新世界へ ACT 7 宿命を受け継ぐ者
東の島国、日の本皇国。
世界の情勢に拠り、帝国を名乗るようになった小さな国。
その誠に小さな国の中に、ミコトの遺志を継ぐべき者が居た・・・・
審判の時は近付きつつあった。
新たな世界が生み出されて早、9百年以上もの時月が流れたのだ。
次なる審判の結果は?
人類は再び終焉を迎えてしまうのだろうか?
尤も、当時の人類に審判の時が迫っているなど、誰にも分かる筈も無かった・・・
・・・その筈だった。
東の島国、日の本皇国。
世界の情勢に拠り、帝国を名乗るようになった小さな国。
その誠に小さな国の中に、独りの少女が居た。
年の頃は十歳に達した位の少女だが、目元涼し気な凛々しさが際立っていた。
並み居る大人達にも臆さず、誰からも畏敬の眼差しで見詰められる。
颯爽とした姿は気位の高さを表して。
黒髪を翠のリボンで括り、青のドレス姿は凛々しく映る。
だが、御簾の傍らに控える少女は不満げに呟いた。
「このままでは、審判の日が来てしまう。
戦争を繰り返すだけの愚かな人々に、断罪の劫火が吹き荒れる」
憂いを表す顔で御簾を顧み、
「せめて、この日ノ本だけでも対外戦争を辞めなければ。
悪魔に魅入られた国ではないと、神に知らさないと・・・」
御簾の向こうに座る、時の天皇を頼ったのだった。
しかし・・・少女の憂いは、やがて現実のモノとなる。
「御上・・・いいえ、御兄上様。
どうしてお認めになられたのです!
なぜ、他国への侵略を御許しになられたのですか?」
御前会議の後、少女は兄である時の帝に訴える。
「私が頼んでおりましたのに。
古からの戒めを破る事は、民も国も滅ぼしかねないと伝えられておりましたのに」
憤懣を押さえきれなくなった少女が、兄へと捲し立てた。
「大陸へ手を出せば、他の国々との干戈となりましょう。
我が日の本の国力では、御し切れなくなるのは明白。
如何に神の御国であろうとも、滅びてしまうのは必定なのですから」
民を憂い、神罰を懼れ。
少女の嘆きは否応にも深く沈んでいた。
「許せよ蒼乃。
朕には止めるなど出来なかった。
臣下の者が挙って暴挙を正当化するのを・・・だ」
ゆるゆると兄である帝が許しを乞う。
「皇祖から言い伝わる禁忌を侵す事となるやも知れん。
だが、時代は既に一国だけでは済まぬ処まで来ているのだ。
各々の国が自制を失い、己が欲を剥き出しにしてきている。
それが帝国主義というモノであろう」
兄である帝も憂い、そして嘆く。
「人の業とは如何に重きものか。
朕もそなたのように強き体に産まれたかった。
強き心根を持ちたかったぞ」
病弱な帝は、妹である少女を羨ましがった。
「蒼乃。
そなただけが頼りだ。
朕にもしもの時は、そなたに拠って国を治めてくれ」
まだ子の授かっていない兄が逆に頼って来る。
病弱ゆえの気弱さを、自ら悟って願ったのだ。
「御兄上様、そのように気弱になられますと。
私は親王でもありませぬし、義姉様に申し訳がたちません」
少女蒼乃は、幼い顔を無理やり綻ばせて兄を窘める。
「御兄上様の病魔を懲伏する為にも、光の神子を見つけ出して参ります。
蒼き珠を使いこなせる巫女を、私が参内させてみせますから」
「蒼乃よ、また下野を探索すると申すのか。
如何に蒼乃であろうと、御子を探し出せるとは思えぬ。
そなたの身に良からぬ事が起きるとも限らぬ、辞めておくのだ」
兄は妹の身を案じて止めるが。
「私には、この蒼き珠がございます。
邪なる者が迫ろうと、必ずや聖なる光で護ってもくれましょう。
ですから、ご案じ召されませぬな。帝」
逆に心配しなくても大丈夫だと、胸に下げた珠を握り気丈に答える。
少女は帝の妹であり、継承権を放棄した皇室の蒼乃。
年の離れた兄を庇い、日の本の国を憂う健気な娘。
そして、双璧の魔女ミコトの血を受け継ぐ一人。
祖先に類い稀なる魔法使いを持つ、宿命を背負いし少女だった。
胸に下げた皇家の御印。
皇室に伝わる蒼き珠を下げた少女が忍びの旅に出る。
伝承に在る御子を探しに。
病魔に侵される兄を助ける為、救国を果す神子を求めて。
身近を護るのは僅かな警護官だけの、お忍びの旅。
この国のどこかに居るとされる神子を見つけだす為、蒼乃は辛苦も厭わなかった。
身分を隠し、民に紛れ、手がかりを求め続けた。
旅の途中で危地に際した折も、蒼き珠だけは手放さずに済んだ。
幾度も心根が折れそうになっても、願いは諦めなかった。
そして・・・二つの歳が加えられた頃。
「邪を祓う巫女?
悪魔を祓う事が出来る娘が居るの?」
宮廷に居た蒼乃の元へ、手がかりとなる情報が齎された。
「その娘が巫女だとするのなら、会ってみたい」
聞いた途端に心が躍る。
もしかすれば、その娘こそが光の神子かも知れないと感じたから。
神のお告げなのかも知れないと喜んだからだ。
「御兄上様、私が必ずや病魔を懲伏してご覧に入れます」
その頃、既に兄である帝の容態は芳しくなかった。
病に冒された躰は、起き上がる事さえもままならない程迄悪化の一途を辿っていたから。
国を想い、兄の身を気遣う蒼乃は一刻も争うかのように旅立つ。
身辺を護衛する者が止めるのも振り払い、我武者羅に報じられた場所へと向かったのだ。
その地で何が待っているのかも知らずに・・・
情報を頼りに赴いた先は、古来から邪が住まうと揶揄された僻地。
八百万の神々でさえも忌み嫌った、都から北方の山奥。
人家も無い僻地に、古来から伝わる社だけが建っていた。
魔を地底深くに鎮めたという、曰く付きの社。
闇より出でた魔を封印したとされる社で、件の娘が目撃されたのだという。
邪を祓う者が、どうしてこのような地で目撃されたのか。
その理由を計ることもせず、蒼乃は辿り着いてしまった。
「こんな怪しげな場所に居るなんて」
深い杜の中、蒼乃は来てしまったのを後悔し始める。
朽ち果てた社を観て、今にも封印が解けて魔物が襲って来そうだと怯える。
「古の巫女様。
どうか私を御守りください」
胸に下げた蒼き珠を握り締め、辺りを覆う邪気に身を固くした。
ざわ・・・ざわ・・・ざわ・・・
木立から風の無いのにざわめきが零れ出す。
蒼乃が近寄った社の中から、何かが蠢き出すのが感じ取れる。
地下深くに封印されていた怪異が、蒼乃が近寄った事により目覚めたのだろうか。
一体封印されていた魔物とは、如何なる者なのか?
騒めく木立の上から、煌々と月の明かりが零れている。
邪な魔物が目覚めるに相応しい、明る過ぎる満月の夜だった。
ギシ・・・ミシリ・・・
身を固くした蒼乃の前に在る社が軋んだ。
「「感じるぞ・・・異能を。
ずっとこの時を待ち続けていたのだ」」
「だッ?!誰っ?」
社の中から邪なる声が。
「「お前から異能を感じるぞ。
お前の持つ<光>を感じるぞ」」
ギシ・・・ミシ・・・ビキッ!
社が軋み、朽ちた木材が崩れていく。
「何者ッ?!まさか・・・魔物だと言うの?」
蒼き珠を握り締め、身構える蒼乃へ邪なる者が姿を現す。
メキメキメキ! バギャッ!!
社を崩し、月明かりに現れる魔物・・・
「くッ?!まさか・・・本当に?」
地下から乗り出すかのように姿を見せたのは、黒い獣の姿。
漆黒の獣の容に、赤黒い瞳。
しかし、良く見れば獣には錆びた金属が見て取れるのだが、脅える蒼乃には分かる筈も無かった。
ギギ・・・ギシ・・・
錆びた金属が摩擦して、異音を奏でる。
「「活動限界が来ようとしていたが。
御子の方から現れてくれるとは・・・待ち続けた甲斐があった」」
のそりと動き、蒼乃を掴み取ろうと手を伸ばして来る。
「ひッ?来ないで!」
異形の者に怯えた蒼乃が逃げ出す事も忘れて悲鳴をあげる。
「「我は月から墜ちたシ者を捉える為に遣わされし者。
漸く任を全うする時が来たのだ」」
伸ばして来る手を開き、掴みかかって来る黒き者。
「月からの使者?!
どうして私が使者だというの?」
「「お前が持っている石。
その手に握る石が証拠だ」」
異形の者に示された石の曰く。
皇家に伝わる蒼き石を、異形の者は欲している。
「この蒼き石は、古来から伝承された物。
お前に渡す訳にはいかないわ!」
魔物が欲しがる石は、巫女へと手渡すべき物。
巫女に拠り、兄の病魔を懲伏する為に必要不可欠だと思っている。
「これは巫女に授けるべき宝。
珠に拠って邪気を払い除け、御兄様をお救いしなければならないのだから!」
異形の者に拒否を告げる蒼乃。
ついうっかり、異形の者へ自分が持つべき者では無いと喋ってしまった。
「「ならば、何故今になって現れたのだ。
我等に差し出す為では無いと言うのか?
持つべき者へ手渡すと言ったでは無いか?」」
「それは・・・この地に巫女が居るって情報が齎されたから。
お前に渡すとは言っていないわ」
永い時を地底で待ち続けて来た異形の者。
その前に現れた理由を考え、辿り着いた答えは。
「何者かが仕組んだ?
誰かが魔物の存在を知っていて、私を招き寄せた?」
巫女は居ず、代わりに居たのは古来の異形。
・・・誰が?何の為に?蒼き珠と異形の関係を知っていたのか?
導き出せたのは、人知を超えた不可思議。
誰も知らない魔物の存在と、皇家に伝わる珠の関係を知る者がいるのだと。
蒼乃でさえも知り得なかった事実を知っている者が居る。
皇家に伝わる言い伝え以上の秘密を知る者の存在。
その者が仕組んだ罠に、蒼乃は填められてしまったとでもいうのか。
異形の者でさえも、偶然蒼乃が現れたと言ったでは無いか。
差し出されるものだと思い込んで手を差し出して来たではないか。
「「素直に差し出せ。
さもなくば・・・奪い取るまでだ」」
異形の者は蒼乃へ迫る。
言う事を利かなければ、その身はどうなるか知らないと。
ズアアアアァ
異形が覆い被さるように身体を伸ばして来る。
「嫌ッ!誰が渡すものですか!」
拒否し続ける蒼乃。
恐怖で腰が抜け、座り込んで見上げる・・・最悪の時が迫るのを感じ。
眼を見開き、異形を見上げて。
満月の中から光が零れ出す。
満点の星明りに、影が過る。
煌めくのは破邪の光か?
瞬くのは闇を祓う輝か?
「てぇええぇいッ!」
異形の者の頭上から、何かが降って来た。
「覆滅!闇よ、退きなさいッ!」
煌めく刃。
ガギィンッ!
射落された異形の手。
朽ち果てようとする金属の手が、いとも容易く胴体から斬り落とされた。
「「むぅ?!何者っ?」」
異形が自らの手を斬り落とした者へ質す。
一撃を喰らわせた影が、木立の枝に立っている。
「その人に手を出すのなら。
邪を祓う者が赦さないわよ!」
異形を見下ろし、月明かりに姿を晒す。
「この退魔の巫女、光の美雪が・・・ね!」
少女の声色が降って来た。
邪を祓うと言った巫女の声が。
「退魔の・・・巫女?!」
突然現れた少女を見上げる蒼乃の眼に飛び込んで来たのは。
「闇の異形よ。
お前の住処へ帰るが良い。
手向かいするのなら、斬魔の切っ先が首級を刎ねるわよ」
剣先を突き出している少女の姿。
蒼白い月明かりに映える、黒髪の少女巫女の偉丈夫な顏。
一際印象的に見えるのは、黒さの中に青味を帯びる瞳の色。
そして・・・
「そんな身体で手向かいするの?」
頬を緩ませて。
「あたしの魔砲を受けてみる気があると言うのなら。
相手になってあげても良いんだよ!」
異形の者へと啖呵をきった。
魔物の前に現れた少女。
闇を祓う巫女のようだが?
二人は邪な者に打ち勝てるのか?
否、美雪と名乗った巫女は、如何なる異能で打ち破るというのか?
次回 新世界へ ACT 8 月夜の約束
二人の邂逅を目論んだ者の真意は?二人に何を求めたのだろうか?
作者注)この邂逅が全ての始まりとなるのです。
二人の少女のお話は、以下の拙作にて。
https://ncode.syosetu.com/n0494fk/
Ballad to Hope <希望への譚詩曲>
魔砲少女ミハル・シリーズ エピソード0.5
第1部 零の慟哭 より引き続いた物語となっております




