ACT11 此処に居る<私>
美晴の許へ駆けつけたシキ。
佇む美晴に近寄り異常がないか聴き質す。
観たところ、どこにも怪我を負ってはいないが・・・
翳っていた月が雲間から現れる。
邪悪な存在が消えるのと同じくして。
月の明かりが少女を照らし出す。
独り、公園の片隅で佇んでいる美晴の影を造り出した。
「美晴ッ?!」
駆けつけた俺が呼びかける。
「大丈夫なのか?」
周りには、既に何の気配も感じ取れなくなっていた。
だけども、それが何を意味しているのかが理解出来た。
「魔物の魂を取り込んでしまったんだな?!」
呼びかけても直ぐに振り返ろうとしない美晴を観て確信した。
「今直ぐ抜き取ってやるから。穢れた闇の魂を」
背中を向けたままの美晴に駆け寄り、細い肩に手をかける。
一刻も早く穢れた闇を取り除かなければ、また夢魔の空間に取り込められかねないと焦って。
だが。
「駄目・・・このままにしておいて」
背中越しに返されて来たのは拒絶。
「なッ?何を言うんだ美晴」
伸ばした手の先にある肩を掴めず、戸惑って訊き返してしまう。
「また穢されてしまうんだぞ?」
「そう・・・でも」
でも?
夢魔に穢されるのが分っていても拒絶するのか?
「時間が無くなったの。もう直ぐ約束の日が来てしまうから」
「な・・・に?今なんて言ったんだよ美晴は?」
返された声に、違和感を感じた。
拒んで来た言葉よりも、美晴の声が別物だと気が付いた。
「美晴?どうしたんだよ」
掴めずにいた手を肩へ載せ、自分の方へと振り向かせようと引いた。
「美晴?」
俯いた顏を観た途端、強烈な違和感を伴い・・・
「まさか・・・既に?」
他の誰かに乗っ取られている様に映ったのだ。
シキの瞳に映り込む美晴。
乱れた前髪の隙間から覗く紅い瞳を観てしまった。
「美晴?まさか既に夢魔空間に囚われてしまってるのか?」
穢れた魔物の世界に。
美晴の魂を穢す為に造られた結界の中へ、引き摺り込まれているのかと。
「囚われた訳じゃない・・・私が求めているからなの」
「自分がだって?!
それじゃぁ夢魔に囚われてる美晴は?!
俺が護らなきゃいけない子は、どうなってるんだよ?」
振り向かせた美晴を掴んで訊き質す。
「俺は美晴を護るって約束してるんだ。
穢されてしまうのを看過できる訳がない位分かってるだろ!」
「分かってる・・・だけど。闇の魔力が必要なの」
美晴の口から言われてしまった。
自ら欲していると、必要だと。
「美晴を・・・俺の美晴を・・・返せ!」
目の前に居る美晴の姿を借りる者へと啖呵を切るシキ。
「闇の魔力を欲しがるなんて。
俺の美晴が言う筈が無い!美晴を還しやがれ!」
掴みかかっている美晴ではなく、いつもの美晴を還せと喚く。
「気が付かないのね・・・シキ君でも。
後僅かな日にちしかないんだよ、私には」
苦し気な。それでいて悲しげな声が教えようとしていた。
「もう一人の美晴に。
私という存在に・・・まだ、気が付いてくれないの?」
「もう一人の・・・美晴だって?」
言葉の意味が測りかねた。
語り掛けている声は、美晴そのものなのだが。
「分かってくれないんだ・・・2年もの間ずっと待ってたのに。
いつの日にかは分かってくれるって思ってたのに・・・」
哀しそうに俯く美晴。
紅い瞳を伏せ、涙を滲ませた瞼が閉じられていく。
「待てよ!美晴がもう一人居るって?
じゃぁ、俺の護るべき美晴との関係を教えてくれ」
瞼が閉じきられる前に止まる。
「2年って言ったよな?
それは俺が闇の魔力で美晴の魂を甦らせた日からを指すのか?
だったら、君は・・・」
「そう・・・私が。
シキ君に呼び止めて貰った・・・美晴なの」
掴んでいた手が離れた。
夢魔に冒されそうになっていると思って、差し出していた手が・・・離された。
「まさか・・・君の方こそが美晴だった・・・のか?」
「ううん、違うよシキ君。両方とも美晴なんだよ」
魔物と対峙し、滅ぼして来た美晴。
倒した魔物を取り込み、自らを穢してまで闇の異能を求めた美晴。
穢されるのを怯える美晴。
穢されても力を求める美晴。
そのどちらもが美晴であり、どちらかが偽物と言う訳では無いと答えて。
「私は陰。あたしは光。
ある呪いの為に、二つの精神を持つようになったの」
「光と陰?二つの顏?」
一つの身体に、二つの顔を持つ者。
それは二重人格を表しているのだろうか?
「二重の人格とは、少し違うの。
表裏が一体なのは同じでも、あたしの方は隠れ蓑として存在し。
私という美晴は、輝から託された願いを成さねばならないのよ」
闇の異能を欲しがる美晴が明かした秘密。
それは、シキが探して来た命題へのヒントにもなった。
「輝から託された?
その光っていうのは・・・もしかして?」
答えは二の次。
質したかったのは、輝の存在に出逢えたのかということ。
「ええ・・・そうだよ」
シキの思惑通り。
目の前の美晴から答えが返された・・・肯定を表して。
「黄泉の門を潜る前に。
シキ君が魔法で呼び戻してくれる前に・・・」
黄泉還り人である美晴。
現世ではない場所で出逢えた者から与えられた呪い。
「輝を纏った人が願ったの。
大切な人を呼び戻す為、後の禍を払拭する為にも」
否、呪いというよりは願いを託されたと言うべきだろう。
「輝を纏う人には叶えられない。
光と闇を纏った者にしか出来ないから・・・魂の転移というモノは」
「魂の・・・転移だって?」
初めて聞いた訳では無い。
美晴を調べる内に目にした事のある機密文書にも記載されてあった。
女神の召喚。
女神の再生。
そしてそれを成す方法とは・・・
「まさか・・・女神を呼び戻す気なのか?」
美晴が女神を呼び覚ます?
女神の魂を転移させようとしている?
「結果的には・・・そうなるのかもね」
帰って来た答えは、曖昧なものだった。
確実に女神転生を目指している訳ではないようにも採れたのだが。
「だとしたら誰を甦らせようと?」
「それは・・・今此処では。答えられない」
魂の転移を目指し、闇の異能を欲しがる美晴。
まだ何かを秘めたままなのが、言葉の端々に含まれてもいた。
「分かって欲しいの。
私が目的の為に闇の異能を求めるのを。
もう一人の美晴が穢されようとしても。
ここにいる私が・・・庇っているのを」
「な?!なんだって?!
じゃぁ、今迄美晴が間一髪の処で助かって来たのは?」
美晴から聞いていた。
夢魔の空間で穢されそうになっても、いつも間一髪で目覚められたのを。
苦しめられ続けても、いつも最悪の状況にはならずに済んでいたのを。
「まさか・・・君が?」
愕然と紅い瞳の美晴を観た。
哀し気に俯く、幼馴染だった少女の顏を見詰めた。
「ねぇ、シキ君。
影が消えたら・・・光の子に・・・寄り添ってあげてね」
哀しく辛い言葉。
二つある精神の内、影の存在になった本物の方が消えてしまうと言ったのだ。
「美晴は・・・私じゃないから」
既に自滅を悟ったとでも言うのか。
自らを美晴では無いと言い放って。
「私の存在を知って貰いたかった。
こうして最後に教えられて・・・善かった」
もう、最期になると思ったからこそ。
この場に現れて待っていたのだろう。
もう一人の美晴が、シキから贈られたリングを頼ったから。
きっと助けに来てくれると信じたから・・・
「闇に染まり、転移の禁呪を放てば。
私は美晴では居られなくなる。人では無くなってしまうの。
だから・・・消え去らなきゃならないんだ」
最期・・・そう、禁呪を行使したら最期。
輝と闇を纏う者でも無くなってしまう・・・つまりそれは。
「闇と化すなんて・・・あってはならないの。
もしも闇のバケモノに堕ちてしまうのなら、本当の敵に付けこまれるだけだもの。
だから・・・そうなる前に滅ばなきゃいけないんだよ」
闇に堕ち、闇と化すのならば。
人では無くなる前に・・・
「ねぇ、シキ君。
私が居たのを忘れないで。
最期に話せたから・・・嬉しかった」
閉じられる左の瞼。
「もう・・・行くね・・・さよなら」
最期の別れに際してだけ、私という美晴が微笑んだ。
陰の存在、夢魔と呼ばれ続けて忌み嫌われて来た<私>が・・・
「ま、待てよ。勝手過ぎるだろ・・・待てよ?!」
手を取る暇もない。
「待てよ!待てったら・・・美晴ッ!」
別れを惜しむ事すら叶わない。
「馬鹿ッ!この馬鹿野郎ぅッ!
どうして・・・どうしてなんだよ!
俺が黄泉から呼んだのが悪かったとでも言うのかよ!
生き返ってくれた筈じゃなかったのかよ!
幼馴染の美晴が・・・逝ってしまうのかよ!」
馬鹿と云ったのは、自分を指した嘲り。
この手で抱き締めているのは、出逢った頃の幼馴染では無いとでも言うのか。
どうして・・・今になって?
なぜ・・・2年も知らせてくれなかった?
せめて、もう少し前に分かっていたのなら?
もう一人の美晴が・・・独りで苦しんでいるのを分かってやれなかったんだ?
陽の当たる中、あれ程闇を嫌っていた理由を熟考できなかった?
紅い瞳の意味。
今にして思えば、哀し気で苦しさを滲ませるような色。
闇に堕ちているような翳りも無かった。
それに、片側だけだった・・・その意味も今漸くにして分かった気がする。
気が付いて欲しかったからだろうか?
夢魔と蔑んでいたのを、哀しく想っていただろうに。
それなのに・・・何故だ?!
俺は、本当の幼馴染である美晴が気が付けなかったんだ?
「すまない・・・すまない・・・ごめんよ美晴」
心が痛恨に揺さぶられ、慚愧に堪えない。
「どうすれば・・・良いんだ?
俺はこれから何を成せば良いんだ?」
別れを告げに現れた美晴が言い残した。
輝の子に添い続けてと。
光の中で生きる、もう一人の美晴を守れと。
「確かに・・・俺は約束したよ。
でも、それは美晴だからじゃないか。
消え去りそうになってる美晴だって・・・同じ美晴じゃないのかよ?」
気を失うように眠る美晴を抱きしめ、俺は想った。
「俺にも闇の魔力が秘められたままなんだぜ?
闇の結界に飛びこむことだって・・・出来る筈じゃないか?」
前に大魔王デサイアを呼びに行ったように・・・
「本当に美晴が消え去る気なら・・・俺が一緒に行ってやらなきゃな。
だってなぁ、お前独りだけじゃぁ心細いだろ?」
闇の眷属であったシキには、結界を抉じ開ける事が出来た。
光の子から聖なる異能を貰って維持して来た、半妖半人の身体。
本来が闇に属する者。
ならば、宿命を背負った娘を守れるのは自分の役目ではないのかと・・・
「やっと・・・分ったよ美晴。
やはり俺という闇の眷属シキは。
君に逢う為に産まれて来たんだってね」
顏に被さっていた前髪を除け、ほのかに微笑んでいるような頬へ指を伸ばして。
「美晴が往くと言うのなら。
俺が傍に付いていてやらなきゃな」
堅い決心を言霊に変えたのだった。
指輪に願った・・・翠のリングへ。
助けて・・・助けて・・・お願い・・・来て・・・
現れた魔物に恐怖を感じたのではない。
戦いに臆したのでもない。
何故ならば、既に身体を奪われそうになっていたから。
夢魔と呼んでいる未知の相手に。
「た・・・す・・・け・・・て・・・シ・・・キ・・・」
正気を奪われてしまう最後の瞬間。
一言だけリングに話せたのは、奇跡だったのだろうか。
それとも、逢いたいと思う心情の発露だったのか。
どちらにせよ、彼を此処まで呼ぶ事になった。
そして・・・彼は。
シキは知ってしまう。
もう一人が存在していたのを。
時の静寂に棲む<美晴>の存在を・・・黄泉還れなかったもう一人の存在を。
闇の中で苦しみ続けている・・・ミハルを。
そう。
翠のリングは、彼の運命を変えてしまう。
否。
美晴がリングへ願ったことで、二人の運命が決められてしまったのだ・・・
そこに居た・・・確かに存在していた。
シキにとっての幼馴染<美晴>が。
闇に忍び、夢魔と蔑まされて。
いくら未来のためとはいえ、それはあまりに哀しい姿。
どんなに辛く哀しい運命を背負わされたのだろう。
美晴が17を迎える前に、最期の別れを告げに現れたのか?
彼女の言うとおりだとすれば、その日は間もなくやって来てしまう。
美晴を守る約束を交わしていたシキが決心した事とは?!
一方、魔物を滅ぼした<美晴>は、夢魔の空間に居た。
闇の中で魔者達に苛まされながら・・・
次回 ACT12 もう一人の美晴 前編
彼女が出会うのは結界の主なのか?それとも?!




