魔砲の戦車と王女の秘密 6話
月夜の晩に出会ったアクアと名乗る双剣使い。
そして、幼い日に約束を交わしていた王女の名を語った女性佐官。
本当に二人は本人なのか?
美晴の心は沈み、信じられないでいた・・・
蒼い光の礫が舞う。
月夜の光の中、変身を解く輝が覆った。
礫と光が消えた後には魔法衣を解除し、破られたままのシャツ姿に戻った美晴が佇んでいる。
「あたし・・・あたしは信じられない。
ルナリィ―ン王女が、あんなことを言うだなんて」
変身を解き、破れたシャツから零れる肌も気に掛けず。
出遭ったルナリーンを名乗った女性士官の言葉が、頭の中で反復される。
「あたしの全てを差し出せって言われた。
持てる魔法力も魔砲の異能も、心も体も・・・それに。
魂までも求められちゃった」
憂鬱とした表情で星空を見上げる美晴。
自分の耳で、魔力を宿した瞳で知ってしまったのは、幼き時から慕っていた王女の変貌ぶり。
「あの人が・・・ルナリィ―ン様だなんて。
あたしは信じ切れないんだよ、信じたくないんだよ」
最初の出逢いから十年近くの時が過ぎた今。
人が移ろい代わることぐらい理解できる歳になった。
でも、慕い続けて来た人の見せた態度と言葉に衝撃を受けたのは間違いない。
慕っているからこそ信じられなかったし、聞いた言葉を信じたくなかった。
「そう想うのは、あたしの独りよがりなのかな?」
誰かに訊きたかった。
誰かに応えて貰いたかった。
あの人が、本当にフェアリアの王女様なのかを。
結っていた薄ピンク色のリボンが揺れる。
疑い迷う美晴の心へ応えようとするように。
「「信じたくなかったら、信じなければ良いんじゃないの。
私も彼女がルナリィ―ン王女だとは思えないもの」」
「え?!コハル・・・も?」
リボンに宿る春神の誇美が、頭の中で答えて来る。
「「そう。女神だってそう感じるんだから。
さっきのアクアだって、ルナリーンを名乗った女性軍人だってそう。
本当の二人だとは限らないんじゃないの?」」
「でも、名乗って来たんだよ。二人共が」
誇美は名乗られたからといえども本人とは限らないと言い。
美晴は偽名を名乗る意味を見出せないと答える。
「「美晴の想いは分かる。
でもね、彼女等が本物である証拠も無いんだよ。
命じられたからって、諾々と要求を呑めないでしょ?」」
「う、うん。そう思うけど。証拠ってどうすれば分かるの」
女神の異能を使えば偽物か本物かを見分けられないものなのか。
本物か偽物かを見分けられる方法が無いのかと、コハルに縋ろうとする美晴だったが。
「「そんなのは、美晴自身が調べなさいよ。
こちとら行動に制限が掛けられちゃってるんだからね」」
真実を知りたければ自分の行動で見つけろと、宣言されてしまった。
「そ、そうだよね。やっぱり」
半ば覚悟していたのか、言い返して来ない美晴に女神でもあり親友でもある誇美が溢した。
「「理の女神様も、自らの手で切り開くのよって仰られたもん」」
蒼き宝珠に宿っている女神も承知していると。
「うん。分かったよコハル」
偽物か本当に王女なのか。
調べるのは美晴自身が動かなければいけない。
誇美の言葉が教えてくれた。否、女神から教わった。
運命を切り開くのは、自分自身の心次第なのだと。
「ありがと・・・コハル。ありがとう伯母様」
宿った女神に感謝した美晴は、やっと気が安らいだのか、
開け出た肌を隠して、
「で~もぉ~!今度あのアクアに出会ったら。
シャツ代を弁償させてやるんだから・・・ねぇ~だ!」
月を見上げて、あっかんべーをするのだった。
翌早朝。
訓練が始まる前のことだ。
「小隊長に質問があります」
搭乗員詰め所の前で、書類を携えて現れたマリアに駆け寄って。
「小隊長は王室警護官でもあるんでしたよね。
でしたら、ルナリィ―ン王女様とも面識がありますよね?」
堰を切ったように問いかけて来た。
「うん?確かに警護隊員として任務に服しているが。
王女殿下との面識は無いに等しいとだけ答えておく」
イキナリの問いかけに、マリアは少々面食らったような顔で応える。
「それじゃぁ、もう一つだけ答えてください。
<我が姫>と呼ばれる女性士官をご存じですよね。
その佐官は王女様と同じ名前なのでしょうか?」
面識が無いと答えられた美晴が、更に質問を繰り返す。
今迄触れられてこなかった、マリアさえも懐柔しようとした謎の女性について。
「・・・今。答えなければいけないのか候補生」
詰め所に集まり出した隊員達の視線を感じたマリアが躊躇する。
「いいえ。今直ぐにとは言いません」
ミルア伍長達が何事だろうと聞き耳を立てているのを知った美晴も、慌ててはいないと答えた。
実際はマリアが言い難いのだろうと気を効かせたのが実情だが。
「よし。後で答えよう」
頷いたマリアは、隊員達に聞かれても良い様に<後で>と言って返した。
「おい、ミーシャ!」
そして、小隊搭乗員に整列を求めると。
「本日より稼働車両を以って訓練を行う」
持参した書類を指差しながら、
「搭乗員は各部の確認、ならびに走行訓練を執り行え」
訓練目的を命じるのだった。
先任搭乗員であるミーシャ少尉が復唱しようとした時、マリアが一言付け加える。
「そして。
予備搭乗員であるミルア伍長も操縦員として加える。
また、新入隊員でもあるシマダ候補生にも車長代理として訓練に参加させる。
分ったな・・・以上だ」
戦車小隊長としての訓練命令を。
いよいよ、戦車隊として本格的な訓練を始めるのだと。
「おお。やっとか」
「これで魔法戦車隊として実践できるな」
ミーシャもレノアも、実働戦車に乗れることを喜ぶ。
小隊に2両装備された魔鋼の戦車で戦闘訓練が行われるのを待っていたのだから。
「ミハル候補生、緊張しますよね?」
予備扱いだったミルアも、初めて乗る戦車に興奮しきりだったが。
「ミハル候補生?」
呼びかけたのに反応を返さない美晴を不審そうに見ると。
「え?あ、うん。そうだね」
話に上の空だった美晴が、気の無い返事をしてしまう。
「どうかされたのですか?」
「い、いやあの。あはは、緊張しちゃって~」
誤魔化す為に空笑いをする美晴に、益々不審な顔をするミルア伍長。
「そうですね、緊張しますよね」
上目遣いに応えてから。
「心配なことがあるのなら、私に仰ってくださいね」
魔鋼戦車に疎い美晴を気遣って、
「どんなことでも・・・聴きますから」
気懸りならば話して欲しいと言ってきた。
「あ、うん。大丈夫だからミルア伍長」
優しいミルアの言葉に、ちょっとだけ誤魔化したのを後悔してしまう。
魔鋼騎に乗る事より今は、マリアからの答えの方が気になっているだなんて言える筈も無いから。
訓練前の指示も終わり。
隊員達が各々の持ち場へと散った後。
「おい、美晴。ちょっと」
整備班が待っている場周操練場へと歩き始めた美晴が呼び止められる。
「どないした?なにか起きたんとちゃぅんか?」
搭乗員割と保有戦車の情報を纏めた書類を携えたマリアが後ろから話しかける。
「ルナリーン姫に会ったんとちゃぅんか?」
昨晩の内に邂逅したのかと。
マリアが出歩くなと念を押しておいた夜間に出会ったのかと訊いて来たのだ。
「あ・・・ごめんね、マリアちゃん。実は・・・」
停められていたのを思い出した美晴が、バツの悪そうな声で認めようとしたら。
「ど阿保!あんなに言うておいたのに出歩いちゃったんか。
省の無いやっちゃなぁ、美晴は!」
「ごめんって~」
肩に手を廻して来たマリアに悪態を吐かれて、思わず謝ったのだが。
「あの監視しとったアクアにもか?
お前の伯母さんに恨みがあるって言うとった奴と。
魂まで求めてるルナリーン中佐にも・・・かいな?」
マリアは怒りもせず、笑いかけて来た。
「そ、そうだけど?
どうして・・・分かったの?」
その笑顔に、動揺を隠せずに訊き返す美晴。
「言うたやろ。
美晴が魔力を開示したら、奴等がほっとく訳があらへんって」
「そうだったけど。
どうして二人と出会ったって分るの?」
マリアから出歩くなと言われていた事と、二人に出会ったのが偶然ではないように思えて。
「そりゃぁ~な。
こっちにも情報を下さる方が居られるんや。
捻じ曲げられた事実を正してくださる人が居るんやで美晴」
「え。え~とぉ・・・意味が分かんないんだけど?」
訊き質そうとしたら、余計に理由が分からなくなった。
「さっき美晴が訊いて来たろ。
姫の名を名乗った女性佐官を知っているかって。
答えは・・・イエスや」
「・・・そっか、知っていたんだ」
そして気にかけていた話題へと振られて。
思わず顔を俯けてしまった美晴を観て、マリアが肩へと手を廻して。
「知ってるんやが、あの人はルナ様とは別人やで」
「ルナ・・・様?って、じゃぁ?」
自分の知っているルナリーンを名乗る女性佐官は、フェアリア王女ではないと答えて。
「そうやで美晴。
あたしもホンの少し前までは姫様かと思ってたんやが。
ある人に教えてもろ~たんや、姫様が別に居るんやって」
「え?!ええッ?あの人はルナリィ―ン様では無いんだね?」
マリアだけが知っている事実を教えてくれたのだ。
「そうらしいんや。
詳しくは教えて貰ってへんのやけど。
本当の姫様はどこかに潜んでおられるらしいんや」
「そ、そうなんだね。あの人はルナリィ―ン様とは違ったんだ」
出会った女性は別人だと思える程の違和感があった。
いくら年月を経ていたって、雰囲気までも変わっていたから。
「やっぱり・・・そうだったんだ。良かった」
あっさり、昨夜に出会った佐官がルナリィ―ン姫とは違うと分かって安堵した。
女神達が勧めてくれたように、自分が動かなければ答えは見つけられなかっただろう。
一晩で解決した疑問に、教えてくれたマリアへ感謝する。
「ありがとうねマリアちゃん。
どうしても信じられなかった・・・ううん。
心の中で否定し続けてたから、彼女が姫様ではないって」
心の閊えが解かれ、笑顔を溢す。
「そっか。
美晴はルナリーン様と再会する約束があったんやったな。
いつか本当の王女殿下と対面出来たらええなぁ」
肩に手を廻したまま、マリアも笑う。
「うん。次は本当のルナリィ―ン姫に逢えたら良いな」
幼馴染な二人は、幼い時に語り合った約束を語り合う。
いつの日にか、このフェアリアで王女ルナリィーンに再会を果たす為にも。
「そ・・・やな。
意外とその日は近いのかも知れへんで」
マリアは遠くを見つめて。
「そうだと良いんだけど」
美晴はルナリーンを名乗った女性佐官を想って。
まだ、事実の片鱗しか分かっていないのが気になりながら。
運命の歯車が回っているのを感じて。
「フェアリアには多くの謎が眠ってる。
未だに目覚めない真実が、いつの日にか暴かれるのかな?」
この国には自分の知らない現実が、まだまだあるとだけ分かったのだった。
謎の片鱗が解けた美晴は心が澄んでいく想いだった。
あの二人が本物ではなかったと喜んでいた。
それでは、あの二人は何者なのか?
答えを見出す前に、次の試練がやって来る。
八特小隊が本来の姿を見せる時がやってくるのだ。
配備されていた2両の魔法戦車が稼動する。その時美晴は?
次回 魔砲の戦車と王女の秘密 7話
臆することなく挑もうとする君には、緊張よりも期待を胸に抱く姿が似合う。




