ACT12 もう一人の美晴 後編
夢魔と目されてきた、もう一人の美晴。
哀しい運命に抗う事さえも赦されず。
唯、時の静寂の中で待っている。
運命の日を、美晴が17歳になる日を・・・
消えて堪るかと。
負けないからと・・・夢魔の空間に美晴の声が響き渡った。
「そうよ、もうひとりの美晴。
あなたこそが運命を引き継ぐべき御子。
私には叶えられない、この世界を救う光の子なのだから」
夢魔と呼ばれ続けて来た翳が・・・微笑む。
「託すわね、あなたへ。
希望を纏うのを・・・希望の光を受け継ぐのを。
春の輝を宿す神子と成るべき美晴へ」
「え?!」
紅い瞳に涙が滲んで見えた。
薄汚れた魔法衣を纏った、もう一人の<美晴>が微笑を浮かべている。
「覚えておいて、光の美晴。
間も無く約束の日が訪れてしまうのを。
真の敵が現れ、女神の異能を求めて襲って来ると。
あなたの周りに居る人達に災いを齎し、絆を砕こうと目論んでいるのを」
「真の敵?」
微笑んでいた顔に陰りが戻った。
聴き質した美晴へ、啓示が与えられる。
「女神から聴かされたわ。
もう一度繰り返されようとしているって。
人類再編の闘いの時が、人と邪神との闘いが始ってしまうと。
悲惨な結末を防ぐには、多くの戦女神が必要だって。
その為には・・・取り戻さなければならないって・・・」
「戦の女神?それって、つまり?」
美晴の脳裏に描かれる女神の姿。
自分によく似た少女の顏が。
「美春伯母ちゃん?」
紅い瞳が閉じられる。
それは美晴の言葉を肯定しているようにも採れたのだが。
「あなたは忘れている。
産まれながらにして宿るべき娘のことを」
「あたしに宿るべきは、美春伯母ちゃんではない?」
質し返した美晴へ、今度はしっかりと頷く。
「思い出しなさい、もうひとりの美晴。
あなたはマモル君とルマお母さんの子として産まれたのを。
決して女神ミハルの容として産み落とされた訳では無いのだということに」
「あたしに宿る筈では無かったの?」
繰り返し訊いてしまう。
その事が重く伸し掛かっているから。
「記憶を呼び戻して、光の子美晴。
あなたには産まれた時から宿っていた女神が居たのを。
邪悪に染まった魔王を討ち滅ぼした後、帰って行った女神が居たのを。
それこそが、真実を告げているのだから」
「2年前の対大魔王戦?
あれは・・・あの時は・・・」
思い出そうにも霞が懸かったように朧気で。
何かが抜け落ちているような、とても大切な人を忘れているような。
「忘れさせられてしまっているのなら。
大魔王デサイアの従者に訊いてみなさい。
彼ならば、あなたとの係わりを教えてくれるでしょう」
「誰なのよ、それは?
あたしにとってどれだけ大切なのよ?
今教えてくれてもいいじゃない!」
その女神の存在が、生まれの謂れにも関係がある筈だと考えるから。
「あたしは美雪の子ではないの?!
女神再生計画で造り上げられただけの忌み子じゃないの?!」
「自分を知りたければ、自らで見つけるの。
本当の自分が誰であるかを、美晴という存在の意義を」
思い出そうにも方法が分からなかった。
生を受けた時を知る者である美雪から漏れ聴いただけだった。
鵜呑みにして、苦しんだ・・・だけ。
「真実は自らの手で求めなければならない」
その方法を今、教わった。
「デサイアの従者?
それって・・・グラン君を指してる?!」
「そう。彼ならばコハルと呼ばれていた頃よりも前から居たから」
間違いでは無いと告げられて。
「あたしは入れ物なんかじゃない?
だとしたら、生きていても良いのね?」
そう。
それが一番訊きたかった問いだから。
「そう・・・あなたが諦めない限りは」
肯定して貰えた・・・もう一人の自分から。
消えずに済むのなら、諦められない。
虚ろな存在にならずに済むのであれば、諦めるなんて出来っこない。
「生きていたい・・・まだやり残したことが山ほどあるんだから」
だから・・・終わりを迎えるまでは諦めない。
最後の最期まで。
絆が果てようとも。
「羨ましいな、光の子が。
こんなにも希望に瞳を輝かせられるんだもの」
紅い瞳の美晴が呟いた。
「消える宿命の私には・・・無理だもの」
間も無くやって来てしまう運命の日。
その時が来れば、闇の存在は儚く消えねばならない。
逃れることが出来ないと言われていたから。
「私が消えても、代わりが居るから」
光の子が着ている白の魔法衣を眩し気に観て。
「でも、諦めたくはなかったな・・・私も」
微かな笑みを浮かべて、これから起きてしまう悲運に向き合おうとした。
心の吐露が、少しばかり声を大きくしていた。
「光と闇が同居できない体なら。
闇の中で生きれば良いじゃない。
あの蒼ニャンだって、諦めずに粛罪に務めてるんだよ?
だから・・・一つだけ贈ってあげる」
「光の子?!」
聞き逃さなかった光の子美晴が闇の美晴へ告げるのは?
「今迄あたしを苦しめて来たのではないのでしょ?
いつも決まって最期の瞬間に手を指し伸ばしてくれてたのよね?
だったら、助けられて来たとも言えるよね。
運命に弄ばれ、苦しめられ続けて来たのは同じ。
光も闇も無く、全てが世界の為だってことだよね?」
「そう・・・だけど」
今迄姿を明かさずにいたのは、真の敵から身を守る為。
それに、光の子である美晴を庇う為でもあった。
「それじゃぁ贈るわ。
あなたのことを助けるって。
もう一人の美晴として、消えるのは許さないから。
だから!この世界のどこかで、生き続けるのを願うと」
「あ?!」
光の神子から授けられてしまった。
闇で生きても消えるなと。闇に囚われたとしても助け出すと。
「だって。あなたが言ったじゃない。
あたしは女神を宿せるようになるんだって」
そう・・・確かに。
その為に今があるのだから。
「女神を宿したら、必ず助けに行くからね。
それまで諦めちゃ駄目なんだから、<私>も!」
美晴が断言した。
女神を宿すのを拒まないと。
「ええ。ええ!諦めないわ!」
悲運に抗い、最期まで諦めずに待つと答える<私>。
「約束したよ、もう一人の美晴」
「諦めないわ、唯一人の神子」
互いに誓い、互いの未来を願う。
・・・そして。
「ありがとう光の子。
もう、戻って。あなたの居るべき場所へ」
微笑を浮かべる闇に棲む美晴が別れを告げる。
「人の世界を護って。
大切な絆を絶やさないように・・・願ってるから」
これが決別となるかは分からない。
でも、言い残したいから逢うと決めたのだ。
「美晴は春の光を浴び続けて。
両親が願った通りに、二親の希望を叶えてあげて」
「うん。分かった」
女神の異能で分割された二つの精神。
この2年間ずっと、こんな日が来ると思っていた。
どちらかが消えてしまえば、叶えられなかった。
だが、約束の日までは残り僅か。
最期に言い残したかった・・・真実を。
女神から知らされた理を。
包み込んだ言い回しであったとしても。
「願うのは唯一つ。
約束を果し、春の光を受けてみたい。
この世界でもう一度、光と同じ場所で笑ってみたいの」
だから・・・諦められなくなった。
だから・・・消え去る運命に抗いたかった。
「あたしも。
諦めずに立ち向かい続けるから」
だから・・・生きると。
だからこその人間なのだと!
・・・
・・・・・
光を感じた。
穢れた空間の中だというのに。
身体の自由が失われ、いつの間にか浮き上がっていくようにも感じられた。
「もう一人の・・・あたし?」
眼に飛びこんで来たのは群がる魔物を前に佇む<美晴>。
「な?何を・・・」
数十匹もの魔物に囲まれ、今にも襲い掛かられそうになっているのに。
「まさか?!」
凶悪な魔獣達が雄叫びを挙げる。
「やッ?!やめ・・・」
止めて。
そう叫ぼうとした・・・刹那。
「あ?!」
もう一人の美晴が振り返っていた。
微笑を浮かべた顏で、自分に全てを託したように。
「あ・・・?!」
その口元が僅かに動いて教えて来た。
<<諦めない>>・・・と。
微笑を浮かべるもう一人の美晴を観たのは、それが最期になる。
次の瞬間。
眼に飛びこんでしまったのは・・・
ぐるうおおおぉーッ!
雄叫びと共に美晴を圧し潰す魔物の群れ・・・
そこで人の子美晴は、目覚めることになる。
闇の空間で別れを告げた後。
もう一人の美晴が紅い瞳を向けていた。
穢れた魔獣達が一斉に伸し掛かってくる様を。
獲物と思われた少女に向け、魔獣達は吠えながら挑みかかる。
があああぁッ?!
が。
次の瞬間、群れる魔獣の方から悲鳴にも似た叫びが。
ぎゃあああああぁ~?!
断末魔の叫びは、魔物達から発せられた。
「貰うわ。あなた達の魔力を・・・」
闇の化身と化したもう一人の美晴に拠って、巻き起こる惨状。
獲物へ突き入れた侵蝕器官から、逆に魔力を吸い込まれ。
闇の魔力を欲する者に喰らわれて滅びる・・・自ら終わりに向かって。
滅びるのは・・・邪の者。
阿鼻叫喚にも似た惨劇の後、唯独り残った翳は呟いた。
「光の神子・・・どうか・・・頼んだからね」
群がる魔獣の穢れを浴びて黒く染まった翳が。
運命に翻弄されるオリジナルの美晴が願った・・・・
目覚めた瞬間は呆然となっていた。
最期に観てしまった光景が、自分の身体への凌辱に思えて。
もう一人の美晴と、今の自分が入れ替わっていたのなら。
いや、二人の運命が逆転していたのなら・・・そう思えたからだ。
ギュッ!
思わず拳を握り締めていた。
「ありがとう・・・もう一人のあたし」
感謝の意味は、
「いつも助けてくれて・・・」
穢し尽される前に、必ず目覚めていた。
その理由が分かったから。
もう一人の美晴が護ってくれていたと知ったから。
「あれは夢魔の空間。
だけど、あの子が貼った訳じゃないんだ。
あたしを穢そうと目論む奴の罠だった・・・」
そう。
だから以前に堕神デサイアが出馬した折には姿を見せなかった。
助けられると踏んだからだろう。
それと、もしも堕神とは言え<美晴>を知るデサイアに勘づかれれば、事の秘密を明かさねばならなくなる。
あのオブラートに包み込んだような話振りから想像するに、転移の秘術は内密に事を運ばねばならないようだ。
真の敵が居るとも言っていた様子から、邪魔が入るのを警戒しているのだろう。
夢魔への疑いは晴れた。
もう一人の自分が居ることも分かった。
「後は・・・」
調べなければならない。
本当なのかを。
「あたしが・・・美雪お祖母ちゃんの子なのかどうかを!」
起き上がっていた美晴が、布団を跳ねのけて立ち上がる。
「知っているのよね?君なら」
そして、机の上に飾られたままの縫いぐるみへと歩み寄った・・・・
哀しい運命でも、諦めないと誓ったもうひとりの美晴。
譬え、光を受けられない身体だとしても。
微かな希望があるのなら、
僅かに光る希望の灯が消えないのなら。
魔法少女は諦めたりしない!
目覚めた美晴は真実を求める。
もう一人から聞いた事実を知る為に、彼の話を聴こうと考えた。
次回 ACT13 忘れていたモノ
魔界から出向いて来ていたグランは、美晴の声に耳を貸すのか?




