Act15 悲劇の銃弾
紅魔ヶ刻・・・魔が降りてくる時。
人は災いを懼れ家路を急ぐという。
だが、魔と遭遇してしまえば・・・・
角を駆け抜けた先に見えたのは。
「リィン?!それに?」
パーカーを着たリィンが見える。
その前には黒尽く目の者の姿が。
マントらしいモノを頭から被った奴がリィンの傍に居る。
「フューリーなのか?」
間に合ったとか考えている暇もない。
だが、麗美の目に映ったのは、全くの別もの。
黒いマントを被った奴が、自分に振り向いた。
「うっ?!」
被った黒いマントから垣間見えてしまったのは・・・
「なんだ・・・アレは?」
予想に反してフューリーの顔ではなく、
「骸骨?!」
頬骨が露出した白骨・・・そして黒く落ち窪んだ眼窟。
狂気の沙汰なのか、それとも現実なのか。
あろうことか何も無い筈の眼窟から、悍ましい闇が見えてしまった。
「ば、馬鹿な?」
麗美は頭を振り、紛い物を観てしまう眼を閉じる。
・・・観てはならないモノを観てしまったかのように。
「くそっ!」
だが、リィンを案じる心が再び目を抉じ開けさせた。
そこにはまだ黒いマントを被った奴が居るにはいたのだが。
「リィン!」
黒マントを通り越して、パーカー少女へ呼びかける。
「レ、レィちゃん?!」
マントを被っている奴の手には、黒い袋らしき物が。
「麗美?!」
そして聞き馴染んだハスキーボイスが、マントを被った奴の正体を告げていた。
マントの端から観えたのは、リィンのメイドであるフューリー。
驚きの声が自分が招かざる客だとも教えて居たのだが。
「何をしているんだ二人共!」
黒い袋を観て、何かをやろうとしていたのは分かるが。
「馬鹿な真似は止せ。リィンから離れるんだフューリー」
袋の中身がリィンにとって危険な物に違いないと踏んだ。
飛び込んで奪おうとしたら、みんな共倒れになる虞があった。
「催眠ガスか?それとも・・・」
懼れるのはポリ袋の中身が、毒を含んでいる事。
もしも強力な毒ガスだとすれば、周り中にも拡散させてしまい兼ねない。
だが、本当にそうであるとすれば撒き散らしたフューリーも只では済む筈もない。
「リィンから離れろ・・・無駄なあがきをするなフューリー」
これ以上の罪を重ねるなと忠告して、ゆっくりと二人に近寄る。
「無駄・・・だって?
そうかしら麗美。
いつもよね、私の邪魔をするのは・・・あなた」
振り返るフューリーが嗤う。
「あなたが来なければ。お前さえ現れなければ!
リィンはずっと私だけの天使だったのに!」
嗤う顔には憎しみと怒りが露わになる。
「いつの間にか私の居場所を奪った。
気が付けばリィンの心まで奪い去っていたのよ・・・お前は!」
憤怒の形相になるフューリー。
呪われた顔でレィを睨み、恨みの言葉を吐く。
「違う!違うんだったらフューリー」
背を向けるフューリーへリィンが取り繕うとするのだが。
「リィンは渡すものか。
お前になんか渡して堪るものか。
私を追い詰めた憎い奴・・・今こそ復讐を果してやるんだ!」
聞き耳を持たずにレィ目掛けて呪いの言葉を吐き続ける。
「待てよフューリー?
何を言っているのか分からないぞ」
レィはフューリーの想いを知らない。
いつもリィンの傍に控えているメイドで、初めて逢った時からの友だと思い込んでいる。
だから止めに来た。友だからこそ救いに来た筈だった。
それが・・・恨めしい目で睨みつけて来る。
「ちょうど良いわ。
アナタを始末してからリィンを奪おうかしらね」
もう友でもなく、仇としか映らなくなるまで闇へと堕ちたか。
「待てったら!
なぜ復讐だの、憎い奴だのと言われなければならないのだ?」
レィには事情も何も教えられていなかったから、戸惑いが口に出てしまう。
しかし、リィンを奪うとまで言われてしまえば話は別だ。
「リィンを奪うだって?
そんな事を許すとでも思うのかフューリー!」
レィは上着を跳ね上げて、腰裏へ手を伸ばす。
その姿を見たリィンは護身用の拳銃を取り出すかに思えた。
「止めてぇ~ッ!」
二人が闘うなんて考えられなかった。
傷付け合うなんて想像すら出来なかったのに。
必死に止めるリィンが目にした光景は、友達だった者同士が諍い合う悲劇。
叫びは二人を停めれるのか?
「リィン?」
最初に手を停めたのはレィ。
「リィン?!」
黒い袋を降ろした・・・フューリー。
心の中に占めるリィンへの想いが、二人を正気へと戻したのか。
「嫌ぁ・・・嫌だよぉ~。二人共止めてよぉ」
すすり泣くリィンの声が二人を停めた。
「リィン・・・お前を守る為なんだ」
レィがリィンを宥めようとするが。
「それならお話を聞いてあげれば良いじゃないの」
リィンはフューリーを庇った。
「リィン?!」
フューリーは優しいリィンの声に我を取り戻す・・かに思えた時。
ビィイイイイイイィ~!
アークナイト社構内に警報音が鳴り渡った。
どうやらやっとリィンが居なくなったのが知られ、監視モニターで探り出したのだ。
「ちぃ!見つけられたか」
焦るフューリー。
このままでは捕らえられてしまう・・・だが。
「その前に・・・来るのよリィン!」
最初からリィンを連れ去る為に来ていたフューリーの手が伸びる。
「止めろフューリー!」
飛び出すレィ・・・と、その瞬間だった。
突きだして来た黒い袋に・・・
ビシッ!
警報に駆けつけて来たガードマンが袋を武器だと誤認してしまい。
バ・・・シュン!
フューリーの腕と袋を撃ち抜いてしまった。
「リィン・・・・」
・・・危ない・・・
そう続けることが出来なくなる。
体当たりをぶつけてでもその場から遠退けたかったから。
「きゃんッ!」
レィに突き飛ばされて尻餅を着いたリィン。
銃弾で切り裂かれた腕を握るフューリー。
そして・・・黒い袋が弾き跳び、中に仕込まれていた薬品が空中に撒かれた。
「うっぐぅ・・・リィン?」
腕を庇いながらもリィンを気遣うフューリー。
鼻腔を擽る甘酸っぱい匂い・・・それは?
「ぐふ?!しまった・・・VXが?」
黒い袋が破れ、内部に充填されていた猛毒(vx)ガスを僅かに吸ってしまった。
ホンの数秒間で効力が切れるVXガスだが、一旦体内に取り込まれでもすれば死に至らしめる。
そのガスをリィンが吸ってしまったのではないかと恐れたのだが。
「そうか・・・VXガスだったんだ?」
目の前に立ち尽くしていたレィが呟く。
「それじゃぁ・・・助からないな、私は」
そしてフューリーへ振り返ると。
「なぁフューリー。リィンは自由にしてやってくれよ?
籠の中の鳥にだけは・・・しないでくれ」
呟くように頼んでから、ゆっくりと倒れ込んで行く。
「レ・・・レイミー?!」
フューリーは何をやってしまったのか、何が起きてしまったのかが理解不能となる。
「なぜ?なにが?」
斃れ行くレィを見詰め、恐怖に襲われて脚が勝手に後退り。
「うああ?!うわあああぁ?」
やがて逃げ出し始める。
離れ行くフューリーを目の端に捉えてはいたが、それよりも気になっていたのは。
「げほ・・・ごほッ!リィン・・・無事なの?」
倒れ込み咽返りながらもリィンを呼ぶレィ。
放心状態になり自分を見詰めているだけのリィン。
「大丈夫だったら良く聴いて?」
猛毒のガス体は、空中で窒素に触れて無力化されていた。
「私はもう生きていられない。
でも、フューリーを憎んでは駄目。彼女を恨んではいけない。
だって・・・友達でしょ。私達は」
レィの声がやっと届いたリィンが眼を瞬く。
「え?!レィちゃん・・・嘘?!」
突き飛ばされて一瞬気を失ったリィンの眼に入って来た光景は、信じがたい悲劇を表していた。
「レィ?そんな・・・こんな?」
倒れ込んだレィは血を流してはいない。
なのに・・・もう命切れようとしている。
立つ事も出来ずに、リィンは這いつくばりレィの元へ寄ろうとする。
「来ないでリィン。
まだガスが残っているかも知れないわ。
だから・・・そこで聞いていて欲しいの」
「い、嫌だ・・・嫌だよぉ~!」
僅か2メートルも無い距離が、リィンには果ても無い遠さに思える。
「ねぇリィン、私・・・もうすぐ死んじゃうみたい。
だから・・・お願いを聴いて欲しいの。
みんなにお礼と感謝を言っていたと伝えて欲しい。
それに父さんや母さんに謝っていたと伝えて・・・エイジにも」
「馬鹿馬鹿馬鹿ぁッ!そんなの自分で言えば良いじゃないのぉ!」
死を目前に控えた麗美が別れを告げているのだと、リィンには分かりようも無かった。
「ごめん・・・リィン。
もう・・・真っ暗になっちゃったから。
可愛いリィンの顔も見えなくなっちゃった・・・」
「い、居るよ傍に!観てよ私を、ねぇ!」
思わずにじり寄り、手を掴んだリィン。
「つ・・・冷たい?!」
既にレィの元へ死神が魂を奪いに来てでもいたのか。
リィンの掴んだ手には力を感じ取れなくなっていた。
「駄目だよレィちゃん・・・私はどうしたら良いの?」
救うには?取り戻すには?逝かせない為には?
溢れ流れる涙も拭かず、リィンはレィに縋るだけ。
「ごほ・・・リィン。
死んでも・・・あなたを護り続けるから。
だから・・・絶対幸せになるのよ・・・約束だからね」
肺の中で猛毒が拡がり、細胞を死滅させる。
その苦しみの中でさえ、レィはリィンを思い遣る。
「絶対に・・・最期の瞬間まで諦めないで・・・お願い・・だから」
「うん!うん!うん!約束したよぉ~約束守るからぁ」
だから・・・逝かないで。
そう言おうとしたリィンの眼に。
「さよなら・・・」
微かに唇が・・・告げて・・・
「嫌ぁあああああああああぁッ?!」
蒼騎 麗美は瞼を閉じた。
リィンは我を忘れて泣き叫ぶ。
死神と化した1発の弾が2人を切り裂く。
だが、死を齎した当人であるフューリーも無事で済む筈がなかった。
あまりの理不尽さに狂気が芽生え、悪魔へとなってしまうのか?
次回 Act16 新たな誓い
憎しみは新たな復讐を生むだけなのか?
だが少女は誓うのだった・・・新たな希望に目を輝かせて!