ACT13 さよならは言わないで
旅立つ美晴。
第2の故郷でもある国から、遥か遠くの産まれた地へと。
魔砲少女の運命。
断ち切れぬ絆を信じて。
想いを心に秘め、宿命に立ち向う。
希望へと羽ばたく、絆の行方・・・
海洋調査船は外洋目掛けて速力を増していく。
マストに掲げられていた日の本国旗が降ろされ、替わりに防衛軍海軍旗が翩翻と昇っていく。
それはつまり。
「この艦が海軍乗員に拠って操艦されている表れ。
隼鷹と名付けられた深海探査艦が軍艦である謂れ」
速度を増して内海を出て行く船のマストに翻る<海軍旗>を見上げて、娘に教えているのは。
「マモル君の船だものね、ルマお母さん」
明るい茶髪を風に靡かせているルマが頷き、
「マコトお爺ちゃんの艦でもあるのよ、美晴」
艦橋を垣間見て微笑んだ。
「そ・・・だね」
だが、ルマに話しかけられても美晴は振り向こうとしない。
ずっと出航して来た桟橋の方に顔を向けたままだった。
「もう直ぐ陸も見えなくなるわ。
気が済んだなら、船内に入りなさい。身体が冷えてしまうわよ」
「う・・・ん」
リボンで結わった髪が翻る。
まだ冬の海上はとても寒く、体温を奪ってしまう。
それでも美晴は・・・
「これが最後だから・・・」
永き別れを惜しむ様に。
「友達との別れだから」
涙に滲む瞼を抉じ開け、日の本の大地を見詰め続けるのだった。
娘の横顔を観ていたルマが、そっとその場から離れて行ったことも知らず。
美晴は雲霧に掠れて行く大地を見詰めて泣いている。
大切な友達との別れを惜しみ、大好きだった人達との想い出に浸りながら。
そして、遠い記憶の中にある、あの日を思い起こして。
「あたしは・・・幸せだったのかも知れないねマリアちゃん。
だって、みんなに見送って貰えたんだもん」
フェアリアに帰って行くマリアを見送ろうとした美晴。
だが、出航する船上に居るマリアに逢える事は無かった。
駈けつけようと走っていた美晴は、不慮の事故に遭い・・・
「マリアちゃんはどんな気持ちだったのかな。
あたしが見送れなかったのを悲しんだんだろうな」
見送る事すら出来なかった。
再会を約束することすら叶わなかった。
数時間前。
出航する探査船のタラップを昇る自分に掛けられた、惜しむ声が耳に残っていた。
「元気で頑張るノラぞ!美晴っち」
「お便り待ってますからね、美晴さん!」
魔法少女隊員の友達が手を振って惜しんでくれる。
「フェアリアでも活躍してくださいよ先輩!」
眼鏡を涙で曇らせるハナが力一杯の声援を送っていた。
「剣舞部のことは私に任せて、島田さん」
顧問でもあり、いつも親身になってくれていた太井女史が笑ってくれた。
母ルマの後を追い、船上の人となった美晴がデッキから見下ろす。
声をかけてくれた友の他にも、クラスメートや魔法少女隊係員の同僚が見送ってくれているのが眼に入る。
「ありがとう、みんな!」
そう返すのがやっと。
本当にこれで別れになるのかとの想いと、きっと再会できるとの願いが交差して。
「さ・・・よ・・・な・・・ら・・・」
別れを口に出すのが偲び難くなる。
耐え忍んで来た想いが一気に溢れ、目頭が熱くなって。
「うっく・・・うぇ・・・また・・・逢おうね・・・ひっく・・・」
しどろもどろな別れのセリフとなってしまう。
がらがらがら・・・
船と陸上を繋いでいたタラップが、デリックに拠って巻き上げられる。
それが出航の合図でもあり、日の本から解離された証でもあった。
「出航!出航します」
スピーカーから流れる出船の知らせ。
総トン数1万7000トンの巨船が、スクリュウーを廻し始めて進み始める。
動き始めた船に、見送りの人達が手を振っている。
桟橋から離れ始める新・探査船<隼鷹>に便乗した美晴へと。
「あ・・・」
見送ってくれている人々の輪から離れた桟橋の先端部分に目を向けた時。
「後は頼んだからね・・・月神御美」
翠の髪を海風に靡かせている少女を見つけた。
少女も船上の美晴を見詰めていたが、すっと右手を突き上げると。
シュワン!
魔力を解放して変身したのだ・・・戦女神の魔法衣へと。
「そ・・・っか。任せろってことだよね」
自分へ向けて実力の程を見せる為?
いいや、魔法衣姿に成ってまで教えようとしているのは。
「「お願いしますねホーさん」」
右手に填めた蒼き宝珠が応える。
「「この国に残る人々を護ってあげてね」」
戦女神の魔法衣に応えて、美晴を憑代に選んだ理の女神ミハルが頼んでいた。
「わぁーってるって・・・ミハル」
ボソッと呟く戦女神の魔法衣を纏うミミ・・・否、ホマレ。
「往って来いや。ウチが必ず守ってみせるから、約束を」
ミミとは違う凛々しさを醸した瞳で。
魔法少女とは一味違う、険しさの中に優しさを湛える顏で。
「次に逢うのは・・・合戦の中・・・やで?」
別離の中に再会を約して。
突き上げた右手に現されたデバイスロッドを魔鋼銃に換えると。
ズバンッ!
空へと向けて空砲を放つのだった。
それは戦士の祝砲。
別離に際した祝いの鐘。
内海を進む船上で、一人デッキに佇む美晴。
離れて行く港を、飽くことなく見詰めていると。
船が往く先に、一隻の小舟が停泊しているのに気が付いた。
「あれは?・・・まさか」
小舟の舳先に佇む人を観た時。
「美雪・・・お祖母ちゃん?」
日ノ本の国旗を翻している小舟。
舳先に独り佇んでいる麗人が、探査船が近付くと右手を掲げて。
ボォ~~~~!
霧笛が船上を揺るがす。
隼鷹が別れを惜しむかのように汽笛を鳴らした。
船橋に居るマコトやマモルも気が付いたのだろう。
船出に際して見送りに来たミユキに贈ったのだ。
「美雪お祖母ちゃん?」
でも、美晴の眼に飛びこんで来たのは見送る祖母の凛々しくも険しい表情。
そして・・・携えている紅き剣。
「あ。持っていてくれるんだ」
紅き剣・・・美晴が<エターナル・レッド>と名付けた銘釼。
元々は美雪の剣であったのを、授けてくれた。
でも、フェアリアへと向かうに際して返したのだ、元の持ち主である美雪へと。
「美雪お祖母ちゃん・・・お元気で」
祖母が携えた紅き剣。
魔法力が籠められた剣が、必ず守ってくれると信じていた。
日ノ本にたった独り残る祖母の身を。
「お願いレッド。みんなを護ってね」
大切な人達を。
探査船隼鷹が小舟の脇を通り過ぎる時、祖母は剣を掲げると。
「あ・・・それって?」
鞘から引き抜いた剣を手に、剣舞の師匠でもある祖母が舞う。
「ずっと見せてくれなかった、秘技・・・破邪の舞?」
一太刀・・・返り太刀・・・突き上げる構え。
振り抜かれる紅き剣は、魔戒の威力を放ち続ける。
別れに際して、祖母から贈られた秘技の伝授。
今になって漸く、教えられた剣舞の奥義。
それは、未来に託す祖母の願いが込められているようにも観て取れて。
「美雪お祖母ちゃん!
ありがとう、往って来るね!あたしの未来へ」
聴こえているのかは分からないが、届くようにと声を張り上げる。
舞い終えた美雪は剣を収めると、船へと顔を向けてくる。
そして・・・微笑んでくれた。
旅立つ人達の心に残るように・・・と。
「さよならは言わないから!
きっとまた・・・逢うと誓うからね」
小舟へ向けて、千切れんばかりに手を振る美晴。
右手に填めた蒼き宝珠も輝きを増していたのにも気付かずに。
「「お母さん・・・いつの日にか」」
理の女神ミハルも、再会を願っているのを知らずに。
小舟を後に、探査船は日の本国旗をマストに旗めかせて速力を早める。
辛い別れを振り切るかのように。
新たな旅路に立ち向かうかのように。
脳裏を過ぎていく友の顏。
記憶になってしまう楽しかった日々。
日ノ本の大地に残したのは、島田美晴が居た証だけなのか。
「みんな・・・みんなのことを忘れたりしない。
あたしは必ず帰ってくるから。
どんな未来が待っていようと、きっと日ノ本へ戻って来るから」
証だけではない。
美晴が出逢えた人達の記憶に残っているのだから。
思い出という名の絆に刻まれているのだから。
新・海洋探査船<隼鷹>は外海に出る。
そこはもう、日の本の大地から遠く離れた海洋の只中。
海軍旗を靡かせて進む艦に近付いてくる1隻が、発光信号を瞬かせてくる。
「右舷より<春風>が近付きます」
スピーカーから接近して来る艦を知らせて。
「嚮導艦の春風、先行します!」
随伴する護衛艦が居るが分かった。
そう。
この航海が、単なる深海調査だけでは無いのを教えたのだ。
「巡洋級駆逐艦に守られているんだ」
完全武装を施された、新鋭駆逐艦に先導される探査艦。
その航海が、何者かによって脅かされているのかと思い。
「もう始まっているのかもしれない。
未知との闘いというモノが・・・」
祖父と父が務める深海探査が、如何に苦難を伴った航海なのかを考えさせられて。
「あたしが降りるガポールまでは、何事も起きなければ良いけど」
途中にある国々とは、日の本は友好国だった。
海上で闘いに巻き込まれてしまうとは思えなかったけど。
「海の底から見張られているのかもしれない。
もしも、前大戦のような敵が存在するのなら」
美晴は知らされていなかった。
海の底に何が秘められているのかを。
失われた文明が眠っている事さえも。
「だけど、護衛艦が一緒なら。
簡単には手を出せない筈だよね」
そして現在を生きる少女には、戦争というモノが理解できてもいなかった。
守ってくれる船の存在が、平和を謳歌してきた者を安堵させていたのだ。
護衛艦春風のマストに掲げられた有志連合旗と、日の本海軍旗。
靡く旗を観る美晴には、頼もしく映っていたのだが。
「ルマ。
ガポール迄は無事に往ける筈だから、安心して」
艦橋に昇ったルマへとマモルが言い切った。
「マモル・・・今回はそれ程危険な航海なの?」
フェアリア軍の制服を着たルマが、心配気に夫に訊いた。
「いや。そうとばかりは言い切れないけど。
ガポールからは連合軍艦隊も随伴してくれる予定になってるから」
「やっぱり。危ない航海になるのね?」
有志連合の艦隊が護衛に就くと言われ、ルマの表情が硬くなる。
「大丈夫だよルマちゃん。
深海探査船には私と息子が乗り込むんだ、安心しなさい」
艦長席に座ったままの義父でもあるマコトが割って入り。
「今度という今度は。
人類のルーツを知らねばならない。
その為の<隼鷹>でもあるのだからね」
最新の装備を誇る、新造探査艦<隼鷹>。
数々の秘密装備を設えられ、見かけだけは無武装船にみえるのだが。
「親爺の言うように、深度1万フィートまで潜れる探査船を載せてるからね。
あの海の底に眠る<ケラウノス>を確かめなきゃならないんだ」
深海探査の潜水艇を載せていると教えるマモル。
「美春姉さんが止めた終末の機械が、再稼働していないか。
それを確かめなきゃいけないからね」
優しく教えるマモルの顔を見詰めるルマが頷く。
「何者かが・・・再稼働を目論んでいるのね」
何もかも悟ったように。
「あの、イシュタルと呼んだ悪魔達が?」
思わず口に出したルマに、マモルはゆるゆると首を振って。
「そいつ等だけじゃないんだ。
人類の敵は・・・人の中にも居るから」
人類の存亡は、異星人達だけでは無いとも言い切り。
「嘗て、この星を滅びの箱舟に換えようとした奴等と同じ様に」
真の敵の存在を仄めかせたのだった。
「そう・・・ね」
その存在を垣間見たことのあるルマが肯定した。
「<無>への変換。
絆を持つ者達を滅ぼす魔法の弾が、復活するのであれば」
フェアリアで起きた悲劇を思い起こし、
「美春姉が食い止めた軌跡を辿らされるのなら」
現在は女神と成った姉を喩えに出してから。
「あの子にも闘わせなければならなくなるわ」
あの子・・・つまりは。
「出来れば・・・不幸を纏わせてしまいたくない。美晴だけには」
我が子を想う、母の心情を溢す。
「あの子には光溢れる未来を目指して欲しかったのよ」
希望を託された娘であって欲しい・・・そう願って来たのだから。
「ああ・・・そうだねルマ」
海上を見詰めるマモルが答えた。
同じ想いだと教える意味で。
「美晴は輝の御子だから」
人類の未来を背負う御子と言う意味ではなく。
「僕達の娘なんだから」
二人の娘だと言い切って。
「・・・美春。
まだ終わりが来ないと言うのか。
人に戻れる日は来ていないと言うのか?」
艦長席に座るマコトが呟く。
孫娘を憑代とした娘の名を呼びながら。
「いつまで続くと言うのだ、ミユキ。
君が果たせなかった本当の未来を手繰り寄せる闘いは」
妻に娶ったミユキの半生を思い出して。
「願わくば。我等の未来に希望を。
人類に本当の未来を与えられんことを」
魔法を研究し、未来の在り方を求め続けた探求者として。
「未来に幸多からんことを・・・」
願わずにはいられなかった。
船は東洋のジブラルタルと呼ばれる港を目指して南下する。
海路は平穏であったのか?
探査艦隼鷹に乗り込んでいた美晴は無事にガポールに辿り着けたのか?
海路のお話は、またの機会にしよう。
美晴は船を降り、空路でフェアリアへと赴く事になる。
父マモルと祖父マコトと別れを告げ。
母ルマと二人だけでフェアリアの大地に降り立つのだが。
今はこれまで。
次なる魔砲少女の舞台は<約束の国>フェアリア。
それは始まりの物語が眠る地。
伝承と絆の産まれた国。
そう・・・魔砲少女が集うべき闘いの大地・・・
エピソード7 お終い
向かうはフェアリア。
魔砲少女の生誕地。
女神を宿して美晴は往く。
これからが本当の戦いだと、心に秘めて。
絆。
友との絆。
忘れられない大切な想いを心に宿し。
行き往きて・・・希望の地となるのか。
全ては<フェアリア>に秘められているのだ・・・・
エピソード7 終幕。
次回予告!
いよいよ物語は始まりの大地へ。
そして魔砲少女達が産まれた国で待っているのは?
暗躍する世界を終らせようとする者。
終焉を齎そうとする異種たる者。
全てが明かされる時、古の神々が動き始める・・・
次回
エピソード8<レジェンド・オブ・フェアリア>魔砲少女伝説フェアリア
第1章 王立魔法軍 ACT 1 フェアリアの蒼き獅子
君は闘いの中に何を観るのか?!
追記)お待たせしました!
次のエピソード8こそが<魔鋼騎戦記フェアリア>正統続編になります。
つまり、あの魔鋼騎的な戦闘機械が戦いを彩ることにもなります。どうぞお楽しみに!




