ACT10 真実を措いて
意を決したかに見える美晴だったが。
親達の態度に戸惑っていた。
あの国に行ったのなら、何が待ち構えているのだろう・・・と。
ヨーロッパの北に位置し、突き出た半島に存在する国。
古より続く王国。
神話が息衝く、悪魔と女神達が拮抗した土地。
人々が称え続けるのは、双璧の魔女と呼ばれし聖なる乙女達の伝説。
今も尚、その伝説は語り継がれていた。
嘗ては王の治める国だった・・・フェアリアでは。
フェアリア国大使館。
日ノ本にあって、そこだけは治外法権の場所。
その日も大使に呼び出されていたのは・・・
「娘も了承しました、大使閣下」
武官の制服を纏ったルマが報告する。
「宜しい。それでは本国にその旨を報告する」
壁に掛けられた国旗を見上げて頷くシュタイナー大使。
如何なる時も顔色一つ変えず、冷徹な雰囲気を醸し出していたが。
「私も、今回の召喚には不服なのだよ。
日の本に精通し、長年武官を務めて来た君を手放すのは・・・な」
夫である島田 真盛と共に日ノ本へ派遣されたルマ中佐。
軍籍を半ば返上して、普段は武官の役割を務めなくても良かったのだが。
「大使閣下。私を買い被り過ぎではございませんか。
武官らしい働きなど、何一つこなしていませんが」
「いや。君は祖国への忠節を尽してくれている。
日ノ本との親交を深める役目を、果たしてもくれているではないかね」
冷徹に見える大使だが、人を観る目は確かなようだ。
「それに。
私の前任者でもあるミリア君からも聴いていた。
優れた武官であり、御子の母でもあるのだと・・・ね」
2年前に解任されて帰国したミリア公使の名を出して、
「それが故。
君が招聘された・・・娘を祖国へ連れ戻す口実として」
娘の美晴をフェアリアが必要としていると言い切った。
「私よりも、娘が必要・・・その訳を教えて頂けませんか」
「知りたければ・・・ユーリィ陛下に言上することだ」
大使から女王の名を告げられたルマが、返事に窮すると。
「それでは帰還命令に従うように。
帰還の期日は・・・来年早々。
船便でガポールまで行き、そこから空路フェアリアに向かうように」
シュタイナー大使は机の引き出しから命令書を取り出す。
「いいかね、ルマ中佐。
軍人は拙速を尊ぶ。期日通りに帰国したまえ」
命令書を手渡す時、初めて大使が微笑んだ。
「君は、いいや。
君の娘は、祖国に必要不可欠な要人らしいな。
祖国の地を踏んだのなら、直ちに王都へと向かうのだ。
そして・・・娘と共に宮殿へと昇殿するが良い」
帰国を果したら、王宮に往けと言う。
「殿下も心待ちにしておられるようだ」
大使の一言が、謎を紐解く。
「ルナリーン殿下も・・・ご存じなのですか?」
今回の急な召喚を。
「私は直に聞いた訳では無い。
密書の中に、そのような記実が見受けられただけだ」
「そう・・・なのですね」
シュタイナーの言葉の端から、真実が見え隠れしていた。
事の発端が、ルナリーン姫にあるようなのが。
ついに来るべき日が来たのか。
招聘したのがルナリーン直々なのなら・・・
「分かりました大使。
命令に服従し、日の本を発ちます」
「宜しい、後任者が到着次第に出立せよ」
踵を揃え、敬礼を送るルマ。
シュタイナー大使はそれに応え、
「貴官の武運長久を祈る」
まるで戦地へと送り出す様に言ったのだった。
大使館を辞したルマ。
その足が向かったのは、夫の母が住まう許。
「いよいよ・・・ですね」
義理の娘が何を告げに来たのか。
その表情で何もかも悟った様だった。
「来年早々に・・・日の本を離れなければ」
憔悴したような顔色のルマが答えて。
「あの娘も・・・義理姉も・・・です」
「そう・・・」
義理の母、ミユキから何と言われるのか。
もしかしたら・・・付き添うと言われてしまうのではないかと焦りを隠せずに。
「あなたの母国に帰りなさい。
私はこの日ノ本に残りますから」
「え?」
それは意外な答えに思えた。
「私がフェアリアへ行ったとしても、足手纏いになるだけ。
それに日ノ本には、まだ蒼乃が居るから。
あなたはあなたの祖国の為に。
私は日の本を守る為に、微力ながら力を尽くすわ」
「義理母様?!本当にそれで良いのですか?!」
孫の美晴を手放すのかと。
永い時の果てに再会を果たした美春をも・・・と。
「いいのよルマちゃん。
これが今生の別れでは無い筈だから」
「でも・・・」
ルマはうっかりと聞き流してしまった。
ミユキがはっきりと言い放った一言に籠められた別れを。
そう・・・別れでは無い<筈>だから、と。
全てを悟ったミユキの言葉。
女神の母ならこそ、未来を感じ取ったのだろうか。
「世界の果てに往くのは、あなた達の方だから」
日ノ本から遠い、そういった意味でもない。
「私はね、星を見上げて祈るわ。
あなた達が幸せでいられますように・・・って」
星を見上げて・・・別れを惜しむ言葉だとルマに分かっただろうか。
「そう・・・ですか。
また、日の本へ帰って来ますから。
きっと・・・必ず」
ルマは判ったのか、知り得なかったのか。
「美晴と共に・・・義理姉さんと共に」
義理の母に約束するのだった。
玄関が閉じる音が聞こえた・・・ような気がした。
ガチャ・・・
と、自室のドアが開くのが分かる。
誇美との話で眠るのが遅くなった美晴。
ウトウトとベットの中で眠ろうとした時だった。
ー お母さんかな?
ノックもしないで部屋に入って来れるのはルマだけだと思い、お帰りなさいと声を出そうとした。
「訊いたよね美晴。
どうして急にフェアリアに帰る事になったのかを」
自分が寝ているものと思い込んでいるのか、小声で喋り出すルマに躊躇させられた。
ー え?そうだけど・・・
あまりに唐突な振りに、美晴は寝たふりをしてしまう。
「覚えているかしら。
ユーリ女王に謁見した日のことを。
あなたがまだ8歳の頃、殿下にも拝謁したでしょう?」
今から9年も前、フェアリアの宮殿に招かれた日のことを話すルマに。
ー 微かだけど・・・覚えてる
頷きたいのを我慢して、心の中だけで頷いた。
「あなたが17になった今。
あの方がお求めになられたのよ。
あなたを・・・あなたに秘められた異能を」
ー あのお方?それって誰を指してるの?
求められたのは、女神を宿せるようになった今?
秘められた異能とは、女神を指す?
「きっと、この日が来ると思っていたけど。
いざ、本当に来ると・・・恐いのよ」
ー 怖い?それって、なにが怖いと言うの?
ベットの傍に来たルマが、自分を見下ろして言った。
<怖い>・・・と。
「あなたが闘いに身を染めるのが。
あなたを惨禍に貶めるのが・・・怖ろしいの」
ー ?!戦いに・・・殉じるとでも?!
今迄も闘って来た。
悪魔や闇の権化達と。
でも、今聞いたのは。
「世界に破滅的な戦争が始ろうとしている。
前の大戦よりも過激で、過酷な・・・最終戦争が始るわ」
世界大戦が始まると、言い切られてしまった。
ー ミハル伯母ちゃんからも聴いていたけど。
ルマお母さんから聞いたのは・・・初めてかな?
だけど、前々から聞かされていた美晴は動揺せずに済んだ。
「フェアリアに往けば、あなたを戦争に巻き込んでしまう。
そうなったのなら、私には護ってあげられなくなる」
戦争がどれだけ理不尽化を、身を以て知っているルマならばの言葉。
近くに居たとしても、どうしても防げない不幸。
身代わりになろうとしても、いつやって来るのか分からない。
大事な人を守る術も無くなるのが・・・戦争だと知っていた謹言。
「あなたは帰国するだけだと思って喜んだ。
だけど、本当は。
あなたを・・・戦争へと投げ込む国家の野望なのよ」
戦禍に塗れる。
戦争という人類が起こす惨禍へと放り込まれる。
そう言い切った母に美晴は・・・
ー 戦いの場が変わるだけじゃないの?
今迄だって死にそうになったし、辛く苦しかった。
何が違うと言うの?どうして悲しむ必要があるの?
本当の戦争を知らず、真実を受け止められずに抗うだけだった。
「今からでも遅くないわ。
あなただけでもミユキお祖母ちゃんと残るべきなのよ」
母国であるフェアリアに帰らず、このまま日の本に残るべきだと勧めて来た。
だが、美晴は。
ー あたしは帰る。
約束を果たす為に。懐かしい友の許へと還るの!
頑なに帰還すると、志を曲げなかった。
「明日。
美晴に話してあげるから。
本当の訳を。
帰国してしまえば軍隊に編入させられるって」
ー 軍隊に?それって、マリアちゃんに近付けるってこと?
深く考えない美晴は、ルマの言う言葉の重みを知らなかった。
ー それなら尚の事、帰らずにはいられないよ!
戦争の意味も、軍人にされる意味さえも分からずに喜んでしまう。
ー だったら!あたしはフェアリアの近衛兵に成りたい。
成れたのなら、マリアちゃんにも。
王女ルナリーン様にも会えるかもしれないもの!
身体は大人に近づいても、心はまだ初心な少女のままだったのだ。
いいや、戦争の何もかもを知らない、戦後生まれの無垢さが現れたのだろう。
「お休み美晴。
明日には教えてあげるわ」
そう呟いたルマが、静かに部屋から出て行く。
「そっか。
あたしを兵役に就かせるつもりで呼び戻したんだ」
独りになった美晴が呟く。
「魔法使いなのを知ってるんだ。
だとしたら・・・衛兵に取り立てて貰えるかも」
近衛部隊にはマリアが居る。
もしかしたら、軍隊で再会出来るかも知れないと心を躍らせ。
「でも、そんな都合良い話ってないよね」
少しだけ。
希望よりも不安が過って。
「どんな世界が待っているのかな?
フェアリアには輝の伝説だけが語り継がれている訳じゃない。
戦争によって不幸な時代もあったって聞いてるから・・・」
美晴は思い出していた。
双璧の魔女達の伝説と、不幸な騎士の悲恋を。
「あたしはどっちへ向かうんだろう。
出来ればマリアちゃんと幸せに暮らしたいよね」
希望と不安が入り混じってしまうが。
「ううん。あたし達の絆は途切れてなんていないんだから」
不安を払拭するように期待を胸に宿らせる。
「お母さんが何と言おうが・・・帰るもん」
頑なに帰国すると誓ったのだった。
あくる朝。
「美晴、昨日の話なんだけど」
朝食を摂っていた美晴に、ルマが話しかけて来た。
ガタンッ
と、いきなり立ち上がる美晴。
「あー!もうこんな時間だ。
朝稽古に行かなきゃ」
鞄を掴むと、驚くルマを背中に。
「話なら、もぅいいよ。
あたしの気持ちは変えられないから」
「え?ちょ、ちょっと美晴?!」
玄関へ小走りに向かう美晴が言うのは。
「あたし。
フェアリアに帰って、新しい世界に跳び込むの。
そこで何が待っていようと・・・ね!」
ルマが話す前に言い切る。
「お母さんが心配したって。
あたしは停まらないんだから!」
運命の歯車に載って。
遥か彼方で待つ、未来に向かうと。
「だから!フェアリアに往くよ」
ルマが止めても無駄だと教え、自分の気持ちは変えられないと知らせて。
「日ノ本の友達にも知らせるから」
最早、立ち止まれないと言い切るのだった。
「美晴・・・」
娘の心情を知ったルマ。
その背に向けて言ったのは。
「往きなさい。
あなたの為に、あなた自身の為に」
自らの願いを載せて。
微かな期待を投げ捨ててまでも、娘を信じるのだった。
「あなたは光を纏える御子なのだから」
玄関から流れ込む陽の光に、娘が照らされるのを観て。
「神の御子なのだから」
眩しそうに瞼を瞬かせていた。
知ってしまった訳。
なぜフェアリアは魔法少女の美晴を欲しているのか?
それに気がかりなのは<終末戦争>との係わり。
一体、どんな未来が待っているのだろう・・・
次回 ACT11 本当の気持ち
聞いてしまった召還の理由に戸惑いながらも、仲良しの友へと渡航を打ち明ける美晴。
遠くに行っても友達には変わりがないから・・・それが絆だと言わんばかりに・・・




