ACT 7 降臨
嘗て、混沌たる世界に安寧を齎した女神が存在した。
女神は戦うことを辞さず、自ら進んで戦場へと赴いたという。
今、世界を闇へと貶める者が現れた。
不幸を撒き散らす悪魔の存在が、女神に知れた時。
古から受け継がれた聖なる異能を以って対峙するだろう・・・
地に横たわる魔法少女。
満身創痍の姿は、殆どの魔法衣を失って。
素肌に密着する蒼のレオタード型の肌着だけになっていた。
黒煙を噴き上げる邪操機兵。
停止した機能の中で、たった一つだけ赤黒い光を放っているモノがあった。
「「目的は完遂。後は贄の魂を貰い受けるのみ」」
邪操機兵が闇の眷属である証。
機械に宿らされた邪なる魂が、まだ消え去っていなかったのだ。
「「現れよ、我が同胞・・・魔の姿を以って、贄の魂を奪い去れ」」
もはや抵抗力をも喪失した魔法少女に、魔物達を呼び寄せる。
ズ・・・ズル・・・ズズズ・・・
破壊された邪龍の如き邪操機兵の周りで、地面から黒い翳りが姿を現し始めた。
グジュル・・・ズリュズリュ・・・
瘴気を孕んだ影が、地表に手をかけ頭を現す。
「ぐるる・・・ぐろぉ・・・」
数体の穢れた影。
バケモノ達は黒い霧を撒き散らしながら地上に這い出して来る。
「旨そうな娘だ・・・喰らってやる前に・・・」
「いいや、一思いに・・・」
「駄目だ。我が主に献上せねばならん」
姿を現したバケモノ達が、無抵抗な少女を目にして舌なめずりする。
想い上がった獣達は、まだ息をしている無垢な少女へとにじり寄り始めた。
横たわり身動きも出来なくなった魔砲の少女へと。
周りを取り囲んだ翳りの数は、徐々に数を増し始める。
その数は既に二桁にも上り、まるでこの地方の魔物が挙って現れたかのよう。
ゾゾゾゾ・・・ズリュズリュ・・・
悍ましい数の獣達に取り巻かれた少女の姿は、黒い霧に拠って隠されてしまった。
そう。
ここで何が行われるのかを隠そうとでもしているかのように。
一体のバケモノが横に居る他の一体と被さる。
すると、影が黒さを増して現実世界なのに正体を造り始めたのだ。
更にもう一体が・・・そして次の獣が・・・
数体が一つの容に集合した後、そこに居るのは。
「グルルゥオオオォッ」
黒い獣毛に覆われた人型のケダモノ・・・闇の獣人。
邪まな欲望に染まった赤黒き瞳を、獲物へと向けて咆哮する。
一匹の獣人と化した翳りに触発された数十の影が、次々に容を変え始める。
「ギャルオオオ」
「ガアアアァッ」
雄叫びが未だ黒煙を上げている邪操機兵の周りに響き渡った。
まるでこれから始める夜宴に歓喜するかのように。
獣達が欲するのは、無垢な少女の魂の筈。
魂を主に届けさえすれば、奪い去って献上するば事足りる筈だった。
「魂さえ主へ渡せば良い。ならば、魔力は喰らっても良いんだよな?」
「そうだそうだ!こんな上玉を見逃すなんてできねぇ」
「たっぷりと甚振り尽くして、生命力盗喰してやろうぜ」
邪まな目で獲物を見下ろす獣達。
無垢な少女を穢し、魔力も気力をも奪ってやろうと目論んだのだ。
「死ぬほどの苦痛を!」
「いいや、死にたくなる程の責めを!」
「生温い!身体中から噴き出す程の闇を注ぎ込んでやれ」
輝を纏う魔法少女を前にした獣達が、箍が外れた悪魔のように悍ましい言葉を浴びせかける。
「グゥロォオオオォッ!」
どの獣から発せられたのか。いいや、取り巻いた獣達が一斉に吠えたのだろう。
見境も無く、少女の身体へ躍りかかった・・・
パキン!
何かが割れた。
ビシャッ!
猛烈な光が獣達を覆い隠した。
ドギャッ!バキバキバキッ!
光に吹き飛ばされる獣達。
・・・が、何が起きたのかを知る前に。
シュゥウウゥ~~~~~ッ
蒼き光が、倒れた少女を包み込んでいた。
「グゥオッ?」
吹飛んだ獣が蒼き光に気付いて。
「なんだ?何がどうなった?」
よくよく蒼い光と少女を観れば。
「あれは・・・何だ?」
倒れていた少女が僅かながら、宙に浮いて観える。
「まさか・・・馬鹿な?!」
人の形を採り始めた蒼き光に抱きかかえられたように。
「まさか?守護霊・・・いいや、守護神だとでも言うのか?!」
獣達は蒼き光の正体が、この世のものでは無いと見切った。
その考えは間違ってはいないだろう。
強力な魔物の権化に変わった獣達を、易々と吹き飛ばせたのだから。
「守護神ならば、我等に抗う事も出来よう。
だが、精神世界でいくら強力な異能を誇れても此処では通用しないぞ。
現実世界に姿を現せない限りは、今の我等には勝てぬのだからな」
そう考えるのも、吹き飛ばされるだけに終わった事で証明された。
神の異能を精神世界で喰らってしまえば、如何に魔獣と化していたとしても無事で済む筈が無かったのだから。
「お前を先に滅ぼしてでも、我が主の命に従わねばならん。
邪魔をするのならば、お前ごと娘を甚振ってやるまでだ」
一度は臆した獣達だったが、状況を把握した後。
「ギャハハハハッ!そ~れそぉ~れ!先ずは貴様からだ」
「どこまで耐えられる?」
標的を蒼い光を放つ容へと向けたのだった。
蒼い光の容へと、獣達が容赦なく襲い掛かる。
少女を守るように包み込んだ蒼き光へ、獣達の穢れた手が伸びて。
バチ!ガキッ!ドガッ!
獣の攻撃を受け止め、振り払い弾き返し。
「おらおら!護ってるだけじゃ終わらないぜ」
「ヒャッハ~ッ!こいつは面白れぇぜぇ」
だが、荒くれる獣達に因って蒼い光の容は消耗していった。
穢れた獣達に囲まれ、蒼き光は次第に光を弱めていくのだった。
蒼き光に包まれて。
薄く開いた目に、彼女の顔が映っていた。
「あ・・・蒼ニャン?」
忘れもしない・・・元守護神だった彼女の顔が。
「ここって・・・魔界なの?」
いつの間にか魔界へ連れ込まれてしまったのかと思って。
「でも・・・苦しそうに観える・・・」
現大魔王の蒼ニャン・・・もとい、堕神デサイアなら。
「魔界ではないのね?」
界王であるデサイアが苦しむ訳がない、ここが魔界だったのなら。
その答えは、見詰めるデサイアがコクリと頷いて示した。
視界の端に何か黒い物が写り込んで見える。
黒い影から何本もの手が伸び、蒼い光を纏うデサイアへと鍵爪を突き立てていた。
「え?!あたし・・・確か?」
邪操機兵の親玉と刺違えた。
そこまでは覚えている。
零号機を犠牲にして、漸く邪龍の邪操機兵を倒せた・・・筈だった。
「まさか・・・あたしってば。
邪なる者の罠に填められてしまったの?」
魔砲少女として全力で闘い力尽きた。
それが敵の策略だったなんて、考えてもいなかった。
「まだ、あたしの魂を奪うのを諦めていなかった?」
魔砲少女ミハルの魂を、本当の敵は奪い取るのを辞めた筈だと思い込んでいた。
しかし、今の状況を見せられては。
「魔物達の主は、人の希望を根こそぎ奪おうとしていたんだ」
希望を託されたのを忘れていた訳では無い。
もう一人の美晴からも教えて貰っていた。
そして、今日という日が、運命の回り始める時だと言う事も。
だとすれば、今から起きるのは。
「蒼ニャン!大丈夫?!」
守り続けてくれている堕神デサイアの表情から察して。
「あたしを魔界へ引き込んで!」
界王の力を発揮させてあげるには、魔界へと連れ込んで貰うのが得策だと思った。
だけど、蒼ニャンは表情を緩めながら・・・首を振ったのだ。
「なぜ?!どうして?現実世界には干渉しないって言ってたのに」
首を振られた意味が分からず、このままでは二人共が魔物達の餌食にされてしまうと思い。
「蒼ニャンが居なくなったら、大魔王には誰がなるって言うの!」
自分の事より、魔界自体の存亡を想って。
「あたしなんかより、世界の安寧を考えてよ!」
苦し気な表情の堕神デサイアに訴える。
美晴が心からの叫びをあげる時、蒼き光に容を変えていた大魔王だったデサイアが微笑んだ。
「分からないよ・・・聴こえないんだよ蒼ニャンの声が。
だから・・・あたしを蒼ニャンの許に連れて行ってよ」
身動きできないまでに消耗し尽くしていた美晴。
動く筈も無かった手が、ゆっくりと天へと差し出されていった。
「お願い・・・神様。
あたしなんかよりも蒼ニャンに・・・この世界へ力を貸して」
このまま後数刻も経てば、二人共が闇に葬られてしまう。
それなら、自分はどうなっても良いからデサイアだけは助けて下さいと。
霞む瞳に涙を湛えた魔砲の少女が・・・
「この命に代えて。世界を邪悪から救って!」
天界の神々へと命の代価を欲したのだ。
キラッ!
邪操機兵から立ち上がる黒煙と、周りを取り囲んだ獣達が造り出した穢れた霞を透過して。
ビュウウウウゥッ!
金色の光が二人へと降り注いだ。
ドッゴオオオオオオオオォッ!
眩き輝。圧倒する魔力。
・・・それは。
「アイツ・・・来やがったんだな」
全くの不意。
「え?えっと・・・蒼ニャン?」
金色の光が薄れた時、美晴は堕神デサイアに抱かれていた。
「ああ、またしても。
姪っ子に救われてしまったようだ」
先程までの苦悶の表情は消え、優しい瞳で眺め降ろされて。
「あたしが?蒼ニャンを?」
どうしてそう言われたのかが分からない。
だけど、蒼ニャンは美晴を強く抱いて言うのだ。
「美晴、今迄良く耐えてくれた。
よくぞ、真の力を手にしてくれた・・・感謝するぞ」
「え・・・えっとぉ。何を言われてるんだか、ちんぷんかんぷん」
眩き光で、一瞬の内に周りの景色が変えられていた。
現実世界なら夜の筈なのに、ここは仄明るい景色が広がっている。
そして・・・視線の先に居る人影に気が付いた。
「奴も・・・この日を待ち続けて来たようだな」
影・・・いいや、違う。
人の形を採っている・・・光。
「あ・・・?!」
声が詰まる。
「あ・・・ああッ?!」
ゆっくりとこちらへ顔らしき影を向けてくる。
「あの光は?!」
美晴が瞼を見開いて見詰める先に。
「ああ、奴さ。
お前も一度だけ逢った事があるだろう?」
デサイアが教えてくれる前に、分かっていた。
「理を司る女神・・・」
「そうさ、あれが本当の女神である証だ」
金色の光を纏う者。
清浄なる衣を揺蕩わせる者。
真実を見抜き、人を理へと導く者。
「あれが・・・女神の・・・ミハル」
デサイアと美晴の前に。
遂に姿を見せるのか、理の女神ミハル?
今、1000年の時を越えて再臨を果すのか?
光の中に佇むのは?
堕神デサイアが<それ>を言い表している。
人の理を司る者だと。聖なる光を纏える者だと。
美晴はデサイアに抱かれて見上げていた、光に塗れる影を。
光はもう一人の美晴が、今まさに成さんとしている偉業を知らせる。
彼らが如何なる手を打って成したのかをも・・・
次回 ACT 8 光は希望を呼ぶ
大魔王を受け継ぐ者。彼は愛故に堕ちる道を選んだというのか?!嘗てのルシファーの如く。




