愛憎に縺れる運命の糸 6話
古から。
此処フェアリアという国においては魔法の存在が認められてきた。
多くの伝説が生まれ、語り継がれてきた。
それは誇美が帰って来た現在でも、変わってはいない。
魔法少女が居るのならば、敵である邪悪も存在しているのだ。
今夜もまた・・・闇の中から現れる。
人の世界に仇為す・・・邪悪が。
暗闇から現れる怪異。
人の肉体と魂を喰らう邪悪なる者。
何時現れるのか、どこを徘徊しているのか。
知る者など居る筈もない。
なぜならば、その姿を観てしまった人間が無事で済む筈もないからだ。
暗闇の中から這い出す者。
人の魂を喰らい、肉体をも奪う。
魂を奪われ、邪悪なる者に肉体を支配される。
あなたの周りでも見かけませんでしたか?
昨日まで平穏に暮らしていた人が、突然犯罪者に豹変してしまうのを。
明るく活発だった人が、急に翳りを纏ってしまうのを。
オカルト信者なら言うでしょう。
それは悪魔が憑りついたのだと。
悪意の塊である<悪魔>の仕業だと。
そのオカルト信者は、こうも言うでしょう。
翳りを纏ってしまった人を救うには、悪魔に対比する者に助けを求めよと。
邪悪なる者から救い出せるのは、光を纏える者だけだと。
闇と光は相反する。
闇が邪悪ならば、光は聖。
つまり、悪魔に対抗するには神に助けを求めろと。
・・・そう。
暗闇に対抗するには、輝が必要なのだ。
暗闇の潜む邪悪を打ち破るべきは、光を纏える聖なる者。
人は畏怖する闇を悪魔と呼び、希求するべき光を神と呼んだ。
建ち並ぶビルの合間。
路地のような細道。
街の灯りも届かない・・・闇の中。
悪意の塊は現実世界に這い出でる。
人の肉体と魂を求めて。
・・・そう。今夜もまた・・・
北欧に位置するフェアリア。
古から現在に至るまで。
人が畏怖する稀なる異能の存在が知られてきた。
国家の礎を切り開いた女王の伝承に始まり、数十年前に起きた戦争にも寄与した。
人本来の能力を超え、奇跡と呼ぶに相応しい程の異能力を産む。
鋼の機械に、その力を与えることで、戦いを別次元へと転換させた。
人々は、彼の異能力を懼れ。
戦う者は異能力を求め。
奇跡を起こす力を欲した・・・
人は異能者を畏怖の念を込めて<魔法使い>と呼んだ。
普通の人間には起せない奇跡を放つ者。
強力な魔力を持つ者は、多くが年端も行かない少女だった。
それが故に、魔法使いの娘を<魔法少女>とも呼んでいた。
ロッソア帝国と干戈を交えていた頃のフェアリアには。
1万人に一人の割合で魔法少女が居たという。
レベル1から5まで、最弱から最強と呼ばれる魔法少女が。
当時、フェアリア皇国の総人口は3000万人。
内、歳相応の少女は200万人程。
計算上は200人もの魔法少女が存在する事になっていたのだ。
その内の何割かが、戦争に赴いていたらしいが。
魔法少女が多く存在するフェアリアという国。
それは今も変わらない。否。未だに変わっていない。
何故なら魔法使いが産んだ子は、異能を引き継いでいたからだ。
魔力の継承。魔法属性の継続。
古から受け継いできた魔法力は、今を生きる子に授けられている。
人に寄与すべき魔法も、人に害を為す魔法も。
否応なしに受け継がれたのだ。
もしも、心を闇に支配されるようになったとしたら。
魔法少女は・・・暗黒面に支配されて魔女と化してしまうだろう。
もう一度話そう。
このフェアリアという国には、多くの魔法使いが居る。
他の国と比較して、数多くの魔法少女が居るのだ。
悪魔が欲する魔法使いの魂が、その国には当たり前のように存在しているのだ。
ビルの合間から呼ばれた。
誰かの声が、少女を呼んだ。
闇の中からの声に振り向いてしまった少女。
瞳に映ったのは、赤黒く光る二つの光。
声と共に少女の意識は黒く染められてしまった。
「そこまでよ!」
不意に。
「邪悪なる奴!」
虜になろうとした少女の背後から、凛々しい声が響き渡る。
「はッ?!え?」
闇の声に我を忘れさせられた少女が振り返る。
自分を呼んだ気がして。
「邪悪って?」
振り返った先に居るのは、自分と同じ位の年頃の少女。
金髪をピンクのリボンで括り、青い瞳で睨んでいる。
「え?」
自分を通り越し、ビルの谷間へと向けた視線に気づく。
「え?え?!」
暗がりと少女を交互に観て、なにが起きているのか理解出来ずにいたが。
「ひッ?!」
金髪の少女の手に携えられた剣に、漸く気が付いて。
「きゃあぁッ?!」
身に迫る危険に恐怖の叫びを挙げる。
「そこから退きなさい。さもないと・・・」
金髪の少女が剣を閃かせて警告を与えて来た。
「きゃぁ?!」
恐怖に顔を引き攣らせ、言われた通りに逃げ出す被害者の少女。
一瞬。
ほんの瞬く間、被害者の少女から魔法光が零れた。
恐怖に我を忘れた被害者の少女が、意図せずに放った魔力。
脱兎のごとく逃げ出した少女が、アスリート以上の速さで駆けて行く。
「やっぱり・・・か。
あの子も魔法少女だったんだよね」
ビルの谷間を睨んでいた金髪の少女が呟いた。
「邪悪なる者が狙うのは・・・魔法の異能者。
命を狙い、魂を奪う。
ある目的を達成する為に」
睨みつけているビルの谷間。
奥の方は暗がりに支配され、見通す事も出来ない。
暗黒とも言える暗がりに、何かが蠢いているのが分る。
「人間に害を為す者。
人の世界を滅ぼそうと目論む者。
光を嫌い、光を奪おうと目論む・・・邪悪なる意志」
暗がりの中で蠢いていた者が、這いずり出てこようとしているのだ。
「魔力を欲し、手に入れた魂を悪用する。
禍を齎し、不幸を振り撒く。
魔物以下の存在で、悪魔より質が悪い・・・奴等の名は」
ずり・・・ずり・・・ずり・・・
暗がりの闇が容を造り出す。
翳りは徐々に忌まわしい姿を現す。
ズ・・・ズ・・・ズズズッ
赤黒く、見るからに寧猛なケダモノ。
ブヨブヨの翳りは、忌まわしい獣に変わった。
「忌み嫌うべきは異世界の住人。
暗黒を好み、無に帰さんとする悪鬼。
光を纏える者はこう呼ぶの・・・異種たる者って」
蒼き瞳で魔獣を睨む。
現れ出た邪悪に臆する事も無く。
「ぐるおおぉ・・・邪魔しやがったなァ?」
人語を発する邪悪なバケモノ。
魔法少女を虜にし、魂を奪おうと画策したらしいのだが。
「俺様の獲物を逃がしやがったなァ?
邪魔した罪は赦してやらないからなァ」
剣を携えた少女の前に、邪悪なるバケモノが姿を見せた。
「罪があるのは、現界したアナタの方じゃない?
人の世界に現れるだけでも重罪じゃないの」
魔界の住人であったのならば。
現実世界に姿を現すのは、大魔王の許しが無い限りは罪となる。
「クハハ。俺様が魔界に属していると考えるのか、笑止」
嘲るバケモノ。
自らが魔界の者では無いと言っているのに気が付いていないのか。
「「我が姫。こ奴は魔界獣ではござりません。
我等と異なり、魔界の住人ではありませぬ」」
ポシェットから魔界獣でもあるエイプラハム爺が教えた。
「「故に、異種たるの民かと。
イシュタルの配下と思われまする」」
「うん・・・そうみたいだよね」
夜風も吹かないのに金髪が靡く。
魔戒の剣を携えた少女が頷いて。
「だったら。
滅ぼさなきゃ・・・いけないよね」
魔界の住人から姫と呼ばれる・・・光の娘が紅き剣を構えた。
「私が・・・戦女神の誇美の剣で!」
ビルの谷間に少女が入って行く。
その光景を観ていた・・・もう一人の娘が。
「フ。面白いじゃないか。
見知らぬ奴の存在・・・観測しておくのも任務の内か」
光の届かないビルの谷間を、見通せるとでも言うのか。
「悪鬼の存在が分かるのなら。
それ相応の魔法少女だと言えるのだからな」
観測すると言った娘が嗤う。
何が任務だと言うのか。何を求めているというのか。
「あの方が求める異能者なのか。
我が姫の欲する女神を呼び覚ませる魔力を有するのか。
いいや。私の剣に敵う剣術者なのか。
見極めるのも悪くはない・・・な」
ニマリと口元を歪ませて笑う娘。
「このアクアの剣に勝る奴が居るのならば・・・な」
そう・・・この子の名はアクア。
二振りの剣を操る術者。
そして、謎多き娘。
ドゴッ!
穢れたバケモノの拳が地面に食い込む。
「おのれッ!ちょこまかと」
苛立つ叫びを挙げるが、標的を捉えることは出来なかった。
「こんな狭い空間で!なぜ逃げ果せられるのだァ?!」
瞬間瞬間を捉えて繰り出される攻撃も、金髪を靡かせて避け続ける少女には当たらない。
「諦めなさいよ、異種たるの民」
避け続ける誇美が応えた。
「あなたなんて一撃で剣の錆にしてやるんだからね!」
一撃で勝負を決すると。
ここがまだ現実世界の内にあると言うのに。
「女神の異能を使わなったって。
魔戒の剣で十分切り裂けるんだから!」
異種たる相手を?
闇から出でた邪悪な魔物を?
「こいつの弱点は・・・あの中にある!」
悪意に満ちた言葉を吐き続ける口を睨み、
「吠えまくる口の中に、邪気が集ってる」
切っ先を目標目掛けて構えた。
ズドン!
再び宙を切るバケモノの拳。
「くそォ!」
悪態を吐く顎。
その瞬間だった。戦女神の身体が宙に舞い上がったのは。
「喰らえぇッ!」
真一文字に切っ先を繰り出す。
「がぁッ?」
一瞬の隙。
攻撃が空振りに終わったバケモノへと飛び掛かる戦女神。
繰り出された切っ先が、モロに咥内へと突き立った。
ズシュッ!
魔戒の刃が。
バキンッ!
邪悪なる者を模らせていた悪意を砕いた。
「うがッ?!ぎゃああああぁーッ!」
断末魔の叫びを吠え、異種たる者は滅びを与えられる。
バシュンッ!
終焉を迎える悪意の集合体。
悪意を砕かれ、容を維持できなくなったバケモノは。
グズ・・・グズ・・・グズ・・・
脆くも粉々に砕けて逝く。
「よっし!殲滅完遂っ!」
勝利のポーズ。
魔戒の剣を突き上げ、バケモノを倒したのを示す。
「モブな相手だったけど。
これもちゃんとした女神の役目だもんね」
鼻息荒く勝利を強調する誇美。
「「お見事です、我が姫」」
付き従うエイプラハムも褒め称えたが。
「「ですが、無茶はおやめくだされ。
お助けできぬ爺の身にもなってくだされ。
爺やは心配で・・・心臓が持ちませぬ」」
現実世界での剣戟に干渉できない、魔界の住人が愚痴を溢す。
「あはは。そうだったわよね~、爺」
剣をポシェットの爺やに返した誇美が笑って、
「でも。イザとなったら、飛び出す気だったんじゃない?」
不測の事態にでもなったら、魔界髄一の魔獣でもあるエイプラハムが割って入る気だったのを見透かして。
「「ごほんッ!
爺やはコハル姫様を信じております故。
御父上からの命に背く気など・・・」」
「ふ~ん。じゃ~あ、ワザと危ない目に遭っちゃおうかな?」
悪戯っぽくポシェットを抱きしめる。
「「姫ぇ~~~?!御無体な」」
誇美に心酔しているエイプラハムも、悪戯な女神には歯が立たないようで。
「あはは!頼りにしてるからね、爺」
「「とほほ。我が姫様はお戯れが過ぎまする」」
朗らかに笑む誇美には、流石の魔界将軍もタジタジだった。
異種たるの民を滅ぼした誇美が、何食わぬ顔で路地から出た・・・途端。
「誰?」
立ち塞がる相手へと向けて。
「ずっと。観ていたんでしょ?」
前髪で表情を隠す・・・少女へと。
「私が異種たる者と闘っていたのを」
待ち伏せていた相手を知っていたかのように。
「ねぇ?あなたも・・・魔法を使えるのよね。
分っていたんだよ、魔法力を使って覘いていたのを」
スッと誇美の手が相手へと伸び、警告とも採れる言葉を吐いた。
「フ・・・このアクアが観ていたのを見破っていたとはね。
やはり、それなりの魔法少女だったか」
前髪で半ば顔を隠している相手が嗤って応えて。
「それならば・・・話が早いって・・・か!」
次の瞬間。
「異種たるの民を知っているお前は・・・何者だ?!」
言うが早いか。
二振りの剣を抜き放った!
異種たるの民を駆逐したコハル。
休む間もなく、現われた妖しい少女に突き掛かられる。
アクアと名乗る剣術師は、誇美に襲いかかる?!
何を狙い、何の為に?
今度は現実世界の魔砲剣士が相手となるのか。
人と闘わねばならないのだろうか?
戦女神のコハルは、どう決断する?!
次回 愛憎に縺れる運命の糸 7話
相手の剣術は素人じゃぁない?!ならば魔戒剣で応じるのか?
しかし、女神は神剣ラファエルを呼び出せない?!コハルのピンチ?




