ACT14 夢幻 語られる過去 前編
グランの声に呼び覚まされようとする美晴。
過去を取り戻すような呼び名に、何かが目覚めそうにも思えたのだが。
幼き日々の記憶。
思い出せない苛立ちが募って・・・
霞んでいた記憶が、蘇り始めた。
今迄忘れ去っていた、幼い頃の思い出と共に。
「あたしは・・・あたしには。
コハルと呼ばれていた時期がある・・・」
霞が晴れて行くような感覚。
誰かに無理やり閉ざされてしまった過去の思い出が漸く開かれていき、視野が薄ピンク色に染められて。
「コハル・・・そう。
あたしはコハルと呼ばれていたんだ」
夢の中にも思える場所で、輝に揺蕩う少女の姿が見えた気がした。
「もう一人の・・・あたし。
ううん、彼女こそが光の子」
ピンクの髪を揺らめかせ、蒼い瞳を湛える・・・
「やっと目覚めた様ね」
不意に、ドアの方から声をかけられた。
「なかなか目覚めようとしないから、心配してたのよ」
追憶に気を取られていた美晴が振り向くと、ドアに背を預けたルマが居た。
「ルマ・・・お母さん?」
母と応える瞬間、少しだけ抵抗感があった。
声に出す時、呼んでも良いのかが分からず。
気が付かない内に、美晴は俯き加減になっていた。
まだ、本当の母が誰なのかが分からず、迷っていたからだろう。
「ごめんなさい・・・迷惑をかけてしまったみたいで」
だからだろうか、言葉までもが他人行儀になってしまう。
「ふ・・・そうね」
娘から返された硬い言葉に、瞼を閉じたルマが肯定して。
「謝るのなら、シキ君にしておけば?
彼が美晴を連れ帰ってくれたのだから」
魔物と戦った後、気を失った美晴を家まで連れて来てくれたのがシキであったことを明かした。
「そっか・・・そうだったんだね」
目覚めると自室のベットの上だった。
誰かに連れて還って貰ったのは分かっていたのだが。
「シキ君にも迷惑を・・・って?」
ハッと、気付いた。
連れ帰ってくれたのがシキだとすれば・・・
「あ?え?あれ?!」
思わず首筋に手を充ててしまう。
闇の異能を祓ってくれたのなら、吸血された跡がある筈だが。
「無い?
闇の異能を祓ってくれたのなら、その後で聖なる異能を求める筈なのに?」
祓う事に拠ってシキは闇に毒される。
そうなる前に自分の魔法力を与える約束だった。
「祓わなくても良かった?ううん、祓ってもあたしの魔力を求めなかった?」
今迄なら、約束通りに吸血という形で聖なる魔力を求めて来た。
それなのに、今回に限って吸血しなかったのは?
「まさか・・・そんなことがある訳がない」
闇の魔力を身体の中に取り込んだまま放置するということ。
則ちそれは、自らを闇へと還すのを意味している。
「どうしよう?!シキ君に大変なことが起きていたら」
悪寒が奔るように身悶えてしまう。
愛する人の身に良からぬ事が起きていないかと心配になって。
咄嗟に右手のリングを見詰めてしまった・・・ら。
「なにを思い込んでるのやら。
シキ君が言っていたわよ、今回は眠らせておけば大丈夫ですって。
気を失っただけのようですからって、笑っていたのよ」
焦る美晴へ釘を刺す様に、ルマが教えて来た。
「え?!それ・・・ホント?」
「嘘なんて吐けないでしょ?」
見詰め直したルマの顔は、嘘を吐く理由なんて無いとばかり真面目だから。
でも、続けて言うのは・・・
「お姫様抱っこして連れ帰ってくれた彼に訊いてやったわ。
どう?なかなかに発育したでしょ~って、この辺が」
つぃっと、美晴の胸元へ指を突きつけて揶揄ってきたから。
「・・・信じられない」
揶揄うルマにジト目で応じてしまう。
「あら?冗談の効かない子ねぇ。
彼が本当に魔力を行使したのなら。
人事不詳の獲物へ牙を剥かない訳がないでしょうに」
「喩えが悪いよ。
シキ君へは、祓って貰う見返りに魔力をあげる約束なんだから」
冗談では無いとばかりに言い返して、ルマの言葉が正しいと分かった。
「そっか・・・シキ君が教えてくれたんだ」
助けに来てくれたシキが、家まで送り届けてくれた。
ちょうど家に居たルマに預けて帰って行ったのだと理解した。
「そう・・・彼は役目を果たしたって訳」
美晴が納得するのを横目で見たルマだったが、なにがしら意味深な結びで纏めると。
「で?
美晴は何を聴きたがっていたのかしら」
机に載せられた縫いぐるみへと一瞥を投げて。
「幼い頃の話?あなたをコハルと呼んでいた訳?」
急に、グランとの会話を聞いていたようなそぶりを見せた。
ドキリと心臓が音をたてた様な気がした。
魔法力の無いルマには、グランとの会話が聞けないのに言い当てられたから。
「それとも、美晴の謂れを訊いてみたかったの?」
ドクン!
心臓が高鳴り、身体が引き攣る。
「目覚めたんでしょ?過去の記憶が」
眼を見開き、ルマを見返す。
「さっき言っていたじゃない?
コハルって・・・この2年間一度も口に出さなかった徒名を」
何もかも分かっているようなルマの声が、美晴の胸を貫いた。
「迷い悩んでいるんでしょ?
美晴がどうして産まれたのかが分からなくなって」
「う・・・そ、それはその・・・」
何故?どうして分かったの・・・とは、訊き返せなくて。
「あたしは。
島田美晴なのかどうかが分からなくなって」
自分が誰で、どうして今を過ごしているのかも分からなくなったとは言いだし難くて。
机に載ったグランを一目だけ観てから。
「本当の自分が誰なのかを知りたいの」
自分の母が誰なのかを知りたいとは言えずに濁すのだった。
「・・・あら?
美晴が訊きたいのは、自分の母が誰なのかという事じゃないのかしら」
「えッ?!それは・・・お母さんでしょ?」
何もかも分かったような口ぶりのルマに対して、動揺を隠せなくなった。
「あたしのお母さんは、ルマお母さんでしょ?!」
そう言って欲しいからなのか。
心の底では迷っているのを隠し通せなくなった美晴が叫ぶと。
「思った通り。
誰かから聞かされてしまったみたいね」
瞼を閉じたルマが応える。
「存在の謂れについて。
知らなければいけない時期に来てしまったようだから」
溜息にも似た呟きがルマの口から漏れた。
「教えなければいけないようね。
それが神子を授けられた者の務めだと言うのならば」
ゆるゆると瞼を開けたルマが、
「それがあの方達との約束でもあるのだから」
決心したかのように真摯な顔で美晴を観てから。
「これから話すのは、夢物語ではないわよ。
美晴にとっては信じ難いかもしれないけど。
すべて事実なのだと受け入れなさい」
「え?あ、うん」
今迄一度足りと語られ無かった美晴の謂れを明かすと告げた。
しかも、単に母であると断じられるのではなく、夢物語にも近いような事実だとも言われて。
「心して聴いて。
そして・・・真の目覚めを迎えるのよ」
「ごくん・・・」
息を呑む。
一体これから何が語られるのかと。
ルマは何もかも判っていて現れた?
迷う子を導くために語ろうとしたのか?
以前にルマが呟いていたのを思い出せますか?
美晴に真実を明かさねば成らないといっていたのを。
次回 ACT14 夢幻 語られる過去 中編
今、母から子へと語られるのは・・・夢幻の邂逅?!




