ACT 1 孫と娘
森に囲まれた丘の上には、流麗風剣舞 島田道場の看板を下げる建物がある。
皇家とも縁のある島田 美雪が師範を務めている由緒正しき道場なのだ。
門下生の多くは歳若の少年少女達なのだが、この日は静寂に包まれていた。
良く晴れた秋空の下。
道場に隣接した母屋の縁側で・・・
紅いリボンを結った娘が独り。
「飽きもしないで見詰めるなんて。
よっぽど大事なリングなのね、美晴ちゃん」
不意に声をかけられた美晴が振り返ると、
「あ、美雪お祖母ちゃん」
お茶菓子を携えている祖母の美雪が微笑んでいた。
道場主でもある島田美雪と、美晴は祖母と孫娘の間柄。
美晴に剣の道を仕込んだのも、剣舞の師範代へと導いたのも美雪。
息子である真盛の一人娘で、唯一人の孫として。
剣舞を教えたのも、いつも世話を焼いて来たのも。
フェアリア国で産まれた美晴を、日の本に慣れさせる為もあった。
只可愛がるだけではなく、時として厳しく接して来たつもりだった。
それは、本当の娘への愛情のように。
我が子だった娘と同じ呼び方を与えられた孫を、大切に育んで来た・・・美雪は。
盆に載せたお茶菓子を、卓上に置き。
「綺麗な翠ね。美晴ちゃん」
指に填められたリングを評して。
「まるでエンゲージリングみたいよ?」
揶揄を交えて褒めたつもりだったのだが。
「え?!違うよお祖母ちゃん。
絆のリングなんだ、あたしと彼の。
死んだって外さないんだから、絶対に」
にっこりと笑う孫から返って来たのは、婚約者がいるかのような一言だった。
「まぁ!美晴ちゃんも、そんな年頃になったなんて」
「あ~?美雪お祖母ちゃんも、勘違いしてるぅ?」
大袈裟に驚くふりをすると、美晴が口を尖らせて文句を言う。
まだ、結婚するには早過ぎる位は十分承知だというのに。
「あたしはまだ16なんだから。
婚約とか結婚とかは、ずっと先の話だからね!」
ぷぃっと顔を逸らす美晴に、思わず微笑んでしまう。
「でも・・・ね、美雪お祖母ちゃん。
あたしには未来があるんだよね、17歳を過ぎたって」
「・・・ええ、そうよ」
だが、美晴の一言で声を詰まらせてしまった。
孫娘が言いたい事。
人類の未来を守る為に亡くした娘、美春を指しているのだと分かるから。
「美晴ちゃんには、まだ先の未来があるの・・・」
孫と娘。
産まれた時代が違うだけで、未来の意味がこうも違うのか。
平和を享受出来た<今を生きる>美晴。
戦雲棚引く世界に<生きていた>美春。
「あの子のようには・・・ならない筈だから」
・・・亡くしてしまった一人娘の替わりではない孫の美晴へ。
明日という名の未来があるから・・・と。
自然に仏壇へと視線が向かう。
そこに掲げられたままなのは、美晴と同じ年頃の娘の写真。
孫と同じ呼び名の<島田 美春>という、女神となって亡くなった我が子の遺影。
「そう・・・だよ・・・ね?」
ポツリと美晴が溢す声。
孫も自分と同じように仏壇を観ていると知れる。
孫も自らが生きる時代を考え、伯母である人が辿った悲劇を想ってくれたのだろうか。
美雪は孫娘美晴を可愛がっている。
閉ざされた愛情の代わりと言う訳ではないつもりだった。
だけども、年々似て来る美晴に重ね合わせてしまう・・・我が子に。
美晴を観ていれば、娘を眺めている様で。
孫と話していれば、あの子が蘇ったかのようで・・・
亡くした者は、帰らない。
失くしてしまった者の大きさを、孫は癒してもくれる存在だった。
「そう。
このまま、平和を享受出来続けられるのなら」
我が娘の遺影を眺めて想う。
「何も・・・異変が起きなければ・・・」
異変・・・その言葉は、嘗ての自分が耳にしたモノ。
「再び災禍が訪れない限りは」
災禍・・・過去の世界に逆戻りしなければ。
美春の遺影から視線を反らし、
「だから美晴ちゃん。
あなたには未来という日があるのよ」
まだ、伝えきれていない事実を胸に秘めて、<孫>へと微笑んだ。
「そっか。そうだよね美雪お祖母ちゃん」
コクンと頷く美晴。
だが、その表情は穏やかでは無かった。
秋の陽はつるべ落とし。
孫の美晴は、陽が落ちる前に帰って行った。
誕生日プレゼントに貰ったという、翠のリングを見せに来た孫娘。
他愛のない話の途中、何度か口籠る素振りを見せていたのは知っていた。
何かを話そうとしたのか、何かを聴き出そうとしていたのかは分からない。
縁側に続く居間から離れた後、戻って来た折に見た光景。
今は亡き娘を祀った仏壇の前で、呟いている美晴の姿を見てしまった。
その時の表情。
まるで問い詰めるかのような真剣な顔。
それでいて、何かを悟ったかのような諦めにも似た悲しげな顔色。
一体、孫娘に何があったと言うのか。
「まだ・・・時期早々だと思っていたのに。
もう少し大人になってから・・・教えようと思ったのに」
孫であるべき少女から感じ取れたのは、
「本当の自分の在処を探し始めてしまったのね」
今迄頑なに教えずに来た過去を求め始めてしまった・・・美晴が。
過去の一切を、知ろうとする<娘>を。
仏壇に飾ってある女神となってしまった娘の遺影へ振り返り。
「もう、隠しておくのは無理かもしれないわね・・・美春」
帰って来れなかった、過去の娘へと問いかける。
「まだ、あの子は真実を知らされずにいなければいけないのかしら・・・理の女神」
人の理を司る女神へとなった魔砲少女に質した。
「あの子へ。
美晴と名付けられた娘の運命を知らせるのは、私の役目では無いのかしら?」
そっと、仏壇に仕舞い込まれてある古書へと手を伸ばす。
本尊である大日如来像の足元。
台座に設えられた厨子の中に、美雪が延々と隠し持っていた古文書が仕込まれていたのだ。
取り出した古文書の表紙を捲る。
古びた紙に書き綴られた古書体・・・それと陽の形を描く紋章。
それ自体が魔術に使われたという、秘術と魔力を示した書面。
そして、記した者の名が・・・
「そうではないのですか蒼いの姫、ミコト?」
古びた書に描かれてあるのは<魔法>の絵文字。
美雪が手に出来た<魔法を著した古書>。
そして。
「そうよね・・・理の女神。
そうするべきだと言ったわよね・・・美春も・・・」
蒼乃殿下から授けられてから、一時も手放さなかった書。
その表題には、こう記されてある。
<<故事 古今記>>・・・と。
美雪は何かを秘めている?
美晴の過去に何があると言うのだろう?
果たして理の女神との因縁とは?
この章では、<魔鋼騎戦記フェアリア>からの謎賭けが解かれていきます。
次回 ACT 2 週明けは憂鬱で
学園生活の中、魔法少女達はそれなりに忙しい?はてさて・・・




