ACT 6 隠されてきた秘密
産まれの謂れ・・・
天使クリスが投げかけた謎を追い求める美晴。
たった独りで調べるために向かったのは?
作者注・)今話は旧作の回想部を含んでいます。
より詳しくイメージを湧かせるためには、
魔鋼騎戦記フェアリア< https://ncode.syosetu.com/n7611dq/627/>第627話をご参照ください。
職員室の窓辺から観ていた。
「美晴はきっと。あの人の許へ行く」
鞄を手に、早々に下校して行く姿を目で追い、
「とうとう真実を聴く時が来てしまったのか」
手にしたノートを握り締めた。
「隠し通されて来た真実。
今迄誰からも知らされてこなかった生い立ちというモノを」
校門から出て、姿が見えなくなると。
「俺は・・・今の気持ちを信じてる。
生い立ちがどうであろうと。
変わりはしないんだ・・・美晴」
握っていたノートへと視線を移し。
「女神転生計画と称される実験。
17年前に何が行われたのか。
いや、そのずっと前から秘密裏に行われて来た人類再編に、どんな意味があるのか。
俺は、俺達は・・・知らねばならないんだよ美晴」
今迄誰にも話さずに調べて書き記して来たノート。
その表紙に書かれてあったのは・・・
「人類の理を司る者・・・女神ミハル。
喪われた女神を現界させるには、人柱が必要なのか。
容を失った者を蘇らせるには、誰かの犠牲が必要なのか?」
シキの指が表紙に書かれた文字をなぞった。
<<Re Born>>
再び産まれる・・・再び蘇る・・・そして真意は。
「人としてなのか、女神となってなのか。
そのどちらにしても、美晴ではなくなってしまうのなら。
俺は取って代わろうとする女神を、滅ぼさなければいけないんだ」
表紙を捲り、ページを流していく。
ノートにはぎっしりと、これまでの調査が書き込まれてある。
その最後に書かれてあったのは。
「もしも俺が護りきれなかったのなら。
もし、美晴が失われてしまうような事になるのなら・・・」
自らに倍する強力な異能を誇る者との対峙が可能か不可能かの答え。
「・・・いいや、絶対に奪われて堪るか。
俺が死んでも護り抜いてやる・・・必ず」
そこには・・・<<勝算は無し>>と記されていた。
理の女神との闘いとなるのか。
女神に纏わる者との闘いとなるのか。
どちらにしても、半妖半人でしかないシキには重い枷だった。
秋風が吹き渡る丘の上に。
剣舞道場である美雪の家が建っていた。
「あの日も。
こんな良く晴れた空だったわね」
仏壇の前で独り語り掛けていたのは、道場主でもある美雪。
歳を幾分か召した道場主は、流麗な青い和装を身に着けている。
「まるで昨日のように思えるわ。何年経とうと」
仏壇の位牌に向かって、思い出に浸っているのだろうか。
何年とは?どれくらい前の過去の話なのだろう。
「あの海の彼方で。
あなたは私に決別を告げに来たの・・・もう20年も過ぎたけど」
位牌とモノクロの遺影に向かって。
「でも。おかしいじゃない?
あれから20年も過ぎたのに、現れないなんて」
フッと微笑みを浮かべた美雪が、
「こうして・・・ここに居るというのに」
仏壇に造り込まれてある引き戸を開けた。
すっ・・・
その中に仕舞われてあった古びた書物を取り出して・・・
「女神のままでも良いから・・・戻って来てはくれないの?」
朽ちそうになった古書を押し抱くのだった。
「ああ、私の可愛い娘。私の美春・・・理を司る女神」
古びた書物。
その題は<故事古今記>という。
平安の時代から現在に至るまで、秘中の秘蔵書と云われた魔法の書物。
光家由来で門外不出だった魔法を秘めた書。
「こうして手元にある間に・・・帰って来て欲しいのよ?」
美春は美雪の娘・・・だった、女神となった人。
彼の最終戦争の折、身を挺して人類を惨禍から救った英雄神。
人の姿を喪い、誰も知らない世界へと弾き出された筈だった・・・が。
「千年もの時を越えて、私の許に戻った筈ではないのミハル?」
美雪は知っていたのだ。
ミハルが舞い戻って来ていたのを。
喪った筈の娘が、此処に居るということに。
「あの娘が幼い時には、声だけは聴かせてくれたじゃないの。
無心な少女には宿れても、人の世界に染まった娘では宿れなくなったの?」
抱いた古書に訴える美雪。
あの娘と言ったのは、誰を指すのか。
「それとも、2年前に神託として話した通り。
あの子が死の淵に居た時に断じたように。
まだ、時が満ちてはいないと?」
2年前と言えば、美晴が交通事故で瀕死の重傷を負った時を指している?
だとすれば、女神ミハルと美雪は逢っていた?否、言葉を交わした?
「もう直ぐ。
あの娘も17よ?
あなたと同い年になるのよ?
同じ歳になってしまうのよ・・・妹は」
妹?
美晴はマモルとルマの娘で、姪っ子に相当する筈だが?
「女神の帰還を願った<再生計画>によって生み出された美晴ちゃんも。
とうとう事実を知らされないまま、同化出来る歳になってしまうのよ」
女神の復活を願った計画。
美雪の夫であるマコトに依って実行に移された秘密実験が存在していた。
終末戦争が終わり、人類が再興への途を歩み始めた頃。
理の女神の亡失を嘆いたマコト達によって計画が始った。
「私の不用意な一言を聞いてしまったマコトが。
過去に自分が取り仕切った実験を復活させようとした。
あなたも知っている通り、禁断の魔術・・・魂の転移よ」
強大なる負の異能を以って、魂を憑代へと宿らせる。
魔王級の異能に依ってのみ行う事が可能な・・・禁呪。
「どんなに諫めても聴いてくれなかった。
でも、もしかすればという淡い期待が私の中に存在したのも事実」
フッと息を吐き、哀し気な顔になる美雪。
「あなたを取り戻すには容が必要だった。
女神としてではなく、人としての形が」
魂を乗り移らせるのなら。
どうしても取り戻したいのなら・・・取り戻すのならば。
「あの日と同じ人の姿で。
ケラウノスへと突入した折の、女の子の姿に・・・してあげたいと思ったのよ」
最終決戦を迎えた時、理の女神は決死の突入を図った。
碧い髪を靡かせ、蒼い瞳に決意を漲らせて・・・
美雪の脳裏に、戦艦フェアリアでの決別が蘇る・・・・
渦巻く黒煙。
閃く砲火。
暗黒大陸とも称された島の上空で。
神の軍と人類が、命運を掛けた戦いを続けていた。
それは人類の運命が賭けられた戦いの場。
殲滅兵器ケラウノスを発動させようと目論む、巨大コンピューター<ユピテル>との最終決戦が佳境を迎えていた時。
空中を進む巨大飛行戦艦<フェアリア>の外殻部に。
スッ ・・・っと宛がったのは。
「お母さん・・・」
戦闘途中の理を司る女神の手だった。
聴こえた・・・娘の声が。
観える・・・自分を母と呼ぶ真白き女神の姿が。
戦艦のメインコンピューターへと宿った美雪。
夫であるマコトによって魂を持たない機械へと宿り、最後の決戦に身を挺していたのだ。
砲火が乱れ飛ぶ。
戦艦からも、地上の要塞都市からも。
ドゴン!ガガーン!!
砲火が乱れ飛ぶ最中、聞こえて来たのは娘である女神となった人の声。
聴き間違う筈もない、愛しい我が娘の声。
戦いの最終局面で、美雪の乗り込んだ巨艦<フェアリア>は殲滅兵器を秘めた塔へと突入を図っていた。
「駄目・・・駄目だよお母さん」
コンピューターに同化している美雪の心に、娘が話しかけて来た。
「「ミハル?!あなたなのね?!」」
突き進み、特攻をかけようとしていた<フェアリア>へ、女神が手を添えて。
「駄目だよ、希望を捨てたら」
自爆を以って血路を切り開こうと目論む作戦を見切っている女神ミハル。
「突っ込んだとしても、脱出して・・・生き続けてよ」
母の前にやって来たのは、諌める為に他ならなかった。
「どんなに苦しくても。
どんなに哀しくても・・・生き残って」
哀しげな声が、何を表しているのか。
何故、戦いの最中だと言うのに傍に来たのか。
「お母さん・・・ごめんね、私・・・」
それ以上口に出したくなかったのか、声を詰まらせる女神。
何故、謝ったのか・・・瞬時に美雪は悟ってしまった。
「「ミハル・・・あなたは<希望>の子。
あなたが産まれる時に光を感じたの。この子はきっと<希望>なのだって。
闇の世界を終われせてくれる<希望>だって・・・」」
機械に宿った状態なのに、涙が溢れてくるのが感じられる。
お腹を痛めて産んだ子が今、別れを告げに戻って来たのだと勘付いた。
「お母さん。
お父さんと一緒に・・・諦めないで最期の瞬間まで。
これからもずっと、一緒に生きて・・・」
涙ぐんで願う女神の声を聴いた。
娘が最期に話す声を聞き逃すまいと耳を傾ける。
「私・・・お母さんの子供で善かった。
お母さんに産んで貰って嬉しいの・・・だから、悔やまないで。
お母さんの子供であった事を誇りに思うから。
お母さんと過ごせた日々を決して忘れたりはしないから・・・」
娘が今生の別れを告げに来た・・・それが口惜しい筈が無い。
愛する我が子が去って行く・・・二度と逢えなくなると告げて。
言葉には出してはいない・・・だが、声は<さよなら>を告げていた。
「お母さん、弟だけは還してみせる。
私のたった一人の弟だけは、お母さんへ返してみせるからね。
だから私の分までマモルを愛してあげて・・・」
訣別・・・最期に願うのは愛する人達の幸せ。
自分が叶えてあげれなかった想いの継承。
娘へと引き継がせてしまった宿命を呪って。
「「本当ならば私が為すべき筈だったのに!
愛しい我が子へと運命を委ねてしまった!」」
慈しむべき我が子に託した・・・後悔。
身代わりにも等しい宿命の連鎖を呪って。
「「ミハル、帰って来るのよ!
どんなに時が懸かったとしたってかまわないからッ!」」
母は娘を求める。
「うん・・・ごめんねお母さん・・・もう行かなくては」
一死を以って路を切り開こうとした美雪を諫めようとやって来た女神。
逆に、今は娘を諫めようとしたが、娘は旅立とうとする・・・遥か遠くへと。
「「ミハルっ!死んだら駄目、死んじゃったら駄目なのよ!」」
母は娘を抱きしめたかった。
繋ぎ止めたかった・・・叶わぬと知りながら。
「お母さん・・・私は死なないよ。消えちゃったりはしないから。
少しの間だけ・・・遠くに行くだけだから・・・
ミハルはみんなの中に居るから・・・お母さんの中でいつも笑ってるからね」
娘は最期まで<さようなら>の一言を告げなかった。
「「ミハル!あなたは私の娘、人間の子ミハルなのよ!」」
女神なんかじゃない、人なのだと叫んだ。
そう・・・神ならば。
神だったら・・・死などない・・・別れが訪れる事も無い。
だが、娘は人の子・・・自分の娘なのだ・・・そう思いたかった。
「往ってきます・・・お母さん・・・」
呼び止められるモノなら。
代わりになれるものなら。
「「ま、待って!」」
艦に添えられていた手が、悲し気に離れていくのを感じ取る。
「「ミハル!待ってミハル!」」
無情の叫びが、白い魔法衣へと流れた。
手繰り寄せることの出来なかった娘の命のように・・・
・・・
・・・・・・
最後に観たのは。
娘である女神の泣き顔。
哀し気に涙を溢した人の姿。
そう・・・本当の娘である姿を目にした最期の時だった。
あれから・・・時が経った。
戦争が終わり、魔法が消えた・・・一時だけは。
消えた筈だった魔法が蘇ったのを知ったのは彼の国での事。
まだ、喪失感から脱し切れていない美雪の許へ、大使館を通して舞い込んだ一通の召喚状。
皇国から民主国家へと替わったフェアリアで・・・
「私の娘です・・・日ノ本の闇斬り巫女」
美雪を招聘したのは、女王へと戴冠したユーリ。
象徴女王となっても、未だに敬われ続ける彼女が呼んだのは・・・
終末戦争を終えた世界で、単に産まれて来た赤子を紹介するためだったのか?
「私のような者に・・・謁見を賜るなんて」
呼び出されたのはフェアリア王室の一間。
嘗て、皇女として接して来た人からの呼び出しに戸惑いを隠せずに。
「本意は如何なる用立てなのでしょうか。ユーリ陛下」
女王に即位していたユーリ姫へと畏まる。
傍らに控えた国夫であるカスター卿へも傅いて。
「そのことですが美雪様。
あなたへ知らせておかねばならない事実がありますの・・・マジカお願い」
幼子を胸に抱くユーリが、今は若き女性宰相となっているマジカへと促す。
控えていた宰相マジカが、旧知の美雪へと差し出したのは。
「審判を司る者からの伝言にございます」
「審判を?それは亡きリーン様を指しておられるのでしょうか?」
娘と同時に亡くなったとされた影の姫であった娘を指すのかと問い直す。
問いには答えずマジカが携えた書を美雪へと差し出す。
その書に書かれてあるのは・・・
<光と闇を受け継ぐ者へ>
神々しき神託の書。
人を意味した者への言葉。
ー 愛を司った者は失われていない。
理を司る者は失われてはいない。
時空の狭間に棲み、帰還の時を待っている。
故に、私もまた。蘇る時を待つ。
眼に飛びこんで来た希望の書。
目に焼き付く奇跡の言葉。
「これは?一体誰がどうやって?」
手にする事が出来たのかと、マジカとユーリの顔を見返すと。
「あなたは女神が潰えたと思いますか美雪?
希望の光が無くなったと思うのでしょうか?」
赤子を抱くように勧められて。
おずおずと産まれた皇女へと手を差し出し・・・
「はッ?!」
手に赤子が触れた瞬間だった。
頭の中に聞いた事もない女性の声が届けられたのは。
「「理を司る女神は必ず現れます」」
しっかりと。はっきりと。
「え?!今なんて?」
戸惑いを隠せずにユーリを観てしまう。
「「私もこうしてこの世界に留まれたのですから」」
頭に響いた声の相手を確かめようと、触れていた赤子へと向き直り。
「まさか・・・リーン姫の陰?」
本当のリーン姫が闇に捕らえられていた時、身代わりに姫と呼ばれていた娘を思い出して。
「審判を司った女神?!」
娘と最期を共にした筈の者の名を呼んでみた。
「「ええ、そう呼んで頂ければ。ミハルのお母様」」
微笑む赤子を見詰め、美雪は悟った。
今、魔法が蘇ったのだと。
一度は無くなった魔法が・・・神の名の許に。
「「あの娘もいつの日にかは舞い戻るでしょう。
その日が来る迄、私もまた待ち続けます」」
女神を宿した皇女が言った。
言葉を話す事も出来ない赤子だというのに、神託を述べたのだ。
娘が舞い戻って来るのを待てと。
女神が再臨するのを待つようにと。
魔法が蘇った世界に、再び理を司る者が帰って来るのを。
女神が居るのならば、悪意の象徴である闇の者も復活する。
光を纏える者が居るのなら、翳を纏う者達だって現れる筈だから。
幼き皇女は身を守る術を持たねばならない。
闇からの魔手に対抗する得物を持たねばならない。
だから、闇祓いの巫女だった美雪は。
「我が剣を。リイン女王の聖剣と共に」
赤鞘の剣をユーリへと贈ったのだ。否、託したのだ。
幼子が巣立つまでの間、フェアリアの女神に使って貰う為に。
魔法が蘇るのならば、魔法剣も効力を取り戻す筈だから。
魔物如きに屈しない位の・・・威力を放てるからと。
魔法が蘇ったと感じた。
一柱の女神が、現在にも存在するのが分かった。
「あの子が・・・帰ってくる」
微かな願い。確かな希望。
「マコト!あの子は生きかえれるわ!」
不用意な美雪の言葉が、女神再生を志す夫マコトへの朗報となった。
女神の存在は、娘を取り戻そうとする者達への希望。
光である女神の存在は、闇を纏う者の復活をも意味していたから。
魔法の復活。女神の存在・・・
それこそが喪った魂を甦らせる、禁呪の復活を意味していたのだから。
過去は遠く過ぎ去り。
今、美雪は後悔の念を強めて零す。
「そう・・・私達夫婦は。
神に背く行為と知りながら、復活させようとしたわ」
女神を?それとも転生の禁呪を?
「あなたを想うばかりに・・・冒してしまった」
マコトが研究していた魂を機械へと宿らせる魔術を?
「あなたという娘を取り戻す為に。
あなたと同じ肉体へと宿らせる為に。
私とマコトの遺伝子を持つ身体を・・・造ろうとしたのよ」
魔法を以ってしても肉体へは宿れない筈だが?
一体何をやろうとしていたと言うのか。
「打ち明けられた時、私は拒んだわ。
だってそうでしょう?人を人とも思わない計画になんて」
人を?それの意味は?
「人が神にでもなる様な計画だったから。
人が人を造るなんて。況してやモルモットのように実験へ供するだなんて」
遺伝子操作?いいや、人柱のような物か?
「でも・・・ね、美春。
そうであったとしても、私達はあなたが帰ることを望んでしまったのよ」
俯く美雪が、手にしていた古書を抱きしめる。
「この手にあなたを抱きたくて。
もう一度あなたの笑顔を観たかったから・・・だから」
震える美雪の口から、信じ難い一言が漏れ出る。
「私の卵子とマコトの精子から。
人工的に受精卵を造って、彼女に託してしまったの」
まさか・・・
「私には堪えられなかった・・・だけどあの子は。
マモルの妻は。
喜んで代理出産に身を差し出してしまったの」
まさか・・・その子は?
「生まれて来た赤子は・・・女の子だった。
あなたと同じ・・・宿命を背負わされて。
あなたの身体となる為だけに・・・」
身代わり?いいや、単なる実験台となる為に?
「だから・・・名づけの親となった私達夫婦が選んだのは。
美春のように霞んだ生涯を送らないようにと。
光溢れる美しい人生を送れるようにと。
晴れ渡った春の陽を浴びれますようにって。
<美晴>と付けたのよ」
美晴は・・・人工的に生み出された?
否、女神の容れ物へ供する為に造られた?
「だからね美春。
あの子は姪ではないの、あなたの妹に相当する娘。
いいえ、元来の目的だと・・・女神に成る筈だったのよ」
美晴が?
美春の妹?
否、憑代として造り出された人形だとでも言うのか?
元々の計画ならば、女神になる・・・筈だった?
「あの子が死を賜れば・・・肉体諸共に果てれば成せない。
だけども、魂だけが失われてしまったら?空の体が残されたら?
美春は容に宿る筈ではなかったの?」
人の業が成さしめた転移の秘術。
それに供されるのは、人として生み出されし容でしかないのか。
「私は・・・人の道を踏み外した外道。
魔物よりも醜い、鬼畜に堕ちた・・・」
女神を乞い、罪を犯したと嘆く美雪。
「私はまだ、美晴ちゃんに真実を語る勇気がないの」
罪の意識が、打ち明けるのを拒んでいた。
「あの子を見ると、心が張り裂けそうになる。
どんどん大きくなって美春の容姿に似て来れば似てくるほど。
あなたと重なってしまって言い出せなくなったのよ」
美晴が自分の子でもあるのだと。
「幼い時は愛おしくて・・・孫だと感じられていた頃は。
でも、年頃になって来た美晴ちゃんを観ている内に。
違うんだと思い始めるようになってしまった」
孫ではないと?
「蒼さの滲む瞳を見る内に。
愛らしい口元から零れだす声を聴く内に。
あなたとは別人であるのを意識し始めたのよ」
否、孫であると再認識し始めた?
違う。女神を宿すために造られた娘ではないと?
「あなたの姪。あなたの妹。
それはあなたでは無いという意味。
美晴ちゃんは、美春ではないと気が付いてしまったの、今更漸くのことで」
つまりそれは、禁呪を放棄するという意味なのか?
「美春が女神なら分かってくれるかしら。
あの子は美晴として生き続けて欲しいって思う事を」
我が子の再生を諦めるのを、魂の転移は行わないと?
「代理出産の事実は事実。
真実を告げなければならないのは、母である私の枷。
あの子が美春よりも大きくなれたら・・・明かそうと思うのよ」
女神は17歳でこの世から消えた娘。
だから間も無く17歳を迎える美晴には教えられずにいたのか。
「もしも先に私が死を賜るのならば。
事実を明かさずに逝こうと思うの。
ルマちゃんの子ではなく、美雪の娘だとは知らせずに」
真実はどこに。
美雪の胸の中に納められたまま、明かされずにいる方が良いのだろうか?
「口止めしてある人等から漏れない限り。
美晴ちゃんはマモルの子として生き続けて貰いたいと思うのよ?」
今にして思えば。
どうして産まれたばかりの我が子を、ルマが容易く美雪に託していたのかが分かった。
何故、生みの親であるルマが祖母でしかない美雪に預け続けていたのが分かる。
それは本当の母が美雪であるのを認識していたからに他ならない。
単なる仲善き義理親子ではなく、隠し事を共有した身内だったから。
子を求める美雪と、夫の姉を慕い続ける義理の妹の想いが重なって起きた真相。
それは産まれて来た美晴にとっては重すぎる枷でしかない。
「でもね、マモルもルマも。
真実を知らされていないなんて・・・可哀想じゃない?」
不意に。
それまで悲しげだった美雪が、
「母子共に知らされないままだなんて。
捻じ曲げられたままだなんて・・・惨くはないのかしら」
古書へ向けて微笑んだ。
魔砲少女として覚醒出来たのも、オリジナルの美春と同じ異能を授かったからか?
ならば、美雪から引き継ぐ筈の宿命も?
哀しき運命を引き継がざるを得ないと言うのだろうか?
だが、最期の言葉が・・・なぜだか気に掛かったのだが。
「嘘だ・・・嘘だ・・・嘘だ・・・」
夕暮れが近寄る中、仏壇のある部屋の外に居た。
聴く筈も無かった事実を聞かされて。
聞きたくもない現実を突きつけられて。
「あたしは・・・人形なんかじゃない。
産まれて来てはいけなかったの美晴は?」
美雪の言葉に震えが止まらず。
「あたしはルマお母さんの娘なんだからッ!」
縁側から仰け反るように後退って。
「あたしは・・・居てはならない存在でしかないの?!」
暗闇に向かって駆け出すのだった・・・
信じ難い秘話。
聞いてしまった秘密。
自分の存在さえも危ぶまれる言葉に、美晴の心は壊れてしまいそう。
信じられない、信じたくは無い。
祖母美雪の言葉に抗うように逃げ出してしまい・・・
そして辿り着いたのは、夜闇の公園だった。
でも?
なぜ美雪は、タイミングを計ったように打ち明けたのか?
どうして自分の子だと、今になって話したのだろう?
その訳とは?
次回 ACT 7 時の静寂に棲むモノ 前編
女神の遺影に向かって語る美雪。
回顧するのは、2年前のとある月夜。
そう。
嘗ての美晴に起きた奇跡の晩・・・




