魔鋼の乙女 20話
訓練を終えた美晴達。
一息ついてミルアに案内されてきたのは仕官宿舎だった。
陽が沈み、夜の静寂が訪れる。
フェアリア国軍の新兵教育部隊にも、やっと静けさがやって来た。
大勢の兵員が、各々の自由時間を楽しんでいた頃・・・
「此処ですね、ミハル候補生の部屋は」
ミルア伍長が士官候補生居住区に案内してくれた。
「ありがとう、ミルア伍長」
施設を案内してくれるミルアに感謝して。
「あたしの代わりに施設長に訊いてくれて。
その上、此処まで着いて来てくれて、恩にきります」
自分独りだったら、こんなにも直ぐに辿り着けなかっただろうとお礼を告げる。
「いえいえ。部下として当然のことをやったまで、ですよ」
感謝されたミルアは、朗らかに笑って応えると。
「それにミハル候補生は、今日が初めてだと仰られていたではないですか。
教育隊に来られたのも、部隊に編入されたのも。
右も左も分からないのも、当然でしょうから」
新入隊者の美晴を気遣ってくれての行為だと言った。
「ありがとう・・・助けてくれて」
軍隊未経験者の美晴も、ミルアの笑みに応えるように微笑んで応えれば。
「その言葉は。
そっくりお返ししますから、ミハル候補生」
フッと、真顔になったミルアが美晴へと言い返す。
「路地で危うい処を助けて頂きました。
必ず恩を返そうと思っていたんです。
こんな事で恩返しが済んだとは思いませんけど・・・」
先週末、美晴がミルアを助けた。
悪漢共から救い出し、何も告げずに立ち去ったことを指しているようだ。
「それは・・・あの場に居たら誰だって」
「いいえ、とても勇気のいることだと思います」
男等に絡まれている少女を救い出そうとするのは当然だと答えた美晴に、ミルアは首を振るなり。
「あの場所にミハル候補生が来てくれなかったのなら。
私はあの後、どんな目に遭っていたのか・・・考えたくもないです」
瞼を閉じて、最悪の展開を想像した後。
「ですから!感謝なんてしないでください。
感謝するのは私の方なのです。恩に感じているのは私なのですよ」
再び瞼を開けたミルアが、美晴へと教える。
危機を救ってくれた恩を。感謝しているのは自分の方なのだと。
「あ・・・うん。
分かったから、ミルア伍長」
ジッと見詰められて、困ったように頷いてしまう美晴。
「はい!これからも恩返しを続けさせて貰いますからミハル候補生」
美晴が納得したと思い込んだミルアの表情が和らぎ、
「今日は早めにお休みください。
食事時間は20:00まで。
士官候補生は士官次室でも食事出来ますから。
消灯時間は22:00です・・・けど。
就寝まで自由時間を楽しめますよ、内緒ですけど」
これからの時間割を教えてくれて。
「でも。
明日は06:00には八特搭乗員待機所まで来てくださいね。
集合時間に遅れると、小隊長からお目玉貰いますからね」
時間に厳しい軍隊生活も、しっかりと教えられてしまった。
「うん。いろいろと教えてくれてありがとうミルア伍長」
ちょっとだけ苦笑いを零し、お礼を言う美晴。
そこで気になっている事を訊いてみる。
「ねぇ?小隊長って、いつもあんなに気難しいの?」
「はい?」
突然の質問に、ミルアはキョトンと美晴を見て後。
「そうですねぇ?
私が配属されたのは2週間前ですけど。
マリア・クルーガン中尉ですが、もう少し穏やかだったと思いますよ。
それが・・・何かあるのですか?」
記憶を辿るかのように、人差し指を顎に添えて応える。
「2週間前には、既に変わっていたんだ・・・あたしの知ってるマリアちゃんから」
教えられた情報に美晴は、マリアの変貌ぶりが益々気にかかる。
「あのぉ、ミハル候補生?
その口ぶりからすると、小隊長とは面識があるように思えるのですけど?」
「え?あ・・・ううん、なんでもないから」
ミルアには関係が無いことだと思い直したから誤魔化し、首を振って否定した。
「そう・・・なんですか?」
でも、ミルアは美晴の顔を覗き込むと。
「もし。なにか不安とか心配事があるのでしたら、何でも仰ってください。
お力になれるかは分かりませんけど・・・ね?」
<ね?>の部分を強調して話を区切ってくる。
そこに、何かしらの含みを持たせているのが判るように。
「・・・そっか。いざとなったら頼むかもしれないよ」
含みが判ったのか、美晴も応えてから微笑む。
暫し、二人は黙り込んでいたが。
「それじゃぁミハル候補生。また明日」
「うん、おやすみ」
明日迄の間、しばしの別れを告げ合い。
ミルアが踵を返して廊下を歩んでいく様を見送る美晴。
「どう考えたんだろう・・・ミルアさんは?」
彼女だって魔法使いの端くれ。
今日の時点では、ミルアの魔法力が何に依るものなのかが分からず仕舞いだった。
「もしかしたら、本当に読心能力だったりして。
そうだったら・・・訊いてみたいんだけどなぁ」
ミルアを見送った美晴が呟く。
「マリアちゃんがどう思っているかを。
本当にあたしを、幼馴染だと思っていないのかを・・・」
その表情には、寂しさと困惑が入り混じっていた。
士官候補生の居住区を後にするミルア。
少し悲し気な目を、美晴の居る部屋の辺りへ向けて。
「誰かに頼りたくても話せない。
心を痛めていても言葉に出来ない辛さ。
私が、その痛みを癒せることが出来れば良いのに」
そっと呟き。そっと胸元へと手を伸ばして。
「お母さん。
私も・・・魔法少女として必要とされる日が来るのかもしれない」
隠している魔法石を押さえる。
「この癒しの石が。彼女に必要となるのであれば」
見上げる夜空に瞬くのは、青い光を放つ賢星。
賢者の石と呼ばれる魔法石を持つ少女は、運命の絆を感じ取っていた。
王室警護官が集う執務室。
そこにはフェアリアきっての魔法少女達が任務にあたっていた。
「どう思う?マリア」
独りの士官が訊ねてきた。
「私には彼女が本物だと思えます」
薄い赤銀髪を掻き揚げるクルーガン中尉に。
「・・・そう?信じても良いのね」
微かな声で訊き直した士官だったが。
「あの子が・・・帰って来たのね」
クルーガン中尉の横を通り抜け様に、
「どんな姿なのかしらね。観て見たいものだわ」
プラチナブロンドの長い髪を靡かせて、
「遠い昔に別れてから。
あの子と再び逢える日を待ち侘びて来たのだから」
懐かしそうに呟くのが、マリア・クルーガン中尉の耳に入る。
「今少しのお待ちを。
彼女が真の目覚めを迎えた折には・・・」
通り過ぎ行く後ろ姿へ、マリアは恭しく言葉を贈る。
「そうね。
その日は・・・きっとやって来る・・・筈よね?」
一瞬、通り過ぎた士官の歩みが停まり、
「私達の戦いの幕が開かれたのだから」
少し悲し気に言葉を繋げる。
「間違いなく。
闘う為に、彼女は帰って来たのですから」
「そうね」
マリア中尉の声を聴いた士官が、再び歩み始める。
警護官詰め所を後に、その足が向かうのは何処なのか。
「はい、我が姫君。
我等が審判の御子・・・リーン皇女殿下」
光の届かない廊下の先へと消えて行く士官へ向けて、マリアが応えるのだった・・・
入隊初日を終えた美晴。
仕官候補生の位置づけは良いとして。
八特小隊の鬼隊長に苛められる運命なのか?
どうして幼馴染が厳しい態度を執るのか?
しかも、それが美晴独りだけに対して?
魔砲少女の美晴は、こうしてフェアリア軍に籍を置くことになった。
一方、フェアリア国内には、何やらキナ臭い雰囲気が流れているようだ。
王宮の中ではルナリィーンの身代わりが。
そしてマリアがリーンと呼んだ女性仕官。
一体何が?騒乱が美晴を巻き込もうとしているのだろうか?
いよいよ次回からは、その真相に迫っていきます。
人が変わった幼馴染との確執。
その理由は美晴自身に関わっていた?!
剣と刃が交わる時、真実が観えてくる・・・
次回 愛憎に縺れる運命の糸 1話
君に迫るのは闇?それとも・・・真実は光の彼方にある!




