魔砲の戦車と王女の秘密 5話
剣の前では無力なのか?
素手でアクアと対峙しなければならない美晴。
果たしてこの窮地から脱することが出来るのか?
月の明かりを受けて妖しく光る紅い瞳。
紫色と赤色を基調にしたコスチュームと二振りの剣を操る姿は、宛ら魔法剣士とでも言った処か。
肩上まで伸ばした茶髪が舞い踊り、揺れ動く前髪が表情を押し隠す。
「今のはワザとシャツだけを斬っただけだ。
次はお前の身体に疵を付けることになるぞ」
だが。
表情は分からないが、歪められた口元は見て取れる。
威圧を孕んだ警告を与えて、美晴に何かを求めているのだ。
その何かとは?
「斬られたくないのなら。
サッサとお前に宿る者を呼び出せ!」
双剣使いのアクアが、剣を突きつけて叫んだ。
「魔女のロゼを私の中から分離させる為に」
紅い瞳に敵意を滾らせ、時を司れると嘯く者が迫る。
「勝手なことを言わないでよ!」
シャツを切り刻まれた美晴が、右手で破れた胸元を隠しながら言い返す。
「あなたの言いなりになんてならないんだからッ!」
危機に瀕しながらも強がって見せ。
「剣術を悪いことに使うのなら、同じ剣士として黙っていられない!
ううん、同じ魔法少女として見逃しておけないじゃない」
アクアが魔法少女だと見切った上で。
「見せてあげる。あたしの魔砲力を!」
眦を決して言い放った。
剣の柄を握り絞め、美晴を睨みつけているアクアが細く笑む。
思惑通りに女神を呼び出せたとばかり思い込み。
「ほほぅ。やっと呼び出す気になったか」
幾許かの距離を執るのだった。
アクアが後退り、僅かに離れた。
その瞬間を捉えて、美晴が頼んだ。
「コハル・・・魔戒剣を貸して」
自分に宿る女神へと。
「「待ってよ美晴。まさかアクアと斬り合う気なの?」」
ピンクのリボンに宿った戦女神が訊き質して来る。
「うん。だって、黙っていられないじゃない。
自分勝手な欲求の為に、剣術で悪事を働くなんて」
同じ剣技を鍛錬してきた同士として。
志す処は違ったとしても、問答無用で斬りかかって来た相手に。
「それに、あたしに宿った女神を脅そうとしてるんだもん」
「「それなら、私が代わりに相手になってやろうか?」」
誇美はアクアを知っている。
時の魔法を行使して来るのを。
剣術で負かされるようならば、魔法で勝負をひっくり返そうとするのも。
「「美晴には分が悪いんじゃないの?」」
相手が本気ならば、窮地に堕ちるのが分っていた。
だから女神である自分が対峙しようかと訊いたのだが。
「「アクアが必殺の気迫で挑んできたら、どうするつもりなのよ?」」
アクアの手にある真剣で斬られてしまうかもしれないと危ぶんだ。
「大丈夫だよコハル。
斬るつもりなら、さっきの一撃で斬られた筈なんだ。
それに、あたしを斬ったら女神に会えなくなるって分っているみたいだもん」
「「まぁ・・・そうだよね」」
誇美は少々驚いていた。
窮地に堕ちている美晴が、冷静に分析しているのを。
怒りに任せた斬り合いには発展しないと踏んでいる事に。
「「分かったわ。美晴に任せるから」」
出張るつもりだった誇美が、自重すると応え。
「「私の魔戒剣を使って」」
美晴の魔砲力に剣を添えてくれた。
「ありがとう、コハル」
感謝の心を言葉に表し、瞼を閉じて呪文を唱える。
「まだかよ?お前に宿った女神は・・・」
焦れたアクアが急かそうとした時。
「あなたには会わせる訳にはいかないんだから」
瞼を閉じたまま、美晴が応える。
「あたしにだって剣があるんだからね」
破けたシャツを掴んでいた右手が、スッと頭上へと掲げられていく。
「あたしにだって意地がある!
だってあたしは・・・魔砲を授かった魔法剣士だから」
掲げられた手には、青く光るブレスレット。
魔力を秘めた魔法の石が、美晴の求めに応えて・・・輝く。
「輝を与えよ・・・シャイン・トゥ・エンバランス!」
変身呪文が完成する。
魔砲少女が魔法のコスチュームを呼び出す呪文を解き放った。
蒼き光が美晴を覆う。
魔砲の異能が覚醒し、乙女の姿を変えていった。
瞬時に蒼いレオタードが素肌に纏わり、強固たる金色の魔法装甲帯が要部に設われ。
白い上着に描かれた聖なる魔法力を意味した蒼いラインが描き出され。
強力な戦闘力を秘めた紅い宝玉が両肩上部に現れて。
少女から乙女となった美晴に、女神を宿せるようになった魔法少女に相応しく。
蒼いラインの入ったロングスカートが強大なる魔力を受けて翻る。
そして。
魔力を受けた髪が、黒から蒼へと代えられ。
純白の魔法衣の胸に、純潔たる紅いブーケットが現れて。
閉ざされていた瞼がゆるゆると開く。
凛々しい眼差しに輝くのは、清き蒼さを湛えた瞳。
強大なる魔法力を秘めた、聖なる瞳。
「蒼き輝の魔砲力を纏い。
月の女神に代わって邪悪を討つ。
あなたの闇を祓ってみせるから、この魔戒の剣で!」
振り上げていた右手をアクアへと突き出し、
「魔戒剣!」
紅い魔力の塊を握り絞めると。
シュワンッ!
紅い光の礫が容を成していく。
紅い輝きを放つ、聖なる刀身へと。
「さぁ!相手になってあげるわアクア」
輝く魔戒の剣を現わし、属性の魔砲力を見せつけて。
魔砲の乙女がアクアに対峙した。
「・・・なんだ。変身しただけかよ」
輝の魔法衣を観たアクアが、つまらなさそうに悪態を吐く。
「魔法だか魔砲だか知んねぇが。
私が求めたのは女神なんだぞ。
半端な魔女崩れの人間なんかじゃないんだ」
あからさまに美晴を侮辱し、怒りを誘って来る。
・・・でも。
「剣には剣で。そう言ったでしょあたしは。
女神を呼び出したいのなら、勝ってみせたら良いんじゃないの?」
落ち着き払った声でアクアに応えたのだ。
剣技ならば、負けるつもりはないと。
「・・・ほざけ!
お前になんか、負ける筈がないだろ」
逆に、悪態を吐いたアクアの方が怒りを露わにした。
「言っておくが。
危険を承知で闘うんだよな?
私が斬らないと思い込んでいるのなら、思い違いだぜ」
二振りの剣をクロスさせながら。
「お前が魔法衣を着たのなら。
本気で斬っても死にはしねぇだろ?
況してや女神を宿しているのなら・・・殺られはしねぇだろ?」
ニヤリと口元を歪ませた・・・・
ダッ!
と、見る間に突進して来た。
「・・・速い。
でもね・・・」
剣を薙ぎ払う構えで突っ込んで来たアクアを観ていた蒼い瞳が。
「速ければ良いってモノではないんだよ」
蒼い輝きの残像を残して、
シュッ!
スピードならば、間違いなくアクアが優っていた・・・筈だった。
「な?!なんだとぉッ?」
剣を薙ぎ払う瞬間まで、目の前に居た。
一振りの剣で応えられても、もう一本で撫で斬るつもりだった。
だが、振り抜かれた二本の剣は宙を斬っただけ。
「ばッ?馬鹿なッ?!」
空振りした剣先を観ていた紅い瞳が、瞬時に避けた相手を追い求める。
「そんな・・・馬鹿な?」
左右を確認した・・・姿を認められない。
飛び上がったかと、上空を見据えるが・・・影も無い。
瞬く間も無く、存在を隠した相手に戸惑った。
咄嗟に過ったのは、相手も自分と同じ異能を使ったのかという疑い。
だが、この世界中で時を操れる異能は自分にしか与えられていないと思い直す。
その結論を導き出した時だった。
スッ!
視界の端に、紅く輝く刀身が垣間見れた。
しかもそれは、自分の背後からだった。
「勝負・・・あったよね」
信じ難い結末。
たったの一度。唯の一回だけ、双剣を使っただけだった。
シャツを破いた一撃だけを見せただけだったのに。
「どうやって・・・見切ることが出来たんだ?」
魔砲の異能を使ったのは分かるにしろ、あまりに易々と避けられて。
「どんな魔法を使ったんだ?」
瞬間移動でもやって見せたというのか?
それとも、自分と同じ時を動かしたとでも言うのか?
アクアは背後からの声に焦りを覚える。
今迄、自分の剣術に絶対の自信を持っていた。
まさか、相手を見失うなど想いもしなかったのだ。
「確かに魔砲の技とでも言えるんだけど。
アクアのスピードを僅かに上回っていただけだよ、避けれたのはね」
斬りかかって来たアクアに、美晴は寸での処まで動かなかった。
躍りかかって来た剣の速度より、美晴の瞬発力が上回った。
常人では考えられない行動も、魔法を使役出来る乙女にならば可能だったのだ。
「スピードに頼っていても、動体視力が伴なわなければ用をなさない。
動きを停めた相手には有効でも、同程度の速さで動く者には通用しないの」
「ぐッ?!お前が私を上回ったとでも言いたいのか」
剣を突きつける美晴に、アクアは認めようとはしない。
剣技で負けたのを認められなかったのだ。
「そう・・・あたしの勝ちでしょ?」
一騎討の戦いだったのなら。
真剣での果し合いだったのなら。
剣を背後から突きつけた時点で、勝敗は決していた。
憎み合う敵同士の決闘だったのなら、既に斬り殺されていただろう。
「・・・認めるもんか」
魔戒剣の紅い光を睨み、背後からの声に抗い。
「お前に負けたなんて・・・認められるか!」
怒りを露わにして剣を握り返した。
「どうしても。
何が何でも。
勝たなきゃいけないんだよ、このアクアが!」
そして、秘術を発動させる指輪に魔力を注ぎ込んだ。
「この、時を司れるアクアが。負ける筈がないんだ!」
翠の指輪が魔法を放つ。
アクアの指に填められた指輪が妖しく輝く。
「次は切り刻んでやるんだから。
お前に宿る女神を誘い出す為にも!」
時間を戻す事の出来る魔法。
記憶に残されたチェックポイントに戻れる翠の指輪が妖しく光った。
・・・時だった。
「お待ちなさいアクア」
辺りに誰の気配も無かった・・・筈なのに。
「今夜は此処までとしなさい」
低いが良く響く女性の声が、指輪の発動を停めた。
「う・・・くッ?」
怒りに我を忘れかけていたアクアが、咄嗟に声の方へ振り返る。
「我が・・・姫?!」
それと併せて、美晴の剣から逃れるように飛び退く。
「我が姫?誰なの」
逃げるアクアに構わず、剣を退く美晴も声が聴こえた方へと視線を向けた。
両者が間合いを取った後。
「月夜に舞うは魔女。
血に飢えた魔女が望むのは、気高き魂。
今宵は魔女が舞うには早過ぎるのよ・・・アクア」
声の主が諫めて来た。
勝負を着けるにはまだ時が熟していないのだと。
「私が負ける筈がない!
時の魔法を使えば、たちどころに・・・」
「今はまだその時ではないと言ったのよ」
抗うアクアに、謎の声が応える。
「退くのよアクア。これは命令よ」
そして、戦いを辞めよと命じて来た。
「う・・・分かりました」
命令と決めつけられたアクアが、渋々承諾しつつも。
「覚えておけ、魔砲の美晴。
次は必ずお前を倒してやるからな」
美晴へと啖呵を切るのを忘れなかった。
「覚えていたらね、アクア」
負け台詞を残すアクアに、美晴は目も向けずに応える。
剣客アクアが立ち去るのを、追いかけることも無く。
何故なら、美晴が見詰めているのは闇の中から現れた影だったから。
「あなたが姫と呼ばれる人なんでしょ?
隠れていないで出て来たらどうなの」
魔法衣姿のまま、相手を呼び出す美晴。
「アクアを従えるくらいなら、それ相応の魔法使いなんでしょ?」
剣客アクアに命令を下せるのなら、それ以上の魔法使いかそれとも?
「いいえ。あなたがフェアリアに巣食う闇の正体なんじゃないの?」
魔女を宿すアクアを扇動する者。
アクアを使役し、自分を襲わせた相手。
そう捉えていた美晴が、影に対峙した。
「人の世界が闇ではないのかしらね。
私は闇の中で光を求めているだけよ、ミハル」
そう言い返して来た影が、月の明かりで姿を現す。
「闇には光が必要・・・そうではなくて?
あなたが求めたように、私も光の異能が欲しいだけよ」
長い金髪が夜風を孕んで舞う。
暗く沈んだかのような青い瞳が見詰めていた。
聖なる白き魔法衣姿の魔砲少女を。
「え?!」
現れ出た姿を観た瞬間、美晴から驚きの声が漏れる。
「まさか・・・」
冷めた表情を浮かべている相手の顔を観て。
「あなたは・・・」
記憶の中に居る人を重ねてしまった。
軍服を着た相手の階級は<フェアリア軍中佐>を表している。
端正な顔立ちには、何の感情も伺うことが出来ない。
強いて言えば、相手を見下しているかのような冷たさしか感じ取れない。
「あなたは光を手に出来たのでしょう?
それならば、私達にも分け与えて貰えないかしら」
表情にも増して、声も冷め切っているようにしか思えない。
美晴が押し黙っていると、
「この国の為に。いいえ、世界の為に。
闇に堕ちた世界を変える為にも。
この私・・・ルナリーンに貰えないかしら」
女性が名乗ったのだ。
フェアリア王女と同じ名前を。
「嘘・・・でしょ?」
その名を聞いてしまい愕然となる美晴に、追い打ちをかけるのはルナリーンを名乗った女性。
「嘘かどうか。あなた自身の眼が信じられないのかしら」
「あ・・・う・・・嘘だ」
月の明かりに照らし出される女性の姿に後退る。
信じられないものを突きつけられてしまったかのように怯えてしまう。
「覚えておいてねミハル。
ルナリーンが欲しいと言ったのを。
あなたの全てを差し出して貰いたいって言ったのを。
心も体も、そして魂までも。
何もかもをルナリーンが求めているのを・・・ね」
「あ・・・嫌。こんなの嫌だよ」
拒絶するのはルナリーンの求めか。
それとも嘗ての麗しい姫とは別人と化した王女の姿にか。
告げるだけ告げて、ルナリーンを名乗った女性が踵を返す。
「あ・・・待って。待ってください!」
身体が強張って言うことを利かなくなった。
信じられない姿を見せつけられた美晴が、影に求めるのだが。
「また会える。答えはその時にでも聴かせて貰うわ」
金髪を靡かせ、暗がりへと消えて行く。
ルナリーンを名乗った女性士官の姿が、手の届かない暗がりへと。
「待ってよ!ルナリーン姫様」
消えてしまった姿を追い求め、やっと動けるようになった美晴が追い縋る。
でも、時すでに遅く、どこにも彼女の姿は見つけられない。
「待ってよ・・・お願いだから」
どうして?なぜ?
疑問符が止めどなく脳裏に湧く。
アクアとの剣戟など、忘却の彼方に追いやった。
あまりに衝撃的な邂逅でもあった。
自分を差し出せと言ってきた王女の姿も。
世界を変える為だと嘯かれたのも。
何もかもが信じることが出来ない。
何もかもがあやふやで、全てがまやかしのようにも思えて。
月夜の晩に出遭ってしまった妖に誑かされたようにも感じていた・・・
二年前とは違う魔法衣に身を包む美晴。
以前より何倍も強力となった魔力を身に付けているのを知ったアクア。
そして。
約束を交わしていた王女の変わり果てた姿に愕然となる。
信じてきたものが音を立てて崩れ去るような感覚に囚われて。
信じたくないと美晴は抗うのだった・・・
次回 魔砲の戦車と王女の秘密 6話
訊いてみよう彼女に。きっと今なら答えてくれるはずだから・・・




