魔鋼の乙女 13話
傷心を引き摺ったままの美晴。
小隊員達と共に待機所の中へと入って、同じ年頃の少女達と歓談するのだが・・・
教育隊の庁舎から離れた場所に、第08特別戦車小隊のこじんまりとした待機所が置かれている。
待機所と銘打ってあるのだが、まるで小屋のようにも観える程の佇まいだ。
建てかけられた隊名が書かれた表札さえも小さい。
小屋の中へと入ったのなら、ここが本当に戦車小隊員の待機所なのかと疑うぐらい。
小隊員26名全員が集う事は叶うまい。
「まぁ、楽にしてくれ」
レノア少尉がシャツの襟を開け、椅子に腰かけながら勧めて来る。
「狭いながらも居心地は良いんだ」
ミーシャ少尉は、机に置かれてあったカップを取り上げて、
「ハイン!お茶をくれ。
候補生殿にも、忘れるなよ」
傍に居る茶髪の少女に命じた。
「はいはい」
応えるハインは、嫌がるそぶりも見せずにポットに火を点ける。
此処では当たり前の光景だったのだろう。
上官の命令と言うよりは、仲間意識が成さしめたと言うべきだったのだろう。
だが、軍隊を良く知らない美晴は上下の関係だと捉えてしまった。
「それも命令って奴ですか?」
名前を呼び捨てにされるくらいなら、ハインと呼ばれた子は階級がミーシャ少尉よりも下なのだろうと。
「命令?考えたことも無かったな」
急に質されたミーシャ少尉が、毒気を抜かれたような顔で、
「ハイン軍曹は私のドライバーなんだが。
同じ車両のよしみで頼んだんだが?」
美晴の言わんとしたのを理解していないようだった。
「あはは、ミハル候補生殿は尉官と下士官との間柄を指摘したのさ。
私等が威張り腐った士官だと思ったんじゃないのか」
傍に居たレノア少尉は、美晴の顔を覗き込んで言い当てる。
「そうなのか?だったら思い違いだからな。
我が小隊では、堅苦しい上下関係は抜きにしているんだ」
注釈を入れられたミーシャ少尉が、パタパタと手を振って美晴の考えを否定した。
「そうですよ候補生。気が向かなかったらやりはしませんよ」
湧いたポットからカップにお茶を注ぎ込みながらハインも同調した。
「そうだったの・・・ですね。失礼しました」
誤解だったと謝る美晴にもカップが差し出されて。
「お堅いのは抜きにしましょう、候補生殿」
ハイン軍曹に茶目っ気たっぷりのウィンクを貰い、美晴はカップを受け取る。
「あいがとうございます、ハイン軍曹さん」
何気なく答えてしまう美晴に、お茶を勧めたミーシャ少尉が噴き出す様に笑って。
「ギャハハ!良いね、娑婆っ気たっぷりで」
軍曹に<さん>を付けた美晴を指差し、
「階級に余計なモノをつけなくて良いんだよ。
軍曹なら軍曹だけで良いし、少尉にも少尉とだけ呼べば良いんだよ」
階級が上だろうが下だろうが、階級だけで呼べば良いと教えた。
「これは小隊内だけじゃなくて、他の部隊でも同じだからな」
横からレノア少尉が付け加えて来る。
「そうですよミハル候補生。
ですから私等もミハル候補生って呼びますから。
正式に任官されるまでの間は・・・ね」
そして階級で候補生より下級者のハイン軍曹が教えて来る。
「あ、はい。分かりました」
答える美晴が姿勢を正したので、場に笑いが起こる。
「ホント、いいねぇミハル候補生は」
「うんうん。こっちまで和ませてくれるわ。これから宜しく願います!」
二人の少尉がニマニマと笑いながらも、新規入隊者である美晴を仲間だと認めてくれた。
改めて新規編入の士官候補生として受け入れて貰えたと、安堵した美晴だったが。
「そう言えば。他の隊員方はどちらに?」
この待機所に居るのは、美晴を含めて5人だけ。
ミーシャ少尉とレノア少尉。それにハイン軍曹とミルア伍長。
「あ?言ってなかったな。
此処に居られるのは女子だけだって」
「だってさぁ、むさくるしい男子と一緒に居たくないじゃん?」
二人はケラケラと笑って、訊いた美晴を煙に巻く。
「なるほど。確かにですね」
聞いた美晴が納得したように頷いたら。
「冗談だよ冗談。
本当は私等が搭乗員だからだぞ」
「待機所って看板にも書いてあっただろ。
待機所と言えば、搭乗員詰め所に決まってるじゃないか」
二人が一際大きく笑って正し直した。
「搭乗員?ああ、戦車に乗る人ってことですか」
言葉の意味を把握し切れていない美晴が、敢えて分かり易く言い換えて訊き返す。
「勿論!小隊長車と2番車の搭乗員なのだよ。
尤も、ミルアは予備員なんだけどな」
レノア少尉が胸を叩いて教えてくれた。
「この私が小隊長車のドライバー。
ミーシャとハインが2番車の搭乗者。
そしてドライバーの予備員がミルアなんだよ」
此処に居る4人の役割を。
「そうなんですミハル候補生。
小隊には2両の魔鋼戦車しかありませんから」
そして予備と揶揄されたミルアが愚痴を溢した。
「魔鋼・・・戦車?」
ミルアの口から零れた聞き慣れない単語に反応してしまう。
「今、ミルアさんが言ったのは?」
聞き間違いでないとすれば、
「魔法の戦車・・・いいえ。
あなたの言ったのは、魔鋼の戦車?」
魔法力を使役する者だけが乗れる、魔法の戦車?
4人の前で、美晴は小隊がなぜ特別扱いを受けているのかが分かってきた。
「なんだ、ミハル候補生。知らずにこの八特に来たのかよ?」
「我が小隊が魔鋼騎を与えられているんだって知らなかったのか?」
魔鋼騎・・・その名称は嘗て戦場を駆け巡った特殊な車体を名指す。
「ま、魔鋼騎?!
ロッソア帝国軍との干戈で名を馳せた?」
その名称ぐらいは聞き及んでいた。
嘗ての戦争で、敵味方から畏怖された存在なのを。
「あ~のなぁ、ミハル候補生。
どうして小隊の搭乗員が、全員女なのかを考えてもいなかったのかよ?」
「魔法少女にしか、魔鋼騎乗りが務まらないからだろ?」
魔法力を生かし、車体をも変化させる魔鋼の車体。
それを扱う事が可能なのは・・・魔力を有した物だけだった。
「あ・・・ああ?!
まさか。本当だったの・・・」
日ノ本で扱ってきた翔騎と類似した機能ではあったが、戦車は純然とした兵器。
戦う為だけに開発された、ウエポンキャリアー。
それに乗る事になるとすれば・・・つまり。
「やがて来る戦禍の中へ。
伯母と同じ様に・・・逃れる術を失ってしまう」
持っているカップがカタカタと震え、口から出る声も掠れて。
「占い師の御婆さんから教えられたように。
あたしは人の魂を奪う・・・悪魔に堕ちる」
過去に何があったというのか。
未来に何が待ち構えるというのか?
魔鋼騎と呼ばれる戦車には、どんな謂れがあるのだろう・・・




