Act 4 月下の邂逅
月夜の晩。
暗がりの中で出遭ってしまった。
ミミは、そこに居るはずのない怪異に見初められてしまった。
憑闇鬼が現れた!
真っ黒な化け物がミミに襲い掛かろうとしている。
「あわ・・・あわわ・・・」
驚きのあまり、怖さのあまりに腰を抜かしたようにへたり込んだミミ。
このままでは魔物に蹂躙されてしまう。
「「娘よ。大人しく我と同道するのだ」」
「い、い、い・・・嫌らぁ!」
腰砕けになってるミミが恐怖で呂律がおかしくなりながらも拒否するが。
「「ならば・・・嬲られ者になりたいか」」
「嫌・・・嫌らぁ!そんなん・・・嫌らぁよぉ」
更に脅されて泣き叫ぶミミ。
助けを呼ぶのも忘れて、にじり寄って来る怪異を見上げるだけ。
「「くふふッ、旨そうじゃないか。
お前の魔力はどれ程なんだ?我等に満足を与えられるか?」」
腰を抜かして倒れた折に開けた、袴から伸びる足首を観た鬼が嗤う。
「「巫女ならば、まだ男も知らぬだろう。
抗うのならば、無理やりにでも魔力を喰らってやるぞ」」
黒い毛に覆われた頭部に光る紅い眼が、ミミの身体を品定めするかのように嘗めまわす。
「嫌らぁ!あっち行けやぁ~!
あたぃなんて食べても美味しくないんやからぁ~」
巨体に覆い被され、泣きながら辞めてと命乞いするミミに。
「「喰らうの意味が違うぞ娘よ。
我等が求めるのは魔法少女の魔力。お前などの身体には興味もない」」
「はぁ?!食べられちゃうんじゃ・・・ないんや?」
目の前にはぎらつく紅い眼があるのだが、鼻も口も見当たらない・・・毛達磨な化け物。
「「喰らうのは魔法少女が秘める魔力。
我等が求めるのは、極大魔鋼弾に納める魔力だけだ」」
魔物は魔力を欲しがって現れたのだという。
だとすれば、ミミにも魔力が備わっているのか?
「「喰らえば分かる。お前にも魔力があることが・・・な」」
「にゃからぁ!あたぃにそんなモンあらへんのやぁ~」
あっさり否定してみせるミミに、魔物も毒っ気を抜かれて。
「「無いのなら・・・お前から溢れる魔法力をどう説明すると云うのだ」」
「知らへんがなぁ~。あたぃには分からへんもん~~」
否定しておいて知らんとは。
「あたぃのおかんは確かに闇祓いの巫女やけどぉ~
あたぃに巫力が備わってるかは知らんのやぁ~」
で・・・言わなくても良い情報を垂れ流すんですね。
「「ふはははッ!それみろ。
やはりお前には魔力が受け継がれているではないか」」
「知らんッ!あたぃは魔法なんて使こぉーたことないんやぁ」
言い逃れ・・・出来なくなってるみたいですよミミさん。
「「知らんと申すのなら・・・齧ってみれば分かる」」
「ぎゃッ?!齧るぅ~?やめ、やめてぇなぁーッ?!」
覆い被さった憑闇鬼が、ミミの袴へ手をかけてくる。
「ひッ?!な、なにするん・・・」
慌てて閉じようとするミミの太腿へ手を伸ばした怪異が。
「「どこを齧って欲しい?
どこの穴から魔力を喰らわれたいんだ?」」
「あかん、アカンよってに!そないなこと・・・されたら」
毛達磨な怪異の紅い眼が、捕らえた得物を嘗めまわすように目まぐるしく動く。
と。
「そこまでよ!」
今度は、木立の上から。
「邪操の傀儡よ!」
女の人の声が降って来た。
霞んでいた半月が、木立の隙間から光を差して来た。
魔物の頭上から、光と陰を伴って辺りを照らし始める。
蒼い月の明かりが、現れた少女の髪を染めている。
光に照らし出された少女を、蒼く見せていた。
「闇の者よ、退きなさい!」
蒼白き光の許、少女は黒髪を靡かせて立っていた。
月明かりに浮かび上がる表情は険しく、瞳は蒼く燃えていた。
「君・・・大丈夫だよね?」
へたり込んだままのミミへと訊ねて来る。
「え?・・・あ、はい」
突然現れ出た黒髪の少女に、ミミが辛うじて頷き返す。
「闇の魔物には手出しさせないから・・・任せて」
少女は左手に携えた剣を突き出して。
「此処から立ち去らないのなら・・・斬り捨てる!」
剣の柄を握り締め、
「赤鞘よ!
私と共に闇を斬る力となれ!
私に眠りし力と、魂の名により力を解放せん!」
裂帛の気合と共に、剣を抜き放った。
抜き放たれた剣は、一瞬、紅い煌めきを放った後。
ゴォウゥッ!
蒼白い光を放って、闇夜をも切り裂かんとする。
「「キサマ・・・魔法使いだな?」」
見上げる憑闇鬼が訊き質す。
「だとしたら?どうしようと言うのかな?」
下段に構えた剣を魔物へと突き付ける少女が答え。
「「この娘を貰っていくまでのこと」」
「そんな勝手なことを許すと思う?」
前髪で表情を隠した少女が剣を胸元へと引き付ける。
「「ふむ・・・剣薙と云った処か」」
木立に立つ少女を見据え、魔物が正体を見破ろうとするのだが。
「残念ね。
私は剣薙でも、巫女でもないわ。
私に与えられた称号は<魔砲>
魔力を光の刃に代えて撃ち出せる者。
そう・・・魔砲少女って呼ばれてるから」
ツィっと赤鞘の剣を正眼に構える少女の口元が緩む。
「そう・・・人に仇名す闇を・・・滅ぼす者よ!」
黒髪の少女が剣を揮った。
ビュゥッ!
一閃された剣が、蒼い光を放つ。
光が・・・憑闇鬼へと伸びて。
「「ぐあっ?!なんだと!この力は?」」
光の刃を受けた魔物が悟った。
「「まさか?!お前がぁッ?」」
断末魔に追い込まれる魔物が吠えた。
「「光と闇を抱く者・・・あの・・・古の力を受け継いだ?!」」
驚愕と混乱の声が響き渡る。
「「闇を斬る者・・・魔砲少女の・・・ミハルなのかッ!」」
毛達磨の憑闇鬼が、少女を呼ぶ。
紅い剣を携えて現れた魔砲少女を<ミハル>と呼んだ。
「そうだと分かったのなら・・・滅びを受け入れなさい」
唯の一撃。
たったの一閃で。
ドシュウッ!
毛むくじゃらの魔物は潰える。
ミミを襲った怪物は、杜の中で消え去った。
「あは・・・あはは・・・これって・・・悪夢だよね?」
目の前で起きたのが幻だと思いたいミミが、錯乱したかのように叫ぶ。
「魔物が現れて、あたぃを襲い。
襲った魔物が、魔砲少女に滅ぼされる・・・なんて。
こんなの・・・悪い夢なんでしょ?!」
木立の上に居た少女が飛び下りて来て、目の前に立つ。
「ねぇ、嘘だって言ってよぉ!」
月明かりに映える少女が、ゆっくりと頭を振り。
「嘘なんかではないわ。今観たのは現実。
あなたは魔物に狙われた、私は魔物を斃す・・・」
「魔砲の少女・・・やと?」
すっくとミミの方へ顔を向けた少女が頷き。
「闇を喰らう者・・・奴とは正反対の・・・化け物よ」
右手を突き出して、消え去った魔物へと手の平を翳した。
ビュゥルルル・・・・
魔砲少女の手から赤黒い光が溢れ出し、魔物の残留思念を吸い取る。
「また・・・一歩近づいた。
この子を無に還す時が・・・」
前髪で隠されていた右目から、紅い瞳が覘く。
シュン・・・ン・・・・
魔砲少女が手を降ろすと、静けさが戻って。
「ふぅ・・・あ。
えっと・・・また・・・気を失ってたのか」
それまでとは違う声が少女から漏れる。
「へ?どういう・・・」
「君、今観たことを口外しないでね。
魔物なんか居なかった。何もなかったし観なかった。
いいね?分かるわよね?」
さっき言っていたのと真逆だけど?
何が何やら・・・訳わかめ?
「いやいやいや?!
あの、これは一体?」
「忘れて!」
訳を訊こうとしたミミを、一喝する魔砲少女。
「これは君が言ったように、悪い夢・・・なんだから」
ふっと苦笑いを溢す魔法の少女。
「あたしも・・・忘れたいくらいなんだから」
「いや、あの?」
月明かりが杜の中を照らし、少女の姿をくっきりと浮かび上がらせる。
ピンクの不思議なユニフォームを着た、黒髪の少女。
左サイドに紅いリボンを結わえ、黒さの中に青味を湛えた瞳を向けてくる。
「忘れて・・・今夜のことは」
ポツリと溢す魔砲少女。
翳りをみせる表情に、ミミは訊き質せなくなって。
「あの・・・名前は?
あたぃを救ってくれたんは、どこの誰なんや?」
命の恩人の名前を訊ねるのが精一杯だった。
「帝都魔鋼戦闘団・・・
IMS・・・インペリアルパレスマギメタストライカーズの。
魔法少女隊に属する者・・・だよ」
ふっ・・・と。
魔砲の少女が微笑んだ。
朗らかに・・・前髪を手串で掻き揚げて。
「あ・・・」
そこに観えたのは、両方が蒼き瞳。
両目共が魔力を秘めた、聖なる色の・・・瞳だった。
「さっき見たのとは・・・違うんや?」
思わず呟いてしまった。
どうして色が変わったのかも分からないままに。
「良いね?忘れるんだよ、巫女さん」
一瞬だけ考えてしまい棒立ちになっていたミミに、少女は念を押してくる。
「ほぇ?」
と・・・呆けた声をあげたミミが少女を見返そうとしたが。
「え?居ない?!」
一瞬の間に姿が消えていた。
「まさか・・・また?女神だったんか?」
昼間に出逢った、ティスと名乗った女神を思い出して。
「あはは・・・今日は・・・なんちゅぅ日なんやろ?」
理解し難い出来事の連続に混乱して。
「女神に魔砲少女・・・まるでファンタジィ―な世界みたいやんか」
くらくらする頭を振りながら自室へ向けて歩き始めた。
観た物全てを錯覚か夢だと思い込ませるように。
・・・悪夢を見たと思い込ませるように。
だが。
「決めた!決めたで!
あたぃも・・・なってみせたるわ!」
幻でも夢でもないと、心に秘めるのは。
「あたぃも!魔砲少女とやらに。
あの人みたいな強い魔法少女に成ってやるんや!」
凛々しく剣を揮い、魔物にも臆さず立ち向かう姿。
「憧れってのは、こんな風に心へ刻まれるんやな!」
月を見上げてミミは誓った。
自分だって、魔砲少女に成ってみたいと。
否、成ってみせると。
そう。
月夜に出逢えた奇跡を、誓いへと換えて・・・
不思議な出逢い。
二人が始めて出会った晩。
少女達の出逢いが、世界をも変える事になる・・・
いつの日にかは。
次回 Act 5 傍迷惑娘
夏が過ぎ、学園に一人の転入生がやって来る。その子は・・・




