魔鋼の乙女 12話
背後からの声に振り返った美晴。
目の前に居る女性仕官に眼を見開く。
そこで観たのは・・・幼馴染だった人の顔だった。
二年前。
別れる時に交し合った。
もう一度逢うと。
大切な友に・・・大事な人へ再会を約束していた。
目の前に、忘れ得ぬ面影がある。
「あたし・・・あたしだよ。マリアちゃん」
震える声で呼びかける。
「美晴だよ。やっと逢えたんだよ」
差し出す手も、感極まったかのように震えている。
突然の再会に、動揺を隠せずに。
「・・・ミハル」
中尉の声が、美晴を呼んだ。
「そう!美晴だよ、マリアちゃん」
声に促された美晴が、一歩中尉に歩み寄った。
「そう呼んでいた娘が居たが・・・」
「日ノ本から帰って来たんだよ!このフェアリアへと」
近寄った美晴を、中尉は上から下まで眺めまわした後。
「お前とは別人だ。彼女なら軍隊に入りはしない」
突き放すかのような一言を投げかけた。
「えッ?!」
まさかの言葉を受けた美晴が立ち止まる。
「別人なんかじゃ・・・」
戸惑う美晴が、詳しい経緯を話そうとしたのだが。
「私の知っているミハルは、戦争を嫌う優しい子なんだ。
人を疵付ける軍隊になんて、入る筈がないんだ」
「待ってよマリアちゃん。これには訳が」
事も無げに否定される。
そして、美晴の言い分を聞こうともせずに言い放った。
「此処に居るお前は、私の知っている友なんかじゃ決してない。
だから、馴れ馴れしく私を呼ぶんじゃない。
上官に軽々しく接するな。
いいか、分ったな!」
「そんな・・・嘘だよね?」
言い返そうとした美晴の顔を、クルーガン中尉が睨みつけた。
「あ・・・はい」
美晴の顔から血の気が引いていく。
期待から絶望へと堕とされたみたいに。
二年ぶりの再会。
しかし、あまりにも一方的に突き放される結果になった。
取り付く島も無く、訳を聞いても貰えず。
呆然と中尉の顔を見詰めるだけ。
「で?私の小隊に用でもあったのか」
言葉を失った美晴へ、中尉が事務的に訊いて来る。
「・・・は・・・い」
先程までは頬を赤く染めていた美晴だったが、今は蒼白な顔色になっている。
心も乱れ、自分が何を言っているのかも分からない程。
「司令部からの指示書です・・・」
「指示書だって?」
訊き直された美晴が、携えて来た配属命令書を中尉へと差し出す。
「・・・配属命令じゃないか。
私の小隊へか?」
命令書に目を通した中尉が、分っていて質し直す。
「第08特別戦車小隊に・・・です」
司令部で教えられた通りに答えた美晴へ、中尉が書類を突き返して訊いた。
「それが正式な我が小隊の呼称だ。
小隊について説明を受けたのか?」
「いいえ。行けば判るとだけ伺いました」
どのような戦車小隊なのか。
なにが特別なのかも、教わってはいなかった。
「そうか。行けば判る・・・か」
なのに、小隊長のクルーガン中尉は教えてくれない。
「小隊に馴染めれば、いずれ分かるだろう」
「馴染めれば・・・ですか?」
言葉に含まれた意味に、思わず聞き返してしまう。
「いずれって言っただろう。上官の言葉を質し直すな」
「す、すみません」
軍隊のイロハも知らない美晴には、怒られた理由さえも分らない。
只、血の気の退いた顔で中尉へ謝罪するだけだった。
幼馴染との再会は、美晴にとって最悪の展開となってしまった。
嘗ての友は、そこに居らず。
昔の面影を残した上官は、まるで別人のように接して来る。
「別人なのはマリアちゃんの方だよ」
心の内で嘆く美晴。
「どうしてなの?なぜ・・・何故なの?」
再会を果たせた筈なのに、どうしてこうなってしまったのか。
軍隊に入らされたのは、自分の本意では無いのに。
「本当は軍隊に入りたかった訳じゃないのに。
どうせならマリアちゃんの居る部隊に行きたかっただけだったのに」
再会を果たせたのなら、きっと昔のように仲良く出来ると思っていたのに。
朦朧となる意識の中で、これからどうなっていくのだろうと後悔してしまう。
「おい、士官候補生のシマダ・ミハル。
私は本日の訓練計画を上申しに行かねばならないから。
此処で待っておけ。時機に小隊員が帰って来る」
小隊長クルーガン中尉の声で我へと還る。
「は、はい。待ちます」
命令を受け、この場で待つと答えると。
「宜しい。隊員に申告するのを忘れるなよ」
背を向けた中尉は、一言加えてから歩き始めた。
「はい」
その背中へ向けて了承したと答えた・・・のだが。
「え?!」
歩き去る中尉の背を見詰め続けて気が付いた。
「震えている・・・の?」
歩き去る中尉の背が、微かに震えているのに。
まるで泣き咽ぶ少女の背中みたいに。
徐々に足早になって、自分から遠退く中尉の姿。
「どうして?震えている・・・の?」
その時の美晴には、訳が判る筈も無かった。
第08特別戦車小隊の立て札の前で待っていた美晴の耳に。
「あ~?!やっぱり」
聞いた事のある声が跳び込んで来た。
「シマダのミハルさんですよね!」
先程までグラウンドに居たミルア伍長が呼びかけた。
「私達の小隊へ来られたってことは。
やっぱり本当だったんですね!」
しかも美晴が08小隊に関係があるのを知っていたらしい。
「え・・・っと。
ミルアさんはあたし・・・っと。
私が配属されるのを知っていたの?」
突然の言葉に面食らいつつも聴き質した美晴へ。
「いいえ、盗み聞きしただけですから。
だからぁ、本当だったんだって言ったんです」
「あ、そう?」
朗らかに笑うミルアに、心が幾分かは和らいだ。
「なんだミルア?知り合いなのか」
「フェアリアで黒髪って珍しいじゃないか?」
続々と現れる小隊員達が、美晴を囲んで珍しそうに話す。
白のワイシャツ姿でスラックスとブーツを履いている隊員達。
先程までグラウンドで運動していたらしく、まだ寒いというのに誰もが薄着だった。
「お?良く見ると準士官様じゃぁないか」
「いやいや、もっとよく見てみ。士官候補生様だぞ」
茶髪の少女がジロジロと覗き込んで来るのを、銀髪の娘が釘を刺す。
その二人の襟元には・・・
「は、初めまして少尉殿。
私は本小隊付に配属されました・・・」
細い金線が1本。
軍に疎い美晴でも、二人の襟に光る襟章が少尉を指していると判る。
候補生は少尉よりも階級が低い。故に美晴は言葉を改めたのだ・・・が。
「あ~?殿はいらないぜ殿は。
それに当小隊では、垣根無しに付き合う風潮だからな」
「畏まる必要は無いってことさ、シマダのヒヨッコちゃん」
二人の少尉に揶揄われると、なんだか肩に熨しかかっていた重みが失せて来る。
「観た処、東洋系みたいだけど。フェアリア人なんだよな?」
「だからぁ~良く見ろよ、この子の眼を。蒼いじゃないか」
自己紹介もしない内に、名前を言い当てられた美晴がドギマギしていると。
「ミルアからも聴いていただろ。
この子が伝説を引き継ぐ者の、シマダ・ミハルだって」
「お~?!まさに女神転生ってか?」
お二人様は、勝手に盛り上がって。
「そうそう!美晴候補生は勇者様なのでぇ~す」
ミルアの声にうんうん頷き合うのだった。
「・・・勇者って、なんですかそれ?」
勝手なことを話す3人に、毒気を抜かれてしまう。
そこでクルーガン中尉に命じられていた自己紹介を思い出して。
「とにかく。
私は特別08戦車小隊に配属となりました島田美晴候補生です。
これから宜しくお願いします!」
先ずは自分から名乗って、配属を申告した。
「ちっチっチ!
覚えておくように。
当隊の正式名称は、第08特別戦車小隊だからな」
「約したら八特って云うんだけどね」
教えてくれた二人の少尉が続けて。
「ようこそ!我が八特へ。
私は第2分隊のミーシャ少尉だよ」
「私は第1分隊付で指揮車操縦手のレノア少尉。
宜しくな、ミハル准士官」
自己紹介と役割を教えてくれる。
「指揮車輛?この小隊には複数の戦車を保有しているのですか」
軍に疎い美晴だったが、指揮車と聞いて咄嗟に分かった。
「イエェ~ス!但し、2両だけだけどね」
ミーシャ少尉が指を1本立てて応える。
「それでは小隊に配属されておられる人数は?」
続け様に訊く美晴に応えるのは。
「各車二人の搭乗員、それに付随する整備班員が8人。
十人がワンペアで、それが2つの20名。
予備員が6名で・・・そこにミハル候補生が加わると」
「これで総勢・・・27名ってことになるな」
この八特とも称される戦車小隊の員数が、歩兵科小隊の規模には足りないものの、それなりの充足率なのを知らされた。
「まぁ、詳しいことは小隊長から教えて貰えば良いけどな」
ミーシャ少尉が何気なく言った。
「教えてくれれば良いんですけど」
小さい声で美晴が応えるのを、レノア少尉は怪訝な顔で。
「教えてくれるだろ、幼馴染なんだろうし?」
先程まで居た中尉との間柄を声に出した。
その瞬間、美晴は項垂れて。
「いいえ。彼女は違うと言っていました」
哀しそうに首を振るのだった。
2年ぶりに再会した幼馴染。
だが、再会の約束を忘れていたのか、それとも逢いたくなかったのだろうか?
折角の再会なのに、冷たく扱われた美晴の心情は。
希望を根底からへし折られてしまう結果になった。
マリアはもう、美晴を友と認めなくなってしまったのだろうか・・・
次回 魔鋼の乙女 12話
傷心の美晴を小隊員達が労う。そして明かされた小隊の秘密とは?!




