Act 6 D-Day始まる!
土曜日が訪れた。
何もかもが初めてな一日の始まり。
そう!
XDay。
いいや、<D-DAY>の幕開けだ!
― D Day AM 7:00 ・・・ ー
土曜の朝が来た。
二人にとって忘れ得ない一日が始った。
支度を終えたルマがリビングで鞄を抱えて。
「遅刻するわよ美晴」
二階の自室から降りて来ない娘を呼んだ。
「悩んでいたってしょうがないでしょ?」
通学時刻には、まだ余裕がある。
でも、このままほっておけば降りて来ないかもしれない。
「髪型なんかこだわる必要ないでしょ?デートへ行く時に整えれば良いんだから」
二階にいる美晴へ促すのだが。
「あ~ッもぅ!決まんないよぉ~」
返って来たのはパニックに嵌ってしまった娘の叫び。
「えッ?もうこんな時間?」
で。時計を目にしたのか、慌てる声が続いて・・・
バタンッ!ドタドタドタ・・・
上着を掴んだ美晴が駆け降りて来る。
「ルマお母さんッ!どうして呼んでくれなかったのッ!」
「呼んでたわよ、何度も」
リビングに駆け込んだ美晴が言い募るのを軽くあしらうルマ。
「あらあら。今日はまた・・・派手ねぇ?」
テーブルの朝食に手を出す美晴を観て、髪型を揶揄する。
「いつものサイドポニーにしておけば良いのに・・・」
「え?・・・そう・・・かな?」
デートを前に、大人びようと髪型を変えた美晴だったが。
「折角のストレートヘアーが台無しになってるわ」
両サイドを三つ編みにして、後ろで束ねた髪型を観て。
「ほら。束ねた髪がほつれちゃってるわ」
「え~っ?」
鏡を見ながら結い上げたのは良いが、美晴には見えない処がクシャクシャになっていた。
「やっぱり纏まらないんだ」
髪に手を充てて嘆く娘を優しい目で見詰めるルマが、
「努力賞って訳じゃぁないけど」
美晴の後ろへ廻って髪へ手を伸ばす。
「左の三つ編みは残して・・・こうしたらどうかな?
いつもと同じみたいだけど、少々雰囲気が変わるわよ」
後ろで束ねられていた三つ編みを、片側だけ残して左サイドポニーへと流した。
「それと。
いつものリボンをこれに変えてみれば・・・」
白く細いリボンで結い上げた髪を括る。
「え?これって・・・いつの間に?」
いつものピンク色のリボンとは違う物を用意していたのかと訊く美晴に。
「これはね美晴。
美雪お祖母ちゃんから預かっていたの。
随分前に預かっていたんだけど、やっと使う日が来たようだから」
「へぇ~、お祖母ちゃんがあたしの為に?」
訊き返した美晴の眼に、少し悲しそうなルマの顔が写り込む。
「どうかしたのルマお母さん?」
怪訝な顔で聴く娘に、母ルマが顔を振って。
「あ、違うのよ。これを預かった時のことを思い出しただけ」
「預かった時?」
もう一度ルマに話を振った時、ルマの視線の先に在るものが分ってしまった。
「マモル君・・・お父さんと何か関係があるの?」
リビングに置かれた写真。
そこには家族全員が映っている。
哀し気なルマの視線は、還って来れない夫を見詰めているのだろう。
「美雪お母様から白いリボンを預かったのは、マモル達が出航する日だったから」
「そうだったんだ・・・」
写真を見詰めるルマと同じ様に、美晴もまた懐かしい父の姿を求めてしまう。
「でも、時折お手紙が届くんだよね。
元気にお仕事を頑張ってるんでしょ?」
二人して写真を眺めながら、便りが届くのを楽しみにしていると言うと。
「ええ、いつもぶっきらぼうな文面だけどね」
「マモル君らしいって言えば良いのかな。
この前はインドア方面からの航空便だったよね」
世界の海を隈なく探索して、失われたフェアリア巡洋艦の手がかりを求め続けているマモル達。
海上だけではなく、深海まで手を伸ばして探し求めているようだが。
「そうそう!思い出したよルマお母さん。
最後の便りに書いてあったじゃない。
一度装備を改める為に日ノ本へ帰港するかもしれないって」
「・・・そうだったわね」
哀し気な母を元気付かせようと、美晴が振ったのだがルマは気の無い答えを返すだけ。
「帰港しても一時だけの話よ。
また直ぐに出て行ってしまうのだから」
「でも!ずっと会えないよりは、逢える方が嬉しいよね」
2年前から始められた探索。
時折日ノ本へ帰港しても、直ぐに再出発して行ってしまう。
逢える時は限られ、逢えても直ぐに別れが訪れてしまうのだ。
「喪われた人達には申し訳がないけど。
私はマモル達に、これ以上探索を繰り返さないで貰いたいの」
寂し気な顔で写真を見詰める母ルマの言葉が、美晴の胸に刺さる。
出来れば、マモルと一緒に暮らしたいと想う。
でも、探索を途絶させることは、フェアリアで待つマリア親子に絶望を与える事にもなると分っていた。
「駄目・・・駄目だよルマお母さん。
探索を辞めちゃえば、マリアちゃんが悲しむから」
ポツリと自分にも言い聞かせる様な口ぶりで応える。
「それに・・・今迄の苦労が。
全部台無しになっちゃうんだから・・・」
探索を2年も続けたマモル達の苦労。
還って来れないマモル達を待った自分達の想いも。
美晴の言葉で、ハッとしたように顔をあげたルマが。
「そうね、美晴の言う通りだわ。
ごめんなさい・・・あなた」
フッと、溜息を吐き。
「弱音を吐いてたら、魔法少女隊の司令なんて務まらないわね」
持ち前の元気を取り戻して。
「それと・・・損な娘の母なんですからね!」
「損な・・・は、いらないでしょ~」
笑うルマに、娘も笑顔で応えて・・・・
ぴぽ ぴぽ ぴぽ・・・・
時計が鳴った。
「え?!」
親子で顔を引き攣らせて針を見上げる・・・と。
「げぇッ?!なんてことなのッ!」
「いやぁあああぁッ?8時になっちゃってるぅ~~~~~!」
既に通勤時刻は当に過ぎてしまっているが?
ドタドタドタ!
バタバタバタ!
損な親子は・・・遅刻を回避しようと足掻くだけ・・・ですな。
帝都学園の土曜は、午前中の授業で終わる。
午後からは部活動などが行われる予定だったが。
「ごめん!今日はどうしても帰らなきゃいけないんだ」
剣舞部の部室で平謝りしているのは、言わずと知れた・・・
「島田先輩が出れないなんて珍しいですね」
「ホント。私達も休もうかなぁ~」
後輩たちが口々に美晴が居ないのを残念がるが。
「駄目よ!君達は練習しないと。
早春の都大会に出られなくなっちゃうよ」
美晴が口を酸っぱくして言い置くのだが。
「でもぉ~。指導してくれる先輩が居ないんじゃぁねぇ」
「そだそだ!ミハル先輩が居なきゃぁ部活動にも身が入らないよぉ~」
キャイキャイ言い募る後輩達に、さしもの美晴も頭を抱えて。
「あーっもぅ!今日はどうしても外せない用があるのッ!
あたしだってどうでもいい用事なら倶楽部に出るからっての!」
声を張り上げて納得させようとしたのだったが。
「へぇ?外せない用事って言うのは、どういった用件なんですか?」
「え?え?え・・・っとぉ」
どうやら墓穴を掘ってしまったようだ。
「あれぇ?言い難いことなんですかぁ?」
「まさか・・・どなたかと待ち合わせをしてる・・・とかぁ?」
ギクッ?!
思わず美晴の顔が固まる。
で、焦った美晴の口が滑る。
「ま、待ち合わせって言うか。逢う約束をしてるんだよ」
「確か、先輩のお母様ってフェアリア国の公使補だったですよね。
土曜と云えどもお休みではないですよね?だったら誰と?」
ギクギクッ!
言訳を考えようにも、咄嗟には何も思い浮かべない。
「あ、あ、あの。それは・・・その」
「怪しい。非常に怪しいですねぇ」
細い目になった後輩達が美晴に迫る。
「だから、それは・・・」
「それは?誰と会われる約束を?」
顏を引き攣らせる美晴。言い寄る後輩女子達。
と、そこに。
「はいはい。島田さんは卒業された先輩に会われる約束なの。
その人は学士の免状を持たれて、この度教育実習にみえられるの」
言い逃れ出来なくなっていた美晴に、太井女史が助け舟を出してくれた。
「あなた達が入学する前に卒業されたから、知らないでしょうけどね。
魔法科学部始まって以来の秀才で、島田さんとは幼馴染の間柄なのよ」
確かに美晴とシキは幼馴染ではあったが。
「あ、あの太井先生。その位で・・・」
下手なことを言われたら、ますます後輩の視線が危なくなりかねないと思った美晴が止める。
「あら?本当のことを教えてあげれば良いんじゃないの?」
「い、い、いやあのッ!今日はこれで帰らせて頂きますので」
本当のこと・・・なんて言える筈が無い。
これからシキ君とデートなんです・・・なんて。
顏を赤くして俯く美晴が、帰宅すると願い出れば。
「あらあら。そう・・・じゃぁ彼に宜しく言っておいてね」
「は、はいいぃッ!」
眼鏡の縁を持ち上げた太井女史の一言に、美晴は焦るあまりに声を裏返すだけだった。
「まったくもぅ!太井先生も悪ふざけが過ぎるよ」
鞄を抱えて走り去りながら、
「でも、先生の話だとシキ君が教育実習に来るんだ」
今迄は、臨時雇いの用務員として時折来ていただけだったのだが。
「だとしたら。実習期間中は、昼間も毎日逢えるんだよね」
少し、嬉しく思えた。
「それが本当なら。
今日のデートは失敗しないようにしないと・・・だね!」
もしも気まずくしてしまったら、後に響く事になると思い。
「美晴の興廃、今日のデートにあり!」
思いっきり拳を握り締めて気合を入れた・・・ようだ。
校門を駆け抜けて帰宅を急ぐ・・・美晴の姿を垣間見た。
「あれって、二学年の剣舞部エースじゃない?」
「あ。ハナちゃんも知ってるんや?」
今日は買い物に付き合うと約束していた二人が、連れ立って寄宿舎へ戻ろうとしていた。
「そりゃぁ、私でも知ってるよ。
全国大会で上位を争える少女剣士だもん」
「あ・・・そっちの方での話なんや?」
上級生で剣舞部に所属し、尚且つ全国大会レベルの腕を誇る女剣士だと知らされて。
「てっきり、魔法少女だからって言われるかと思うたわ」
「え?魔法・・・少女って?」
怪訝な顔で眺めて来るハナを手で制したミミが。
「架空の話や。
島田先輩っていう人を、喩えていえばの話なんや」
「あ・・・そう?」
自分の素性も打ち明けてないハナに、美晴が魔法少女であると教える意味も無いから。
「島田先輩って、結構ファンが多いんだよ。
特に女子に・・・だけどね」
「うむむ?女子に女子がファンになるんか?
あたぃには理解し難い行動に思えるんやけどな」
あっけらかんに言うハナに、小首を捻るミミが。
「まぁ、あたぃにとっては関係ないけど」
「そう?凛々しい姿に惚れる女子が多いんだって」
感心が無いミミへ、少しは興味があるのかハナが手を胸に当てて答えると。
「ほぅ?ハナちゃんも・・・百合族やったのか?」
「・・・断言しないで」
笑うミミに、頬を膨らまして言い返すハナ。
「まぁ、気を悪ぅ~せんといて。単なる冗談なんやから」
「分かってるよミミちゃん」
ニコッと笑って答えたハナを観て。
「ほなら・・・あたぃ等も帰ろか」
「そうだね、お昼を食べたら出かけようね」
促しながら先に立って歩き出す。
「山盛り食べたる。ハナちゃんが連れまわしてもお腹が減らへんように」
「なによそれ~?」
笑い合う二人も、寄宿舎へと歩み出した。
・・・そして。
これより始まるイベントへ向けて、各々が行動に移そうとしていた・・・
午後になり、一時帰宅する美晴。
心は踊り、気分も軽く・・・とは、いかないようで。
初めてのデートに心配ごとだらけ。
身なりを整えるものの、自信なんて無くて。
大人びようと化粧に手を出すのだけど?
次回 Act 7 待ち合わせ場所へ
初心な美晴は努力を重ねる?いいえ、背伸びしたい年頃だから当然でしょ!




