Act17 恋は奇跡を起こす
駆ける美晴。
唯、奇跡を信じて。
思い出の詰まった公園へと辿り着くのだった・・・
夜空の沖天には三日月。
月の明かりが草木を照らす。
夜の公園は、二人が初めて出逢った時と同じ光景を見せていた。
数年前、ここで美晴は闇のプリンスと出会った。
まだ幼かった頃、魔法に目覚めた少女として。
「はぁはぁはぁ・・・」
駆け続けて来た美晴が、肩で息をしながら公園の広場に辿り着く。
「シキ君・・・居るの?」
星と月の明かりだけの、ぼやけた世界。
木々の奥までは見渡せない。
そう大きくない公園全体を見通す事も出来ない。
でも。
「居るんだよね。君なら此処に来る筈だもん」
確証がある訳ではない。
だが、必ず居るんだと信じている。
「出て来て。一緒に帰ろうよ」
姿を見せない相手に呼びかける。
「シキ君のおかげで、あたしは無事だったんだよ」
闇の門を抉じ開けて、デサイアへ知らせてくれた。
自分の身を顧みず、救おうとしてくれた。
それがどんな結末を生むのかを知っていても。
「蒼ニャン・・・ううん、大魔王デサイアさんから聴いたよ。
シキ君が闇の門を抜けて知らせに行ってくれたのを。
あたしの為に、闇に侵食されてしまうのも厭わずに」
どこかで聞いてくれていると信じて。
姿を現してくれると確信して、呼びかけ続ける。
「あたしの所為で、シキ君を闇に貶めるなんて耐えられないよ。
まだ人として保ててるのなら、あたしの聖なる魔力を奪って。
いつもみたいに、吸血したって良いんだよ?!」
シャツの襟を開いて、産まれた時からある紋章を露わにして見せる。
「それでもダメだって言うのなら。
あたし・・・あたしの全てを奪っても良いから!」
必死な美晴は、心からの叫びを闇の向こうへと投げかける。
既にシキが堕ちてしまっているとしても、助けたいから。
「シキ君と離ればなれになるのは嫌なの!
いつも傍に居るって約束してくれたじゃない。
いつまでも傍に寄り添うって言ってくれたでしょ!」
どれだけ叫ぼうがシキは現れない。
どんなに真心を伝えようとしても、声さえも返って来ない。
「ねぇシキ君。
もうあたしの声さえも届かなくなってしまったの?」
暗がりの向こうへ手を差し出し、虚空を掴む。
「もう堕ちてしまったの?
だとしたって・・・あたしは。
諦めたくないから・・・諦めるなんて出来ないよ」
頬に一筋の涙が零れる。
どうしても逢いたい一心の表れが。
「だって、あたし。
シキ君が好きだから。
君が居ない世界なんて、生きてる意味がないじゃない」
涙の訳を。
泣いている本当の意味を知らせる。
「あたしだけが生きているなんて。
君が居なくなった世界で生きてる意味なんてないよ。
大好きなシキ君が闇に堕ちてしまうのなら・・・あたし。
あたしも一緒に連れて行ってよ!」
好きだから。
いつまでも守ってくれると約束した人だから。
一緒に居ると約束した二人だから。
「闇に堕ちてしまってても構わない。
どんな姿だろうと関係ない。
お願いシキ君、あたしの前に来て!」
このまま別れてしまうのは耐えられない。
闇のプリンスになっていても、逢いたいと願うから。
美晴の叫びは闇に届くのか。
心からの願いを闇が聴き遂げるのか・・・
キィ・・・
風もないのに。
キィ・・・キィ・・・
公園のブランコが揺れた。
「?!」
声にならない叫び。
キィ・・・キィ・・・
揺れ続けるブランコ・・・
それが何を表しているというのか?
「シ・・・シキ君・・・でしょ?」
それは幼き日に観た光景と重なった。
「やっぱり・・・来てくれたんだね」
聖なる瞳では何も見えなかった。
だが、今の美晴にはもう一つの異能が使えるから。
闇の魔力・・・真逆の異能というモノを。
キィ・・・キィ・・・キィ・・・
ブランコに座ってこちらを見ている翳。
薄汚れたような、赤紫色に染まっている人の姿。
「シキ・・・君・・・」
既に闇の力で姿まで変えられたシキが、ブランコに座っている。
「闇に・・・堕ちてしまった・・・んだね?」
美晴の声が、哀しみに染まった。
「もぅ・・・手遅れなの?」
なんとかして助けようと思っていたのに。
運命には抗えなかったのか・・・
「ねぇ・・・答えてよシキ君」
ずっと観ているだけのシキへ、返事を求める美晴。
「もぅ、戻れないのなら・・・あたしも」
右目を赤く染める美晴が手を差し出す。
「あたしも一緒に・・・堕ちたい」
闇に染めて欲しいと。シキと同じ様に闇の中へ行きたいと。
「あたしの所為で・・・シキ君が堕ちたのなら。
聖なる魔力でも連れ戻せないのなら。
あたし・・・シキ君に連れて行って欲しい。
君の傍に居られるのなら、闇の中だって関係ないよ」
知らずに足がブランコへと向かう。
闇に向かって歩み始めてしまう。
・・・と。
目の前のブランコからシキが消えた。
ストン
次にシキが現れたのは、鉄棒の上。
「え?!」
反対側の鉄棒にのかったシキに動揺する。
「待って!シキ君」
このままだと、いつシキが居なくなるかも分からないと焦った美晴が駆けよるのだが。
フワッ!
シキは鉄棒の上から跳び、今度はジャングルジムの上に立つ。
「ま、待ってってば!」
追い縋る美晴を、まるで鬼ごっこのように逃げ回るシキ。
追いかけても、追いつきそうになっても。
「こ、こら!シキ君ってば、逃げないでよ」
逃げ回るシキを追い回す美晴。
「はぁはぁはぁ・・・そういえば。
初めて出逢った時も、こんな感じだったような?」
遠い昔のような、それ程でもないような。
小学生だった自分と、闇のプリンスとの邂逅。
「あ、そうか。
あたしと遊びたかったシキ君が、悪戯したんだっけ」
ジャングルジムの上で立っている赤紫のシキ。
闇の衣装を纏ってはいるけど、穢れた感じはしなかった。
「まさか?まだ堕ちてはいないの?」
でも、呼んでも答えてはくれていない。
声を聴かせてもくれていない。
「シキ君!お願いだから話をさせて」
右目を紅く光らせた美晴が頼むのだが。
フワッ!
会話を求めると、また違う場所へ飛び退く。
「どうして?話せないとでも言うの?」
哀しみが湧いてくる。
シキの声が聴けない事に、涙が溢れそうになる。
「あたしのことが嫌いになったの?
あたしと話すのも嫌になってしまったの?」
泣きじゃくりながら、訴えかける。
どうしても諦められない気持ちで。
「あたしはこんなに好きなのに。
シキ君のことが誰よりも大切なのに。
シキ君になら、なにもかもあげられるのに!」
そう・・・心からの告白を遂げた。
本当の気持ちを、彼に届けたかったから・・
シュゥウウウウゥ・・・・・
公園に霧が流れ込んで来た。
否。
赤紫色の霞が漂い始めたのだ。
それが何を意味しているのか、何を表しているのだろう。
「・・・あはは、なんだよそれって。
らしくないじゃないか、魔砲少女」
ふわりと宙を漂うシキが。
「なんでもくれるって?
それじゃぁ、その愛らしい唇もか?」
ニヤリと哂って話しかけて来た。
「麗しい身体も、心までもくれると言うのか?」
美晴の身体も、清き心も・・・奪っても良いのかと。
嗤うシキを見上げる美晴が、一瞬だけ戸惑う。
だが、シキからの求めに・・・
「シキ君が・・・欲しいのなら。
あたしは。美晴はシキ君のモノになっても良いんだよ」
なにもかも与えると約束したから?
「だけど。
シキ君が闇を捨てられるのなら。
闇のプリンスを辞めれたら・・・人に戻れるのなら・・・」
闇の束縛を拭い去れるのなら、自分はどうなっても良いから・・・と。
「それが聞き入れてもらえないのなら。
あたしを闇の中へ連れて行って・・・そこで・・・奪って」
シキが堕ちたまま戻れないのなら、自分も一緒に・・・と。
「ほぅ?一途に俺を想うのか?」
「あたしは・・・シキ君が好き。
好きだから、一途に好きだから・・・だよ?」
闇のプリンスと化した筈の、シキの瞳の色が変わった。
「そうか・・・ならば。
魔砲少女を頂くとするか」
「堕ちちゃうの?あたしも一緒に?」
宙を漂っていたシキが、美晴の前に降り立つ。
「ああ。堕ちるかどうかは分からないけど・・・ね」
「そう・・・なんだね?」
顏を挙げた美晴の直ぐ前。
目と鼻の先・・・に。
「好きじゃなくて。恋に・・・堕ちるかもな」
「え?!」
紅く綺麗な瞳のシキが。
「美晴・・・目を瞑って」
「え?!えッ?」
闇のプリンス・・・ではなくなっているシキが。
「黙って・・・」
キスを求めている。
「え・・・はい」
頭一つ背の高いシキが屈みこむ様に美晴へ重なる。
・・・淡い・・・青い・・・熱い・・・柔らかな・・・想いと共に。
誰にも見えない、視させない世界で二人のキスが交わされる。
「堕ちたかい?」
「うん・・・堕ちちゃったみたい」
頬を赤く染める魔砲の少女。
唇をそっと手で押さえ、はにかんだ様に微笑む姿。
そこには運命に弄ばれ続ける魔法少女は居なかった。
好きになった人の前で微笑む、恋に堕ちた少女の笑顔があっただけ。
「もぅ、シキ君ったら。
いつの間に戻っていたの?」
「ああ、それは・・・美晴の心が届いたから・・・かな」
真実の愛を告げた美晴に拠って戻れたのだろう。
スリーピングビューティーの真逆。
美女と野獣のように、真実の愛が呪いを打ち負かしたのだろう。
「そっか・・・なんだか、恥ずかしい」
「いや、照れられると。こっちもハズいんだけど」
二人はお互いを見詰めて恥じらう。
でも、二人は真実の愛を力に変えれたのだ。
闇は二人の絆を奪えなかった。
いいや、闇とは言えども愛には勝てなかった。
否、闇だろうとも聖なる光を放てるのを知っているから。
二人は人として蘇る。
互いを想い合う、真実の理を手に入れられたのだから。
・・・
・・・・・
・・・・・・・・・
「何か知らんけど・・・むかつく」
霧の向こうで何があるのか。
「ミハルはんってば、男と逢引きしてたんか?」
闇の霞で見渡せないけど?
「隠れて何をしてるんっちゅーんや?」
魔法少女に変身するか、それともこの姿のままで突入するか。
「なんにせよ、ほっとく訳にはいかへんやろ!」
傍迷惑っ娘のナックルミミが公園の外に居た。
部外者が恋人達の邪魔をやらかそうとしているのか?
「闇の霞があるんなら!
魔法少女の出番やろ~ッ!」
いや、マジですか?!
奇跡は全てを投げ出す者に授けられる。
全力を尽くしきる者へのみ道は開かれる。
美晴はシキへの思いを絆とし、
シキは美晴から与えられた想いで蘇った。
幼馴染の二人が恋路に堕ちたのは、必然だったのだろうか?
聖と闇の異能の狭間で、二人は出逢えた奇跡を感じていた・・・
次回 Act18 恋の行方
二人の想いは変わる事なく・・・寄り添いあえる奇跡を信じて。
そして・・・現れるのは?怪異じゃなくて・・・傍迷惑ッ娘?!




