愛憎に縺れる運命の糸 4話
やっとのことで幼馴染だと認めて貰えた美晴。
2年ぶりに懐かしい笑みを観て、心に安らぎが戻った。
そして、ひと時の平穏を実家に求めるのであった・・・
煌々と星明りが照らす屋上で、独り佇んでいたのは。
「くっしょんッ!」
春の夜は、まだ寒い。
でも、美晴の心は。
「感動しちゃった。
感激しちゃった。
やっぱり、マリアちゃんはあたしのことを考えてくれていたんだ」
寒さとは裏腹に、心は温かく火照っている。
日ノ本語で打ち明けてくれた、どうして厳しい態度を執っているかを。
誰かに聞かれたらいけないから。
わざわざフェアリアでは聞き慣れない外国語である、二人が出逢った国の言葉で教えてくれたのだ。
酷い仕打ちの訳も、何故突き放した態度を執って来たのかも。
全ては美晴を思っての行動だったのだと。
「幼馴染だと分っていたからこそ。
危険な目に遭わせたくなかったんだよね。
軍隊に居続けたら、恐怖に苛まれることになるって。
しかも、あたしの書いた手紙を読んでいたから。
闇の魔力を失ったって、知っていたんだよね」
日ノ本に居た頃、手紙を交わして来た。
互いの近況や、未来について。
その中には、もう一人の<美晴>が居た事についても記しておいた。
なぜ、自分に闇の魔法力が無くなったのかを知らせておく為に。
「マリアちゃんがあたしの事を別人って呼んだ時。
<もう一人>こそが幼馴染だと考えたのかもって思ったんだよ」
大魔王シキの魔力で破滅を逃れた<もう一人の美晴>。
確かにオリジナルとでも呼ぶべき存在だったが、今此処に居る自分だって同じ美晴なのだと言い切れた。
「事故の前からの記憶だって持っているもん。
マリアちゃんの事も、シキ君のことも。蒼ニャンだって。
みんな皆、なにもかも覚えているんだから」
イシュタルと呼ぶ悪の権化との決戦。
闇の中で、もう一人の美晴は消滅の危機に瀕した。
自ら消滅を受け入れ、光の御子<美晴>へと託す筈だった運命を変えたのは。
蒼ニャンこと、粛罪を終えた堕神デサイアだったのだ。
罪を償い、女神へと戻る際に託した・・・新たな大魔王へと。
それが美晴の幼馴染の一人、シキという青年だったのだ。
新たな大魔王は、闇の中で美晴を救った。
強大なる大魔王の魔力に拠り、滅びる運命だった少女を生き永らえさせた。
そして。
闇の美晴は大魔王シキの愛に依って妃候補となり、魔界に存在する事となる。
大魔王のシキが望む限り。
新たな闇が現れ、大魔王シキが滅ばない限りは。
一頻り、感慨に耽っていた美晴だったが。
「んふふ~。
マリアちゃんが守ってくれるのなら。
あたしだって負けられないし、耐えてみせるんだから。
・・・っクッション!」
春の夜は肌寒くて。
「いけない?!
外出許可を貰ってたんだ。
早く門を出ないと閉じられちゃうって!」
外出にも門限があるのを急に思い出す。
「思い出に浸るのは、家に帰ってからにしなきゃ」
そして星空の屋上を後にするのだった。
美晴が屋上で立ち尽くしていた頃。
二年前から口にしてこなかった、もう一つの故郷とでも呼ぶべき国の言葉で喋ってしまった。
秘めて来た本心を。喋ってはならないとされた秘密も。
「本当は帰って来てくれて嬉しかった。
一週間前のあの日、美晴を見た瞬間に抱しめたかった。
ここが軍隊の中じゃぁ無かったのなら・・・」
吐露される本心。
クルーガン中尉は、美晴を前にした時に思ったのだ。
「好きなんだ、美晴が。
どんな手を使ってでも守ろうと思った。
喩え絆が崩れようとも・・・」
逢えなかった二年間の想い。
知らされていた美晴の不運も、悲しい戦いの末に招いた結末も。
マリア・クルーガンは受け止めると誓っていた。
それは美晴を愛するが故。
なんとしても美晴を守ると誓った、幼馴染の心意気。
「喩え、我が姫君の命だとしても」
課せられた宿命に抗ってでも、護り抜くと言い切った。
独り、心に決めるマリア。
と、その呟きに被さって。
「そう?
あの子を以って邪操機兵に充てる。
<魔神補完計画>に従わないって?」
廊下の奥。
長い髪が揺れて観える。
「し、従わないとは・・・言っていません」
独り言を聞かれたと思ったマリアの口が濁る。
「ですが。
余りにも酷い計画だと思うのです。
光の御子を邪悪と闘わせ、魂の重さを知らしめる・・・
もしも、美晴が耐えきれなかったのなら、どうなされる気ですか?」
先程本心を打ち明けた、幼馴染を庇って。
戦いの果てに、何が待っているのかと。
「酷い・・・かしら?
そう考えているのは、あなたが未来を見通せていないからじゃないの」
美晴を庇うマリアに、声の主は反対に問いかける。
「本当に酷いのは、この世界を創り出した<神>ではないのかしらね?」
「で、でも?!私はあの子を・・・」
マリアは必死に訴えかけようとしたが。
「教えてくれたじゃないマリア。
美晴はミハルではないと。
女神は宿り切ってはいないって。
あの石に宿っているだけだと・・・そう、あの子が記していたと・・・ね」
長い金髪を靡かせるフェアリア魔法軍士官が、マリアの眼前を過ぎ去る時。
「魔砲の少女は。
未だに完全復活を遂げれていないと。
理を司るべき女神は、人の容には戻れていないのだと・・・ね」
冷たく感情を持たない声で告げた。
「待ってください!
まだ女神が人に戻れるという確証がありません。
それなのに美晴を危険に晒そうとするのは・・・」
過ぎ去った金髪の士官を呼び止めようとしたマリアの声は。
「・・・あ」
訴える先を失っていた。
振り返ったマリアの眼には。
暗い廊下だけが映し出されていただけ・・・だった。
フェアリア市街。
美晴は土曜の晩に帰宅していた。
たった独りだけの家に。
外出時に持って帰って来た鞄が、ダイニングに転がっている。
髪を括っていた二本のリボンの内、紅いリボンがソファーに置かれてある。
・・・その脇には、蒼き宝珠も。
「ただいま・・・みんな」
自室に入った美晴が声をかけたのは。
「一週間ぶりだね、グラン君。エイプラハムさん」
ベットを囲む縫いぐるみ達に。
まるで生きている者達へと声をかけるように。
「ねぇ聞いてよ。
あたし、ね。
ずっと逢いたかった人に会えたんだよ」
嬉しい再会を報告するのだった。
「あたし、ね。
フェアリアへ帰って来れて良かった。
これからどんな事が待ち構えてたって、立ち向かえれる気がするんだ」
運命の再会を叶えられたと、未来に向かって歩めれると。
「みんなも。応援してくれると嬉しいな」
縫いぐるみ達に囲まれたベットに横たわり、取り戻せた絆を想って微笑む。
「来週からは、もっと頑張らなきゃ。
マリアちゃんに迷惑かけたくないもん・・・ね」
幼馴染から知らされた本当の気持ちに、安堵したのか。
「頑張らなきゃ・・・頑張るから・・・すぅ・・・すぅ・・・」
ベットに横になったと見るや、忽ち睡魔に囚われる。
この一週間、心身共に疲れ切っていたからかもしれない。
帰宅する前に聞かされた、マリアから贈られた温かな想いからなのかもしれない。
いいや。
ここが自室だという安らぎが、美晴を眠らせたのだろう。
「すぅ・・・すぅ・・・すぅ・・・」
安らかな寝息。
明日の朝、目覚めるまで続くのだろう・・・
「・・・」
ざわ
「・・・・・」
ざわ ざわ
「・・・寝ちゃった・・・よね?」
ざわ ざわ ざわ
「にひ!強制・・・ちぇんじぃ!」
ざわわわわッ!
縫いぐるみ達が激しく動揺する中。
しゅるる~ン!
美晴の身体が光に包まれる・・・や、否や。
「小春神の誇美!チェンジ完了」
美晴の髪色がピンクに染まり、結わえてあった魔法リボンが頭頂部に結わえ直されて。
「爺ぃ!姪っ子美晴は当分起きないわよね?」
むっくりと起き出したコハルが問いかけると。
「「姫ぇ~?!なんと身勝手な振る舞いを~?」」
古びた猿の縫いぐるみが制止しようとしたのだが。
「いいじゃん?
折角生まれ故郷に帰って来たんだしぃ~。
私だって故郷を満喫したいんだよね~」
髪を手串で直すコハルが、爺やの忠言を聞き流す。
「だぁ~かぁ~らぁ~!
こんなチャンス。見逃せる筈がないじゃない!」
ニマ~と不敵な嗤いを零す、戦女神の誇美さん。
「「ま、待たれよ。
我が姫。それはあまりに我儘すぎまするぞ」」
忠臣エイプラハムも、唐突な誇美に度肝を抜かれたようで。
「「勝手な振る舞いは・・・」」
「だったら。爺やも一緒に来たら?」
ポンっと、手を打つ誇美が一言。
「お目付け役が一緒なら。問題無し子でしょ?」
「「・・・は?」」
猿の縫いぐるみが顎を外した。
「そうと決まれば。
着替えなきゃ・・・だよね」
「「いやいやいや。お待ちくだされコハル様ぁ?!」」
軍服を着たままだった美晴。
身体を乗っ取った誇美が、縫いぐるみ達の前で衣服を脱ぎ去ると。
「「・・・ぶ」」
縫いぐるみ達が一斉に突っ伏して。
「「嘆かわしや・・・」」
爺やの呟きも、心なしか何事かに苛まれたようで。
「これで・・・良いかな?」
ピンク髪を掻き揚げるコハル。
ジャンパーを羽織った姿は、まるで普通の少女のよう。
豊かな胸が、セーターを盛り上げ。
ショートパンツが、小振りなヒップを包み。
すらりと伸びた足にはブーツが良く似合う。
「あ・・・っと。
この髪じゃぁ、目立っちゃうかな?」
ピンク色の髪のままでは、目立ってしまうと?
「ん~?
それじゃぁ・・・戦女神モードに変えてみようか」
伸ばした手に先に魔法陣が現れ、それを透過した途端に。
「よ~し。これなら、欧州人と変りが無いかな」
金髪に変わった髪を撫で、ニコリと微笑む。
「ポシェットに。
君を入れて・・・っと」
ベットの上に居た猿の縫いぐるみを摘まんで。
「爺や。同道しなさい」
有無を言わさずに放り込む。
「あ。
それから。
この事は理を司る女神様にも・・・内緒だからね」
「「な?!なんと!
チャンスだと仰られたのには、斯様な訳が?」」
エイプラハムも驚くしかなかった。
誇美の悪知恵に。
「告げ口したら・・・ぶっとばすからね」
にちゃりと笑う誇美に、爺やは開いた口が塞がらない。
「んじゃ。
マンションを抜け出す迄は・・・そろ~り、そろり」
ダイニングを足音を忍ばせて通り抜け。
蒼き宝珠に気付かれないようにと。
「よっし!脱出成功ぉ~」
玄関ドアを飛び出した誇美が、
「夜の街に・・・繰り出すぞぉ~」
ウキウキと燥いでいた・・・
「「姫様ぁ~」」
爺やはホトホト気を揉んでいるようだけど。
美晴が眠った後。
宿る女神コハルがしゃしゃり出る。
彼女もフェアリアが故郷なのだ。
懐かしさのあまり、勝手に外出するのだったが?
次回 愛憎に縺れる運命の糸 5話
のんびりと散策している場合じゃない?!誇美にも役目がある筈だろ?




