愛憎に縺れる運命の糸 12話
今、語られるのはマリアが見知った現実。
そして、なぜ美晴に辛く接したのかの事実。
フェアリアでの闘いは闇とだけでは無かったのか?
錯綜する想い、交差する願い。
人の業は、どこまで深いと云うのだろう・・・
打ち解け合った二人だったのだが、マリアの一言で雰囲気が変わる。
「邪悪撲滅とは別の戦い?」
意外な一言に、美晴が訊き返す。
「そうなんや美晴。
此処からの話は内緒にしておくんやで」
頷き、真顔になったマリアが応える。
「内緒・・・誰かに聞かれたら不味いんだね?」
話の内容が分らない美晴も、釣られるように真剣に応える。
「ああ、そうやで。
中でも軍に居る時は特に・・・や」
「そうなんだ。軍に関係があるの?」
入隊したばかりの軍に関係があるのかと思った美晴が、即座に聞き返したのだが。
「昨日の晩にも話したやろ。
軍内部には美晴をモルモットにしようと画策する者が居るんやと。
そいつらに勘繰られたらヤバいってことなんや」
「あ・・・そういえば言ってたね」
昨夜、帰宅する前に庁舎の屋上で聞いた話だと分かったのだが。
「でも、内緒の話なのに屋上で話しちゃったよね?」
内緒にしておけと、たった今、聞かされたばかりなのに何故なのかと訳を訊く。
「慌てなさんな美晴。
重要なんわ、これから話す事なんや」
「う・・・うん?」
中途で話を切っていたマリアが、慌てん坊の美晴に釘を刺す。
「ここからが重要なんや。
不穏な輩達が狙ってるのは、強大な魔法力。
美晴の中にある女神級の魔力を以って、邪悪を封じる戦力を形成する。
魔鋼の技術と強力な魔力で、邪操機兵を駆逐するのが表向きの計画・・・」
そして先ずは障りの部分を開示した。
「あたしの魔力で邪悪を打ち倒すのなら、別に問題があるとは思えないけど?」
計画自体には問題があるが、結果として邪悪を滅ぼせるのなら見当違いとは思えなかった。
だが、美晴の言葉にマリアは頭を振って。
「モルモットに堕とされてしもうてもか?
アタシは知ってもうたんや、魔鋼の禁忌に触れる術があるのを。
邪操機兵だけにではなく、人間側にだって魂を操る術があるのを」
奥歯を噛み締めるようなマリアの声が、美晴の耳を打ち据える。
「禁忌の術を美晴に施し、完全無欠な人造機械兵に宿らせようと目論んでるんやで!」
唸るように。嘆くように。
親友に打ち明けたマリアは、心の底から人の愚かさを憎んでいるようだった。
「世界の為?人類存亡の戦いに備えて?
そんなの上辺だけの戯言や!
魔鋼の技術は、人を護る為に使われるんとちゃぅんか!」
「マリア・・・ちゃん」
乗り出して肩へと手を置くマリアに、美晴は答えを見つけられなくて。
「そんな馬鹿げた計画に。
あたしは片棒を担がされたんや。
魔力を増幅するように、教育を受け持たされ。
時が来れば、直ちに転移を施す・・・って、命じられたんや」
マリアの手が、美晴の肩を掴んで。
「この国の皇女に。
ルナリーンを名乗る皇女殿下に!」
執り謀っている首謀者らしき名を教えて来たのだ。
「ル・・・ナ?
ルナリーン皇女様が・・・あたしを?」
その名に覚えがあった。
幼き日、王宮でたった一度だが会ったこともある。
美晴が大切にしている蒼き宝珠を託したのは、誰あろうルナリーン皇女だったのだから。
「あたしを・・・人柱にする・・・の?」
人類を邪悪から守る為とは言え、禁忌の術で人では無くなる。
人としての生涯を終わらせた後は、闘うだけの戦闘機械に堕とされる。
永劫に闘い続ける機械の身体には、永遠とも思える虚しさしか残されない。
戦うだけに生み出された躰では、愛など求めることも出来ない。
「人である理をも・・・失ってしまうのに」
護ってくれているだろう女神に反して。
理を司る者、女神のミハルを裏切ってまでも。
ルナリーン姫は、禁忌の秘術を使おうとしているのか。
人類の未来の為だと割り切っているのだろうか。
「あたしに人を辞めさせてでも、世界を滅びから逃れさせようと?」
独りっきりの転移・・・なのか。
それとも世界を護る為の先駆にされるのか。
マリアから聞いていた。
自分がモルモットにされると・・・それはつまり。
「適応者を次々に。
美晴が滅んでも、代わりを求める。
敵を倒す迄、何人も何十人でも・・・地獄に投げ込む」
最悪の未来が待っているかもしれないと、マリアが仄めかした。
喩え人類が滅ばなくても。
何人・・・何十人もの少女が生贄になる。
戦い傷付き、命を絶たれて・・・滅びを迎える。
この世界が滅ばなくても、戦火が人々に降り注がなくても。
贄になった者の魂は、消えてしまうのだ。
仮に戦いに勝利したとしても、一度転移された魂が元の身体に戻れるなど出来ようか。
女神でもないのに、人の力で成し遂げられようか。
「そうだったんだねマリアちゃん。
そんな計画に加担させられて、辛かったよね。悲しかったよね」
優しい声が、ふさぎ込んでいるマリアに掛けられ。
「それだから軍から追い出そうと仕向けたんだよね。
軍の監視から逃れさせる為に、酷い計画から逃れさせようとして。
ねぇマリアちゃん、そうだったんだよね?」
分らなかった真実が紐解かれ、全てが美晴を中心に動いていたのも理解したから。
「ごめんね。あたしが馬鹿なばかりに迷惑をかけて」
理不尽な仕打ちに嘆いたことも、辛い言葉に涙したのも。
今は全て自分が招いたのだと知ったから、謝罪の言葉が自然に口から零れる。
「そうやないって言うたやんか。
アタシが勝手に考えただけなんやから。
辛かったんわ美晴やったやろうに、ゴメンやでホンマ」
謝罪を受けたマリアからも、赦しを乞う声が漏れて。
「ううん、違うよ。謝らないで良いから」
載せられた手を取り、固く掴み返した美晴が言った。
「約束・・・だもん。
あたしとマリアちゃんの。
二人の絆は誰にも裂かれないんだから」
幼馴染は永遠に。
性別を超えた愛は、何人だろうとも断つ事は出来ないのだと。
「ねぇ、そうだよね?」
繋がった手を、自分の胸に添えて。
「あたしのマリアちゃん」
微笑む少女の願いは、愛する人に届けられる。
「ああ!そうやで美晴」
見つめ合う瞳と瞳。
漸く叶った再会に、想いが交わされて・・・
「良いよね?」
頬に、ほんのりと朱が差す。
「勿論。拒まへん」
近付いていく互いの瞳に映るのは、照れた自分の顔。
「好きだよ」
「そないなこと言わんでも・・・わかっとる」
気恥ずかしさに、瞼が降りていく。
でも、もう治まらなかった。
二年ぶりに想いが繋がった今、昂ぶる心も身体も。
お互いに歯止めが利かなくなった・・・そして。
閉じられていく瞼と求めあう唇。
触れ合う前の一瞬。
美晴の指輪が、翠の光を放った・・・
誇美の宿ったリボンも、理を司る女神の宿る宝珠も着けていなかった。
だが、彼から贈られた指輪だけは填めたままだった。
今の大魔王、シキから貰った指輪が柔らかな光を放っていた。
「マリアちゃん・・・」
かがり火の灯りが燈る王宮で、彼方を見上げる少女が呟く。
「聞こえたのか、ミハル?」
傍から聞こえた声に振り返り。
「うん、聴こえた気がしたの・・・シキ」
闇の支配者である大魔王シキに応える。
「光の御子の声と共に」
少し寂し気に、ほんの少しだけ嬉しそうに。
「逢いたいだろう?」
妃になる前の少女に、シキが訊いた。
「逢いたくないと言えば、嘘になるわ。
でも、今はあなたが傍に居てくれるから・・・」
「それこそ、嘘だろうに」
寂し気な顔を無理やり繕う闇の美晴に、大魔王は笑いかけて。
「逢いたければマリアを此処へ呼んでも良いんだぞ?」
人間界に不干渉を決め込んでいたシキが、軽く冗談を口にしたのだが。
「駄目よ!それだけは絶対に駄目だからッ」
即座に断られ、怒鳴られてしまった。
「冗談だよ、冗談。そんなに目くじら起てるなよミハル」
「あなたが言ったら冗談では済まなくなるでしょ!」
ぷんすかと怒る姿は、二年前から変わらない。
だが、大魔王の許嫁に収まってからは闇の魔法衣を纏うようになっていた。
黒と紫のドレス姿。
黄金のティアラが黒髪を彩る。
闇の中で高位な姿。
闇で最高位の女性として位置づけられている。
なにせ、大魔王の妃になるのだから。
「あなたに忖度する臣下が現れたら大変じゃない。
軽々しく言葉にしないで。
どんなに私を想ってくれたとしても・・・だよ?」
魔界の王宮で、大魔王と許嫁は人間界との繋がりを想う。
二人の美晴が存在し、光と闇に別れたのを想う。
光の御子は幼馴染と再会を果たし、闇の中に居るもう一人は愛を手にしていた。
どちらが幸せなのか、双方共に未来を手に出来たのか。
「ねぇあなた。
寂しくならないように。悲しくならないように。
此処に居るのが幸せだって・・・わからせてよ」
玉座に居るシキへと歩み寄り、
「私はあなただけのモノ。
ずっと傍に居るから・・・寂しく感じないようにシてよ?」
懇願とも採れる顔で見上げた。
「ああ・・・勿論だ、俺のミハル」
承諾する大魔王。
その声で玉座の間を照らしていたかがり火が掻き消える。
薄暗くなる室内に残っていたのは、大魔王の警備を任されていた下級な獣臣のみ。
「王が言われた。
マリアとか言う娘を連れて来いと」
「いいや。連れて来いとは申されなかった」
「王妃殿下も承服されなかったではないか」
案の定、忖度しようとする者が居たようだ。
「俺は王の命を受けたと認識するぞ」
「辞めておけ。人間界には不干渉であるべきだ」
「忖度するにも程があるぞ」
一匹の獣臣が、周りからの諫めにも諦めずにいた。
それが後に大きな過ちに繋がるのだが・・・
闇夜の魔界にも月が昇る。
否、月に似た丸い星の影が描かれるのだ。
青い・・・蒼く美しい星の形が。
それは命に富んだ星。
人間達が地球と呼んだ惑星。
その星を背景に、一つの影が喘いでいた。
蒼い星に身体を委ねるように。
漆黒の闇に浮かぶ、聖なる母星と同化したかの如く。
星に彩られた白紫に輝る髪が、乱れ溺れていた。
蒼き水の惑星に髪を染め、狂おしく猥らに暴れ、体中に纏わり着かせて。
まるで母なる星に子を授かるかのように。
何度も宙を舞い、幾たびも嬌声を叫んで。
初めての感覚に惑い、昂揚する心は悶える。
人ならざる者への愛が確かだと。
その身に受ける激情が狂おしい程に愛おしいと。
魔界の王と許嫁は・・・睦み逢い続けた・・・
繋がる二人。
現実世界でも、魔界の王宮でも。
重なり合うのは、想いだけではなく。
想いだけが繋がった訳でもなくて。
理が故に、絆は深まる・・・
次回 愛憎に縺れる運命の糸 13話
少し。賢者タイムなマリアさんと、じゃれあう美晴。そしてルマは誰かと邂逅していた?




