのは。
「少女人形が人を殺めてしまうなんて・・・」
事故であれ殺人であれ、同じ事。
「リィンちゃん。それは僕も思っていたんだ。
でもね、機械なんだから壊れることもある。
どんなに完璧な物でも、使う人が誤れば不幸がやって来るんだ」
慰めというよりは、自分へも言い聞かせている風に感じる。
「僕達はやっとそれを教わった。
もしかしたら僕達がやってしまったかもしれないんだって。
相手の操手だって、きっと悲しんでいる筈だから」
エイジは暗に可能性を話しただけだが、リィンには衝撃的な話だった。
「もしかしたら・・・私がやってしまったのかも知れないの?
目の前で自分の意思に反して行動してしまう・・・人形が?」
「壊れてしまえば、どうなってしまうかなんて分からないって話だよ」
抱き竦められるリィンの脳裏に、悲劇を巻き起こすレイの姿が過った。
「嫌・・・嫌だよぉ。そんなの絶対に許されないんだから」
人を殺める機械人形。
それは機械兵が世界で行っている惨劇を彷彿させた。
「あ、あたし・・・そんな世界に居たの?
間違えば人を殺めてしまうような危険な世界に踏み入れていたの?」
少女人形だとて機械の人形には変わりがない。
動力を保持する人形ならば、事故を起こしてもおかしなことではない。
その結果が、どれほど悲惨な結末を与えるにしたって。
「レイには・・・間違いを犯させない。
せめてレイにだけは人に危害を加えさせない」
今迄が幸運だっただけだと思え、これからどうするべきかを考えて。
「ねぇエイジちゃん。私は・・・辞めるから」
もう格闘大会へも、人形選手権へも出場しないと溢し。
「レイは・・・あの子も辞めさせてあげて」
アークナイト社付属である少女人形の解雇を願った。
「そうだね、僕もヴァルボア博士に頼んであげるよ」
身体を抱いてくれているエイジも同意してくれた。
「レィ姉さんも、きっとそうした方が良いって言ってくれると思うから」
心の底からの同意を示す為か、姉の名を引き合いに出して。
「そっか・・・そうだよね」
でも、今のリィンにはエイジの温もりが何より心地良かった。
レィを半ば失った後でも、エイジだけが傍に居てくれてる。
いつも一緒に居てくれて、泣き言を黙って飲み込んでもくれる。
こんなにも近くに居て、こんなにも頼れる存在だと初めて分かった気がした。
「ありがと・・・エイジ」
深く寄り添って、リィンは感謝の言葉をもう一度伝え直す。
姉レィには感じたことの無い感覚に囚われて。
父ロナルド以外の男子に、初めてこれほど強く抱かれて。
自分でも気が付かない内に、彼の事をちゃん付で呼ばなかったのを。
少女と少年が心を通わせていた・・・その一方で。
邪悪な気配が蠢いていた。
事故を報じるテロップを眺め、悦に入っていたのは。
「フフフ・・・邪魔な姉妹は始末出来たか」
ワイングラスを傾ける小太りの男。
「これで賢い妹は決断するだろうて。
我が社の傘下に落ちてでもフェアリー家を守ろうとするだろう」
ひと息呷って・・・嗤う。
「そうなれば、残るはアヤツだけ。
あの憎きロナルドへの復讐だけだ。
その時も・・・もう間も無くだろうがな」
テーブルへグラスを置くと、その手でタブレットを無造作に掴み上げる。
「そうだよ・・・ミカエル。
復讐の時が遂に目の前までやって来たのだ」
掴み上げられたタブレットの画面に映っていたのは・・・
「お前を奪われた怒り。
お前を喪った悲しみも・・・全て。
ロナウドに知らしめてやるのだ、娘を奪われた父として。
その時こそ、ロッゾア・オークの復讐は完遂されるのだよミカエル!」
茶毛を靡かせている少女の姿が映し出されていた。
まるでリィンのあどけない笑顔を映したかのような少女がそこに居たのだ。
「それがロッゾア・オークを暗黒王と呼ばしめる原動力なのだからな!」
少女の画像を撫でて、自らを王と呼んだのだった・・・
リィンの心にエイジに対する感情が?
女の子として、初めて感じた想い。
・・・リィンの想いは伝わるのか。
しかし、二人の仲が結実する事は叶わない。
悲運、それは・・・運命の荒波に飲み込まれる少女の宿命。
次回 Act29 起動
葬儀が終るとき、彼女の名を訊いてしまう。それが自らのルーツとも知らずに・・・