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絆の行方 Kizuna Destination <魔砲少女ミハル最終譚>  作者: さば・ノーブ
第2部 魔砲少女ミハル エピソード 7 新たなる運命 新しき希望 第1章魔砲少女
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Act 8 夢魔 悪虐の獣

美晴は怯えていた。

闇を討伐すれば、訪れてしまうかもしれないから。


夜の闇が。

穢れた紋章に宿る者により。


引きずり込まれるのを懼れていた・・・

秋の夜はつるべ落とし。


夕日が落ちた後、急激に夜闇が訪れる。


紅いリボンと黒髪が靡く。

鞄と剣を収めた袋を手に持った少女が駆けて行く。


「はあっ・・・はぁっ・・・」


息せき切って、夜を懼れるかのように少女は走り続ける。


「帰らないと。睡魔が襲って来る前に」


街灯が夜道を照らし、家路を急ぐ娘が薄暗い中を駆けて行った。



 ガチャッ



鍵を外し、玄関へと飛び込む。


家の中は外よりも暗かった。

室内灯を点け、リビングへと駆け込む。


「お母さん・・・居ないんだ?」


電灯を点け、室内を見回して気が付いた。


「あ・・・」


ダイニングの机の上に在る1枚のメモに。


ー 美晴へ 今日は遅くなるから先に休んでいてね ー


机の上に、帰りが遅くなると書かれたメモが置いてある。

読んだ後、美晴の表情が暗くなった。


「そっか・・・夜勤だったっけ」


フッと、息を吐き。


「遅くなる・・・今日は居て欲しかったな」


独りっきりのリビングで、寂し気に呟く。


「せめて・・・眠ってしまうまでは」


話し相手が欲しかったのか、肉親の温もりを手にしたかったのだろうか。


「悪夢に苛まれてしまうまでは」


鞄を机に置き、左手に持った刃を見詰める。


「また・・・魔物を倒してしまった。

 また・・・独りだけの夜が来ちゃった・・・」


袋に納めた赤鞘の剣を持った手が微かに震えている。


「寝たら・・・悪夢に苛まれる。

 寝てしまったら・・・夢魔に穢されちゃう・・・」


そっと、右手の平を見詰めて。


「あたしを消そうとする者が。

 美晴ミハルから輝を奪おうとする者がやって来る」


夕方、学園でシキ青年に拠って一時は翳が薄れた紋章だったが。

美晴の目に映っている痣は、くっきりと浮き出ていた。


「ごめんねシキ君。

 折角中和してくれたのに・・・」


帰宅途中で怪異を討伐した。

闇の魔物を魔砲で滅ぼし、おさげの少女を救った。

それは良かったと言えたが。


「夜の闇の中、独りで闘うなって言ってくれてたのに。

 シキ君が身を削ってまで、あたしを庇ってくれてるのに。

 闇の魔法まで使って、救おうとしてくれてるのに」


太陽が崩れ落ちる紋章。

太陽神が堕ちゆく様を表す赤黒い紋章。


「あたしは・・・あたしも。

 いつかは堕ちてしまうかもしれない」


魔物を倒す度に。

邪気を放つ闇と闘う度に。


「この痣が、あたし自身を包み込んでしまう。

 闇に冒され、闇へと堕ちて。

 いつの日にか、本当の死を迎えてしまう」


本当の死・・・とは?


「あたしの運命は、生み出された時に決められていたんだ。

 姪っ子として産まれたんじゃなく、かたちとなるべく生まれたんだから」


容・・・入物・・・容器うつわ

人として産まれた少女が、入れ物だというのか。


「でも、あたしは機械でも人形なんかでもない。

 世界で一人だけの、美晴みはるなんだから」


痣を見詰めていた美晴が、左手の愛剣へと顔を向けて。


「そうだよね、エターナルレッド」


名付けた剣へと語り掛ける。


「あたしは・・・いつまで美晴のままで居られるの?」


嘆き哀しみながら問いかけていた・・・





カーテン越しに月の明かりが見える。

既に夜はとっぷりと暮れ、時計の針は夜半を告げていた。


ノートを開いて書き連ねている。

毎日、あの日から続けて来た日記のような物を。


「マリアちゃん、早く逢いたいな。

 逢って、今迄のことやこれからのことを話してみたいな」


机の上に置かれた額に収まった写真を見詰めて。


「もう2年も過ぎちゃったね。

 あたし達が離ればなれになってから」


中学生だった頃の、二人が収められた写真を懐かしそうに眺める。

写真の中には、微笑む美晴と、赤栗毛で蒼い瞳の少女が笑っていた。


「どうしてるのかなぁ、マリアちゃんは。

 あたしなんかよりも、大人っぽくなってるのかなぁ?」


制服姿の二人。

まだそのころの美晴は背が低く、マリアと呼ばれた娘より子供っぽく見える。

それに対して、2年前だというのにマリアの身体つきは少女というよりは乙女と云った方が良いくらい、育っている。それもその筈、マリアと呼ばれた娘は・・・


「マリアちゃんってば、あたしのことを良く子供っぽいって言ったけど。

 あたしだって大きくなれたんだからね。

 フェアリアじゃぁこのくらい、普通なんだろうけど・・・ね」


背丈も。

女らしさを表す部分も。

何もかもが、二人の母国であるフェアリアという北欧の国ではありきたり。

でも、この日ノ本の少女としては。


「あたしはフェアリア生まれのルマお母さんの子なんだからね。

 マリアちゃんと同じ位にまでとは言わないけど、綺麗になるんだからね」


スッと身体を反らして、胸の膨らみを誇示して魅せる。


二年前に撮られた写真の自分と、今は違うんだと教えるように。


「綺麗になってるんだろうな・・・きっと」


まだ逢えないままのマリアを想い、再会を果たせたのなら。


「きっと、あたしは。

 マリアちゃんに・・・あげるんだから」


別れる間際に交した約束を、唯一つの拠り所にして。

口づけを交わし合った愛の行方を、求めたいと思っていた。


思い出と希望が交差する。

儚い夢と淡い想いが重なる。


少女の身体は、愛する人を欲しがった。






キラキラ光る日差しの中で。


目の前に、懐かしいマリアの笑顔がある。


「ミハル、こっちに」


手招きして来るマリア。


「もっとこうに来るんや」


笑顔に導かれて、マリアの許まで駆け寄ろうとする。

でも、どうした事か足が言うことを利かない。


「どうかしたんか、美晴ミハル?」


近付けない自分に、マリアが怪訝な表情になっていく。


ー 駆け寄りたいのに、足が・・・ ー


それに声さえも出せない。


ウチが嫌いになってもうたんか?」


ー 違うッ!違うよマリアちゃん! ー


哀しそうに訊いて来るマリアへ、必死に違うんだと知らせようと藻掻くが。


「そぅ~なんや。美晴ミハルは嫌いになってしもうたんやな」


マリアからの言葉が心に棘を突き立てる。


ウチと別れて、清々したんやろ?」


ー 違うよマリアちゃん!あたしはマリアちゃんを心の底から・・・ ー


必死に悶え、血の滲む様な心の叫びを伝えようとするが。


「そやったら・・・もう会わへん方がええのんとちゃぅか?」


ー 嫌ッ!嫌ッ!どうして酷いことを言うの?!

  あたしはずっとマリアちゃんだけを想っているのに! ー


どんなに離れていたとしても、心だけは繋がっていられると想っている。

二人が交わした約束は、いつまで経とうが変わることが無いと願っていた。


「本当にウチの事を想うって言うのなら。

 今直ぐこっちに来るんや、美晴ミハル!」


右手を突き出して招くマリア。

それに応じようと藻掻く美晴。


ー 動け!動け!動けッ!今、動かなきゃマリアちゃんがッ! ー


離れて行ってしまう。

手を取らなければ、二度と逢って貰えなくなりそうで。


ー 動いてよッ!マリアちゃんに嫌われるくらいなら、死んだ方がましなんだからッ! ー


必死の祈り。否、偽らざる心の叫びが美晴を突き動かす。



 ドクンッ!



闇の中、赤黒い炎が瞬く。


「死んだ方がマシやんな・・・美晴ミハル


ー えッ?! ー


「死んで・・・死に絶えて・・・無くなってしまえばええやんか?」


 ドクンッ!


赤黒い炎が揺らめき、周り中を闇が支配していく。


ー あ・・・マリア・・・ちゃん? ー


マリアの姿も、周りの景色も何もかもが。


ー これって・・・夢?夢の中なの? ー


気が付いた。

ようやく、自分が居てはいけない場所だと言うことに。



真っ暗で悍ましい世界。

観えるのは紅く爛れた様な、歪に蠢く穢れた空間。


懼れていた夢の中に、美晴は囚われていた。


ー あたし・・・いつの間にか眠って? ー


椅子に腰かけたまま、思い出に浸っていた筈。

机の写真を見詰めて、懐かしんでいた・・・筈だったのに。


ー いつの間にか、夢魔に引き摺り込まれてしまった? ー


こうなる事を懼れて、家に駆け戻った。

もし、家の外で夢魔に取り込まれでもすれば、大変な事態になる虞があったからだ。


ー うッ?!また・・・穢されて・・・いるんだ? ー


大切な人の思い出を。

大切な約束を・・・掛替えの無い絆を穢されてしまったと感じた。


そして、夢魔が本性を顕わにする。



 ずる・・・ずるる・・・じゅにゅる・・・


挿絵(By みてみん)


半透明で穢れた触手が這い回っていた。


「んぶぅッ?!」


どうしてマリアの許へ行けなかったのか。

なぜ動く事が出来なかったのか・・・そして声さえも出せなかったのかが分かった。


身に着けた魔法衣が夢魔に拠って穢されていた。

光の魔法衣が邪気を帯びて綻び、白い表面装甲衣を溶かしている。


魔法少女が纏うことが出来る光の魔法衣は、着用している本人の魔力で強度が変わる。

魔力が強ければ強い程、強大なる防御力を誇れるのだが。


「うんぐぅッ?!ぶぷッ!ぶうぅッ!」


 じゅぶ・・・ずるずる・・・じゅるるるぅ・・・


悍ましい触手が美晴を捕らえ、身動きも出来なくしている。


 ずる・・・ずるり・・・じょるる・・・ずる・・・


「くぅッ?!うんぅ~ッ!」


しかも、這いまわる触手があらゆる部分を絡め捕り、口の中までも侵犯していたのだ。


ー 苦しッ!息が・・・できない・・・ ー


首に巻き付いた触手に締め上げられ、窒息しそうな感覚にも苛まれて。


ー 違う・・・ここは夢魔の世界。闇の中なんだから ー


苦しみを与えられて、逆に分ってしまう。


ー しっかりしなきゃ!こんな悪夢になんかに負けたら駄目! ー


この世界が、全て幻なのを。


だが、その想いとは裏腹に触手は暴虐無人に痛めつけて来る。


腕が引っ張られて関節が外れそう・・・


「あがぁッ?!」


足首から太腿まで巻き付いた奴が大きく股を開かせる・・・


「うああぁッ?!」


首筋に巻き付くのが締め上げて・・・


「ぐッ?!」


口の中まで入り込んで来る・・・


「んぶぅッ?!」


夢だとは分かっていても、苦痛からは逃れられない。

どんなに足掻いても、どれほど反撃しようとしても。


足掻けば足掻く程に異能ちからを失っていく。

触手達は、美晴の魔法力を奪い去ろうとしているのか。


苦痛は際限もなく続けられるのだろうか?


ー 朝になれば・・・夜が終われば・・・解放される ー


虚ろになった瞳で、美晴は天を仰ぐ。


ー あたしの魔力を喰らい尽そうとしても、無駄なんだから ー


光と闇を抱く者だった美晴。

絶大なる魔力を持つ少女から、全ての魔力を奪い尽すには。


ー 一晩くらいは耐えてみせる。魔王でも現れない限りは・・・ ー


魔王級の闇が襲わない限り、耐えてみせると言うのだ・・・が。




 ザァッ!


影が突然現れる。


「うぶッ?!んぅん~~ッ!」


天を仰いでいた美晴の眼に飛びこんで来たのは、二つの翳り。

赤黒い目を剥いて、覆い被さって来る・・・4つの眼に覚えがあった。


ー あ・・・今日の2体?! ー


倒した2匹の魔物。

滅ぼした筈の魔物がどうして?


ー 伯母ちゃん・・・何故なの?

  どうして・・・こんな酷いことを? ー


触手に囚われて、身動きできない。

戦う事も、逃げることすら出来ない。


ー 二匹も・・・同時になんて・・・ ー


絶望の色が瞳を支配する。

覆い被さる魔物の身体は、それぞれが人の数倍もある大きさだ。


「「ぐるぉおおおおおッ」」


「「があああぁ」」


魔物の雄叫びが、美晴に更なる絶望を与える。

二匹の魔物を打ち倒す時に聞いてしまっていたから。


魔物達が腹が減っていると、魔法力を喰らいたいのだと・・・言っていたのを。


ー あたし・・・朝まで耐えれるのかな・・・二匹を相手にして・・・ ー


失意と絶望が美晴を苛む。


ー でも・・・耐えてみせるから。

  あたしは絶対負けないんだから!


光を失いそうになる瞳に、決意を漲らせて。


ー だって!二年も耐え続けたんだから。

  あの日からずっと、負けたりしなかったんだからッ! ー


覆い被さって来る魔物を通り越した先を睨んで。


挿絵(By みてみん)


ー 闇堕ちした女神になんか、負けたりはしないからねミハル伯母ちゃん! ー


どこかから眺め降ろしているであろう、この空間を造った相手を名指して。

悪夢の中へ引き込んだ、本当の相手に。

夢魔と成り果てた・・・堕ち女神に啖呵をきった。



 ズワアアアアァッ


覆い被さるのは、身の毛もよだつ魔物の姿。

ビルの谷間で倒した折に観た物とは違う。

全身が浅黒く、口も鼻も無いのっぺらぼうな顔に、赤黒い眼だけが光る。

目の前まで迫った一体の魔物が見せる悍ましい姿。


「「ぐるるぅッ」」


涎を溢すように、侵蝕器官が伸びて来る。


「「がばはぁッ」」


背後に廻ったのは、前に居るのとは色が違う魔物。

もっと黒い身体は更に大きくて。


「「グフフッぐるるぉおおッ!」」


更に長い侵蝕器官を突き出し、気が狂ったかのように吠える。


前後から伸びて来る魔力を奪い取る器官に、美晴は眼を剥いて怯える。


「んんぅーッ!」


気丈に振舞おうとしていたって、恐怖からは逃れられない。

耐えるだけしか出来ない口惜しさを顔に出すしかない。


ー ああ・・・許して・・・ ー


誰に?誰が?

既に美晴の心は折れそうになっていた。


 ズイッ! 


前後から悪意の塊が突きつけられて。

触手に拘束されたまま、為す術もなくその瞬間が来るのを覚悟した。


「「うがぁーががががぁッ!」」


「「がおぉああああああぁ~!」」


夢魔の支配する穢れた空間で、侵食を始めた2匹の魔物が同時に吠えた。

美晴が維持する、光の魔力を喰らう魔物の咆哮が、夢魔の空間に響き続けた・・・






ベットに横たわる美晴に、影が落ちている。


「ふッ・・・もう直ぐ時が満ちる。

 その時には、完成するんでしょ・・・<無>の触媒が」


美晴の眠る姿を見詰めるのは誰なのか?


「そうなれば・・・完全に復活するんでしょう。

 神の雷を求める奴等の手に拠って。

 再び世界を破滅へと導く・・・ケラウノスが」


そっと、眠っている美晴の頬へ手を伸ばして。


「可哀想な娘。

 産まれた謂れのままに、魂を削り取られ続けて」


流れ落ちている涙を拭ってやりながら。


「いつまで・・・

 何時まで苦しめられたら許されるの?

 いつかは赦される日が来ると言うの?」


チラリと、傍らにも気を遣い・・・


「そうだとは思わないの、ミハル姉は?」


一人娘の寝息が、絶たれていないのを見守る。


「このルマだって、母親なんだからね美晴の」


意味有り気に背後に立つ気配へと応えて。


「ねぇ、理の女神。そうでしょミハル姉?」


光を伴う少女神へ。

唯、何も告げずに立つだけの、義理の姉でもある女神へと向けて訊き質すのだった。


夢魔の結界の中で苦しめられ続ける美晴。

黄泉から還った者の宿命さだめなのか?

宿る堕神の呪いなのか?


だが、美晴は最期まで抗うと決めている。

どんなに穢されようとも、約束を果たすまでは諦めようとはしなかった。

いつの日にかは終わりが訪れるのを感じながらも。

独り・・・孤独な闘いを続けながら・・・


闇の魔物は次々と現れる。

魔法力を求めて。とあるモノを復活させる為に。


魔物が現れるのなら、退治する者も。

闇が出現するのなら、輝きを纏う者も。

また、新たなる魔法少女がやってくる。

その少女は、無力な子らの前で闇を睨んだ・・・


次回 Act 9 魔戒の少女

翠の髪、輝く瞳。新たな魔法少女は闇を討つ!

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