ACT 5 踊る心
美晴の知らないうちに進められていた。
産まれ故郷の国への召還命令。
何時知らされるのだろうか?
事実は何時知らされるのだろう・・・・
下校する生徒達を余所に、ミミとハナの二人が校舎の角で屯していた。
「ここで待っていれば」
「素知らぬ顔で帰ることも出来ないよね」
二人は美晴を待ち伏せているのだ。
「きっちりと女神様に逢わせて貰わへんと」
「そうじゃないと、私達の気持ちが治まらないよね~」
二人は美晴に女神が宿っていると見越している。
お礼を言うだけにしては、仰々しく思えるのだが。
「それはそうとミミちゃん。
島田先輩と闘うって本気なの?」
壁に凭れて腕組みしているミミへ、
「女神を宿した先輩に勝ち目があるの?」
少し心配気なハナが訊いて来た。
「勝負は時の運って言うやろ?
あたぃにだって勝算が無い訳や無いんやで」
すっと左耳に着けている翠のイヤリングを触って、ぶっきらぼうに応えるミミだったが。
「魔砲戦に持ち込まへんかったら。
勝負は五分五分って処なんやしな」
女神の異能を抑え込めたら、勝負はどっちに転ぶか分からないとも言う。
「そうかな~?
島田先輩ッて、剣舞の師範だって言うじゃない」
確かにハナの言う通り、剣戟になれば勝ち目は薄い。
「魔力を抑えたにしても、剣術を繰り出されたら勝てないと思うけど?」
「そんなん分かってるっちゅうに。体術でも怪しいぐらいなんやし」
魔法少女隊員でもある美晴の正体は、とうの昔に知れていた。
魔物をモノともせず駆逐し、剣戟で切り裂く姿を見せられたのだから。
「じゃぁ?どんな戦いを望むの」
「・・・ふ。それは、なぁ。あたぃの<頭脳>が知ってるんや」
イヤリングを弄るミミが、ニヤッと嗤う。
「勝負するんも。
本当かどうかを。確かめたいから・・・って、言われたんや」
そして、誰かからの入れ知恵みたいな。
意味深な言葉で締め括るのだった。
「ふ~~~~ん」
腕を組むミミの横で、ハナは分かったような分からないような相槌を打っていた。
「美晴っち。今日は裏から帰る方が良いノラ」
「僕等で牽制をかけるから・・・どうぞ」
ノーラとローラが校舎の角で待ち伏せている二人を指して促して来た。
「ありがと、ノーラちゃんローラ君。
じゃぁ、また明日・・・ね」
ミミ達に捕まると面倒だな、と思っていた美晴が勧めに乗る。
正面通路から下校せず、魔法少女隊員が使う秘密通路を使って学園を後にする事にした。
「こんな時に役に立つなんて。
魔法少女隊員やってて良かったなぁ・・・なんてね」
二人からバレずに下校出来たのを喜んでいたが。
「でも、あのお邪魔虫はどんな意図で待ち構えていたんだろう?」
自分に宿る二柱の女神に会いたいと言っていたけど。
「お礼を言いたいって教えられたけど。
どう考えてもそんな態度じゃ無かったよね」
いきなり教室に現れた二人を観た瞬間に感じた。
「確か。女神に準じた異能は、二人から失われた筈なのに。
どうしてミミちゃんから魔力を感じたのかなぁ?」
イシュタル戦の終盤、理の女神達が救った魔法少女達には魔力を感じなかった。
それは、本来魔法を使うことの出来なかった少女へと戻ったのを意味していたが。
「もしかしたら。
もう一度、どこかの女神に授かったのかな?」
ミミが言っていたのを思い出した。
悠久の女神ティスという名の存在を。
女神級の異能を授けられる程の強大なる異能を誇る者のことを。
「そんな厄介な女神が居るのなら。
ミハル伯母ちゃんだって看過できないかもね」
もし、ティスという女神が干渉して来るのなら、現実世界に舞い戻った理を司る伯母が対処しなくてはならないのかもしれない・・・そう考えたのだが。
「まぁ、あたしにはどうすることも出来ないんだけどね」
人でしかない自分には、女神達の思惑なんて異世界のことにも思えて来る。
「でも、コハルちゃんには関係があるのかなぁ?」
偉大な伯母とは違い、新米女神の誇美には対処するに値するのかと訊いてみた。
「「私も・・・知らないよぉ」」
で。あっさり拒否られてしまう。
「そっか。そりゃそうだよね」
相手は普通の少女を魔法少女へと変身させるだけの異能が在る。
そんな厄介過ぎる女神の存在など聞いた事も無かったから。
「「女神だと言うのなら、力になってくれたって良いのにね」」
「まったく。その通りだよね」
宿る誇美の言い分に、素直に納得してしまう。
「「これから起きる大戦争に関与する気なら」」
「そうだよね。人の味方になってくれるなら」
ミミとハナに異能を授けたティスという女神は、味方なのか。
「「もしかすると・・・御し難い敵なのかも」」
「そうだとしたら・・・先が思いやられちゃうね」
近い未来に起きると予言されている<最終戦争>に関りがあるのかどうか。
今の美晴には分かる術も無い。
唯、強烈な印象を与えた女神の存在が分かっただけだった。
玄関の鍵を開けようとして気が付いた。
「あ・・・帰っているんだ」
両親のどちらかが家に居る。
灯りが漏れる窓辺を観て、少し心が明るくなった。
「ただいまぁ」
ドアを開け玄関の靴に目を向けると、そこには2足の靴が。
「マモル君も帰っていたんだ」
両親が揃っているのは、いつ振りだろうか。
制服を脱ぐのも忘れ、ダイニングへと直行した美晴の眼に飛びこんで来たのは。
「遅れたけど。おめでとう美晴」
マモルが誕生日を祝ってくれた。
「十七の誕生日をお祝いしなきゃ・・・ねぇ」
テーブルに並べられた特別な料理の数々。
それは美晴にとってもサプライズだった。
「え?!嘘・・・ルマお母さん?マモル君?」
眼を見開く美晴へ、両親が誕生日を祝ってくれる。
「ほら見てよ美晴。
今日はね、郷土料理で揃えてみたのよ」
テーブルの上には、フェアリアの家庭料理が並んでいて。
「覚えているかしら?
あなたが幼かった頃には、良く食べていたわよね」
驚いて立ち竦んでいる美晴の背を押し、テーブルに誘うルマ。
「?!」
だが、美晴はその手が微かに震えているのを感じ取ってしまった。
― 感動している・・・訳じゃないよね?
背中に触れる手の感触に戸惑い、ルマの顔を観て・・・
ー 誇美ちゃん・・・分かる?
宿る女神に訊いてみると。
「「美晴。この場は素直に喜んであげて」」
意味深な返しが告げられる。
「「ルマお母様の心根を無碍にしないで」」
誇美にとっても育ての親とも云えるルマへの気配りか、それとも?
「「今、この時だけは。二人に感謝するの・・・」」
― うん。分かった
何かを感じ取った誇美の言葉に従う方が良い。
そう感じた美晴は、
「うわぁ~!懐かしい」
相好を崩してテーブルに着くのだった。
両親からの誕生日お祝い。
3日遅れだけど、久しぶりに親子が揃えたのが嬉しくない筈が無い。
いつもより饒舌になるのは、美晴の心の表れでもあった。
「日ノ本に来て、もう9年にもなるよね。
母国として愛着も出来たんじゃないの、美晴」
食が進む中、不意にルマが訊いてきた。
「そうだね。友達もたくさん出来たから」
頷く美晴が率直に答えると、ルマが更に訊く。
「離れ難いでしょう?」
「そ・・・だね」
意味深なルマからの言葉に、怪訝な顔で頷く。
「美晴にとっての故郷って。日の本になった?」
「ど~いう意味?」
何が言いたいのか、何を知らせたいのかが分からない。
ルマの顔色を窺い、父親のマモルの表情も探る。
「ねぇマモル君。どうかしたの?」
誕生日を祝ってくれた両親が、今から何を告げようとしているのか。
「あたしに何を言いたいの?」
これから何を告げられると言うのか。
それが自分にとっての故郷と、どう関係があるのか?
「あたしの故郷は・・・あの国だよ」
思い出すのは宮殿のある城。
思い出の詰まっている北の国。
西洋の城が聳える・・・魔法と妖精の国、フェアリア。
「日ノ本って・・・言うと思ったのに」
答えを受けたルマの顔が曇る。
「マモルの産まれたこの国だとばかり・・・思っていたのにね」
でも、何故だか。ほっとしたような口ぶりだった。
「ルマお母さん?」
その顔色を観ていた美晴に、マモルが応える。
「なぁ美晴。帰ってみるかい?」
行ってみないかとは言わず。
「月の女神が住む国へ」
フェアリアとも指さずに。
「え?」
その声に、美晴の心臓が撥ねる。
「そう。
あなたの産まれた・・・私達の国へ」
ルマが・・・言った。
「帰るの?
フェアリアへ・・・帰るの?!」
日ノ本人の父と、フェアリア生まれの母を持つ娘が訊ねた。
「還れるの?あたしの産まれたフェアリアに?!」
驚きと喜びが入り混じった声で、美晴が訊き質す。
「マリアちゃんが待ってくれている国へ。
ルナリーン姫様の居るフェアリアに?」
一通の書で揺れ動いていた心が躍る。
誰よりも想う親友からの手紙で、再会を願う心が揺れていたから。
「ああ。
美晴が良いと言うのなら・・・な」
マモルが答える。
「あなたが・・・一緒に帰ると言うのなら」
ルマが・・・顔を俯かせたまま言う。
「美晴が・・・あの国を想うと言うのなら」
祖国とは言わず、あの国と言った。
「帰る!帰りたい!
あたしはフェアリアに帰ってみたいの!」
両親から伝えられたのは、意外過ぎる話だった。
遅れてやって来た誕生日のサプライスだと思った。
「嬉しい!フェアリアに帰れるんだよね」
この時、美晴は少女に過ぎなかった。
両親から贈られたプレゼントに喜ぶ少女に過ぎなかったのだ。
「やったぁ!マリアちゃんに逢えれるんだ」
大親友との約束を果せるのだと思い込んで。
「ルナリーン様との約束も!」
王女との再会を願って。
真実を知らされず、夢の中に迷い込んだかのように。
「・・・美晴」
無邪気に喜ぶ美晴に、ルマが何かを言おうとしたが。
「・・・」
マモルが無言で停めた。
今は未だ、教えるべきでは無いと。
そう。
今は未だ。
未来に希望を持たせてやりたいと願う。
それが親の務めだと謂わんばかりに。
その夜。
美晴は興奮のあまり寝付けずにいた・・・
まだ、真実は知らされてはいない。
しかし、美晴はうわべだけの帰国に喜ぶのだった。
召還されて軍務に復帰する母ルマ。
それに伴って美晴にも無理やり軍に属されてしまうことを。
この時、知る術もなかった・・・
次回 ACT 6 それでも朝は来る
眠れぬ夜。美晴は誇美と語り合うのだった。あの国には絆が残されているのかと・・・




