Act 7 待ち合わせ場所へ
遂にやって来た。
二人にとって特別な日が。
女子力の無い美晴は、なんとか見栄えを良くしたくて・・・
ー 約束された時刻まで・・・残り2時間 ー
鏡に映った自分を眺めまわして。
「髪型はルマお母さんの意見を取り入れてこれで良し」
左ポニーはいつもと同じだが、流した髪を三つ編みにしてみた。
左だけをポニーテールにするのは、うなじに聖魔の印があるから。
聖なる異能と闇の異能を持つ者の証でもある紋章。
それを見れば、彼が間違えることなく美晴だと分かるから。
淡い青味を帯びた黒髪。
左ポニーに結わえているのは白いリボン。
それだけがいつもとは違う。
普段着けていたのは、ピンク色で抗魔の威力を秘めていたリボンだったから。
「うん・・・少しは見栄えが良くなってるかな」
髪型を整え終えた。
その次は・・・
「う~ん、化粧なんて普段した事ないし。良く分かんないや」
ファンデーションなんて施した事もない。
マスカラなんて、必要を感じたことも無い。
「ルージュも、色の付いたものなんてひいた事ないもん」
冬場の乾燥から唇を守る、薬用リップくらいしか使った事が無かった。
「あたしってば、粗忽過ぎたのかなぁ」
他の子に訊いたら、大概が大なり小なり化粧の経験がある年頃だと言った。
何もしない子の方が珍しいのだと答えられた。
「武芸に化粧なんて必要じゃないんだもん」
剣の道一筋で、色恋沙汰に疎い美晴。
「あ~あ。
美雪お祖母ちゃんみたいに、普段から薄化粧でもしておけば良かったのかなぁ?」
剣の師匠でもあり祖母である美雪が、普段から人前に出る前に化粧をしていたのを思い出す。
門下生の前に出る時、外出する時も薄化粧していたのを観ていたから。
「こんな事だったら、美雪お祖母ちゃんに化粧も教えて貰っておけば良かったなぁ」
鏡に映る自分の顔と、見慣れた祖母の顔が重なって。
「もっと小さな時だったら、何もしなくても赦されるかもだけど。
17にもなって化粧気が無いなんて・・・あたしは女の子失格なのかも」
背伸びする訳ではないけど、もう少し綺麗になりたいと思うのは女の子らしい願いなのだろうか。
「素のままで往こうか?
それとも、今迄やったことの無い化粧に勝負してみる?」
鏡を見詰めながら、自問自答を繰り返す。
「でも、知らない化粧に挑んだって付け焼き刃だよね。
下手をすれば、取り返しの効かないお化けになっちゃうかもだし」
ファンデーションくらい・・・と、嘗めてかかるのは素人考え。
慣れない化粧を自己流で設えれば、自分は良くても他人から見れば良くない事だってある筈。
「でもなぁ~。
素のままでってのもなぁ・・・はぁ」
鏡に映る頬の肌をツンツン突いて、思い悩んでため息を吐く。
「少しでも見栄えが良くなれば・・・なぁ」
クラスメートから時折聞いた事がある。
肌をしっとりさせるだけでも、顔の艶肌が得られると。
それには化粧下地でもあるクリームを塗れば良いのだと。
「化粧下地・・・クリーム・・・そっか!」
友の助言に、脳裏を掠めるモノがあった。
「ルマお母さんがいつも使ってる物があったよね」
ルマ母だって化粧はする、当然だが。
「あれを借りちゃおう!」
閃いた美晴がルマの寝室へ飛びこみ、化粧台に置きっぱなしになっていたクリームの蓋を開ける。
「これだったよね」
化粧中のルマを観て覚えていた。
「適量って・・・どれくらいなんだろう?」
指先に掬い取って、手の平で馴染ませる。
「たぶん・・・これくらいで」
乳白色だったジェル状のクリームが、透明になったのを確認して。
「あまり多過ぎると・・・いけないよね?」
どれ位が適量なのか分からないから、抑え目の加減で塗ることにした。
おでこに、頬に、顎に・・・馴染ませるようにして塗り込んで行く。
「うわぁ~、なんだかすんごいしっとりする~」
見よう見真似であったけど、初めて下地クリームを塗ってみた感想は。
「あれぇ~?なんだか肌色が明るくなったような?」
まるで魔法でもかけられたかのように思った。
「ふぅ~ん。ルマお母さんの下地ってば、凄いんだ」
化粧下地だけでも、こんなに変わるのかと感心しきり。
「この後、ファンデーションを塗れば・・・完璧なんだろうなぁ」
鏡に映る顏を眺めまわし、もっと上手に出来たらと思ったのだが。
「これ以上は辞めておこう。下手なことをやったら失敗するかもだし」
化粧に自信がない美晴。
その判断は間違ってはいない。
なぜなら・・・
「そう言えば、化粧下地のクリームの筈なのに。
肌がきめ細かく見えるなんて・・・不思議だな」
使った後で考える美晴。
もっと容器を注意して見れば分かったのだろうが。
「ま・・・悪くないから良いか」
白い容器に書かれてあったのは<オールインワン>の一文字。
つまり、下地クリームにファンデの力を同封したモノだったのだ。
知らぬが仏、いいや、棚から牡丹餅とでも言えば良いのか。
「よっし!これで少しは変わったかも・・・だね」
鏡に向けてウィンクを投げ、自室へと戻る。
時計の針は3時を指した。
「ちょっと早過ぎるかな?
でも、シキ君を待たせるのも悪いから」
約束の4時までは、まだ1時間もある。
ゆっくり歩いて向かっても、30分は係らない距離。
「やっぱり・・・もう行こう」
そわそわした感覚に、居てもたってもいられなくなった美晴。
遅れたら大変だからと、だいぶ早いとは思ったが。
「忘れ物は無いかな・・・っと?」
ショルダーバッグを手に提げた時。
「え?もしかして連れて行けっての?」
机の上に居た縫いぐるみの瞳が光って訴えて来る。
「グラン君が?どうしてなの?」
黒い縫いぐるみの瞳が光を放つ。
「えっと。
蒼ニャンからの言い付け?
夢魔に備えての・・・用心の為なんだね?」
デート途中であっても、闇からの攻撃があるかもしれない。
もしも夢魔が襲って来たら、縫いぐるみに化けているグランが通報する手筈になっているようだ。
「もぅ!蒼ニャンったら心配性なんだからぁ」
頬を膨らませる美晴だけど、心配してくれるデサイアを悪くは思っていない。
「分ったよグラン君。
でも、途中で邪魔はしないでね」
そっと黒い縫いぐるみをバッグに納めて。
「それと蒼ニャンにも。
あたしを心配してくれてありがとうって伝えてね」
縫いぐるみを収めたバッグを抱きしめて、影ながら見守ってくれている大魔王デサイアにお礼を告げた。
秋深まる中、午後3時を過ぎた頃。
「ハァ~~~~ナァ~~~~!」
黒いジャージ姿のミミが茹だる。
「ミミちゃん、次コッチ!」
「だぁ~~~~~」
ショーウインドウを見て回るハナの伴をしていたミミが、うんざりしたように肩を落とす。
「ええ加減に、決めてくりぃ~~~」
既に2時間も、買い物に付き合わされているミミの嘆きも分からなくもないが。
「え~っ?まだ半分も観てないんだからね」
「うぇっ?!全店舗観るつもりなんかぁ?」
ウンザリを通り越して、絶望を覚えるミミへ。
「え~っ?全店舗を、二回りするんだよ?」
「・・・聞かへんかったことにするわ」
目の下に隈を造って、死んだような目をするミミ。
一方のハナと言えば、従者を連れまわす姫のように飛び回っているのだが。
キキキィーっ!
急ブレーキをかけたように立ち止ると。
「あれ?あの人・・・どこかで会ったような気が」
店の中からエントランスを観て呟いた。
後ろに付いていたミミも、その方角に目を向けると。
「なんや?誰かを見つけたんかいな?」
ハナがこそこそと観ている人物を目で追う。
そこに居たのは・・・
「誰だったかなぁ・・・っと!
そうそう!用務員室にちょくちょく来ていた男子だよ」
赤銀髪で、背の高い男性。
日ノ本の男性と言うよりは、異国人の印象に近い。
「色眼鏡をしてはるけど、間違いのぅ用務員室の男やな」
髪色と体格で身バレした。
あまり馴染みはないけど、特徴のある印象で直ぐに分った。
ショーウインドウを通して見つけたのは。
「確か、二学年の島田って先輩とは馴染みが深いらしいけど?」
「あたぃもそう聞いてるわ。シキとか言うた筈やけど」
二人して相手の噂を続ける。
「誰かと待ち合わせかな?」
「そうらしいけど、普段の服装とのギャップが凄いやんか?」
シキが着ているのは普段のジャケットではない。
「そうだよね。大事な相手なのかなぁ?
スーツ姿なんて見た事が無かったよね」
「それにサングラス。
綺麗な紅い瞳やのに、隠さんでもええやろうにな」
時折学園内で見た事があった。
在学生とは違って、少し大人びたシキ青年の姿を。
「好青年って言えば良いんだろうけど」
「せやな。どうかと言えば近寄り難い印象やったな」
二人はエントランスに佇むシキを眺め続けていたが。
「もしかして・・・彼女さんと待ち合わせ?」
「あり得るかもやなぁ~」
スーツ姿でビシッと決めたシキに勘が働く。
「大人のデートっポイよね」
「大人かどうかは分からへんけど。
彼女さんって人は、大切に想われてるんやろなぁ」
一張羅かどうかは分からないが、スーツ姿でデートに来るなんて本気の証に思えて。
「いいえミミちゃん!
案外、チャラ男かも知れないよ?」
「・・・ハナちゃん。陰口は駄目やで」
ポンと、ハナの肩を掴んでジト目になるミミ。
「そういう事で。あたぃ達は買い物の続きに戻るで」
「あ~ん!相手が知りたかったのに~」
ぶぅぶぅ文句を垂れるハナを引っ張り、違う店舗へと歩き始める。
「他人の恋路を邪魔したらアカンのやで」
「だってぇ~!スキャンダルを掴めるチャンスだったのにぃ~」
スキャンダルかイスカンダルかは知らねど。
「ほらほら!さっさと店舗巡りを終わらさへんと~」
「あーもぅ!分ったよぉ。ミミちゃんのけちんぼ」
ぷんぷん拗ねるハナを観て、苦笑いを浮かべるミミ。
・・・と。
「あれ?あの人・・・どこかで?」
またもやハナが誰かを見つけたようだ。
その一言を聞いて、ミミの眉間に皺が寄る。
「もうええっちゅぅーねん!」
このままほっておけば、先程の繰り返しだと思ったミミが。
「さっさと買い物済ませへんと!」
グィッと手を掴んでハナをその場から引き剥がした。
「でも?!あれは・・・って。
ミミちゃん痛いよぉ~~~」
強制連行されるハナ。
その顔が向けられていたのは、エントランスの向こう側。
ショッピングモールの入り口付近だったのだが。
怒るミミにハナが強制連行されて行く。
二人の姿が、並ぶ店舗に紛れて観えなくなった後。
「まだ早過ぎるかな?
20分も早く着いちゃったもんね」
白いリボンが揺れている。
淡いクリーム色のセーターと、ピンクの花模様の下地の付いたスカートを靡かせて。
「シキ君、遅れずに来てくれるかなぁ」
ほんのり頬を染めた少女が、期待に胸を膨らませて歩んで来た。




