Act24 謎の相手
大会は本選へと突入した。
目指すは有終の美でもある優勝だったが。
その前に立ち塞がるのは?!
人形格闘世界選手権の本選は、第2回戦へと進んで行った。
勝ち残ったペアは次の試合に向けて調整を行う。
その中には、未だに1回も闘っていないペアが居た。
そのペアとは・・・
「ヴァルボア教授、シンクロ率が今までない程に高い次元を保っていますね」
調整室で作業をこなしているエイジがモニターの表示を確認すると、
「まるでリィンちゃんの意識を汲み取っているみたいですよね」
機械でしかない人形に魂が宿ったかのように言うのだった。
「うむ。きっと彼女が心を併せているのじゃろう」
別のモニターを見詰めているヴァルボアが背中向けたままで呟く。
「はい?ヴァルボア博士、彼女って?」
聞き逃さなかったエイジが訊き返すが、ヴァルボアは知らぬ顔でこう答えるのだ。
「決まっとるじゃろう、彼女とはリィン嬢の<レイ>の他あるまい」
「あ・・・そういうことですね」
あっさり納得してしまうエイジ。
背中を向けたまま冷や汗を流しているのは、黙っておかねばならないヴァルボア。
カタカタカタ・・・
画面がエイジからは観えていないのを分かっているヴァルボアが、キーボードを操っている。
「ほんに・・・黙っておくのがこれ程厄介だとは。
儂は自信がのぅなったわい、レィ君」
・・・P・・・
<<クス・・・我慢してくださいね、ヴァルボア博士>>
少女人形にレィが宿っているのはヴァルボアだけの秘密事項。
レィからも頼まれていた、誰にも教えてはならない。
そう・・・例えリィンであっても。
キュウウウン・・・・
調整が終了し、マグネットホルダーから解放されたリィンが操手ユニットから降りて来る。
「ふぅ・・・まぁこんなところかな?」
人形との同期調整が納得できる範囲だと分かり、少し安堵したリィンがエイジに微笑みかける。
「どう?今まで以上に同期出来ているんじゃないのかな」
調整が順調だったことからみても、リィンとの整合性は高い次元だと考えられる。
「この調子なら新型人形にだって劣りはしない筈だよ」
操手の管制動作にマッチングさせるのが、人形を操るのに最も重要な位置を占めていた。
最新鋭の自動化人形でさえ、コンピューター制御に数コンマ秒時を要した。
僅かなタイミングロスが、勝敗を分かつ可能性は否定できないからこそ、ヴァルボア教授達は操手とのリンクを採る方式を採用し続けて来たのだ。
「うん・・・そうだね」
ちょっと考え込む仕草を見せたリィンが頷くと、
「でも・・・今の零は。
少し前までの零ではなくなったみたい」
ポツリと独自の感想を話した。
「同期プラグスーツの所為なのか。
組み込まれた新しいシステムとやらが作用してるのかは分かんないけど」
以前とは何かが違うんだと漏らすのだったが、顔をヴァルボアへ向けると。
「何故だか分からないけどぉ~、
零が私を抱き包んでくれているような気になれたんだよ」
モニターに向かって座っていたヴァルボアが途端に咽返る。
「げほん、げほんッ!」
「え?!そこ・・・咽る?」
調整が巧くいってると褒めたつもりのリィンは、ゲホゲホ咽るヴァルボアに眉を寄せて顔を引き攣らせる。
「とぉ~にぃ~かぁ~くぅ~、ありがとね教授!」
でも、憂いが少しは和らいだようで、感謝を込めてウィンクするのだった。
調整は完全。
そして格闘少女人形は出番を待つ。
・・・ブウウウン・・・
低い機械音が流れている人形調整室。
室内の灯りは薄暗く調整されて、人の気配さえも感じられない。
・・・カタ・・・カタ・・・
だが、タイピングを打つ音が流れているのは何故?
誰もいない筈の室内に?
人形調整室に掲げられてあったのはエントリーナンバー42。
そう、あの金髪でスカイブルーの瞳を持った少女人形の調整室だった。
・・・P・・・PP・・・
誰も観ていないモニターにウインドウが立つ。
3Dグラフィックで表示されている人形の前に、誰かが入力してでもいるのか?
<<消耗率は30パーセント。復旧に要する時間が少々足りないわね>>
ウインドウには女性らしい言葉が並ぶ。
・・・P・・・PPPP・・・
<<でも・・・やって出来ない程の消耗では無い筈よね>>
どうやら少女人形の調整が間に合わないと言っているようだが。
・・・PP・・・PPP・・・
<<そうよ、私はあの娘の人形を壊せさえすれば気が済むんだから>>
あの娘?それはもしかして・・・リィンを指すのか。
・・・P・・・PPP・・・P
<<そして・・・奴等が臨席していたのなら・・・殺ル>>
奴等?この少女人形を操っている者は、一体誰なのか?
・・・P・・・P・・・P・・・P
<<殺ル 殺ル 殺ル 殺ル>>
常軌を逸したように呟く・・・呪われたように。
暗がりの中、少女人形からは邪悪な気が流れ出していた。
「「二回戦が間も無く始まります!ご覧の皆様方は手元のメンバー表を・・・」」
場内と中継を見ている観客に対してのアナウンスが流れている。
カツ カッ カッ
ハイヒールの音も高らかに、数名の女性が歩んでいく。
「う、嫌な奴に出会ってしまったわ」
貴賓室へと向かう道中で、顔も見たくない男が前を過った。
数名のお供を引き連れて最高貴賓室へと向かっていたのは・・・
「オーク会長、ご機嫌麗しゅう・・・」
声をかけられた小太りでにやけた面構えの男が立ち止まる。
「ほぅ?どなたかと思えば。
これはこれはフェアリーのお嬢様方ではありませんか」
居並んでいる3名の娘に、横顔のままで話すオーク社会長。
「今年の出来栄えは如何かな。
私共の方ではシェアの80パーセントを独占出来ましたが」
暗に人形市場の話を振って来るのだが。
人形大会ではなく、世界市場の話を・・・だ。
いけ好かない男ならでは、とでも言えるのだが。
「ええ、羨ましいですわ。私共もあやかりたい位」
答えるのは顔を引き攣らせる長女のエリザ。
「ほんと、エリザ姉の言う通り」
そう続けるのは口をへの字に曲げた次女のリマダ。
二人の上姉達が諂うのに対し、
「会長には法廷でお会いする筈でしたね」
眉間を寄せたユーリィだけが睨んでいた。
「おやおや。お堅い事は抜きにしましょう、ユーリィ嬢ちゃん」
親と子位の年の差を鼻で笑いながら揶揄する会長が、
「それになぁ、裁判で勝つのは私の方ですからな」
まるでマフィアのボスのような口を利く会長は、
「いくらフェアリー家でも、今のオーク社には歯が立たんって処を考えてみるんだな」
見下されて捨て台詞のように言ってのけられてしまう。
「う・・・」
確かに巨大産業家となったオーク社にはフェアリー財閥だとても応じきれないだろう。
口惜しさで声を喪うユーリィ目掛けて、
「覚えておくんだな、私に逆らうなど愚か者のやる事だと」
今度は本当に捨て台詞を吐かれてしまった。
取り巻きを引き連れて立ち去るオーク社会長に返す言葉を失い、フェアリー財閥の令嬢たちは悔しさで震えていた。特に法廷闘争を言い出したユーリィは。
「御姉様・・・申し訳ございません」
悔しい想いをさせてしまったのだからと謝罪すると。
「私は・・・貴賓席には参りませんから」
同席を拒んで足早に立ち去って行く。
「しょうがないわね。スポンサーなんですから誰かが行かなきゃ駄目でしょうに」
走り去る後ろからエリザの声と、
「ホント、余計な一言が場の雰囲気を壊すこと位分からないのかしら」
次女リマダが小馬鹿にしているのが聞こえてくる。
オーク社の会長から馬鹿にされるだけではなく姉達からも叱責を受けてしまったユーリィは、口惜しさと怒りで肩を震わせて泣いていた。
元はと言うのも、二人の姉達に因って犯してしまった罪の弱みをオーク社が握ってもいたから。
法廷闘争に打って出れば、国際条約で禁止されていた機械兵の密輸に手を染めていたことを公表すると脅されてしまっていたのが一因。
そして昨年末に金で法廷を支配していた件がトドメとなっていた。
「エリザ姉とリマダ姉は、自分達が愚かだとは思わないの!」
フェアリー家が落ち目となりつつある一因が二人にあるのを知りながら、何も出来ない自分へも怒りが向かう。
「ああ、せめてお父様が停めてくだされたのなら。
傀儡に貶められてしまわれなければ、防ぎようもあるというのに」
父であるロナルドが経営から遠退けられていたのが致命的だった。
「このままではいつの日にか、フェアリー財閥は破滅を迎えてしまうんだわ」
自分を責め、父を恨み。そして・・・
「誰かが二人を退かせてくれないかしら。
この世界から二人を消してくれれば、まだフェアリー家は生き残れる」
出来もしない事を願ってしまうのだ。
「ねぇリィンタルト。あなたなら罪深い姉をどうする?
私の代わりにお父様や家の窮地を護り抜けるの?」
たった独りの妹へ向けても・・・
・・・リングサイドにある操手室・・・
スチャッ
両手と両足に装着される遠隔操作リング。
ファサッ
長い茶髪を幅広いピンクのリボンで結い直し。
カチッ
うなじにあるソケットへ思考回路を繋ぐ。
大会係員が違反が無いかの確認を終え、問題がなことを本部へと連絡する。
・・・P・・・
人形本体とのリンクが同期状態になる。
「同期を確認。問題無し、異常は認められません」
作動準備にかかるエイジの声。
「シンクロ率80・・・90・・・」
同期率が上昇し、それに伴って電力供給が最大値を迎える。
「よし今じゃ!コンタクトぉ!」
ヴァルボア教授がメインコンタクトスイッチを押し込む。
ブゥンッ!
少女人形に光が燈る。
人形少女の瞼が緩やかに開かれていって・・・
「シンクロ率100パーセント!」
同時に蒼き瞳に彼女が宿る。
「どうじゃレイ。見えるじゃろう、目に光が差し込むじゃろう!」
彼女に対して祝福を唱えるヴァルボア。
「この光こそが新たな始まりを告げておるのじゃ」
基礎台の束縛が解かれ、少女人形が大地に立つ。
リングサイドへ基礎台が格納され、自らの足で大地を踏みしめる。
「そう・・・だよね零」
操手円環に立つリィンは眼前に展開する試合場を見詰めると、
「これが始り・・・そして私との新しい絆。
今迄よりもずっと固い絆で結ばれているんだよ零」
黒髪の少女人形に語り掛ける。
「えへ。だってさレィちゃんと同じ名前なんだもん。
これまで以上に大切な友達で・・・私の光なんだから!」
同期している間は自分自身。
動いている間だけでも<レィ>の身体と重なれる。
「そうでしょ・・・レィちゃん」
戦闘少女と一心同体になれる間は、自分はレイなのだと思った。
自分は少女人形<レイ>になっているのだと感じた。
「だから・・・お願い。一緒に闘おうよ」
そう呟くとヘッドギアのバイザーを降ろして臨戦態勢を執った。
バイザーは少女人形の目線と同期している。
少女人形が観ている景色はリィンのモノとなる・・・
コクン
「へ?」
バイザーを降ろした瞬間だった。
僅かに視線が上下したかに思えた。
まるで少女人形が頷いて答えたかのように。
「うそ?」
自分は頭を動かしてはいない・・・なのにどうして?
一瞬だけ危ぶんでしまったリィンだったが。
「そっか。レイちゃんも一緒だって答えてくれたんだね」
絆を感じる少女には不自然でも不可解でもなかった。
「人形なんだから、魂が宿っても不思議でも何でもないよね」
頷かれた様に感じたのが自分に由ってなのだと思い込んだ。
古来から人形には魂が宿るのだとも言われてはいたが。
「よぉしぃ~!
一発やるかぁ~レイ!」
気合を込めて、傀儡と同化した。
「「両者、中央へ!」」
審判が双方の人形を向かい合わせる。
「「火器の使用は厳禁。
試合時間は中断を含んで基本1時間以内。
相手を行動不能とするか、若しくは有効打を3ポイント先に獲った方が勝者とします」」
ゆっくりとリング中央へと向かう二体の少女人形。
今まさに因縁の対決が始ろうとしていた。
後まで続く・・・宿命の決闘・・・最初の戦いが!
いよいよ少女人形同士がぶつかるのです。
相手は新型少女人形でもあり、オーク社で製造された零のコピーだと思われた。
リィンの気持ちを汲むレイ。
果たして見事に勝利できるか?
いよいよ次章で対決します?!
次回 Act25 バトル開始!
第4章<暗黒王>ではバトルよりも彼女の復讐がメインになってます~