魔砲の戦車と王女の秘密 8話
遂に、この日が訪れた。
ミハルが本物の戦車と対面する時が。
魔砲の異能を受け継ぐ乙女に待っているのは。
魔法の戦車・・・魔鋼騎だった。
二号車のイグニッションが押し込まれ、大馬力ディーゼルエンジンに火が入った。
ド・・・ドゴゴゴ・・・
轟音が調整所を揺るがす。
「点火装置も発動機にも異常は認められません」
車体に執り付いている整備員が問題は見受けられ無い旨を報じ。
「続いて変速機を調べてください」
走行テスト前の検査に執りかかった。
「す、すっごぉ~い音だねぇ」
戦車と言う乗り物を知らない美晴が、思わず耳に手を当てて感嘆を漏らす。
「ええまぁ。調整所内は囲われてますから、音が余計に響くんですよ」
ミルアは戦車乗員としての初期訓練を終えていたので別段驚いてはいない。
「そっか~、音が反射してるのか・・・って。
いやいやいや、そうじゃなくて。
まだエンジンを動かしただけだよね、高回転時の音ってどれくらい・・・」
美晴は何もかもが産まれて初めての経験だったから知る術も無い。
「今・・・分かりますよ」
ミルアが美晴と同じ様に耳に手を添えた時。
ゴルァアアアアアアアアアッ!
二号車のエンジンが回転を上げ、轟音を撒き散らした。
「ぴ?!ひぃやぁああああッ?」
何の前触れも無く、排気管から煙と轟音を上げられ。
「げほっゴホッ」
驚きと排気煙によって咽こんでしまう美晴だった。
「大丈夫ですか?」
「ゴホケホッ・・・だいじょービじゃない」
心配顏で覗き込んで来るミルアに、血の気の退いた表情を見せて応える。
「さっきまでの威勢はどうされました?
この後、実車に乗るのですから。しっかりしてくださいね」
注意しながらも、励ましの声をかけてくれたミルアに美晴はコクンと頷いて。
「そうだった。
音ぐらいでビビってられないんだよね」
かなりのインパクトを戦車から受けてしまったのを吐露してしまった。
「そうですよ。ミハル候補生」
そんな美晴を応援して、ミルアが微笑んだ。
ミーシャ少尉の2号車が、調整所から出て来る。
重いキャタピラ音と、幾分アクセルを踏み込んでいる騒音と共に。
キュラキュラキュラ・・・
アスファルトを無限軌道が噛む音。
重厚な車体を推し進めるエンジン音と駆動輪が奏でる走行音。
砲塔に白い猫を描かれた鋼の戦車が、陽の光を受けて輝いて観えた。
砲塔の上部に位置した観測塔のハッチが開け放たれ、そこに車長であるミーシャ少尉が上半身を覗かせて居る。
「停まれ(ハルト)!」
首筋に廻した喉頭マイクに指を添え、停車を命じるミーシャ少尉。
「これより走行テストを行う。
場周を二回りして戻るから、観測員は車体のチェックを怠るな」
そして搭乗訓練の開始を宣言した。
黒煙を排気管から吹き上げ、発車する2号車。
加速が始まると、キューポラに昇っていたミーシャ車長がハッチを閉じて車内に潜った。
最初は毎時10キロにも届かない遅さだった速度が、瞬く内に最大速度の50キロに迫っていく。
昔は鈍足な走行力を揶揄されてきた戦車だったが、今の科学力を持ってすればタイヤ履きの車にも引けを取らなくなった。
「うわぁ~凄い!早いなぁ」
走行テストを傍観している美晴が眼を輝かせる。
「おい、候補生。
物見遊山に来たんじゃねぇんだから。
しっかり見て、勉強しておかなきゃ駄目じゃねぇか」
「あ・・・はい。すみませんレノア少尉」
次の車体検査に執りかかっているレノアの声が、浮かれている美晴を窘めた。
「ねぇミルア伍長。
戦車って荒れ地でも走破できるんだったよね?」
走行試験中の2号車から眼を離さず、傍らに居てくれるミルアに質問した。
「ええ、勿論ですけど。それが何か?」
走り続ける二号車を見詰めている美晴が、息を呑む様にもう一度繰り返す。
「あの・・・さ。
あそこに造られてある谷間でも超えることが出来ちゃうの?」
二号車の前方に、幅が3メートル程の壕が迫っているのを観て訊いたのだ。
「あ・・・ちょっと、無理っぽいですね。
コースを変えないと嵌ってしまうかもです」
重量のある車体が壕を飛び越えられるとは思えない。
多寡が50キロ程の速度では、下手をすれば壕に落ちてしまいかねない。
「このままだと危ないのは知ってるよねミーシャ少尉だって。
でもミルア。二号車がコースを変えようとしないんだけど?」
それどころか、壕に向けて一直線に走って行くのが見て取れた。
「何をする気なの?!どうしようっていうの?」
重装甲の戦車を壕にぶつけて、乗り越えるのか?
それとも、何か秘策でもあるというのか。
「あ・・・なるほど」
心配する美晴がヤキモキしている傍で、ミルアはポンと手を打つ。
「な?なるほどって。何なのよミルア~?」
何かに気付いたミルアに答えを求めると。
「これってテストでしたよね。
だとすれば・・・良いデモンストレーションになりますよ」
「はぁッ?!呑気に観てる場合じゃ・・・」
走行試験でもあり訓練の一環でもある。
つまり、車体の性能チェックを行っている最中ってことだ。
「観ていてくださいミハル候補生。
これが、私達が乗る<魔法戦車>の姿なのですから」
「え?!魔法の・・・戦車?」
思わず訊き返した美晴の瞳に、白い何かが跳び込んで来る。
走り続けていた二号車の砲塔側面部に描かれていた<紋章>が・・・
パアアアァッ!
発光したと同時に。
「やっぱり。ですよ」
「あ?えッ?ええぇぇッ?」
白い猫を描いた戦車が光を放つと、目の前で異変が起きる。
「どぇえええぇッ?!なにアレ?!」
まるで戦車自体が俊敏な猫にでもなったかのように。
「速いですねぇ。一気に倍近い速度まで出せてるんじゃないですか?」
砂ぼこりを噴き上げ、二号車が暴走する。
速度はミルアが言った通り、時速100キロに迫る程にまで高まり。
車体を揺らして壕へと迫る。
「あれなら。跳べるんじゃありませんか?」
「えぇぇッ?マジですか」
思わず絶叫する美晴に、マリアはくすっと笑って。
「あれが、ミーシャ少尉の魔鋼騎ですから」
心配には及ばないと応えたのだった。
ドギャンッ!
ホワイト・キャットが跳躍した。
総重量40トンもある戦車が、ジャンプしたのだ。
「候補生が観てるんだぞ。失敗する処なんか見せられるかよ」
車長席に陣取る、ケモ耳を生やした姿のミーシャ少尉が吠えた。
その胸元で輝く魔宝石が揺れている。
白い猫の属性が発する魔法。つまり敏捷性を表して。
ギャッギャッギャッ!
壕を飛び越えた魔鋼騎が、業を飛び越えて着地した。
「よし!キャタピラも切れなかったな。上出来だぞ」
上機嫌で喝采を叫ぶミーシャ。
「どうだ候補生。
これがホワイトキャットの威力だぜ」
魔法も車体も、自分に適合しているのを誇って。
「お前には、こんな芸当は無理だろうけどな」
自慢たらたら。余裕を見せるのだった。
「すぅ・・・・ごっ。カッコイイ!」
無理だと思われた壕越えを、難なく終えたミーシャに拍手を贈る。
「あれがミーシャ少尉のホワイト・キャット。
白猫の異名を取る少尉ならではの車体と言った処ですね」
「そ~なんだぁ。そう言えば猫耳生やしてたもんね」
以前に観たことのあるミーシャ少尉の魔法属性。
白いケモ耳とモフモフ尻尾を生やしていたっけ。
無理やりに納得した美晴が、ミルアと談笑していると。
ゴルンゴゴゴ・・・
背後の調整所で小隊長車が唸りを挙げた。
「1号車。代理車長のレノアが出る!」
車体からの無線が、スピーカーを通して流される。
「性能諸元はマリア小隊長に準じる。
依ってテストは走行力に絞ることにするからな」
小隊長車の操縦手を務めているレノア少尉ならではのテスト内容だと思える。
「それじゃぁ、候補生もミルアもしっかりと観ておけ。
私が戻ったら、搭乗させる予定だからな」
スピーカーからレノアの声が響き、
「あ、はい!」
予定を聴かされた美晴が、操縦中のレノアには聞こえる筈もないのに復唱してしまった。
「・・・クスクス」
傍らに控えているミルアが、声を漏らして笑って。
「緊張しないって言われていた割には、カチコチになってますよ」
スピーカーからの声に応えてしまった美晴に教えるのは。
「本番はこれからなのですから。
魔砲少女の本領を魅せてくだされるんでしょ?」
緊張せずにリラックスしろと、冗談を交えて知らせてくれたのだ。
まだ、魔鋼騎に乗ったのではないのだからと。
「そ、そうだよね。
今から緊張していたら、訓練中に失敗しちゃうかもだし」
言われた美晴が感謝の眼でミルアを観た。
「・・・そっか」
宥めてくれたミルアの足元が、微かに震えているのが分って。
「緊張しない方が普通じゃないよね」
自分と同じように感じているのが分った。
初めて乗る戦車。
初めて知ることになる魔法の戦車。
「がんばろう・・・ね、ミルア」
自分と同じく<初物>なのだと想い。
自ら進んで初めてを打ち破るのだと感じて。
「乗ろう!魔鋼騎に・・・魔砲の戦車へ!」
走行試験を切り上げて来た小隊長車へと駆けだして。
魔法少女の二人が、前へと走り始めた・・・
ミーシャ少尉が魅せた。
描かれた紋章を輝かせて。
魔鋼騎と呼ばれる魔法の戦車。
魔法使いの属性を反映し、大きく能力を変えたのだ。
目の当たりにした美晴。
次ぎに待っているのは・・・初の搭乗だ!
次回 魔砲の戦車と王女の秘密 9話
君の属性は<魔砲> 君の魔法力は<受け継がれし者> そう、君こそが魔砲少女なのだ。




