ACT 8 降魔ヶ刻
産まれの謂れを知らされた美晴。
女神の依代として生み出された人形。
体を差し出すためだけの傀儡。
思い込んでしまい、絶望に飲まれそうになっていた時。
現れるのは・・・・
どこかから流れて来た一塊の雲。
地上では風を感じられないが、上空では雲を押し流せるだけの風があるのか・・・
地上を照らしていた月の明かりが、雲に因って遮られる。
ブランコに腰かけていた少女の姿が、明かりを失って翳っていく。
ジャリ・・・ジャリリ・・・
何かが近付く音がした。
だが、自暴自棄に陥って考え込んでいた美晴は気付けなかった。
ザワワワ・・・ざわざわ!
近寄る音の他にも、周り中から聞こえ始めた。
ジャリジャリ・・・ざわざわ・・・
美晴の腰かけているブランコの周り中から、何かが迫って来ている音が。
「・・・うん?」
塞ぎ込み、項垂れて足元に視線を向けていた美晴の視界に。
「・・・誰・・・なの?」
黒い影が飛びこんで来た。
黒い・・・影?
真黒な・・・地を這う翳り?
「はっ?!」
影の形を観た瞬間、
「ま・・・まさか?!」
失意のどん底にあった美晴でも。
自暴自棄状態の魔砲少女だとしても。
否。
人である者ならば、影の形を観れば。
ズゥアアアアアア!
影は人の形を模ってはいなかった。
「魔物?!」
黒い翳りは獣の形を成し、赤黒い蟠りを纏っていた。
「いつの間に?!」
幾ら放心状態に近かったとはいえ、魔物の接近に気付かないとは。
普段であれば、格下の魔物如きに動じはしなかっただろう。
だが、手を伸ばせば届く程の距離まで近寄られた状況では・・・
「1ッ匹?!」
目の前まで迫られた魔物・・・だけではなかった。
「囲まれてる?!」
ブランコの周りには、数体もの蟠りが揺蕩っていたのだ。
「あたしが魔法使い・・・ううん。
高位の魔法少女だと認識しているんだ」
捕まえて闇の中へ連れ込もうと考えているのか、それとも。
「襲って・・・喰らうつもりなのか?!」
魔力を欲する魔物だから、魔法力を取るだけには終わらないかもしれない。
悍ましい経験が、美晴の頭の中を駆け抜ける。
夢魔に囚われ今にも喰われそうになった過去が呼び覚まされる。
ザワ・・・ざわざわ・・・ジャリジャリ・・・
美晴が対応策を執る前に。
魔物達は獲物へと、にじり寄り始めた。
「魔力を奪い去られた後は・・・殺されちゃうのかな」
瞼を半ば閉じて、虚ろな顔で魔物を観た。
迫るのは4体の獣達。4匹もの魔物の群れ。
「だとしたら・・・今は」
自暴自棄に陥っていた時に想った。
「死ぬのは。亡くなるのは・・・」
死んでしまいたいくらいの絶望感だった。
死んで亡くなってしまえば、辛さから解放されるかもしれないとも考えた。
だが。
キィン!
「今じゃない・・・お前達に因ってじゃない!」
突き出した右手に蒼き光が集う。
「チェンジ!」
ざわわ!
獲物が変わったのを知った魔物達に動揺が奔る。
学生服姿の少女が、光と共に変わっていた。
白き魔法衣姿の・・・魔砲の少女へと。
対峙するのは真黒な翳を纏う魔物と、真白き光の魔法少女。
「あたしはまだ・・・死ぬ訳にはいかない。
こんな場所で独りで死ぬなんて出来ないんだからッ!」
周りを囲む魔物達へと言うより、自分へと言い聞かせるかのように。
「この指輪が、あたしの指に填められている限り。
あたしを想ってくれてる人が居る限り・・・抗ってみせるんだから!」
魔法を繰り出す右手に填められた翠のリング。
シキから貰ったリングへも誓う様に。
「お前達に喰われたりしないッ!」
蒼く染まった瞳で魔物達を睨むのだった。
翠のイヤリングから教えられた地点へと辿り着いた。
現界する魔物の反応を知らされ、急行して来てみれば。
「こりゃぁ意外な展開かもしれんで?」
物陰から様子を伺う少女が呟いた。
「そうだねミミちゃん」
頷く傍らのハナも。
「まさか、襲われてるのが魔法少女だったなんてね」
眩い光から現れたのが魔法衣姿の少女だったから。
「私達の出る幕なんてなかったのかも」
助けを必要としないかもしれないと思っていたようだ。
魔拳少女と魔読少女は、4匹の魔物と対峙する魔砲少女から離れた場所に隠れ潜んでいる。
銀ニャンから告げられた魔物の気配を辿って公園にまで馳せ参じたのだが、相手は常人ではなく魔法少女だったから。
「ピンチにでもならない限り、手出ししない方が良いんじゃない?」
魔法少女になってから日の浅いハナは様子見を決め込もうとする。
一方のミミはと言うと。
「そりゃぁ・・・どうかな。
魔物は4匹だし、囲まれた状態やと不利には違いないで?」
手出ししない方が良いと言うハナに対し、先輩格のミミは応援に駆け付けるべきだと答えた。
「ふむ。ハナっ子の言う様に、確かに不用意な手出しは禁物だ。
あの娘から流れ出ている魔力には、怒気を孕んでもいるようだからな」
翠のイヤリングから、クリスの忠告が入る。
「怒気?」
白い魔法衣姿を眺めてミミが訊き返す。
「そうだ。あの娘から発散されているのは怒りの感情。
いや、正確に言えば闇に属する負の感情と言えば分かるだろう」
「なんやて?あの人は闇の異能を使えるんか?」
白い魔法衣姿からは考え難い。だが、天使であるクリスが言い切った。
「闇の異能を使えるのかは分からん。
だが、あの娘から感じられるのは困惑と失望。
そして魔物達への憎悪だけだ」
銀ニャンの言葉に、美晴のことを少しは知っているミミが戸惑う。
魔物への憎悪と呼べるものは自分の中にも存在するが、困惑と失望とは一体何を意味するのかが分からず。
「島田の美晴はんに何があったんや?」
戦いに加勢するのを躊躇わざるを得なかった。
魔法少女の右手が魔力を放った。
それを合図に、魔物達との間に闘いが巻き起こった。
「ミミちゃん!あれを見て」
その時、魔物達と魔砲少女の闘いが始ったのを観たハナが小さく叫んだ。
「あれは?何なんだろう」
ハナが指し示したのは、戦いとは無関係な夜空。
雲に遮られた月明かりの下に、霞んで見えている澱みがあった。
いくら雲に遮られているとはいえども、真黒に澱んだ翳りが上空に揺蕩っていれば。
「なんや?あれは」
気付いたミミも不審な翳りに眉を吊り上げて。
「クリスにゃん?!」
咄嗟に天使の名を呼び訊き質そうとした。
「イカン!あれは・・・」
答えようとした銀ニャンの声を遮るかのように。
グワァアアアッ!
地上の闘いで、魔砲少女の放った魔力弾が爆裂したのだ。
1匹の魔物が弾け飛ぶ。
「うわッ?!なんて破壊力なの?」
ハナが煽りを喰らったようにしゃがみ込んでしまった。
「ハナちゃん!」
話途中だったミミが、慌ててハナを庇おうと屈みこむ。
「祟り神・・・か?!」
翠のイヤリングからクリスの声が聴こえた様な気がした・・・一瞬の後。
ドドドド!バガンバガンバガンッ!
連続する爆裂音に掻き消されてしまった。
「うわぁ?!」
耳を塞いでしゃがみ込むハナを庇うミミ。
二人は何が起きたのかも分からず、爆音と衝撃波に耐えるだけだった。
ほんの数秒。
僅か1分にも満たない間で。
シィ~~~~~ン
騒音は途絶えていた。
「どないなったんや?」
耳をつんざくような爆音が嘘のように思えた。
音の無くなった公園に、静けさが戻った後で。
「どっちが勝ったの?」
二人が庇いあいながら立ち上がり、戦いが終わった跡へと目を向ける。
魔物の気配は霧散していた。
黒い魔物の蟠りは消滅していた。
だが・・・
「魔は滅したが、闇は現存している」
銀ニャンが言うまでもない。
目にしている光景を観たのなら。
「あれは・・・島田先輩?」
ハナの声が耳を打つ。
「まさか・・・喰らって?」
信じ難い光景に、声のトーンが落ちていた。
観ているのは魔法衣姿を解除した魔法少女。
観てしまったのは、学生服姿に戻っている美晴の姿。
黒髪に戻った魔法少女が、唯独り立っている光景。
「あの右手に?」
「吸い取っているの?」
そして、倒された魔物達の残留思念とも呼べる黒い霧が吸い込まれるように消えて行く様を。
「倒した魔物を・・・取り込んでいる?!」
ハナが恐怖に慄きながら呟いた。
「闇を喰らっているの?」
黒い霧が右手に吸い込まれていく様を、ハナが畏怖を込めて表現する。
「またや。また観てしもうた。
あたぃが魔法少女になるきっかけにもなった、あの夜と同じみたいや」
恐怖に竦むハナの横で、ミミが溢すのは。
「島田の美晴はんが魔物を退治した。
その後で魔物の魂を取り込んだんや、あの右手で」
ぞっとするような光景は、今度が初めてでは無いと言う。
「まるで闇を喰らうように。
倒した魔物を嘲笑うかのような・・・冷たい顔で」
乱れた黒髪を顔に纏わり付かせ、右手を降ろす美晴を観て。
「闇を喰らう者って。
自分の事をバケモノって言うたんや」
怪異に襲われた夜に聞いた。
美晴が現れて助けて貰った、あの半月が輝く夜に。
「そして聞いたんや。
この子を無に還す時が近付いたんやと!」
怯えるハナと、天使クリスへと向けて教えるのは。
「あの紅い色に染まった瞳で。
闇に囚われた様な哀し気な顔つきで!」
乱れた黒髪の隙間から覗く、澱んだ紅い瞳を指し示して。
「真の敵に囚われるのを拒んで。
誰かに助けを乞うような魂の叫びを聴いたんや!」
そして、上空に棚引いていた澱みの跡を睨むのだった。
闘う魔砲少女。
運命に抗う美晴。
しかし、自らの闇に飲み込まれてしまうのか?
一方、固唾を呑んで見守っていた魔拳少女ミミは?
自分が魔法少女に成った日を思い起こしていた・・・
次回 ACT 9 希求する魂
女神ティスが授けたのは魔法だけではなかった?!
どうしてミミの許へ現れたのか?なぜ魔法少女に目覚めさせたのか?
明かされる秘密。それは彼女との因果・・・




