Act18 恋の行方
大切な子を護る為。
彼は闇へと向かった・・・
シキがどうやって美晴を救おうとしたのか。
闇の味方を呼べたのは・・・・
紅い夜霧の中で。
いや、闇の魔法で霞を張り巡らせたのは、誰にも見られたくなかったからか。
秘めて来た想いが、成就する時。
いつまでも変わることがない願いが、遂に叶えられる・・・
闇に堕ちかけていた。
呪いを受けて戻れなくなったとしても、たった一つの約束を守ろうとした。
「彼女だけは生きていて欲しいんだ」
なにがなんでも。
自分がどうなろうとも。
だから・・・決死の試みでも躊躇しなかった。
「夢魔に囚われてしまったのなら、聖なる異能では救い出せない」
自分にも闇の異能を使う事は出来た。
だけど、夢魔の空間には入る事が出来ない。
なぜ?
なぜなのか?
「今の俺には聖なる異能がある。
誓った人から分け与えて貰ってる光があるから」
夢魔に毒された結界に入れるのは、闇の異能だけを持つ者。
闇に属した者でしか、夢魔の空間に入れないから。
「だったら俺が執るべき道は唯一つだけ!」
光の異能を捨て、闇に帰るしか道は無かった。
それには、闇の支配者に願い出るしか方法が無い。
・・・人を捨てる事になろうとも。
シキは決死の想いで闇へと向かった。
自分に残された闇の異能を全て使い切って。
闇の世界の門を開けてまで。
そこに居る筈の<今現在の支配者>に願い出る為に。
「「人だ・・・人間が門を潜って来たぞ」」
番人が驚愕の面持ちでシキを睨んでいた。
「「何故に?なんの用があって入って来たのだ?!」」
全魔力を使い切って辿り着いた<大魔王>の居城。
そこに居る筈の大魔王に願うつもりで。
「俺を闇のプリンスへ戻してくれ!今直ぐに」
闇へと堕ち、闇の属性だけに染まって。
夢魔に穢されそうな彼女を助けに行かなければならない。
「「愚か者!過去を現在に挿げ替えることなど不可能だ」」
番人が門前払いを仕掛けて来る。
だが、こんな所でおめおめと還る事など出来ようか。
「俺は大魔王に頼んでいるんだ!
今直ぐにデサイアに取り次いでくれ!」
番人は<大魔王>の名を聞いた途端に震えあがる。
「「何故だ?!なぜ人間如きが王の名を?」」
魔界では上級者の名は、下々の物にとってはそれ自体が力を指す。
番人が畏怖してしまうのは、相手が絶大なる支配者を名指したからだ。
「「キサマ・・・唯の人間ではないな。
よし分かった、王の近くに仕える将に執り継ごう」」
「俺は大魔王に話があるんだ、他の誰でもない!」
一刻を争うシキは、中継者などに用は無かった。
大魔王の裁可を仰ぎ、彼女の許へ駆けつけたかった。
「「何事だ・・・騒々しい」」
重く・・・身を震わせる程の声が轟いた。
城門が微かに開くと、そこから出て来たのは。
「「エイプラハム将軍。こいつが陛下に伺候したいと申しております」」
年嵩の狒狒の魔物が姿を現した。
恭しく番人が狒狒爺に申告する。
「「なに、我が王に・・・だと?」」
姿は狒狒だが、声は臣下の中で最も慈悲に溢れた優しげな声。
「「うむ・・・人間にしては強力な魔力を持ち合わせておるようだな」」
シキを見下ろした狒狒爺が、即座に見切ってしまう。
「「何故。お前ほどの者が・・・王に会いたいというのだ?」」
「俺は今直ぐ夢魔に囚われた娘を助けたいんだ!」
必死の叫びに狒狒爺の眉が跳ね上がる。
「「なんだと?今なんと申したのだ、小僧?」」
夢魔は闇の属性を放つ、闇の仲間に値する。
「夢魔が彼女を虜にして、強大な魔物を嗾けていやがるんだ。
早くしないと穢されてしまうんだ、だから早く俺を闇へと戻せ!」」
答えるよりも、今の危機を教えた。
急がねば、取り返しのつかない事態になるのを恐れて。
「「我等魔族が・・・だと?
我が王に因って人間界には関与してはならぬ筈だが?」」
「嘘だと思うのなら、俺の教える場所を調べてみるが良い!」
必死の叫びに、狒狒爺は顔色を変える。
「「しかし・・・王の許可を受けねばならぬ・・・が」」
「だったら!俺の前に大魔王デサイアを連れて来い!」
苛立ったシキが吠えた。
こんな悠長なことをしている暇はないのだと。
「「小僧、お前はデサイア陛下を知っているのではないか?」」
「ああ!以前は堕神だったのも。蒼ニャンと呼ばれていたのもな!」
シキがエイプラハムに答えた時だった。
「「その徒名を知っているお前は・・・誰?」」
魔王城を揺るがす程の声が。
「「私の徒名は姪っ子だけにしか許していなかったのよ」」
気品に溢れ、気高き声が・・・
「「このデサイアが現王と知っているのは・・・誰?」」
赤紫の光を纏う大魔王が、シキの前に現れた・・・
そして・・・今。
瞳に映るのは、微笑む美晴。
「俺は。
美晴を救えるなら闇に堕ちたって構わないと思ったんだ」
そう告げると、少し拗ねたように頬を膨らます。
「でも、本当は。
闇に堕ちたって、傍に居続けたかったんだ。
いいや、俺が居るって解かって欲しかったんだ」
本気でそう思っていた。
姿を見せる事が出来なくても、寄り添っていると知らせたかった。
「だから・・・ここに来ていたんだよね?」
そう。
俺達が出逢えた奇跡。
奇跡が起きた場所だったから。
「俺はどうしていいか分からなかった。
美晴の姿は見えていても、俺の姿は見えていないみたいだったから」
「うん。聖なる魔力だけでは見えなかった。
だけど、あたしにも闇の異能が使えるから・・・」
美晴は聖なる魔力と闇の魔力が与えられている。
光と闇を抱ける者だから・・・
「だから、美晴から聖なる力を貰って生き続けられていた。
人として、傍に居ることが出来たんだ」
「それは・・・お互い様でしょ?
あたしの闇を中和してくれているから・・・じゃない?」
そうだ・・・そうしなければ俺達は。
ドクン・・・
微笑む美晴が・・・シャツを開けさせた。
「ね?あたしもお礼がしたい。
助けて貰ったし、想いも受け止めてくれた・・・から」
はにかむ様に・・・恥ずかし気に。
「足りないかもしれないけど、聖なる魔力は。
その代わりに、好きなだけ・・・その。
あたしの血を、あたしの想いを吸って?」
長い黒髪を紋章の反対側に掻き揚げて、細い首筋を露わにした。
眩暈にも似た衝動が湧きかえる。
大切な人の、とても大事な娘の・・・うなじを観てしまって。
「美晴・・・俺は・・・」
衝動は抑えきれない程にも膨れ上がる。
「良いんだよ、シキ君。
あたしはシキ君にあげたいんだから」
すっと後ろを向き、肩越しに俺を観ている蒼い瞳。
「ね?吸って・・・シキ君になら・・・良いよ?」
ドクン!ドクン!!
もう・・・堪らない。
もう・・・迷わない。
「美晴!美晴ッ!」
紅い衝動に突き動かされて。
俺は美晴を・・・美晴へ・・・
牙を剥く。
ツ・・・ツゥ・・・
細い首筋に牙を突き立てる。
悪魔の眷属。
ヴァンパイアの呪いが、俺を苛む。
だが・・・美晴から与えて貰った今。
紅い滴りが・・・燃え上がるような命の息吹が俺を・・・
俺を再び人へと戻す。
俺を悪魔へと貶める呪いは、美晴の血で打ち消されたんだ。
「あ・・・あふ・・・ぅ・・・」
抱き寄せた美晴から、吐息が漏れる。
「もっと・・・もっと・・・吸って。
もっと・・・強く・・・強く・・・抱いて」
震えている少女の身体。
吸血が齎す紅き衝動が、吸われる者に快感を与える。
「ねぇシキくぅん、もっと・・・吸って良いんだよ」
まるで吸血を求めて来るかのような美晴の艶めかしい声。
これ以上必要ないのに、美晴の方から求められる。
闇の魔力が抑えられた事に拠って、闇の魔法衣は消え去った。
人として戻れたのは、俺に真実の愛を知らせてくれた美晴のおかげだ。
闇の呪いを打ち破ってくれた魔砲少女ミハルの賜物。
いいや。
俺に全てを投げ出してくれた愛しい美晴だからこそ。
「美味しく頂いちゃいました!」
すっとぼけた。
「やっぱり、美晴の魔力はぴか一だよな~」
いつものように。
何も変わることの無いように・・・願って。
「ほへ?!なによ、それ~?」
そして、美晴が応えてくれる。
俺達は同じ想いを共有しているんだと。
でも。
美晴の手は、俺を掴んだまま。
「ね、シキ君。
もう少しだけ・・・こうしていたいって言うのは。
美晴が我儘なだけ・・・なんだからね」
微笑む少女の顏・・・ではなく。
恋を知った乙女の表情。
「そうだな、美晴は我儘っ娘だもんな」
見つめ合う瞳。
そっと閉じて行く美晴の瞼。
求めるように・・・誘う様に・・・
恋人の抱負・・・愛の証。
ドドドド!
ドドド?
ドドドドドドドドっ!
??
「アカンっ!アカンで!
不純な異性交遊は、ご法度なんやでぇ~!」
緑の髪を靡かせて駆けつけて来たのは。
「闇の魔法使いから離れるんやーッ!」
言わずと知れた・・・傍迷惑ッ娘。
「ちゅ~なんて、したらアカヘンのやぁ~っ!」
ホント。美晴さんにとって、害虫ですよね?
シキの想いは美晴へ伝わったのだろうか。
二人はこれからも今迄通りで居られるのだろうか?
お邪魔虫が飛び込んできたとき、美晴は?シキは?
次回 Act19 魔法少女は何を願う?
凄惨なる夢魔の企みを跳ね除けた美晴。いや、救われたというべきか。
だとすれば、救ってくれた人の想いを受け止めるべきなのではないだろうか?
次回、第1章終幕。




