Act15 蒼ニャン!その名はデサイア
危機一髪!
夢魔の空間で襲われていた美晴の許へ現れた紅き光。
嘗て美晴によって罪科を赦された堕ち神。
魔界で贖罪を果たそうとしていた・・・大魔王。
その名は・・・
夢魔の空間に軍勢が犇めく。
暗闇の中で、紅い輝が照らし出していたのは。
「魔獣鬼ゲルベスクよ!今直ぐに地の底へと還れ。
さもなくば・・・我が刃に懸って滅ぶが良い!」
黒騎士グランが聖剣を抜き放った。
「我等に歯向かうのならば容赦はせぬぞ!」
闘将エイプラハムが剣を突き出し、軍勢を指揮する。
おおおおおぉ~~~~ん!
数万もの闇に息衝く者達が、鬨の声を上げる。
「姪っ子ちゃんを穢そうとした罪。
我が同胞を貶めようとした大罪。
並びに、私の名を穢した罪により、お前等を駆逐する!」
元女神であったデサイア。
今の大魔王で、美晴に宿っていたこともある蒼き猫毛玉。
絶体絶命の美晴の前に現れたのには訳がある。
「そうしないと、彼に申し訳が立たないからね。
そうでしょ、姪っ子ちゃん?」
押し出して来た大魔王軍に拠って、美晴の身体は確保されて。
「穢される前で良かった。
間に合って、本当に良かったわ」
すぅっと飛んで来たデサイアが、美晴を包み込む様に抱き寄せる。
「辛かったでしょうに。苦しかったでしょうに。
今迄手を差し伸べられなくて・・・許してよね」
戒めを解かれた美晴を抱き包み、慰謝を求めて来た。
「蒼ニャン・・・どうして?」
美晴は嘗て呼んでいた徒名で応じる。
「蒼ニャンか。美晴にそう呼んで貰えると嬉しいわね」
喜ぶデサイアが、強く抱きしめて。
「どうして?それはね。
彼が決死の想いで門を潜って来たからよ。
あなたを想う強い心が、闇の門を抉じ開けさせたみたい」
「彼?彼って・・・まさか?!」
どうして助けに来れたかを、教えたのだ。
「まさか?!シキ君が?」
そして、それが意味する事も。
「そう・・・今の彼は。
現実世界のシキ君は・・・闇のプリンスに戻りかけてるの」
「嘘ッ?!」
闇の魔法で、魔界の門を抉じ開けた。
それは闇に堕ちるのを厭わないという意味。
夢魔に囚われた美晴の危地を悟ったシキが執った最後の手段。
「だったら・・・現実世界のシキ君は?」
「そうね・・・誰かさんの所為で、堕ちようとしているかも、ね?」
デサイアは事も無げに知らせる。
誰かの所為で・・・と、含みを持たせて。
ぐるおおおおおおぉッ!
おおおおおおお~んッ!
デサイアと美晴を置いて、軍勢と攻防戦途中のゲルベスクが無数の刃に懸って切り刻まれていく。
万の軍勢に歯向かった魔獣鬼は、断末魔の叫びも虚しく潰え去ろうとしていた。
「あたし・・・帰らなきゃ」
夢魔の空間から戻らなければ。
「直ぐに帰って、シキ君を!」
自分を助ける為に無茶をした人の許へと。
「堕としたりしないんだから」
闇の魔法を行使した煽りで、闇に堕ちようとしているのを食い止めたいから。
焦る美晴をデサイアが離さず。
「ねぇ、姪っ子ちゃん。
あなたは戻ってどうしようと言うのかしら?」
「え?!決まってるよ蒼ニャン、助けるの」
「・・・どうやって?」
シキをどのようにして助けるのかと訊き質した。
でも、どうやって助けるのかも考えずにいた美晴に釘を刺して来たのだ。
「え・・・っと、それは・・・」
案の定、何も思い浮かばない美晴へ微笑んだままデサイアが再び。
「ねぇ姪っ子ちゃん。
私の知らない間に育ったねぇ、いろんな処が」
ついっと肩を掴んで、しげしげと美晴を眺めまわして。
「ここも、そこも。
そして心も・・・」
ツンと、左胸を指で示して。
「あなたは今年で何歳になるんだったっけ?」
ニコリと笑って訊ねられた美晴が、
「そんな悠長に話し合ってる場合じゃ・・・十七だよ?!」
焦りを隠さずに応えると。
「そう・・・だったら。
私と同じ年に成れるんだね、漸く」
年齢を訊いて頷かれてしまう。
「蒼ニャンと同い年?
それに何の意味があるって言うの?」
「あれ?分からないのかなぁ。
私のオリジナルとも同い年だって事なんだけど」
デサイアのオリジナル・・・って?
「あなたの伯母ちゃん。
つまり理の女神ミハルと同じ・・・
まぁ、アイツは永遠の十七だってほざくだろうけど」
デサイアが理の女神を揶揄した瞬間、美晴が顔を強張らせた。
「言わないでよ蒼ニャン。
あんな穢れた墜神を、伯母だなんて」
「うん?堕ち神・・・私では無くて?」
美晴の言葉に、デサイアが小首を傾げて訊いて来た。
「そうよ!あたしをこの空間に引きずり込んだ張本人なんだから」
「はい?姪っ子ちゃんの言うことが分かりかねるんだけど?」
大魔王でもあり、堕ち神の一柱でもあったデサイアが怪訝な顔つきになる。
「どこにオリジナルが隠れているというの?
姪っ子ちゃんに、こんな酷いことをするような奴では無いと思うんだけどなぁ」
「でも!こうして取り込まれたんだから・・・って?へ?」
大魔王でもあるデサイアがこうして出張れたのも、ここが闇の属性を孕んでいるから。
夢魔の結界が、闇に属しているのを証明したようなものだから。
「いくら堕ちた女神だとしたって、闇の結界を貼れる訳がないんじゃないの?」
「そ、そう言えば・・・そうかも」
邪神と化した女神でも、闇の結界は造れない。
邪神の結界ならば、神の属性を持たない大魔王や魔王軍が入れる筈が無いのだから。
「だったら・・・今迄苦しめて来た相手って?」
「簡単なことよ。姪っ子ちゃんに信じ込ませた偽者。
ミハルの名を騙る・・・真っ赤な他人。
いいや、ニセ堕ち神って処かしらね」
大魔王デサイアが真実を暴き出してくれた。
美晴に宿った相手が、理の女神では無かったという事実を。
「じゃぁ・・・この紋章は?」
右手の平を翳してデサイアに見せる。
太陽神が堕ちるのを意味していると思い込んだ紋章を。
「ふむ。
穢れし女神・・・呪われた女神。
でも、その真実は・・・」
大魔王の手が、美晴の紋章に重ねられて。
「ふふふ・・・巧く誤魔化したみたいだけど。
こっちも元は女神を張ってたんだよねぇ・・・・」
ボォウッ
重ねられた手が、紅い焔で彩られ。
キィンッ!
紋章が打ち消され、本当の形態になっていく。
「あ?!」
右手の平にある紋章が変わった。
宿っている者を表すと思われた紋章だったのだが。
「これは?なんなの蒼ニャン?」
美晴の眼に飛びこんで来たのは、零の文字。
「ふむ・・・分かりかねるが、強大なる呪いには間違いないな」
「蒼ニャンでも分からないのなら、仕方が無いね」
二人が見詰める内に、紋章は元の堕ち神の形へと戻った。
「すまんな姪っ子。どうすることも出来なくて」
「そんなことないよ蒼ニャン。こうして助けてくれたじゃない。
それに・・・ミハル伯母ちゃんが無実だって教えてもくれたから」
デサイアは心底残念がって謝る。
それを美晴は笑顔で許した。
晴れ晴れとした表情で。
討ち滅ぼされたゲルベスクが、霧と化して消え去った後。
大魔王に率いられて来た軍勢も闇の世界へと戻って行く。
「っと!急がなきゃ」
闇に堕ちそうになっているだろうシキの許へと馳せ帰ろうと立ちあがる美晴。
「ちょっと・・・お待ちなさい姪っ子ちゃん」
それを再び押し留めるデサイア。
「どうやって救うのか・・・考えてないでしょうに」
「あ・・・あはは。そうだった」
ハッと、我に返る美晴へ、
「ねぇ姪っ子ちゃん。
彼のことが大切なのよね?」
「勿論だよ!あたしを黄泉から連れ戻してくれたんだから」
デサイアが微笑みながら訊ねて来る。
「そうじゃなくて。
あなたは彼のことをどう思っているのかって話」
「シキ君のことを?どうって・・・」
訊かれた意味を把握できずに言葉を詰まらせてしまった美晴に畳みかけて来る大魔王。
「好き・・・なんでしょう?
男の人の中で、彼くらい大切に思える人は居ないんじゃなくて?」
「す、す、す、好きって?!
大切な人だとは想うけど、あたしにはマリアちゃんが・・・」
愛しいのはマリア独りだけ・・・そう想ってきた。
「あら?私は男の中ではって言ったんだけどな。
あのマリアって娘は女の子だったでしょう?」
「そ、そ、そうだけど。好きって・・・分かんないよ」
自分で分からないと言った瞬間、胸の奥に痛みが奔る。
「フ・・・昔から誤魔化すのが下手よねぇ。
もっと自分の気持ちに正直になったらどう?」
「だって!あたしは・・・あたしには・・・」
戸惑い。
そして躊躇い。
「彼はね美晴。
自分を失う結果に成ろうとも、あなたを救おうとしてるの。
自分を失ってでもあなたを取り戻そうと必死なの。
そんな彼が貴女を愛していないと思う訳?」
デサイアが突きつけて来た。
今迄そっと心の奥に仕舞ってあった心を。
「彼を失うのが怖くはない?
彼が居なくなってしまうのを恐れない?
他の誰かに奪われるのが怖ろしくは無いの?」
ズキン
「姪っ子ちゃんは男と言えば父しか知らない。
耐性がないのも頷けるけど、愛は男女にだってあるのよ。
いいえ、恋は男女を問わない繋がりだとも言えるわ」
ドキン
「愛が永久なら、恋は今を告げるもの。
今を生きる者なら、好きな人に告白するのは当然なのよ」
すぅ・・・・
好きなら好きだと、相手に告げる。
幼い頃なら平気で言えた一言が、半分大人になった今は重くて言い辛い。
だけど、秘めた想いを解かれてしまえば。
「好き・・・あたしは。
好き・・・シキ君のことが。
頼れる人で、誰よりも近くに居てくれる・・・男性」
誤魔化しようも無い想い。
誰かに奪われてしまうのを懼れ、自分が誰よりも近くに居たいと思える人。
それが恋だとは考えてもいなかった・・・今迄は。
でも。
「あたしは。
あたしはシキ君が誰よりも大切。
誰よりも傍に居たいって想えるから・・・だから!」
美晴は大魔王デサイアを前にして叫んでいた。
秘めていた想いを教える為に、信じられる人に訊いて貰う為に。
「ふふふ・・・ホント。
姪っ子ちゃんは大きくなったんだねぇ。
なんだか急に年寄りになったみたいに思えるわ・・・ね」
デサイアは美晴を誇らしげに見詰めた。
そこに嘗ての女神を重ね合わせて。
「だったらもう、何も言わなくても分かるわね。
現実世界へ戻ったら、姪っ子ちゃんは絆を繋げれば良いの。
彼を悪夢から呼び戻すには、どうすれば良いか分かったみたいだからね」
「うん!あたし。
シキ君を必ず呼び戻してみせるから」
蒼き瞳に希望を描けた美晴が応える。
「だってアタシは・・・理に気付けた魔法少女なんだもん」
魔法・・・魔砲とは言わずに。
「そっか・・・強くなったね美晴は。
もう、私から教えられる事なんて無いのかもね」
微笑む大魔王デサイア。
苦難を越え、やっと真実に気付けた魔砲少女美晴。
「それなら・・・帰りなさい美晴。
あなたの生きる世界へ!」
「うん!デサイアさん。ありがとう、あたしの蒼ニャン!」
大魔王デサイアが結界を打ち破る。
闇の異能を光へと換えて。
待っている人の許へと光の御子を飛立たせる。
「姪っ子ちゃん、これだけは覚えておいてね。
あなたが十七になった日に、真犯人が挑んで来るのを。
オリジナルの歳と同じになったのなら、必ず奪いに来るのだから」
消えて行く美晴の姿へ向かって。
「理の女神を懼れる奴等が、あなたと・・・」
警告とも採れる言霊を送りつける。
「あなたに宿るべき本当の女神を、襲うでしょうから・・・」
結界が破れ、光が闇の底まで届く。
穢れた空間が潰えて行く中、デサイアは眩し気に天を仰いでいる。
「どうか、聖なる光を。
私の可愛い姪っ子に授け続け給へ・・・」
大魔王に身を貶めた元女神の分身が、祈りを捧げた。
本当の女神が居るのならば、美晴に力を与えてくれと・・・
夢魔の空間から開放された美晴。
大魔王になっても守り続けてくれる蒼ニャン。
穢れを祓う日も近いのか。
堕ち神ではなく、ホンモノの女神へと昇華できるのか。
大魔王に堕ちても尚、美晴を想ってくれている。
宿らなくても、姪っ子と認めてくれる・・・デサイア。
いつの日にかは現世に蘇ってくれるだろう。
魔王軍に救出された美晴は、彼を求める。
本当の立役者は彼なのだと信じて。
だから!美晴は駆ける!
大切な人を堕としてしまわない為に!
次回 Act16 駆けろ美晴
シキを探す美晴。彼が待っていると信じて!




