魔鋼の乙女 6話
フェアリアに帰還したルマは、外交武官を務め終えた挨拶に外務省へと登庁する。
何も知らずに担当官僚の部屋に通されたルマの前には。
見覚えのある金髪の淑女が佇んでいた・・・
フェアリア外務省へ、武官任務を全うした報告に来たルマの前には・・・
「良く帰ったな、ルマ」
金髪の淑女が待っていた。
「マジカ首相・・・いえ、今は議長閣下でしたね」
姿勢を正すルマに、マジカ両院議長が手で制して。
「おいおい、昔馴染みに儀礼などいらないぞ。
戦艦フェアリアで闘った仲ではないか」
砕けた口調で、ざっくばらんに語るのだった。
「あの頃とは・・・立場が違い過ぎます」
姿勢を崩さず、ルマは旧王室関係者でもある貴族出身のマジカ議長に言い返した。
「私は一介の陸軍中佐。
マジカ議長は首相も務められた閣僚なのですから」
「まぁ、ユーリの親友だから。
女王陛下の口添えだったから、成っただけだ」
マジカ議長は、ルマに釘を刺す。
自分の意志で閣僚に収まっている訳では無いと。
「ユーリ様はご健勝であらせられますか?
ご息女ルナリィ―ン様も健やかにおわしますでしょうか」
フェアリア国の象徴、王室の二人を気遣うようにみせて、話をうやむやにするルマに。
「ああ。
ユーリは少し歳を召したが・・・健勝だ」
王家に近いマジカ議長は、ユーリ女王を良く知っている。
即座に健勝であると応えたが・・・
「だが、心配の種は尽きんようだ。
お前も知っていようが、一人娘のじゃじゃ馬に手を焼いておる」
「じゃじゃ馬って・・・ルナリィ―ン様を例えられたのですか?」
9年前の晩餐会に始めて見た王女の面影が脳裏を掠める。
純白のドレスに身を包んだ、可憐な少女の姿。
プラチナブロンドの髪を揺蕩わせ、整った端正な顔に薄くルージュを塗った口元。
何よりも印象に残ったのは、まるで女神のように煌めくマリンブルーの瞳。
その面影は、昔日のリーン皇女を思わせるぐらい凛々しく麗しい。
王女ルナリィーンを観た時感じたのは、
嘗ての皇女リーン様が生まれ変わったのではないか・・・と、思ったものだった。
「マジカ議長。
姫様がなにか?」
一瞬の回顧の後、ひっかかった言葉の意味を訊いた。
「うむ。
昔のリーンを生き写しにしたようなものなのだよ」
「リーン?もしかするとリーン隊長を指されたのですか」
覚えていた。
自分の上官で、皇女様でもあった・・・嘗てのリーン姫を。
「もしかしなくても・・・だ。
あの娘は王女であるのを忘れたかのように振舞う癖があってな」
親友でもありフェアリア女王のユーリが心痛しているのを代弁して。
「親が止めても突き進む。
私や側近達が諫めるのも聞かずにな」
「なるほど、確かに相当のじゃじゃ馬ですね。
私の処にも、暴れ馬みたいなのが居ますけど」
ため息を吐くマジカに、ルマはどこかの誰かさんを引き合いに出した。
「くちょんっ!」
新居で独り、片付けをこなしていた美晴がクシャミをして。
「誰か・・・悪口を言ってるな~」
ムズムズする鼻を掻いて。
「どぉ~せ、ルマお母さんなんだろうけど」
見事に的中させたのだった。
春の陽が室内を照らす。
外務省の一室で、二人が向かい合って座っていた。
「そこで・・・だ。
ルマには王室警護の部隊を指揮して貰いたい」
旧知のマジカが打ち明けた。
「拒否は・・・出来ませんね?」
「分っているなら訊かなくても善かろう?」
ティーカップに手を伸ばし、事も無げに言い返す。
「あの<女神転生計画>に加担したのならば。
これから起きる異変に対処する義務がある筈だが?」
「あれは!夫との約束だったからです。
女神を帰還させる為ではなかったのですから」
言い返すルマを、じっと見つめていたマジカだったが。
「・・・事は。
お前達夫婦の考えるよりも遥かに重くなった。
悪魔達は既に復活を遂げ、以前よりも遥かに強大になった」
「以前よりも遥かに?」
聞き逃さなかったルマが、
「悪魔とは?
ロッソアに帝国主義が舞い戻ろうとしてるのですか?」
ドートルから聴かされた戦争へのきっかけなのかと訊き質す。
「ロッソアが皇帝を擁立させる訳がない。
連邦国家として大統領制を布いているのだからな」
「それでは?」
真意を確かめようとするルマを片手で制したマジカが応える。
「日ノ本にも出現した筈だが。
魔の鋼が。悪魔に魂を売り渡した鉄の兵が居ただろう。
奴等は我がフェアリアへと侵攻を目論んでおるのだよ」
「侵攻?
邪操の機械達が・・・でしょうか?」
日ノ本でも邪操機械が襲ってきた。
邪悪なる者達が平和を壊しに出現したのを知らぬ訳がない。
このルマこそが、日の本にある魔法少女隊の代理司令を務めていたのだから。
「いや、しかし。
邪操機兵は良くて数機。若しくは単体でしか活動しなかった。
それが侵攻してくるなどとは・・・」
「考えも出来ない・・・か?」
一啜りしてから、カップを置いたマジカが訊き返す。
「邪操機兵は人間の悪意を具現化した意志体で動いていた筈です。
いくらなんでも軍隊規模で応戦するほどの数を揃えられるとは」
「考えられないだろう?」
瞼を閉じて腕組みするマジカが質した。
「考えられない・・・そんなことがある筈がない」
思わず首を振るルマが即答した・・・だが。
「生きている人間の魂を宿らさない限りは・・・はッ?!」
そして自らの考えに、最悪の答えを導き出してしまう。
「ま・・・さ・・・か?!」
「思い出したようだな」
俯き、何かに怯えるように声を絞り出したルマへ、刮目したままのマジカが。
「嘗てのロッソア帝国の所業を。
あの暗黒魔鋼騎達の異形を。
魂を機械に宿らせる・・・悪魔の所業を」
カッと瞼を開け、震えるルマを睨みつけて。
「ロッソア帝国の負の遺産。
悪魔達は最早蘇ったのだよ・・・我々の前に」
最悪の敵が現れたのを知らしめたのだった。
そう。
嘗てフェアリアが直面したことのある災禍が。
人類が犯してはならない禁忌の業が。
悪魔とも呼べる者達に因って復活を果たしたと。
平和を謳歌して来た30年が、脆くも潰えたのだと聞かされたのだった。
「ことは、極めて重要だ。
我が国だけでは防げないかもしれん。
国際連合にも勧告を送ったが・・・助力を仰げるかは分からない」
スッと立ち上がったマジカが言う。
「連合国が挙って対応に立ち上がらなければ。
次は・・・嘗ての戦争が痴戯にも思える惨禍になろう」
戦争に戯れ等がある筈が無い。
しかし、マジカは敢えてそう言ったのだ。
「今度は・・・空が開け放たれているのだ。
地上だけからの攻撃だけで済む筈もあるまい。
砲撃だけで済む筈も無いのだ。
次の戦には、空襲も考慮せねばなるまい・・・な」
終末戦争までは、空に電解層が現存していた。
高度2000メートル以上からの攻撃はあり得なかった・・・だが今は。
「航空機からの空襲。
長射程を誇る巨大砲・・・それに開発中の大陸間ミサイル。
30年の間、飛躍的に破壊力を増した兵器達に因って。
今度という今度は・・・破滅的戦争に波及しかねない」
憂うマジカが溢した事実。
平和を享受した筈の人類が、僅か30年の間に何を開発していたのか。
漸く手に出来た平和期間で、人類は何を目論んで来たのか・・・と。
「新たなる脅威に備えるにしては悍まし過ぎる。
人は、戦争を手放しはしない愚かな獣だと言う訳だ」
きっぱりとマジカが言い切る。
人はいつまで経っても進化出来ない愚か者なのだと。
「だが、しかし。
我等は我等の国を。我がフェアリアを守らねばならない。
その為の王室警護隊。人が悪魔に対抗する為の魔鋼部隊。
その司令へ、ルマが修まって欲しいのだ」
窓辺に立つマジカが振り向きざまに言う。
「女神の加護を。
あの双璧の魔女を呼び付けでも、守らねばならんのだ」
「・・・ミハル義理姉を。
理の女神ミハルを闘わせようと言うのですね」
それまで黙って聞いていたルマが質した。
「女神の加護を賜れるのならな・・・ルマ」
それに応えるマジカは細く笑む。
その表情から、何かを感じ取ることは出来そうにも無かった。
「女神はフェアリアが育んだ至宝だからな」
でも、言葉の端から伺える。
「あなたは・・・何を目論んでいるのですか、マジカ議長」
ルマが立ち上がって訊き質した時。
「おかしなものだなルマ。
世界の窮地に・・・女神達は何故何も手を出そうとしないのか」
春の陽を浴びるマジカが溢す。
「まるで、もう一度世界を劫火で焼き尽くさんとしてるみたいだ」
「・・・滅びの箱舟までもが蘇るのでしょうか?」
滅びの箱舟・・・嘗ての空中戦艦。
邪神軍が誇った強大なる殲滅戦艦。
都市を一撃の下に殲滅させ得る、悪魔の艦。
「そうだな・・・より一層強力化するかも知らんが」
拒否もせず、マジカが答える。
「今度は・・・どちらが滅ぶのか。
二度の奇跡は起きないかもしれんな」
人か・・・それとも悪魔か。
勝利はどちらの手に転がるのか。
「全面戦争に縺れ込む前に。
火種を消さねばならぬ、断じて戦禍を拡げてはなないのだ。
喩え・・・犠牲を払う事になったとしても・・・」
「・・・犠牲」
その言葉の意味が、如何に重く伸し掛かったか。
魔鋼の乙女を預かる身になるルマには。
「それが・・・戦争というモノだろう、ルマ?」
「掛け買いの無い命を・・・代償にしなくてはならない。
それこそが戦争の姿・・・戦禍の真意」
分っている筈なのに、ルマは恐怖する。
しかも、先方を務める王立魔法軍へは。
「あの娘も・・・巻き込まれてしまう」
娘、美晴も配属されるのだ。
「戦争なんて知らない子が。
人の死を受け入れられない優しい子だったのに」
理不尽な闘いが迫っている。
日ノ本に居た頃とは別次元の闘いが始ろうとしていたのだ。
「魔鋼の闘いへ。
美晴は魔鋼の乙女になってしまうのね」
あの壮絶な戦いの場へ、娘と共に舞い戻ろうとしている。
せめてもの慰めは、敵は機械兵だという事だけ。
でも、その中に宿っているのは・・・
「ねぇ美春姉さん。
姉さんならどうする?
あの子を護る為なら、私は何をするべきなの?」
ルマは知っていた。
邪操機兵に宿っていたのが、人の魂でもあったことに。
「あの子が闘いに染まって、闇に堕ちて行くのを。
私はどうやって防げば良いの?」
いずれ娘にも分る時が来る。
機械とは言えども魂が有るのだと。
機械の中には<人が>宿ってもいるのだと。
その敵を討つというのなら・・・つまりは。
「人はやはり・・・戦争を手放せなかった。
戦争は人をどこまでも貶めようとする・・・悪魔だ」
悪魔に魅入られた者・・・その名は<人>
警護隊の司令に任命されたルマ。
今は只、娘を想い憂う母でしかなかった・・・
母親の帰りを待つ美晴。
室内の清掃に時間を費やしていたのだが。
懐かしい我が家。
昔日の思い出に浸っていると、宿っている女神が顔を出す。
女神コハルは軍隊に入る美晴を心配しているようなのだが・・・
次回 魔鋼の乙女 7話
帰郷した少女は、どこか以前とは違っていた。その訳は<彼女>にしか分からない?




