愛憎に縺れる運命の糸 2話
王立魔法軍の戦車小隊。
一人の少女は訓練に明け暮れていた。
仲間達の視線を浴びて。
たった一人だけに加えられる苛烈な仕打ちにも耐えて。
先任搭乗員を務めるミーシャ少尉が、深い溜息を漏らす。
グランドに横たわる魔砲少女を眺めて。
「良く頑張るなぁ・・・見上げたもんだ」
訓練を終えた同僚のレノアの声が聴こえて。
「どうだろうな。我慢も限界じゃないか?」
独りだけでグランド周回を終えた少女は、体力を奪われて倒れ込んだ。
「懲罰を受けたのならまだしも。
訓練という名目だけで、10キロも走らされたんだぞ。
基礎訓練の後で・・・だ」
倒れ込んで空を見上げている候補生が、なにを思っているのだろうと慮る。
「ミハル候補生に落ち度は無い。
それなのに、あまりに理不尽だとは思わないか?」
一般訓練を不可無くこなし、態度だって良好だと思えた。
しかし、小隊長であるクルーガン中尉はミハル候補生だけに厳しく接し。
「まるで苛めじゃぁないか」
他の隊員からも、そう思える程の過酷な訓練を課しているのだ。
「いいや。候補生から除隊願いを出させようとしているみたいだ」
あまりにも過酷と思える訓練に、レノア少尉も同情心から声を濁らせる。
「それ。案外的を得てるのかもしれないぞ」
「へ?」
ミーシャ少尉はレノアを顧みて。
「ミハル候補生に小隊に居られては不味いことでもあるのか。
いいや、そもそも。軍隊に在籍されているのが邪魔なのか。
どちらにせよ、クルーガン中尉は何かを隠しているんだよ」
鬼のような態度でミハル候補生に接している小隊長を不審に思っていた。
「何かって・・・何をだよ?」
訊き質すレノアに、ミーシャが首を振って。
「それが判れば苦労なんてしないよ。
ミハル候補生だって同じように思っているんだろうから」
理不尽な訓練を課せられ続けている美晴に想いを寄せるのだった。
苛烈な訓練を受け、体力を消耗し果てた美晴。
肩で息を吐き、横たわって空を見上げていた。
「ミハル候補生。大丈夫ですか?」
太陽の光を受けて休んでいた美晴の頭上から、
「はい、これ」
手に携えて来た水筒を差し出される。
「ミルア・・・さん?」
10キロも駆け続け、やっと周回を終えた。
流れ出る汗、乾く喉・・・目も眩むくらいに消耗した美晴。
「あ・・・ありがとう」
だから、差し出された水筒を掴むと一気に呑んだ。
「ごくっ・・・ごくごく・・・ゴクッ!」
身体中に水分が行き渡る様な感覚。
それで幾らかの体力が蘇った気がした。
「お疲れ様です、ミハル候補生」
「あ、うん。ありがとうミルア伍長」
起き上がって水分を補給した美晴が、水筒をミルアへ返して。
「大分と楽になったから」
朗らかに笑みを溢すと、
「今日で最初の基礎訓練は終了です。
やっと週末ですよね。ご苦労様でした」
応えるミルアも優しい顔で、一週間を乗り越えた美晴を称えるのだった。
「明日は休暇日ですから、ゆっくり休まれたら如何ですか」
それから、平時の軍隊には休暇日があるのを教えて来た。
「そっか。明日は日曜日だったね」
忘れていた訳では無いが、休日前の課外時間以降は自由時間になっているのを思い出して。
「ミルア伍長は、ご家族の許へ?」
検番を終えた後、母の許へと出向くのかと訊ねる。
「ええ!正式な許可も頂きましたので」
少し首を傾げて美晴へ応えるミルア。
その表情は、美晴との邂逅となった先週末の夜を思い出しているかのようだ。
「大丈夫ですよミハル候補生。
今度は正式な外出許可証も、外泊許可証もありますから」
「そっか。良かったね」
一瞬だけ戸惑い、直ぐに笑顔を取り戻して答えた。
「じゃぁ、今晩はお母様の処へ?」
「はい!容態を確認したいですから」
以前にミルアから聞かされていた、母親が病に伏しているのだと。
先週の末、ミルアは病院からの帰り道で襲われた。
軍人であるのを逆に盾に取られて。
「良くなられていると善いね」
ミルアの屈託のない顔を観て、美晴は腰を挙げる。
「じゃぁ、早く片付けちゃおうか。
検番までに用意を終えられるように」
青い空に紅い陽の光が混じり始め、夕刻が迫って来ていると教えられる。
今夜から明日の検番時刻までの間、訓練部隊には休日が訪れる。
それは隊員達にとって、心休まる一時。
心と身体を休ませられる、僅かな安息日。
軍人になった美晴にとっても、たった一日だけ元へと戻れる日となる筈だった。
宿舎に戻り、今夜からの休暇をどう過ごそうかと考えていた。
「家に帰っても、お母さんは帰って来れないだろうしなぁ」
同時に原隊復帰となった母親のルマ。
新たな部隊の司令官となって忙しい身になっていると思う美晴が、帰宅するのを躊躇する。
「でも、此処に居たって肩身が狭いだけだろうし」
夕闇が迫る窓を観て、我が家が急に恋しく思え始めた。
「やっぱり、帰ろう。
もしかしたらルマお母さんが帰って来てくれるかもしれない」
辛い軍隊生活の中、我慢を重ねられているのは母への想いからもあった。
「帰って来てくれたら、愚痴を聞いてくれるかもしれないもんね」
可能性はゼロではないから・・・と、美晴は自分を納得させる。
「駄目でも、縫いぐるみさん達に聞いて貰えるもん」
母ルマが駄目だとしても、部屋に居る縫いぐるみ達が居てくれるから・・・と。
寂しくは感じない・・・だろうとも思った。
「じゃぁ、早速。
宿舎長に申請して来よう」
身勝手に部隊から抜け出すのはご法度なのは、先週のミルアの件を知っているから。
それとこの一週間で学んで来たからでもあった。
一般人のように身勝手な振る舞いは懲罰の対象となるのだと教えられたからだ。
衣服を少しだけ正し、勇んで宿舎長の元へと向かった。
入隊以来、外泊は初めてだったので宿舎長からの注意を受けた以外にはこれと言って問題は無かった。
それは美晴が士官候補生という準士官だったからなのだが、当の本人は気が付く筈もなかった。
宿舎を後にし、隊門を潜ろうとした時だった。
星空を見上げた美晴の瞳に映った姿があった。
「あれ?あれは・・・マリア・・・ちゃん?」
庁舎の屋上に、見知った人影があるのを目にした。
「・・・と。誰?」
もう一人の姿が垣間見れた。
マリアが居るのは間違いない。
でも、その傍に居るのは誰なのか?
「女性なのは長い髪で判るけど。
誰なんだろう・・・気になる・・・な」
3階建てのビルの屋上で、二人して何を話しているのか。
見た限り、悪い雰囲気では無いとだけは言える。
「気になっちゃう。
観ちゃったんだもん、知らない振りは出来ないよ」
このまま知らんぷりは出来ないと、美晴は屋上へと向かうことにした。
もう一人とは、どんな関係なのか。
もしかしたら、自分との間に関係があるのかもしれない。
二人の間が縺れているのに関与しているのかも・・・そう考えてしまった。
だから、悪いとは思いながらも盗み聞きしたくなったのだ。
二人の居る庁舎の屋上へと向かう間、美晴はマリアの仕打ちの謎を考えた。
やっと会えたのに、自分を幼馴染だと認めなかった。
その上で魔法少女だとは認め、軍人には向かないと吐き捨てられた。
どうして酷い仕打ちを与えて来るのか。
なぜ、尚も苛めにも似た過酷な訓練を課すのか。
「分からない。分からないよマリアちゃん」
訳も事実も教えて貰えず、唯単に辛く苦しい想いに身を焦がすだけ。
「嫌いになったの?
もぅ昔のままでは居てはいけなくなっちゃったの?」
階段を駆け上がる間、美晴は哀しい気持ちで苦しんだ。
「教えてよ・・・本当の気持ちを」
屋上で星を見上げて黙考した。
「なぜ・・・この国へ帰って来てしまったんだ?」
星に彼女の面影を探し求めて。
「元の儘なら・・・未だしも」
二年前、別れる前の少女の面影を。
「どうしてなんだ。なぜ・・・私の許へ来てしまったんだ」
呟く声も、哀し気に聞こえる。
マリアは誰の事を指しているのだろう。
誰が帰って来てはいけないと言うのだろうか。
「このままなら。
軍隊に居続けてしまえば。
必ずアイツはモルモットにされてしまう」
アイツ・・・とは?
「ミハルは帰って来てはいけなかった。
いいや、ミハルと名付けられた魔砲少女はフェアリアに来てはいけなかったのだ」
美晴を指しての言葉。
それは分かったのだが、どうしてなのかが語られない。
モルモットとは?どうして軍隊に居てはいけないというのか?
屋上で星を見上げているクルーガン・マリアの背後に。
「どうして?
あたしが来てはいけなかったって言うの?」
そっと忍ぶ美晴の姿があった・・・
休暇の前。
美晴はクルーガン小隊長に会いに往く。
庁舎の屋上で、彼女は何を聞くのだろう?
次回 愛憎に縺れる運命の糸 3話
君は秘められた訳を聞かされる。過去のフェアリアで起きた悲劇を思い起こして・・・




