愛憎に縺れる運命の糸 13話
募る想いが吐露された。
離れていた二年分の想いが、二人を昂ぶらせたのだろう。
互いに求め、想いを重ね。
少女から乙女となった今。
心も身体も。
愛し睦むのは、人としての理だったのかもしれない・・・
現実世界では美晴とマリア。
魔界の王宮では大魔王シキと許嫁である闇のミハルが。
愛を謳い、絆を確かめ合っていた・・・頃。
一方、美晴を家に残して外出したルマは、軍に委託された研究機関に赴いていた。
やや薄暗い研究室に、何個もの灯りが明滅している。
複数の装置が犇き、何本ものコードが床を這っていた。
「ようやくのことで辿り着けたわ」
研究室に居る独りの女性が呟き、何かのボタンを押すと。
伸びたコードの先にあるガラス管の中で、青い宝石が回転を始めた。
「この調子なら、間に合うわね」
装置を見詰めている顔には、表情を隠すくらいの大きな丸渕眼鏡が目立つ。
研究者に多く居る理智的な声ではなく、柔らかさを感じるほどの優しい声。
腰まである長い金髪を三つ編みで結い上げた姿は、白衣を纏っていなければ少女と見間違うほどだった。
「きっと、あの子も納得してくれるわ」
一息ついた彼女が、顔を覆っていた眼鏡を外す・・・と。
そこにあったのは、端整で凛々しい顔立ち。
そして誰だろうと眼を惹きつけるマーメイドブルーの瞳。
こんなにも美しい女性が、軍に委託された研究機関に属した研究者なのか?
まるで女神のようなオーラを放っているのに?
「・・・誰?」
麗しい彼女が咄嗟に装置を停止させるボタンを押した・・・時だった。
カッ・・・カッ・・・カツンッ
騒音が途絶え始めた研究室内に、靴音が響く。
カッ・・・カツンッ
完全に装置が停まり、室内が静まる中。
歩んで来るのは・・・
「お逢いできて光栄です。
私は警護隊司令のルマと申します」
装置の音が鳴りを潜めたから、声が良く届く。
「?!」
近寄ってきた相手に、顔を隠すかのように眼鏡を下す研究者。
「・・・誰?」
俯き加減で、背を向ける。
その様子を観ていたルマが呼んだ。
「ルナリーン皇女殿下ですね?」
歩み寄ったルマが、白衣を纏っている女性研究者に呼びかけたのは。
フェアリアにたった独りだけ存在する王女の名。
「・・・は?誰の事でしょうか」
背を向けている研究者と思われる女性が、ルマの問いに応える。
「誤魔化されても分っていますからね。ルナリーン殿下」
「・・・むぅ?」
年の頃は二十歳くらいか。
研究者の白衣を羽織っていなければ、ずっと若く見えるだろう。
「私は王女殿下などでは・・・」
背を向けたまま、年若い研究者が否定しようとしたのだが。
「お母上様から居場所を聴いてまいりましたので」
ルマが正体がバレているのだと告げると。
「もぅ!ユーリィお母様ったら」
誤魔化しても無駄だと悟ったのか、自らが女王の娘だと言ってしまうのだった。
「お久しぶりです皇女殿下。
いいえ、再会出来て嬉しく存じます、リーン隊長!」
「え・・・え?えっとぉ・・・あなたは?」
リーン隊長と呼ばれた白衣の女性が振り返る。
「え・・・え?!私の過去を知ってるの?」
「勿論ですリーン皇女。いいえ、審判を司る女神リーン様」
ルマが当然だと、胸を叩いて言い張ると。
ずざざッ!
白衣の女性が飛び退いて。
「ど、どうして!
身近な人しか知らない筈なのに?!」
飛び退いて、丸渕眼鏡を外し。
乱れた前髪を振り払って、端整な顔で凛々しさを魅せる。
そして、素性を明かしてしまった。
「あはは。お変わりがありませんね、リーン隊長って」
普段は凛々しいが、変な処でおっちょこちょいだったのを思い出したルマが。
「前二国間戦争で第97小隊に属していた兵長のルマですよ、リーン小隊長」
目の前に居る年若い女性研究者に言って聞かす。
この女性が産まれる前に起きたであろう戦争に従軍したのを。
自分よりずっと若い、眼前の女性が上官だったのだとも。
「・・・ルマ?
もしかして・・・あの子にへばり付いてた、ルマちゃん?」
「へばりついてた・・・まぁ、当時は金魚の糞とか言われてましたけど」
遠い昔を思い出すように、小首を傾げて人差し指を額に当てる。
その仕草に、ルマは確証を得た気になった。
「変りませんね、隊長が思案する時の仕草そのものですから。
やはり、ルナリーン王女に宿っておられたのですね、女神のリーン様」
「あうぅ~。癖って女神になっても治らないのよねぇ」
身バレした女神がため息を吐く。
「それで?どうして斯様なマネをなされておられるのですか?」
訪ねて来たルマが、白衣に身を包んだ訳を訊く。
「・・・・言わなきゃ駄目?」
モジったルナリーン王女らしき女性が上目遣いで訊き返す。
「勿論です。
私は王室警護の大任を受けた身なのですから」
私服で出向いて来たルマが、フェアリア皇室警護隊の司令に収まった旨を知らせる。
魔法部隊に依って、王家守護を任されたのだとも。
「・・・そんな訳で。ルナリーン王女の身も、守らればなりませんので」
宿っている女神ではなく、あくまでも人の子ルナリーン王女を守る為と言い。
「審判の女神様ではなく、王女殿下のボディガードを全うする為です」
それがユーリィ女王から任された仕事なのだとも言って聞かした。
「ふぅん。ユーリー姉様は私なんて守る価値も無いと?」
「いえいえ。女神様は御守りする必要がないと思いますが」
女神リーンは、人類の審判を司る。
悪漢如きに後れを取る訳も無く、対抗できるのは巨悪か神ぐらいなものだろう。
いくら魔法部隊を率いたとして、反対に女神に守られはしようとも、守護の大任は果たせるかどうか。
「まぁ、普段は憑代であるルナが表立って取り仕切ってるから。
私の出る幕が無いのは、正直悲しいんだけどねぇ」
白衣を纏ったルナリーンの姿。
これが王女本来の姿なのであろう。
突然現れたルマに身バレしなければ、乗っ取ったりしなかったのかもしれない。
「あはは。どこかの女神と似た様なものですね」
何気なしにルマが知らせた。
義理の姉でもある女神が帰還を果したと。
「い、今・・・なんて言ったの?」
「ですから。マモルの姉が、帰ってきました」
遠回しな言い草ではあるが、女神のリーンには期するモノがあった。
「私のミハルが?帰って来れた・・・のね?!」
ズイッとルマの肩を掴み、見開いた蒼い瞳で訴える。
「還って来れたのなら!主人である私の許へ来るのが習いってものじゃない!」
女神の異能を噴き出した手で肩を掴まれた・・・ので。
「あわわ・・・死んじゃいますぅ~~~」
強烈なる魔力を暴れさせる女神に、対応出来る筈も無く。
「おやめくださいませ~~~~」
眼を廻して訴えるのがやっとな状態に堕ちる。
「え?!あ・・・ヤバ」
女神の異能を知らずに使ったリーンが、相手に相当のダメージを与えているのに気が付いて。
「ルマ?!死んじゃ駄目よ。
ミハルがどうしているのかを教えるまで!」
「死ねましぇ~~~ん!御無体が過ぎますぅ~」
眼を廻すルマの肩を強烈に揺さぶるのは、女神なのかルナリーンなのか。
「あの子は何処に?!今どこで何をやってるのよ?」
「ひぃいいいぃッ?!教えます教えますからッ」
もはや恫喝?もぅ脅迫?
まるで30年ほど前に戻ったかのような二人(一人と一柱?)が、一頻り喚き散らしていた。
・・・で?
休日はあっという間に終わりに近づいた。
二人の過ごすマンションに、夕日が差し込み始める。
「はぁ・・・・はぁ・・・はぁ」
呼吸を乱れさせ、薄っすらと汗ばんだ身体を起すマリア。
「ふぅ・・・はぁ・・・はぁ」
汗で顏に張り付く髪を、手串で掻き揚げて。
「ホンマ・・・に、シてもうた」
傍に横たわる少女を見下ろし、賢者タイムに嵌ったようだ。
「まるで夢みたいやったんや。
これが現実やなんて、思えへんかったんや」
頭の芯が痺れていた。
僅か数分前には、目の前が真っ白に変わったぐらいだったから。
「気持ちが昂り過ぎて。
見さかいが無くなってもうたんやろか。
二年間も逢えなかったから、放したくなかったんやろか?」
カーペットの上で独り呟く。
直ぐ傍では、力尽きた様に横たわっている美晴が居るのに。
「ほ~んと、昂り過ぎちゃったねマリアちゃん?」
クスクスと笑い、マリアを追うように身体を起した美晴も。
「まさかあのまま・・・抱かれちゃうなんて、ね?」
乱れた髪を撫でつけながら微笑む。
「そ、それは!キスの途中から肩に手を廻して来たからやろ!」
「あ~?それってあたしの所為なの~?」
空いた方の手で、捲れあがっているセーターを引き下げて。
「あんなにくっついたら。
大人になった部分がぶつかり合うって。
ヘンな感覚までも昂ってしもうたやろぉ~が!」
「へへぇ~?それじゃぁマリアちゃんの弱点は・・・そこ?」
ついっと自分の胸先に付けていた指を、盛り上がったマリアの方へと伸ばして。
「おっきいもんね、マリアちゃんのって」
ニヘラっと笑ってみせると。
「だぁーーーッ?!
いつの間にぃッ、美晴って得ッ恥な子になったんや?!」
頭を抱えて喚いてしまう、マリアだったが。
「そういう美晴も、随分大きくなったやんか。
二年前には考えられへんぐらい・・・美乳やで?」
急にマジ顔になって指差して来る。
「えっへん!ど~スか!立派でしょ~」
ウリウリと見せびらかす美晴に、毒気を抜かれたマリアがジト目になって。
「威張る処が間違ぉ~とるわい!」
呆れたように窘めて。
「それにしても、たったの二年でここまで発育するなんて。
まるで男にでも揉まれていたみたいやんか?」
美晴の胸に対してのジョークを言ったのだった・・・が。
ビックン・・・
軽い冗談に、美晴が反応した。
「・・・そうじゃない」
聞き取れない位の声。
瞬間だったから、マリアにも知られなかった。
微かに美晴の顔が翳ったのを。
「やっだなぁ~マリアちゃん。
シキ君にだって揉まれた事がないんだから~」
その翳りを誤魔化すように、一頻り燥いで。
「男なんて皆、ケダモノなんだよ~」
笑いながら言ったものだった。
「は?なんやて??」
その言葉に含まれた意味を、マリアは理解し難かったが。
「ううん。喩えの噺」
幼馴染の乙女は、何も知らせてはくれなかった。
でも、ケダモノと吐いた瞬間の表情には、僅かにだが悲壮感が滲んで観えた。
「美晴?」
何故?何があったというのだろう。
生娘だと信じていた美晴に、何が起きたというのか。
「・・・あ」
そして思い出した、先に耳にしていた言葉を。
「まさか・・・」
呟く声を。
嘆くような、悲痛な言葉を。
美晴は言っていた。
<<愛して貰えない躰にされたから>>・・・と。
「嘘・・・やろ」
今の今迄。
ほんの僅か前まで、信じ込んでいた。
愛する娘が、呪わしい言葉を吐くまでは。
男に対する侮蔑を口に出す迄は。
「「誰に・・・や?
何処のどいつに?
奪われてしもうたと言うんや?」」
口に出すのも憚れた。
心の奥で叫ぶのが精一杯だった。
美晴の一言に、マリアの心が引き裂かれる。
愛する子が受けてしまった屈辱に、怒りが湧きあがるのを抑えられなくなる。
「どうして・・・や?
なんで教えてくれへんかったのや。
そないな無惨な仕打ちに遭うたのに・・・」
言葉を選んだつもりだった。
疵付いた美晴を想い計ったつもりで訊いたのだ。
「え?仕打ち?
嫌だなぁマリアちゃん。
何か勘違いしていない?
あたしが言えなかったのは分割されたことだよ?
愛して貰えなくなって辛いっていうのはね。
魔界に行けない躰になったって意味だから」
「え?は?なんやてぇ?」
困った顔で答える美晴と、勘違いだと決めつけられたマリア。
「だってぇ~。光の魔力しか持ってないんだもん。
闇の魔力を必要とする魔界には行けないでしょ?
だから魔界に居るシキ君には逢えないじゃん?」
「・・・そやな~・・・なんじゃとて?!」
勘違いに早とちり?!
「このフェアリアに来る途中で判ったんだ。
もぅ、シキ君には会ってはいけないんだって。
光の子が闇の王に会うのは禁忌に触れるんだって・・・ね」
「そ、そうなんか?なんか意味深過ぎてよう分からんけど」
光の御子に昇華した美晴が、大魔王になってしまった幼馴染に逢う事は叶わない。
逢ってしまえば、光と闇が融合しかねない。
つまり、それが意味するのは?
「たは~。あたしにも真実はわからないんだよね~ホントの処は」
「・・・阿保か」
鼻を掻いて教えた美晴に、マリアは呆れ顔で応えるが。
「「二年が経っても。癖ってのは変わらんもんやな、美晴」」
困った時や、相手に真相を告げられ無い時にする仕草。
相手へ誤魔化そうとする時にする癖。
幼馴染のマリアは覚えていたのだ。
美晴の癖を。
「「話の半分は本当やろうけど。
言い出せない事実が隠されてもいるんや」」
知らず知らずに美晴の視線を探っていたマリアの眼に停まったのは。
「「そうか。そうやったんやな?!」」
美晴が填めていた蒼き宝珠。
今は外されてテーブルの上に置かれているのだが。
「「打ち明けていないんか?
真実を知られてはいけないんやろうか?」」
女神にも・・・知られたくないのかと、マリアは想った。
「「いつの日にかは。聴かせてくれるやろ」」
一番の友として。
誰にも言えない事だとしても、自分にだけは教えてくれると信じた。
「ほぉ~ンま、美晴は損な娘のまんまやなぁ」
だから、嘘か真かなんてどうでも良くなった。
「ん~?成長してないって意味?」
「そう聞こえるんやったら」
お互いに信じあえるのが真友だと思うから。
「ぷんすか」
「お~?怒った怒った」
額をくっつけ合って、
「あはは!」
「なはは!」
二人同時に笑い合う。
幼馴染な二人の絆は、どこまでも深く結び合っているのだから。
これからも、どんな時でも。
いつの日までも・・・続くのだからと。
幼馴染で好きな娘と一緒なら。
この先に待っている苦難にだって負けないと。
互いに守り、果たしたいと願った。
たった一つの約束を。
この後も変らずに・・・生きていられるのなら。
錯綜する想い。
魔砲少女を巡る企ては、やがて本当の敵を呼び込む。
邪悪に染まった計画が発動してしまうかは魔鋼戦車に懸かっていた。
マリアも知っているルナリーン王女は本物なのか?
ルマが邂逅したルナリーンこそが本来の王女ではないのか?
謎を孕んだ王女の存在が美晴の未来に影を落とす。
果たして魔法軍戦車小隊<八特>の活躍は?
次回 魔砲の戦車と王女の秘密 1話
魔砲少女が存在を明かす時、秘密裏に進められてきた計画が動く。
君は闘う為の武具を与えられる。そう!それこそが彼女の願いだったのだから!




