ACT 8 光は希望を呼ぶ
魔物達の影が一掃された。
光によって・・・ここに光が現れたから。
そう、蒼ニャンではない・・・女神が。
ここは光の揺蕩う世界。
暗闇に支配された闇の世界である魔界とは違った。
唯、現実の世界ではない事だけは確かなのだが・・・
「じゃぁ、ここは?蒼ニャンが大魔王をやってる魔界じゃないの?」
揺蕩う光の姿を見ながら、此処が何処かを問いかける美晴。
「ああ、そうではない」
大魔王である筈の蒼ニャン・・・いいや、堕神デサイアが教える。
「え?!でも・・・蒼ニャンが実体化で来てるし」
抱いてくれているデサイアを、美晴が不思議そうな目で見上げる。
「ここが魔界じゃないとすれば、蒼ニャンが姿を見せれない筈じゃぁ?」
精神世界の産物である大魔王が、姿を実体化出来るのは魔界の他には無いと思っているのだ。
「まさか、神の領域だとでも?」
そう言った美晴が、微笑んでいるデサイアに訊いた時。
「言っただろう姪っ子ちゃん。
アイツが呼び寄せたんだってね」
「アイツって・・・あの・・・理を司るって言う?」
視線を光の人型へと向け直して、もう一度確かめる。
「女神ミハル・・・が、呼んでくれた?」
「そう。私の粛罪が果たされようとしてるのを感じ取ったんだろう」
美晴の耳に、デサイアの呟きが届く。
「え?!蒼ニャンが赦される時が?ってことは?!」
ハッとした美晴が、抱いてくれているデサイアの紋章に目を向けた。
胸に仕込まれた宝珠が、蒼き光を放っていたのだ。
「ああっ!本当だ。ホントに闇の属性が消えて・・・」
大魔王を務めていた頃には、紅く染まっていた宝珠が・・・
「じゃぁ?じゃぁ大魔王じゃなくなってるの?」
「まぁな、つい数刻前までは大魔王だったんだが」
飛び起きて抱き返したかったが、今の美晴には身体を大きく動かす力も残っていなかった。
プルプルと震える手で、やっとデサイアの手を握るのがやっとだった。
「姪っ子ちゃん・・・美晴よ。
お前のおかげでもある、感謝しているぞ」
「そんな。感謝だなんて。
あたしの方がお礼が言いたい位なんだから」
そう言った後。
「へ?ってことは・・・今は大魔王が不在?!」
肝心なことに気付き、慌てて訊き直した美晴へ。
「いいえ。あの子は重責を担えるだけの資質が在るわ」
光の人型から声が・・・
「まるで古の魔王ルシファーのように。
天使を愛し抜いた堕神ルシファーみたいにね」
誰かを指しているようなのだが。
「デサイアの後継者は。
彼は彼女を救う為に大魔王となる道を選んだ。
闇のプリンスとして生み出された彼は、その枷を甘んじて受けたのよ」
「彼?彼って・・・闇のプリンス・・・って?まさか?!」
光からの声に抗う美晴が叫んだ。
「まさか、シキ君じゃぁ・・・ないでしょ?」
信じられない思いから、デサイアの手を握り締めて質した。
「・・・美晴は彼を停められたか?」
「嘘・・・嘘だよね蒼ニャン?」
血の気の退いた顔で、デサイアに質す美晴。
「どうして・・・なぜ?」
そう聞き質すのが精一杯。
「あたしは・・・聴いていなかった。
話すチャンスも無かった・・・それなのに」
もう一人の自分に会った晩、気絶していたのを連れて帰ってくれた。
そのお礼も言う事すら出来ていない状況だったのに。
「どうして?!あたしには何も教えてくれていないんだよ!」
闇に堕ちるのなら一緒に、別れるなんて嫌だと泣いて愛を告白したのに。
「すまんな姪っ子。
私の一存で決めた様なものだ。
最早一刻の猶予も無いと、事を急ぐしかなかったのは私の落ち度だ」
「え?それって?」
どいうことなのかと、問いかけようとした美晴へ。
「あの子はね、本当の幼馴染を助ける為に大魔王になった。
光の神子となるあなたとは別の美晴を救おうとしたのよ」
「本当の・・・幼馴染・・・って、まさか?!」
美晴が言うまさかの意味。
それは自分を選んでくれなかったシキへの言葉か、それとも?
「そう。今あなたが思っている通り。
あの子は古の魔王と同じ道を選んだのよ。
人を捨ててでも愛する人を喪うのを防ごうとした。
あのルシファーと同じように。人を愛するが故に」
「もう一人のあたしを。
ううん、魂が分離される前の・・・元の美晴を救おうとした」
揺蕩う光から知らされた。
恋人は自身を犠牲にしてでも<美晴>を救う道を選んだのだと。
「そうだ姪っ子ちゃん。
シキは出会った頃からの幼馴染を救おうとして私の許へ来た。
分かってしまったからには放置など出来ないと。
苦しんでいる幼馴染を・・・いいや、アイツは彼女こそが美晴だなどと嘯きおったが」
「そ、そっか。シキ君は昔から美晴を好きでいてくれたんだっけ」
光と闇に分離される前から、シキは美晴を守ってきた。
あの事故の前から。いいや、もっと前から。
「あたしって・・・闇の美晴の影だったのかな」
愛してくれていると信じたかったけど、もう一人の美晴には勝ち目がないのかと憂いてしまう。
「何を言ってるんだ姪っ子ちゃん。
シキはお前だって愛してるんだぞ、それは断言できる」
「でも・・・もう手が届かない存在になってしまうんだ。
光の神子になるあたしとは、逢えなくなっちゃうんだから」
唐突な事態に動揺を隠せなくなった美晴に、デサイアが急に笑い始めた。
「わぁーっはっはっはっ!
これだから姪っ子ちゃんは損な娘だと小馬鹿にされるのだ。
逢えない?逢う事も叶わない?
だったら、私がここに存在してるのは夢か幻か?」
急に笑い出し、急に諭そうとする。
「良いかい美晴。
大魔王となってもだな。
闇へと堕ちようが、いつの日にかは戻って来れる。
何年懸ろうが、記憶している奴が居たら必ず舞い戻る事が出来るのだ。
その証拠が、ほら、私でもあるんだぞ!」
「え?!あ、うん。そうだよね・・・」
諭して来るデサイアへ、少しは納得できたように頷くのだが。
「でも、帰って来てくれても。
もう一人の美晴と一緒でしょ?」
言いたいのは、シキが愛する相手が自分ではなくなっている気がして心細いのだ。
「だから損な娘だと言うんだ。
シキが戻ると言う事はだな、もう一人の美晴も元へ還れると言う事だぞ」
「元へ・・・って?!ことはつまり!」
やっとのことで美晴がデサイアが教えようとしている意味を悟る。
「そう。良く分かったじゃないデサイア」
光からの声がそれを認めた。
「ならば・・・一つに還るのを認めますね?」
そして・・・理の女神が承諾を求めて来た。
「光と影が一つになる時。
私は本当の女神へと戻れるの」
差し出される眩き手。
「さぁ!今がその時なのよ」
美晴を見詰めていたデサイアが、少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「ああ、そうしなければ本当の敵には勝つ事が出来ないのなら。
光の一部へと帰ろう・・・女神へとなろう」
繋いでいた手が緩み、見詰め降ろしていた顔が光へと向けられる。
「だが。最期に一言、姪っ子へと残したい」
去り行く堕神デサイアが振り返らずに。
「私が残せるのは、美晴への絆。
失われることの無い、生きた証。
だから・・・生きろ。
どんなに苦しくても諦めずに生き抜け。
それが・・・蒼ニャンからの願いだ」
光の元へと歩んで行く。
「デサイア!待って!
蒼ニャン!あたしの蒼ニャン!!」
伸ばした手に、光が差して。
ピシャッ!
眩き光が視界を覆った。
「蒼ニャン・・・デサイア・・・」
光に視界を奪われたのは、数秒の間だったろうか。
いいや、数時間?数十時間?
急変する事態に、美晴の頭は混乱していた。
「理を司る者・・・女神・・・」
あまりにも唐突過ぎて、何をするべきか。何を成さねばならないかが分からなかった。
「シキ君・・・もう一人の美晴・・・」
自分がどうして今居るのか、なぜこの場に居るのか。
「魔物・・・本当の敵・・・あたしを追い詰めた奴・・・」
戦わねばならない、本当の敵という奴と。
強力な魔物を操る、本当の敵という相手と。
「あたしの異能だけでは力不足・・・もっと強くならなきゃ・・・」
だったら?どうすれば対抗できるだけの魔力が持てる?
「助けてあげなきゃ。待ってくれている筈だから・・・あの子が」
邪悪なる相手に打ち勝ち、闇に囚われた人の元へと駆けつけて。
「それが・・・光を託されたあたしの宿命・・・」
輝、光を託された神子、その異能が目覚めを欲した。
「堕神が女神と一つに成れるのなら。
あたしという魔砲少女は、光と一つになる!」
理の女神の招き寄せた空間で。
光が揺蕩う、神の結界で。
シャラン・・・シャラン・・・
少女の求めに呼応するように、一片の花弁が舞い堕ちて来た。
「「求めたよね・・・今」」
微かな声が、舞い散る花弁から漏れた。
「「呼んだよね・・・私を」」
仄かに輝くピンクの光。
その中で・・・絆を求める娘が・・・
「さぁ!呼びなさい、私の名を」
美晴の許へと舞い降りてきた・・・・
天界から、女神が戻ってくる。
嘗て美晴に宿り、嘗ては大魔王の代理として魔界に君臨したプリンセスが。
美晴は、彼女を受け入れるのだろうか?
一方、現実世界で闘っていた少女ミミは?
奪われた友を取り戻そうと戦いを続けていたが・・・
次回 ACT 9 もう一つの奇跡
もう一人の美晴が目指していた<転移>の禁呪。
果たして成功するのか?大魔王の世界で奇跡は起きるのだろうか?




